何森源也とトロヤリ
「こ、ここは?」
人の無意識領域というところだ。
「無意識領域?」
俺はトガリの姿のまま、トロヤリに向かって頷く。
人の意識、精神体は深い所で繋がっている。
「精神体が…」
精神体が揺らいで、やりたいこととかの行動原理を発信させる。その揺らぎが起こる最も深い場所が此処だ。
「精神体の揺らぎ…」
トロヤリが真っ白な空間を見回す。
俺は立ち上がる。
トロヤリ、父さんの名前を呼んでみろ。
「サラシナ・トガリ・ヤート…」
俺は頷きながら、その体を分裂させる。
似た容姿だが、かなり老成した、眼鏡を掛けた人物が現れる。
「はじめまして、だな。俺の名前はイズモリだ。」
「俺はイチイハラね。」
「俺はカナデラ。」
「タナハラだ。」
「俺はクシナハラっての。」
最後に俺自身がその姿を俺自身の姿、マサトの姿へと変貌させる。
「こ、これは…」
俺はトロヤリの正面にしゃがむ。
サラシナ・トガリ・ヤートの中には全部で九人の人格が存在する。
トロヤリが目を見開く。
俺は笑いながら人差し指を口の前で立てる。
母さんたちは知ってるけど、ヘルザース達には内緒だぞ?
トロヤリが驚いた表情のまま頷く。
「先ずは、説明を聞け。」
「いや、イズモリの説明は拙いよ。理解できないって。」
「そうだねぇ。マサトに説明してもらって、イズモリが補足するって形の方が良いよ。」
「どっちでも良いから!さっきの続きをしようぜ!」
「街に出て女の子と遊ぼうよ。」
俺は笑いながらトロヤリに話し掛ける。
見ての通り、皆が、好き勝手にバラバラのことを喋ってるだろう?
「う、うん。」
普段、父さんの頭の中はこんなに騒がしいのさ。
「うん。」
でも、考えてる方向性、そうだな、父さんがトロヤリのことを大切に思ってるってことはわかるな?
「うん。」
そのことは皆同じように考えてる。
トロヤリが眉根を顰める。
例えば、今、トロヤリと手合わせする前も…
「俺は反対した。」
と、イズモリが口を挟む。
トロヤリがイズモリの方を向く。
「俺は時期尚早、もうしばらくトロヤリを観察してから手を打った方が良いと言ったんだ。」
イズモリの言葉にイチイハラが言葉を繋げる。
「俺は打てる手は早めに打った方が良いと思ったけど、手合わせなんて暴力的な手段は反対したんだよね。」
カナデラが別の意見を言う。
「俺は同じ手を打つなら、国体母艦を造る時にトロヤリに手伝わせれば良いよって言ってたの。」
タナハラは俺よりも直接的な意見だった。
「俺はまどろっこしいことしないで、直接、腹を割って話せって言ったんだ。」
クシナハラは相変わらずのクズっぷりを示す。
「テルナドが、トロヤリをちゃんと誘導してくれるから、ほっといても良いんじゃない?ってのが、俺の意見。」
な?手段、アプローチの仕方は、皆、それぞれだけど、トロヤリのことを気に掛けてるって点では一緒だろ?
トロヤリが頷く。
で、父さんたちがトロヤリの何について心配してるか、お前はわかってるよな?
トロヤリがヤートの服を脱ぎだす。
ヤート族の服は脱ぐにも面倒だ。この無意識領域ならば、物理的な行動は一切必要ない、服を脱ごうと考えれば、一瞬で服を消すことができる。なのに、トロヤリは服を脱ぐという行動をしている。これは、トロヤリが服を脱ぐということを躊躇っていることになる。
俺達は黙ってトロヤリが服を脱ぐのを待った。
トロヤリが最後のシャツを脱ぐ。
脱いだシャツを丸めて、胸の前で持つ。
そのまま、トロヤリの時間が止まる。
その時間のお蔭で、俺の方も心の準備が出来上がる。
トロヤリが俺を見る。
俺は頷く。
胸を曝け出す。
一瞬、傷のように見えた。
何本も走った亀裂のような傷。
縦横無尽に走る傷がトロヤリの胸に刻まれている。
その傷が蠢き、開く。
血は出ない。トロヤリは顔を歪めるが、痛みによるものではない。嫌悪感だ。
「ほう、珍しい顔が並んでいる。」
傷が話し出す。
歪んでいるが顔だ。誰の顔かも判別できない、声も濁っており、誰の物かもわからない。ただ、最初の第一声でわかる。
何森源也だ。
胸の人面創が人語を話す。
「貴様らと、直接、話すことができて嬉しく思うぞ。」
「ほう、嬉しいだと?」
イズモリが珍しく怒っている。
「その通りだ。期せずして貴様らは、私の思惑通りの世界を構築した。いや、その途上と言うべきか。」
「と、父さん?」
トロヤリが不安気な表情を見せる。
当然だ。自分の身の内に別人格が居て、その別人格が、自分の父親と顔見知りなんだからな。
「違うでしょ。顔見知りどころか、…」
俺はカナデラの言葉を遮るために、カナデラの胸元に右手を挙げる。
俺はトガリの姿に戻る。
そして、ゆっくりと話し掛ける。
トロヤリ、父さんのこの姿、どう思う?
「え?」
外見ってのは、無意識領域じゃない普通の世界において、各個人を区別するための要素だ。
俺の言葉にトロヤリの表情が落ち着いたものとなる。
「うん。」
父さんの中には、このトガリも居る。
俺は自分自身を自分で指差す。
「どういうこと?」
父さんたちは色んな世界から、このトガリという人の中に集まったんだ。
「色んな世界?」
そう、トロヤリが暮らす、普通の世界とは違う、魔法の世界や神様の世界、悪魔の世界もあれば、殺し合いばかりをする世界もある。そんな世界に自分と同じ人間が居て、それぞれの世界で生きているんだ。
「沢山ある…?」
ああ、沢山ある。父さんの知ってるだけで六十四万以上の世界がある。
「そ、そんなに…」
この世界のトガリは一〇歳の時、死にそうになった。
「うん。知ってるよ。新神記で読んだからね。」
うん。その時、この世界のトガリを救うために、その六十四万の世界から、一斉にトガリの中に父さんたちがやって来た。
トロヤリが呆然となっている。
トガリは死にそうだったから、父さんの中で眠ってる。でも、時々、起きてくるんだ。
「トガリの体なのに、トガリは眠っている?」
そう、死にそうになっていたからな。でも、トロヤリは違うだろ?
「うん…でも、いつか、コイツに乗っ取られるかもしれない。」
トロヤリが人面創を指差す。
俺は優しく笑う。
ソイツは、父さんたちと同じなんだ。
「え?」
俺はトロヤリの肩を抱いて、並んで座る。囲むようにイズモリ達も座る。
父さんたちはな、元々は一人の人格だった。
「え?でも六十四万の世界に居た父さんたちがトガリの体に入って来たんじゃ…」
俺は頷く。そして、話す。
父さんは元々一人だった、けど、力を求めた結果、分散して、六十四万の世界に散った、そして、トガリの体の中で一つになった。
「力を?」
そう、一人じゃできないことを成し遂げようとして、その結果、辿り着いたのが多くの自分を生み出すことだった。
でも、多くの自分を生み出しても、一人一人は別の世界に行ってしまった。
「だから、一つになるためにトガリの体を奪った?」
俺は頭を振る。
トガリが死にかけの状態じゃなけりゃ、きっと、トガリがそのまま、この体を使っていたろうな。
「死にかけていたから、その体を使うことができなくなっていた…」
俺は頷く。
父さんたちがトガリを救うために、この体に入った時、もう、脳の壊死、脳が死にそうになってた。
「…」
トガリは、人としてまともな思考ができない状態だったんだ。感情とか、生物の本能的な部分は生き残ってたから、トガリは、怒ったりした時にだけ、父さんたちの前に現れるんだ。
「…」
でも、トロヤリ、お前は死にかけていない。元気に生まれてきたし、元気に育ってる。
トロヤリが俺の顔を見る。
俺はトロヤリの目を見る。
トロヤリの胸に出て来たソイツな。何森源也って名前なんだ。
「イズモリ、ゲンヤ…」
父さんたちと一緒になることを嫌がって、人を一杯殺した奴なんだ。
トロヤリの眉が顰められる。
だから、父さんがソイツをやっつけた。その欠片がトロヤリに逃げ込んだんだ。
「そうだ。私は逃げた。そのことに間違いはない。」
人面創の何森源也が呟く。
ソイツは欠片だ。
トロヤリが自分の胸を見下ろす。
トロヤリが居なくちゃ生きていけない。
トロヤリが胸の人面創に触れる。
トロヤリ。
俺の呼び掛けにトロヤリが左手で人面創に触れたまま俺の顔を見る。
願ってみな。
「何を?」
その人面創を胸じゃなくって、その左手に移れって願ってみな。
「そんなこと…」
できるさ。トロヤリの体で、ソイツは不完全な欠片だ。トロヤリが負けることなんてない。必ず、制御できる。
俺の言葉に躊躇するが、それでも、トロヤリは目を閉じて、唇を噛み締めた。
しばらくして、トロヤリが目を開き、胸から左手を放す。
胸から人面創が消えていた。
左手を返すと、そこに何森源也の人面創があった。
トロヤリが俺の顔を見る。
俺は声を出さずに笑う。
それを見て、トロヤリも大きく笑う。
実際に普通の世界なら、その人面創、出したり引っ込めたりできるぞ。
「本当?」
ああ、できるよ。気に入らないことを言いやがったら黙れって言ってやれ。お前の言うことなら、なんでも聞いてくれるさ。
トロヤリが左手の人面創を見る。
「わかっておる。私は欠片であって、完全な人格ではない。トロヤリの霊子体に寄生しているだけの存在なのだ。その点、しっかりと認識しておる。」
人面創の割にしっかりした話し方をするじゃないか?
「当然だ。私は不完全な精神体で、欠片だが、波状量子コンピューターとのリンクは繋がっている。思考能力と演算能力だけならば、そこらの魔法使いなど問題にならぬわ。まあ、言ってしまえば、やや、人間よりのAIプログラムと変わらぬ存在と言ったところか。」
そいつはスゲエな。
トロヤリ、凄い力を手に入れたぞ。イデアが常にお前と一緒にいるようなものだ。
「父さんに勝てるかな?」
ああ、そのうち勝てるぞ。
トロヤリがニッコリ笑う。
俺も笑う。
「とにかく、問題は片付いたな。」
イズモリが立ち上がる。
「今度は俺の方から何森源也に聞きたいことがある。」
イズモリ?
イズモリが俺に向かって目顔で頷く。
イズモリの隣に一人の少年が現れる。
表情のない少年だ。
イズモリが無意識領域で外観のみを作り上げた、言わば3D映像だ。
「この少年について知っていることを話して貰いたい。」
イズモリが何森源也に問い掛ける。
少年はジェルメノム帝国の皇帝、メルヘッシェン・フォーギース・バーナマムだ。
メルヘッシェンは何森源也とクルタスのことを知っていた。イデアのこともだ。
なら、何森源也もこの少年のことを知っている筈だ。
「ふむ。」
トロヤリがメルヘッシェンの映像に向かって左手を差し出す。
「トロヤリ。」
何森源也がトロヤリに話し掛ける。
「なに?」
「視覚と聴覚については、お前の物を使っておるから私をこの映像に向ける必要はない、手を下ろしなさい。」
「あ、そうなんだ。」
トロヤリが手を下ろす。
「うむ、知っているのやもしれぬが、知らぬな。」
どういう意味だ?
「私は貴様らと闘った折に欠片となってしまったからだ。」
記憶が破壊された?
「いや、記憶は破壊されておらぬ。記憶も欠片となったと言える。」
違いは?
「デバックできない、余分なデータが出来上がったということか…」
イズモリ、どういう意味なんだ?
「OSの認識できないデータの欠片が出来上がった。しかし、そのデータを削除した場合、何森源也が起動しなくなる。」
「うむ、その通りじゃ。私という人格をこのままの状態で稼働させ続けるつもりならば、現状を変えることは勧められぬ。つまり、私は中途半端な記憶でこの人格が形成されている状態なのじゃ。」
うん?よくわからんな。
「人間は精神体の揺らぎによって人格が形成される。しかし、その揺らぎはどうして発生するのか?」
え?各人の記憶?
「その通りじゃ。各個体の肉体が有する記憶を精神体の揺らぎによって選別されて、それぞれの記憶に重要度がマーキングされる。」
うん。
「その重要度によって基礎的な記憶とそうではない記憶に選別され、重要度の高い記憶は脳に記録され直すのだ。」
そうなの?
「そうだ、人間がその記憶を短期記憶から長期記憶に移行させる作業がそれだ。重要だと思った記憶は何度も思い出し、忘れないように長期記憶に移行する。」
何森源也の説明をイズモリが補強してもよくわからん。
「つまりだね。」
うん、頼むぞ、カナデラ。
「一夜漬けの試験勉強はすぐに忘れるけど、心に感銘を受けた物語なんかは、中々、忘れないでしょ?その違いだよ。」
成程、その説明ならよくわかる。
「うむ、心に響く事柄は脳に強く残る。その記憶が精神体、つまりに心に揺らぎを発生させるのじゃ。」
はあ、つまり、記憶によって人格が形成されると?
「そうじゃ、私は貴様らによって、何森源也の人格片となった、つまり、記憶も欠片になってしまったのじゃ。」
だから、この皇帝のことを知っているかもしれないが知らないと?
「その通りじゃ、波状量子コンピューターには断片としての記憶は残っておる筈だから、その記憶を繋ぎ合わせれば、この者のことも思い出せるだろうが…」
そうなると、元の何森源也に戻ってしまう、て、ことか。
「その通りじゃ、だから推奨せぬ。」
たしかに、それは頂けないな。
「では、あとはイデアに聞いてみるしかないか。」
そうだな。
「まあ、良いじゃない。この皇帝の件は次回に持ち越しってことで、取敢えず、良かったよ、トロヤリが元気になって。でないとトンナちゃんが悲しむからね。」
イチイハラが立ち上がり、メルヘッシェンの映像が消える。
「ホントだよ。トロヤリは大事な俺達の息子だからな。元気になってくれなくっちゃ。」
カナデラが立ち上がる。
「うん、もし、トガリが死んだら、その時はトロヤリに体を貸してもらうってのも有りかもしれないしね。」
クシナハラが立ち上がる。
「よし、じゃあ、さっきの続きだ!トロヤリ!もう、手加減しないからな!」
タナハラが立ち上がる。
俺はもう一度トロヤリに笑い掛ける。
それじゃあ、戻ろうか?母さんたちが心配してるはずだから。
「うん!」
トロヤリが元気よく答えて、俺達は元の世界に戻った。




