俺の子供たちは、俺に年齢詐称してるんじゃねぇのか?
「ところで、どうして、トロヤリとサクヤが手合わせしてたんだ?」
寝っ転がったままの俺の腹にサクヤが跳び乗り、俺の胸を叩く。
「手合わせじゃなし!真剣勝負なし!」
俺は「わかったよ。じゃあ、その真剣勝負、なんで?」と聞き直す。
「サクヤがブローニュさんをぶっ殺すって言うから、僕が止めてたんだよ。」
まあ、おおよその予想は付いてたけど、やっぱりか。
「そもそも、なんで、ブローニュをサクヤに引き会せたんだよ?」
俺はテルナドに顔だけを向けて、聞いてみる。
「そ、それは…」
テルナドがゴニョゴニョだ。
「あたしが!あたしがサクヤ殿下に会せて頂戴って言うたんや!」
虎穴に入らずんば、虎児を得ずってヤツ?違うぞ、この場合は、虎口に入らずんば、そのまま食われるだぞ。
「ああ、殺されに来たのね。」
ブローニュがトンナの後ろの方で「ちゃうわ!」と叫ぶ。
「とにかく、殿下と仲良うなれへんかったら、家族になられへん。せやさかいにサクヤ殿下に会うときたかったんや。」
ブローニュが俯きながら芯の強い所を見せる。
俺は再び空を見る。
「うん。いい勝負ができるかもしれないな。」
俺の言葉に全員が注目する。
「なんて言ったし?いい勝負って言ったし?」
サクヤが俺の腹の上で怒ってる。
「ああ、そう言ったよ?ブローニュは新神武道の免許皆伝だ。お前は、精霊の目を持ってて、父さんの我流を学んでる。うん、いい勝負じゃないか。」
俺はサクヤを抱き上げ、上体を起こす。
ただ戦うだけならサクヤが圧勝だろう。でも、そこに制限を設ければどうなるか?
「サクヤ、トンナ母さんの新神武道対父さんのヤート流武術だ。」
俺の言葉にサクヤの頬が紅潮する。
よし、戦う目的が少しばかりすり替わった。
「サクヤがどれぐらい強くなったのか、父さんに見せてくれ。」
「任せるし!!」
サクヤが珍しく、大きく笑った。
「サクヤ、父さんに良いとこ見せないとな。」
トロヤリが良いタイミングで乗っかって来る。ホント、コイツ、六歳児とは思えねえ熟れ方だな。
『一種の才能だな。』
トロヤリの言葉にサクヤが「フンッ!」と鼻息を荒くして頷く。
これで、サクヤの目的は、ブローニュぶっ殺す!から、俺から教わった我流の武術を俺に見せるということにすり替わった。
自然と俺が立会人となり、サクヤの見届け人はトロヤリとテルナド、ブローニュの見届け人はトンナ、アヌヤ、ヒャクヤという構図となった。
母親VS子供だな。
「いいかい、ブローニュ、サクヤの身のこなしは尋常じゃないからね。トガリの我流を教わってるから、関節があり得ない方向に動くんだ。トリッキーな動きも多用する。その上、打撃も強い。普通の大人なら簡単に倒すよ。とにかく、サクヤの動きに惑わされるんじゃない。」
トンナ、結構、真剣にセコンドしてるな…ホント、戦うってことには真摯に向き合うよなぁ。
「そうなんよ。サクヤの動きは速い上に変わった動きをするから、肉眼では捉えきれないんよ。距離を詰められたら、視界が狭まって、余計に難しくなるんよ。」
アヌヤも武闘派だからなぁ。‘今日の王室’でも毎回、ガチの喧嘩してるしなぁ。
「無駄なの。可愛さで既に負けてるから、ブローニュに価値はないの。」
まさかとは思うが、ヒャクヤの奴、‘かち’の所、勝ちじゃなくって価値って言ってない?
「ヒャクヤはこの大事な場面で訳のわかんないこと言ってんじゃないよ!」
「女の価値は可愛さなの!腕っぷしじゃないの!」
ああ、やっぱり価値って言ってるわ。
俺は、柏手を打って、全員の注目を集める。
「いいか。禁じ手はなし。相手の急所を狙おうが、何をしようが自己責任だ。治療に関しては、俺がしっかりしてやる。お互いの心根、性根を見せてもらう。」
俺の言葉にトロヤリがサクヤに囁く。
「いいか、サクヤ、父さんは綺麗な戦いが好きだ。えげつない技も教えてもらってるけど、それは、そんな技から身を護るために教えてくれてるんだ。父さんはお前の心根が綺麗であって欲しいと思って、あんな、試すようなことを言ってるんだからな?父さんをガッカリさせるな。」
サクヤが鼻の穴をおっぴろげて「わかってるし!」と力強く応えている。
よし、よし、流石はトロヤリだ。見事なフォローだ。俺が、直接、言うよりもトロヤリがそう言ってくれた方が、説得力がある。
「良いかい?子供相手に汚い技を使うんじゃないよ?」
「師匠、サクヤ殿下に認めてもらえたら、サクヤ殿下の母親になれるかもしれへんのです。そんなことしません。」
ブローニュが左右の拳を打ち合わせて、トンナに応える。
こっちもOKだな。
ブローニュとサクヤが、一歩、二歩と前に進む。
間合いが重なる前に両者が構える。
ブローニュは腰を落として、左手を前に正中線を隠す。左肩を顎に当て、右手は顎の高さに持ち上げる。両手共に緩く開いている。
サクヤは両手をダラリと下げ、内股気味に真直ぐ立っている。
サクヤの両肩が動く。前に後ろに、互い違いに上下に、波のように、うねるように動く。
うん。大きな可動域だ。肩甲骨の動きもイイ。
両肩の動きに連動してサクヤの両腕が動く。まるで、関節が無いかのように動いている。
う~ん。ブローニュにはちょっとキツかったかな?
サクヤの動きが広がっていく。
両肩から始まった波が首、背骨、肋骨、骨盤、膝へと伝播していき、踝、足裏まで可動させているのがわかる。
突然、サクヤの姿がブレる。
サクヤの立っていた場所、その場所には黒の革靴が最初から置かれていたように残され、サクヤの姿が消える。
うん、凶器になりそうな革靴を捨てて、足裏の関節まで使った戦い方を選んだ。イイ子だ。
ブローニュが目を眇める。
「グブッ!!」
ブローニュの上体が前のめりに崩れる。
ブローニュの懐に潜り込んだサクヤの左拳がブローニュの肝臓を打ち抜いたのだ。
「くっ!」
ブローニュはサクヤに正対しようとするが、既に、そこに、サクヤはいない。
サクヤは距離を取って、ブローニュの左だ。
サクヤには予備動作を徹底的に排除する戦い方を教えた。そうすることで、相手に見ることのできない動きを可能にさせた。
人間は予測して動きを捉える。相手が左に体重移動させていれば、左に動くと予測する。
動きを頭の中でイメージして予測するのだ。ならば、その逆を突けば見失う。
人間が蚊や蠅を見失うのはそういうことだ。
子供たちの霊子回路は、普通の精霊回路とは違う。別物だ。
演算能力の高さはマイクロマシンの操作性に直結する。
体内に侵入させてあるマイクロマシンで筋肉の動きを、小脳ではなく大脳で、直接、制御、操作するのだ。肉体が可能な限り、ギリギリの動きができることになる。
サクヤが消える。
予備動作なく、一瞬で最高速度を叩き出す。
ブローニュの上体が前後左右に揺れる。
一方的だ。
サクヤは全身の筋肉を使って、全身の関節を同時に稼働させて動く。意思を持って高速で動く水のようなモノだ。
その水が打撃の瞬間に関節を固定させ、鉄に変わる。
あらゆる角度からサクヤがブローニュの体を打ち抜く。
ブローニュは構えを解いていない。
サクヤの打撃は強い。
小さな拳は筋肉の隙間に滑り込み、内臓に直接突き刺さる。
そのサクヤの打撃で、ブローニュは前後左右に体を揺らしているが、倒れることも構えを崩すこともない。
最初の構えから、自分は一切動き出してはいない。
ジッとサクヤの打撃を受け続けている。
このまま受け続けていれば、いつかは倒れる。
既にブローニュの内臓は傷だらけのはずだ。
サクヤの打撃を受けて、ブローニュの体が揺れる。それ以外に動き出す気配が見られない。
しかし、目は死んでいない。
力強い輝きを放っている。
吐きそうになった血を呑み込んでいる。
ブローニュが初めて動く。
サクヤの動きを、サクヤの打撃をずっと感じていたのだ。嫌でもその気配を覚える。
霊子を感じている。
「ていっ!!」
サクヤの眼前をブローニュの右拳が奔る。
上からの打ち下ろしだ。
サクヤの爪先のコンクリートが破砕音と共に砕け散り、穴を作り出す。
なんつう拳だ。絶対、拳が砕けてるだろ。
俺は右目でブローニュの状態を確認する。
ああ~あ。拳はカルビンのグローブで守られてるから大丈夫だったけど、腕の骨が折れてら。
それでも構えてるよ。顔色一つ変えてねえよ。スゲエなコイツ。
サクヤの動きがブローニュとの距離を取って、止まる。
ブローニュが前に進み出て、自分の作りだした穴の前に立つ。
サクヤの頬を汗が伝う。
ブローニュは笑う。
なんつう我慢強さだ。
ブローニュの笑みを見たサクヤが動く。
心理的に動かされた、と、見るべきだろうな。
「シェッ!!」
再び、ブローニュの右拳が振り下ろされ、サクヤの直前でコンクリートに穴が形成される。
うっわああ、痛そう…ブローニュの奴、無理矢理、筋肉で骨を締め上げてるよ。なんで、笑ってられるんだ?
今度はサクヤも止まらなかった。
ブローニュを中心にサクヤが回り込む。
その動きを察知したブローニュが軸足を動かすことなく、最小限の動きで向きを変える。
「ハッ!!」
三度、ブローニュの拳が打ち下ろされる。
コンクリートの穴は三つ目だ。罅割れ、捲れ上がったコンクリートはブローニュの前方以外を囲んでいる。
もう、筋肉で締め上げても無理だ。ブローニュの右腕は骨が砕け、皮膚を突き破って飛び出している。袖の中だから見えていないだけだ。右袖が血に濡れて、歪になった右腕に張り付いている。ダラリと下がった指先からコンクリートの地面に血が滴り、顔色は青く、チアノーゼを起こしてる。
ブローニュが腰を落としたまま、サクヤに正対する。正中線を隠していない。左腕を大きく広げる。
ブローニュの周りの地面はコンクリートが捲れ上がって、サクヤの機動性を奪うだろう。サクヤが渾身の一撃を打ち込むには正面からだ。
ブローニュが笑う。
口中に溜った血が流れ出ないように、口角を上げて口を閉じたまま。
誘っている。
真正面から打ち込んで来いと。
正対するサクヤが首を回す。
冷徹な目だ。五歳児とは思えない冷静な目。
サクヤの各関節が再び波打つように稼働する。
骨を動かすことが重要なのではない。どの関節も自由に動かせる筋繊維の操作が重要なのだ。
サクヤの体がブレる。
誘われるまま、サクヤが正面からブローニュを打ち砕くために。
ブローニュが更に腰を深く落とす。
サクヤの動きは速い。正面からであっても、タイミングをずらす。サクヤが今までと変わらぬスピードで走るが、その歩幅を変化させながら走っている。
ブローニュとの間合いを外している。
ブローニュの右腕が肩から振り回されるように動く。
鞭のように撓りながら、真下から真上へと右腕が奔り抜けた。
滴る血がサクヤの顔面に飛ぶ。
サクヤが首を振って、血が顔に掛かるのを避ける。
サクヤは止まらない。
サクヤとブローニュが近接する。
ブローニュの窄めた口から、口中に溜った血が噴き出され、サクヤの視界を奪い、同時にサクヤが目標を見失う。
ブローニュが左足を踏み出し、その左掌底がサクヤの腹にめり込んだ。
「ブッ!!」
サクヤは後方へと五メートル吹き飛ばされ、コンクリートに後頭部を強打し、その意識を失った。
「勝ったアアアアアアアアッ!!」
死刑にしてやろうかコイツ…
サクヤに勝って、左手を高々と振り上げ、口から大量の血を垂れ流すブローニュ、その顔は満面の笑みだ。
「お前、最っ低の大人だな…」
ブローニュがキョトンとした顔をこっちに向ける。
ホント、マジで死刑にしてやろうかな。
「ブローニュ!お前!汚い手は使うなって言っただろうが!」
トンナが叫ぶ。
うん、ホントそう。
「そんなん、作戦ですやん。師匠が言うてたことはサクヤ殿下にも聞こえてたんですヨ?そしたら、それを逆手に取らへん手ぇはないですやん。」
あっけらかんとしてやがんなぁ。いっそ清々するわ。
「こんなん、まともに戦ってたら、絶対勝てませんやん。サクヤ殿下に殺されるかと思いましたわ。」
うん。確かに、満身創痍なのはブローニュの方だ。もうしばらくすれば、蓄積したダメージでブローニュは動けなくなる。
「自分自身の命を守るために汚い真似をしてでも生き残る。それが正しい武道の姿ですやん。」
うん、そうだな。確かにそうだ。
「大体、こんだけ、殴られるぐらい嫌われてるんやから、諦めるしかあらへん。」
え?
トンナ達も吃驚してる。
「母親やったら、あそこで殴ったらあかんのです。やっぱり、母親やったら抱締めてあげなアカン。」
ブローニュの頬を涙が伝っている。
「せやさかい、最後に汚い手ぇ使ってでも勝っとこうと思たんですわ。」
涙声だ。
でも、空を見上げるブローニュの顔は清々しく笑っている。
「あたしはサクヤ殿下のお母さんになれへんってことが、よう、わかりました。」
泣きながら笑ってる。
声を震わせているが、その口調はあくまでも明るい。
「陛下」
ブローニュが泣きながら俺の方へと顔を向ける。
「今までおおきに。怪我、治してくれはったら、もう、二度と陛下の前には現れませんから。」
「待つし!!」
おう、吃驚した。
サクヤが起き上がる。
顔に付いたブローニュの血を拭いながら、サクヤが立ち上がる。
サクヤの後ろでトロヤリが困った顔付で笑っている。
「勝ち逃げは許せんし!」
サクヤ仁王立ちの図。
サクヤがビシッとブローニュを指差す。
「お前!父さんと結婚するんし!アチシが勝つまで勝負するんし!!」
なんなんだろ、コレって。
ブローニュは徹底的にサクヤに嫌われてるから、母親になることを諦めて、途中からは武道家として汚い手を使ってでも勝つと決めた。でも、カルビンのグローブを使わずに掌底で打ち込んだ。
本来、新神武道の本気の打撃は、相手を吹き飛ばさない。
本当の打撃は、打ち込んだ相手の体の中に衝撃が残るのだ。しかし、サクヤは吹き飛んだ。そういう意味では、ブローニュは、子供のサクヤに対して手加減したと言える。
サクヤもそのことがわかっているのだろう、汚い手を使われたとしても、立会人である俺が、禁じ手なしと宣言しているのだ。負けたのは汚い手に引っ掛かったサクヤの自己責任だ。だから、サクヤは、自分の至らなさを自覚して、素直に負けたことを認めた。
なんだか、結局、スッゲエ漢らしい勝負になったな。どっちも女なんだけど。
サクヤが怒ったまま、俺の方を見る。
「父さん!」
「お、おう。」
サクヤが再びブローニュを指差す。
「この女と結婚するんし!!」
怒りながら言うなよ。
「あ、ああ。」
ほら、思わず頷いちゃったじゃねえかよ。
「なっ!なに言ってんよ!あたしとのバトルがまだなんよ!」
「そうなの!ウチとの可愛さニャオ~ン勝負とコルナとの一般常識勝負がまだなの!」
あ、そういう勝負を考えてたんだ。ってか、ニャオ~ン勝負ってなんだ?
「そうよ。ヘルザースが‘今日の王室特番二十四時間ぶっ続け三番勝負史上最低王の后になれるかスペシャル’を収録するとか言ってたから、結婚できるかどうかは、まだよ。」
なにそれ?
「后になれるかどうかを、その二十四時間なんとかスペシャルで放映するの?」
トンナ、頭ワリィのに、よく、番組名、憶えてたな。
「なんとかスペシャルじゃないわよ。‘今日の王室特番二十四時間続けて史上最低王になれるかスペシウム’よ。」
ああ、トンナ、いい加減に憶えてるわ。たまたま一発目に正しい番組名が出たのね。
「いや、番組名はどうでも良いから、后になれるかどうかを放映するの?」
トンナが腕を組んで頷く。
なんだよ、その自信満々の態度は、まさかとは思うけどトンナも一枚噛んでる?
「もしかして、トンナが言い出したんじゃないの?」
トンナが腕を組んだままソッポを向く。
「青い空がきれいだわ。」
なんだそれ?こいつも恍けるようになってきやがったか。
「トンナ?」
トンナがダラダラと汗を流す。
「トンナが言い出したんだろ?」
トンナの汗が尋常じゃない。
「いい加減、諦めるんよ。素直に白状した方が、トンナ姉さんのためなんよ。」
トンナが俺の方に顔を戻し、必死の表情で訴え掛けてくる。
「だ、だってさ!トガリのお嫁さんになりたいって女の子はこれからもドンドン増えるよ!」
いや、増えない。
「そしたら、一々、あたし達が勝負しなきゃいけないじゃない?だったら、最初っから、あたしらと勝負するってことを国中の女の子たちに教えといた方が良いと思うのよね?」
なんで疑問形?俺に同意を求めるなよ。
それより、后を決める過程をテレビ放映するって不敬にならねえのか?
『トンナが言い出したんなら、不敬にしようがないだろ。』
まあ、不敬かどうかは別にどうでも良いんだけどさ、ブローニュはOKなの?
俺はブローニュの方をチラリと見る。
あ、倒れてる。
「まずっ!」
俺は、慌てて、ブローニュに駆け寄り、顔を覗き込む。
トンナ達も全員駆け寄って来る。
「あ。」
「凄いね。」
「あら。」
「ニャニャ!?」
「ニャニュ?」
「笑ってるし。」
内臓ボロボロ、右腕グチャグチャ。
それでもブローニュの顔は嬉しそうに笑ってた。
「意識を失っても笑えるってのは…スゲエな。」
『だな。』
俺は、やっぱり、青い空を見上げて、ブローニュを嫁さんにすることを心に決めた。




