トロヤリ、お前はホントに六歳児か?
物質化しながら無縫庵の玄関ドアを開き、大声で叫ぶ。
「サクヤ!!」
無縫庵の中は静かだった。
サクヤがブローニュを連れ出し、決闘してる構図が容易に想像できる。
俺はマイクロマシンを使って、全力でサクヤの行方を捜す。
いた。
民間用の空港だ。
再び、粒子化光速移動でサクヤの元に移動する。
だだっ広い空港の一角、無数の航空艦が、行き交うエレベーターのように垂直離着陸を繰り広げている。
「父ちゃん!」
「パパ!」
「トガリ!」
アヌヤ、ヒャクヤ、トンナが俺の顔を見て驚く。
「デシター!」
ブローニュは泣きそうな顔で驚く…あれ?
妙な絵面だ。
トンナ達と一緒にブローニュが並んでる。あれ?サクヤは?
俺は歩きながら首を伸ばして、トンナ達の向こう側を覗き見る。
「サクヤは?」
俺の言葉に皆が一斉に眉根を寄せて、困った顔になる。
「あっちなの。」
トンナが人差し指でサクヤのいる方向を示す。
トンナ達の陰になって見えなかったが、サクヤが青空を背に立っている姿を捉える。
ピンクのゴシックドレスに身を包み、クルクルと巻いた金髪が陽の光を反射して銀色に輝いている。
「兄さん、邪魔するなし。」
サクヤの対面に立つのはトロヤリだ。
トロヤリはヤート族の服を着て、ジッとサクヤを見詰めてる。
「トロヤリ、本当に良いの?サクヤだよ?」
トロヤリとサクヤの丁度中間地点、そこにテルナドが立っている。
トロヤリとサクヤが決闘?
そういう構図だよな?
なんで?
『わからん。』
テルナドの言葉を無視して、トロヤリがサクヤに向かって歩き出す。無造作な歩き方だが、両足にキチンと体重が乗って、正中線がブレていない。
ヤートの服を着ているということは、トガナキノのヤートにとっては本気の戦いを意味する。
トロヤリの表情は真剣だ。
マジでやる気だ。
トロヤリとサクヤの間合いが重なる。
サクヤの頬を一筋の汗が伝う。
どっちも真剣だと?オイオイ、なんなんだ?
呆気に取られている内にサクヤの体がブレる。ゴシック調のフレアスカートが独楽のように回り、サクヤの左足がフレアスカートと同じ軌道を辿ってトロヤリの顔へ飛ぶ。
黒い革靴が線となってトロヤリの鼻先を掠める。
サクヤがトロヤリに背中を晒す。トロヤリが前に体重を戻す。
隠れていたサクヤの右踵がトロヤリの股を狙って跳ね上がる。
トロヤリが足首の動きだけで跳び上がる。
直立したままの姿勢だ。その顎先をサクヤの踵が奔り抜ける。
横回転が縦回転に変化して、サクヤが宙返りで着地する。そのままトロヤリから距離を取ろうと体を捻って左足を軸に回す。
サクヤの目前にトロヤリが立つ。
サクヤが反射的に背中を反らす。
トロヤリが指先でサクヤの胸を押す。
サクヤが吹き飛ぶ。
霊子を同調させてる?
トロヤリがそこまでの技を習得してるだと?
「霊子を同調させる技、トンナが教えたのか?」
「まさか、獣人のあたしには、できない技だよ。」
俺もトンナもトロヤリの動きに見入ったままだ。
どうやって、あの技を知った?いや、知ったかどうかじゃない、どうやって使えるようになった?
吹き飛んだサクヤが体を回転させて、足から着地する。
霊子を同調させる技、それができるなら確認できるかもしれない。
俺は、ヘイカ・デシターの姿から、本来の姿、十六歳のトガリへと変貌する。服装はヤート族の服だ。
そして、歩き出す。
サクヤは立ち上がったまま動けない。トロヤリの仕掛けた技が、どんな技なのかわからないからだ。
「父さん!」
立会人役のテルナドが大声で俺を呼ぶ。
サクヤは俺の方へと視線を走らせるが、トロヤリはサクヤを見たままだ。
サクヤとトロヤリの間に割って入る。
「父さん…」
俺が正面に立ったので、トロヤリが呟く。
「父さん、どくし。」
俺の背後でサクヤが強がるが、俺はサクヤを無視してトロヤリに話し掛ける。
「トロヤリ、父さんと手合わせしよう。」
トロヤリはこう言われることを予測していたのか、動揺することもなく立っている。
「どうして?」
冷めた口調でトロヤリが疑問を口にする。
子供に嘘は吐けない。
「お前の中に誰かいないか確かめたい。」
トロヤリの表情が僅かに動く。
いるのか…
『そういうことだな。』
「わかったよ。」
トロヤリが観念したように返事する。
「父さん!退くのし!」
サクヤが俺の腰を押しながら怒鳴ってくる。俺は、後ろ手にサクヤの頭を撫でる。
「父さんと交代だ。」
優しく言ってやるが、それでも、俺を退かそうと「退くのし!」と怒鳴りながら押してくる。
「サクヤ!!邪魔だよ!お前が下がるんだ!!」
トンナがサクヤを怒鳴る。
トンナをチラリと見ると、腕を組んで、見たことない表情で怒ってる。
サクヤがスゴスゴと大人しくトンナ達の所まで歩いて行く。
ホント、サクヤってトンナの言うことはよく聞くんだヨな。トンナもサクヤには厳しいしな。
俺はトロヤリに向き直る。
「トロヤリ、どうして、サクヤと喋ってる時に攻撃してこなかった?」
「えっ?」
トロヤリが、不思議な物を見るような表情で俺を見る。
「チャンスだったろう?」
トロヤリが困ったように眉を顰める。
「サクヤから目を切らなかったのは良い心構えだと思ったんだがな。今の隙を見逃すのは良くない。」
俺の話の途中でトロヤリの右足が動く。
俺の膝を狙った蹴りだ。膝の皿を下から掬い上げるように爪先が俺の膝を狙う。
「うん、このタイミングは良しだ。」
そう言いながら膝の位置をずらし、脛でトロヤリの蹴りを受ける。
『躱さないのか?』
ああ、トロヤリの攻撃は、全部、受ける。
『男だな!』
ああ、親子だからな。
下ろした右足がそのまま踏み込みとなって、俺の恥骨を狙ってトロヤリの右肘が打ち下ろされる。
右手を滑り込ませて、右掌でトロヤリの肘を掴み、同時に右に捻る。
トロヤリの上体が、その捻転に引き摺られ、大きく体を崩すが、その崩れた勢いを殺すことなく更に加速させる。
トロヤリが俺の懐で独楽のように回転する。
回転した力をそのまま左拳に乗せて、俺の顎を狙う。
フェイントだ。
トロヤリのリーチでは、俺の顎に浅い打撃しか入れられない。
自分の体を陰にして、左足の踵が俺の股間に向かって跳ね上がる。
俺は右足でトロヤリの右足を払う。
軸足を刈られて、トロヤリが音を立てて転ぶ。
倒れたトロヤリを右目で見下ろす。
感情に起伏が見られない。
「トロヤリ、父さん相手にフェイントは愚策だ。ただでさえトロイ攻撃なのに、それじゃあ、もっとトロクなる。」
トロヤリが俺を見上げるが、怒りの色も悔しさの色も見ることができない。
自分自身の心をしっかりと制御…いや、殺してるな。
トロヤリが立ち上がる。
俺はトロヤリの間合いに無造作に入り込む。
両膝を地面に着く。顔の高さがトロヤリと同じになる。
「本気で来い。」
俺の言葉にトロヤリが唇を噛む。
本気で来いと言われて、馬鹿にされたと思ったのか、それとも、本気は出せないと悔しく思ったのか。
トロヤリが呼吸を整える。
腰を落として、右拳を腰の高さで握り込む。
左の掌は開いた状態で俺の胸に向けている。トロヤリが腕を伸ばしきれば十分に届く距離だ。
「フンッ!!」
トロヤリの右正拳突きが俺の胸に向かって伸びる。
「遅い。」
俺は左掌で受けて弾く。
トロヤリが拳を捻らずに直突きの連打を左右から繰り出す。
その全てを俺は撃墜する。
トロヤリが足の裏を尺取り虫のように動かし、ジリジリと近づいて来る。
「足の裏を動かせるなら、打撃に使え。」
トロヤリの眦が上がる。
足裏の微妙な動きで体重移動を加速させ、骨盤の揺らめきが激しさを増し、背骨を捩り、肩甲骨の動きも加速させる。
連撃の回転が上がる。
「…兄ちゃん…スゲエのし…」
サクヤの呟きが風に乗って聞こえる。確かに凄い。六歳の子供の能力じゃない。
トンナを初めとする女達もオルラでさえも、皆が皆、俺の子供だという理由で、異常だとは思っていない。
俺が普通の子供にまで引き下げる。
そう、トロヤリに自覚させる。
異常な能力を身に着けた六歳の子供が大人になったらどうなるのか?
そんな子供が殿下とおだてられて、大人になって、国王になる。
考えただけで空恐ろしいものがある。
トロヤリを育てている人間は気付いていない。いや、気が回っていないのだ。トガリが一〇歳の時、四十五歳の俺がいたから道を踏み外さなかったのだ。
俺という実例を見ているせいで、トンナは元より、オルラもトロヤリの能力の高さを当たり前だと思って、後々は国王にするつもりで育てている。
「五十発以上打って、良いのが一撃もない。」
大人でも耐え切れない打撃だ。しかし俺は言葉通り、全ての打撃を叩き落している。
「弾く価値もない。」
俺は手を止める。
トロヤリの連撃が俺の体を滅多打ちにする。
トロヤリの眦に涙が溜まる。
「トガリ!そんなことしちゃ嫌だ!」
トンナが見かねて叫ぶ。
「トロヤリは真剣だよ!真剣に相手してやってよ!」
トンナは叫ぶが、止めには来ない。いや、来られない。
トロヤリは、ヤートの服を着て一武道家として俺と手合わせしている。俺も最初はそのように接した。
だから、俺が遊び始めたことをトンナは否定するのだ。トンナが割り込めば、トロヤリとの手合わせを更に否定することになる。
「トロヤリ、心の内で叫ぶ者がいるか?」
トロヤリは連撃を止めない。
涙を流しながら連撃を止めない。
「憎しみと怒り、心の中でその違いはハッキリとは区別できない。」
トロヤリの拳が俺の胸と腹を撃ち続ける。連撃の最中だ。無呼吸運動を続ける中、トロヤリは応えることができない。その拳が悔しさを俺に伝える。
「一度、全てを曝け出せ。そうして、初めて、その心の正体がわかる。」
トロヤリの拳が俺の腹で止まる。
顔を伏せる。
トロヤリが最初の構えをとり、顔を上げる。
吹っ切れた顔つき。
俺は安堵する。
トロヤリが呼吸を整える。
その右拳が奔る。
うん、人を殺せる、それ程の威力を持った拳だ。
重い砂袋を落としたような音が轟き、俺の腹にその拳がめり込む。
その瞬間を狙って、俺は、トロヤリを無意識領域へと引きずり込んだ。




