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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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トロヤリ、お前はホントに、本当に六歳児か?

 元の現実世界に戻ると同時に腹部に強烈な痛みが走る。

 トロヤリ渾身の右正拳突きを受けているのだから当たり前だ。俺はなんともない素振りで、起き上がる。

 俺はトロヤリに覆い被さるようにして意識を無意識領域へと飛ばしていた。俺が起き上がり、トロヤリが起き上がる。

 俺とトロヤリは、少し見詰め合って、どちらからともなく微笑み合った。

「なんなの?一体?」

 俺達を囲んでトンナ達が立っている。

 全員、呆れ顔だ。

 そんな中、どこからともなく呻き声が聞こえる。

「なに?」

「誰なんよ?」

「気持ち悪いの。」

「なんの声なんし。」

「なんだろ?」

 トンナ達が疑問を口々に呟きながら、辺りを見回す。

「トロヤリ、お前の左手、皆に見せてやれ。」

 トロヤリが左手の手甲を外して、手袋を脱ぐ。

 トンナ達がトロヤリの左手を覗き込み、一斉に仰け反って、「ひっ」と、小さな悲鳴を上げる。

「初対面の相手に対して失礼な女共だ。」

 トロヤリの左手がしゃがれた声で呟く。

 トロヤリの左手の中に小さな顔が出来上がっていた。

 トロヤリがその顔を見詰めて、笑う。

 笑いながら、その左手を握り込む。

「痛!痛たたた!やめろ!握り込むな!握り込むなら私の鼻を手の中に埋め込んでから握れ!」

 トロヤリが手を開く。

「ごめん、ごめん。」

 そう言いながら、左手の顔から鼻を失くす。

「うむ。多少、私の言葉を聞き取りにくくなるかもしれんが、こうしておれば、私も痛みを感じることはなかろう。ただし、左手であまり強く物を握ったりはせぬようにな。」

「わかったよ。」

 トロヤリが笑いながら左手と話をしている。

 シュールな絵面だが、トロヤリは一つ山を越えたようだ。

「と、トロヤリイイィイイイイイイイイイイイイ!!!!」

 頭を抱えたトンナが絶叫した。

 トンナがトロヤリに駆け寄り、飛び込むようにしてトロヤリの左手を持つ。

「なんなの!なんなのよ!!これは!あたしの可愛いトロヤリになんでこんな物ができるのよ!駄目よ!こんなのダメよ!」

 トンナが怒った顔つきで俺を見る。いや、睨んでるな、これは。

「トガリ!すぐに消して!トロヤリの左手を元通りにしてやってよ!」

 なんか、サクヤに対する時と全然違うんだよな。拙いんじゃね?こういうのって。

「トロヤリ、消したいのか?」

 俺の言葉にトロヤリが頭を振る。

「ううん。このオジサン、今から考えると、色々教えてくれたんだ。だから消さないよ。」

 俺はトンナの絶望に歪んだ顔を見ながら、「だ、そうだ。」と言った。

 トンナはトロヤリの顔を見て、涙を流す。

「と、トロヤリ、お前はヤートの血が濃いんだよ?父さん譲りの黒い髪に黒い瞳、お前は父さんに生き写しだ。だから、こんな変な物、父さんに取ってもらおうよ。ね?」

「これ、本人を目の前にして、取ってしまおうなどと言うものではない。ここは、私の意見を尊重して、トロヤリの胸に戻すということでどうかな?」

 何森源也が、突如、自己主張を始める。シュールだなぁ。

「ひイイイイイイイイイイイイッ!喋ったアアア!!」

 トンナ絶叫、シュールぅ。

「この女は馬鹿か?先程から話しておるではないか?トロヤリ、この女は馬鹿なのか?」

 漫才だな。てか、腹話術?

「僕の母さんだ。母さんを馬鹿にするな。」

 トロヤリが左手をアスファルトの地面に押し付ける。

「痛たた。すまん、悪かった。やめよ。悪かったと申しておるではないか。」

 これが、あの何森源也?嘘だろう?

『うむ…精神体の欠片だからな…多少…変成しているかもしれん。』

 多少か?

『そう思いたいものだな。』

 希望か。

『うむ。』

「トンナ。」

 俺は髪の毛を振り乱し涙を流すトンナに話し掛ける。

「トロヤリの左手に出た人面創な、何森源也なんだ。」

 トンナ、アヌヤ、ヒャクヤ、テルナドの顔が青褪める。

「何森源也を無意識領域で倒したけど、その精神体の欠片が俺の中のイズモリに入ってたんだよ。」

 トンナ達が黙って聞く。

「トロヤリができた時にその欠片がトロヤリと融合したんだろう。」

 俺はトロヤリの頭を撫でる。恐らく、その因子があったせいだろう、トガリの遺伝子と何森源也の精神体の因子、その二つが相まってトロヤリはヤート族の血が濃い。そう、俺とトンナの子供で黒髪、黒目の子供はトロヤリだけだ。

「すまんな、トロヤリ。親の、俺の因果をお前に背負わせちまった。」

 トロヤリが頭を振る。

「いいよ。僕、このオジサンのこと、結構、気に入ったんだ。」

「そうか?」

「うん。最初っていうか、さっきまでは嫌だったけど、胸じゃなくって左手に移せたしね。」

 現金な物だ。

 トンナがトロヤリの両肩を持って、真剣な表情で顔を覗き込む。

「トロヤリ、お前は母さんが産めた奇跡なんだよ。」

 は?

「母さんを見てご覧、母さんは白人で金髪だろう?瞳の色だって青い。」

 うん、その通りだ。で、なんで奇跡?

「その母さんが、ヤート族の血の濃い、黒髪、黒目のお前を産めたってのは奇跡的な確率なんだよ…なのに、なのに…」

 ああ、また泣く。

「なのに、なんでお前にこんな気持ち悪い物があああああアアアアアア~ん!」

 最後はトロヤリを抱締めて号泣だよ。

『トロヤリが元気になっても、トンナちゃん、悲しんだね。』

 まったく、何森源也がどうとかって問題じゃねえんだな。ヤート族の血が濃いトロヤリが、傷物になったっていうのが嫌なんだ。

「トンナ、いい加減にしろ。」

 俺の怒り気味の声にトンナの泣声が止まる。

「トロヤリ、人面創が胸にできたのはいつ頃だ?」

 トロヤリが俯きながら、自分の記憶を探る。

「最初は、傷かなって、思って、ハッキリとはわからないんだけど…」

 俺は頷く。

「初めて喋りだしたのは、二年前ぐらいかな?」

 そうか。その頃から今日まで、ずっと悩んでいたんだな。

「頭の中で話し掛けてきたのか?」

 トロヤリが何度も頷く。

「そう、最初の頃は頭の中だけで喋り掛けてきたんだ。でも最近は口も使って喋りだしたから…」

「怖かったか?」

 トロヤリが頷く。

「うん。コイツに僕が乗っ取られるんじゃないかって…」

 俺はもう一度、トロヤリの頭を撫でる。

「よく、今日まで頑張ったな。」

「…うん。」

 声を詰まらせながらトロヤリが返事する。

「気付いてやれなかった、父さんと母さんが悪い。すまなかった。」

 トロヤリが首を左右に激しく振る。

 俺はトンナの方を見る。

 トンナは下を向いて口を窄めてる。

「トロヤリが一人で乗り越えて、そのトロヤリが消さないと言ってるんだ。俺達はその意志を尊重してやらなけりゃいけない。」

 トンナが口をへの字に曲げて、涙が流れるのを堪えてる。

「立派に育ってるじゃないか。ヤートの男らしい。」

 トンナが顔を上げて、俺の顔を見る。

「外見がヤートらしくっても、中身がヤートの男じゃなけりゃあヤートじゃない。トロヤリは、ヤートの男として立派に育ってるよ。お前の育て方が良かったからだ。」

 トンナの目から涙が溢れ出す。

「この人面創はトロヤリがヤートの男だって証だよ。誇れる証だ。」

 俺の言葉にトンナが泣きながら頷く。

「うむ。トロヤリ、私のことを誇っても良いぞ。」

 お前が言うなよ。

「兄ちゃん…カッコイイのし…」

 今まで黙っていたサクヤが呟く。

 サクヤが俺の前まで来て、「父さん。」と真剣な表情で俺を見詰める。

「な、なんだ?」

 サクヤが左掌を俺に向けて差し出す。

「アチシの手にも創ってんし。」

 は?なんだって?

「兄ちゃんだけズルいし、アチシの手にも創るし。」

「いや、サクヤ、あのトロヤリの左手のは…」

 俺の言葉を遮って、トンナがサクヤの後頭部を叩く。

「痛し。」

 サクヤが後頭部を押さえて、トンナの方を振り返る。

「お前は何を言ってるんだい!綺麗に育ってるのに!あんなモノ創ってどうしようってんだい!」

「秘密兵器みたいでカッコイイし。」

「そんなモノは女の子に必要ないんだよ!」

「なんでなし!精霊の目だって父さんが創ってくれたし!」

「それは、ちょっとでも魔法が使いやすくなるようにだろ!あんな人面創なんて女の子に必要ないよ!」

「違うし!きっと!魔法にも役立つし!あの左手から凄い魔法をぶっ放すし!」

「そ、そんなこと!できるはずが…ないよね?ね?トガリ?」

 五歳児に言い負かされる母親の図。

「まあ、左手からぶっ放すってのは、アレだけど、トロヤリの演算、いや、魔法力が上がるのは間違いないな。」

「ほら!」

「そ、そうなの?!」

 サクヤがトンナに向かって胸を張る。

 それにしても、無表情なサクヤがトンナ相手だとよく表情を作るな。

「サクヤ、お前、普段と違って、よく表情を作るな?お前、そんなに表情が変わる子だったか?」

 サクヤが固まる。

 ゆっくりと俯き、髪の毛を手櫛で整える。

「なんのことなし?」

 いきなり無表情になって、澄ました顔を俺の方へと向ける。

 なんだ?

「父さん、サクヤは父さんの前じゃ澄ましてるんだヨ。」

 は?

「兄ちゃん!余計なこと言うなし!!」

 サクヤが両手を振り上げ、トロヤリに殴り掛かる。その両手をトロヤリが軽くいなす。

「サクヤは父さんの前じゃイイ女でいたいんだってさ。」

 五歳児がイイ女って…誰が何を教え込んでんだ、まったく。

「やめるし!それ以上、喋ったら、兄ちゃんの秘密を言うし!!」

「兄ちゃんの秘密なんてこの人面創ぐらいだから、もう言われたって平気だぞ?」

「そんなことないし!兄ちゃん、時々、ヒャクヤ義母さんのお漏らし、誤魔化してるし!」

「ニャッ!!」

 ヒャクヤが変な声を出す。

「それは、兄ちゃんの秘密じゃなくって、ヒャクヤ義母さんの秘密だろ?」

「ひっニャアアアアアアッ!」

 ヒャクヤが卒倒しそうだ。

「ヒャクヤ!お前、未だにお漏らししてるんかよ!?」

 アヌヤが驚きながらヒャクヤに突っ込む。

「なんだ?お前、最近、俺に言ってこないと思ったら、トロヤリに頼んでたのか?」

「ち、違うの!アレは!あれは、おしっこに似た別の液体なの!」

「え?」

「ええ?」

 俺とトロヤリが同時に驚く。

 そうなのか?

『そんな訳あるか。』

 だよな。吃驚した。

「そ、そうなの?」

 トロヤリが左手に確認してる。

「そんな訳ないであろうが。」

 俺達と同じ遣り取りをしてるよ。親子だねぇ。

「そ、その左手は嘘吐きなの!嘘吐き人面マンなの!黙らせるの!」

「何言ってるんよ。ヒャクヤのオネショ癖は昔っからなんよ。」

「ヒャクヤ義母さん…」

「て、テルナド!やめるの!その残念そうな顔はやめるの!」

「ヒャクヤ、あたしらは精霊を使えないんだから、オシッコ分解専用の簡易錬成器でも作って貰いなよ。」

「と、トンナ姉さんまで?!」

「恥ずいのし。」

「さ、サクヤ?!」

「サクヤだって、この間、オネショしてただろ?」

「兄ちゃん!!余計なこと言うなし!口の軽い男は嫌われるし!!」

「サクヤ、お前、またしたのかい?」

「母さん!またじゃなし!またなんて言うなし!!」

 なんか、話がドンドン脱線していくんだけど。

 俺の家族って、ホント、明け透けで屈託がねえよ。

 俺はその場で仰向けになって、青い空を見る。

 騒がしい家族をよそに、空はどこまでも青く、透き通って見えた。

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