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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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嘘を吐くには段取りが大事

 明日の正午までとの約束だったが、その時を待たずして、俺はオロチにてトガナキノに戻る。

 ウロボロスも既にトガナキノに戻って来ているので、オロチをウロボロスの発着ハンガーに収納し、粒子化光速移動で、直接、魔獣狩りユニオン事務所前に戻って驚いた。

 うん、玄関開けたら人が一杯いるんで驚いた。

「お帰りなさいなのです!!」

 両手一杯に抱えていた書類を放り出し、トドネが出迎えの挨拶と共に抱き付いてくる。

「お帰りなさいませ。」

 書類の舞い散る事務所で顔色を変えることなくスーガが挨拶してくる。その陰から顔をヒョッコリ出して、元連邦捜査局局長のハルタがニッコリ笑う。

「お帰りなさいませ。お疲れさまでした。」

 座っていたハルタが、わざわざ俺の背後に回り込んで、滑革のベストを脱がしてくれるが、トドネが放り出した書類を踏んでますけど?いいの?

「書類を踏んではいけません!」

 やっぱりスーガが怒ったよ。

「ご、ゴメンナサイなのです!」

 トドネが慌てて書類を拾おうとするが、スーガが優しい声で「トドネ様は良いんですよ。トドネ様のお蔭で、加入者が増えているのですから。気にせず、デシター君に抱き付いていて良いのです。」と、かなり依怙贔屓なことを言いやがった。

「ハルタ、書類を拾ってください。あなたは役に立っていないんですから、それぐらいはできるでしょう。」

 おいおい、スーガ、冷静にそんなこと言われると、結構、傷付くよ?

「なっ!今!陛下のお役に立っているところだ!!」

 俺のベストを抱えながら、ハルタが負けじと怒鳴る。

「デシター君個人の役に立たなくても良いのです。事務所の役に立ってください。」

 書類に向かいながらスーガが真っ当なことを言う。

「ぐっ!」

 ハルタが俺のベストを壁掛けに吊るし、ブツブツと言いながら書類を拾う。この二人、もしかして、犬猿の仲か?

「わ、私も拾うのです!ハルタさん、ゴメンナサイなのです。」

 トドネも床に散らばった書類を拾い出す。

「お帰りなさい。」

 カルザンも書類を拾いながら可愛い微笑みで迎えてくれる。

「フンッ!」

 カルデナの挨拶は独特だ。カルザンの手から書類を奪い取り、カルザンには、「カルザン様、そのようなことは私めがやりますので、カルザン様はゆっくりとご休憩なさってください。」て、言ってるのに、俺に対してはソッポを向いて鼻を鳴らす。うん、ドラゴノイドの挨拶ってこうなんだ。

『挨拶じゃないだろ。』

 挨拶だと思い込まないと俺の心が折れるだろうが。

「お帰りなせえやし。」

 椅子に座りながら書類を拾うドルアジが俺の方に向き直って、深々と頭を下げる。

 テルナドとブローニュはいない。

 代わりに金髪の青年とセディナラがいた。

「お帰り。兄弟、ご苦労さんだったな。」

「ああ、そう大したことじゃなかったよ。」

 セディナラの言葉に応えながら、俺は金髪の青年に目を向ける。

「この兄ちゃんは…」

 拾った書類を小脇に抱え、金髪の青年が立ち上がり、勢いよく頭を下げる。

「はじめまして!元連邦捜査局特別捜査官のイ…」

「ああ!トドネを苛めてたイノウ君か!!」

 イノウが頭を下げたまま、固まる。

「ち!違うのです!」

 トドネが、再び、書類を撒き散らす。

「え?違う?名前、イノウじゃなかったっけ?」

 トドネが両手を振り回して慌てて駆け寄って来る。

「違うのです!名前じゃなくって!名前はイノウさんで合ってるのです!」

 オイ、スーガ、トドネが書類を踏んでるぞ?それはスルーか?

 スーガがチラリとトドネの足元を見て、すぐに書類に向かう。ホントにスルーしやがった。

「イノウさんは私を苛めてなどいないのです!」

「ああ、そうか、トドネを厄介者扱いしてたって言った方が正確か。」

「いや、その、そういう風に言われると、その…」

 トドネの語尾がゴニョゴニョだ。

「はあ、全くもって、その通りです。」

 イノウが項垂れながら、小さい声で呟く。

「なんだ?後悔してるのか?」

 イノウが上目遣いでこちらを見る。

「いえ、後悔と言うより、あの時は大人気(おとなげ)なかったと、自己嫌悪です。」

 俺はニッコリと笑う。

「気にするなよ。特別捜査官に無理矢理捻じ込んだコッチ(・・・)が悪いんだ。まともな奴なら、トドネのことは厄介者扱いするさ。」

『馬鹿!そんなこと言ったら、俺達がトガリだとバレるだろうが!』

 あ…

「はあ、そう言って頂けると、気が楽になります。」

 あれ?バレてない?いや、元から俺の正体がわかってる?

『ハルタから聞いてる可能性が高いか。』

 なあんだ。

「で、イノウ君も俺の正体が国王だって知ってるわけ?なんか、凄い、知ってるような感じなんだけど?」

「え?」

「え?」

「え?国王?」

「うん。え?」

「ええ?」

「あれ?知らなかった?もしかして…」

 スーガが書類を作成しながら割り込んでくる。

「デシター君と私が呼んでいるのに、知っている訳がないでしょう。」

「あれ?でも、凄い知ってる風な感じで、畏まってたよ?いま…」

 俺みたいな子供に対して、凄い手寧に挨拶しようとしてたから、遂、そう思っちゃった。

 イノウの顔が青褪める。

「も、申し訳…」

「待て!待った!動くな!そのまま!そのまんま動くな!動くなよ!絶対に動くな!」

 イノウが跪こうとしたので、慌てて止める。土下座道の達人をこれ以上増やすのは勘弁して頂きたい。

「いいか?土下座なんてするなよ?するなら命を懸けろよ?命懸けだぞ?絶対するなよ?」

「申し訳ありません!!」

 一気に土下座しやがったよ…なんで、命懸けで土下座するの?もう、訳わかんない。

「この命!差し出します!ですから、何卒!何卒家族の命だけは!家族が今後もトガナキノで暮らせるよう!何卒お願い申し上げます!」

 イノウ以外はポカーンだ。いや、ドルアジだけは「うん、うん。」と頷いてやがる。流石は土下座道の先輩だ。

 スーガが溜息を吐いて口を開く。

「イノウ君、何を思ってそのようなことを言っているのか知りませんが、陛下がその姿の時は只の一魔狩りにすぎません。土下座をする暇があるなら、早く、この書類を片付けてください。」

 スーガが冷めた目付きでイノウを一瞥し、書類に向き直る。

 ドルアジが書類を拾いながらイノウの横に跪く。

「イノウ君ヨ。旦那はこんなことで怒ったりしねぇよ。どっちかと言うと、こっちが土下座してる方が機嫌を悪くするんだよ。頭ぁ上げな。」

 ドルアジが優しくイノウの肩を叩き、イノウがそれに応えるようにソロソロと顔を上げる。

 俺の顔を見て「ひっ!」と叫んで、再び、顔を伏せる。

「旦那ぁ、そんな顔してちゃイノウ君が顔を上げられませんぜ?ニッコリ笑っちゃどうです?」

 俺はへの字に曲げてた口を、無理矢理、笑顔へと変える。

「ぷっ」

 その顔を見てドルアジが笑う。

「なんだよ?」

「いや、旦那の顔が面白くって。」

「けっ!俺だって好きで王様やってる訳じゃねぇんだ。それを、一々、俺が王様だってバレるたんびに、みぃんなが、皆、土下座しやがる。もう、土下座禁止令を出そうかと思ってるぐらいだぜ。」

「え?陛下は王様を好きでおやりになってるのではないのですか?」

 ハルタが、変な言い回しで食い付いてくる。

「そうなのです!トガ兄ちゃんは、いっつも言ってるのです。もう、王様なんて嫌だアアアアって。」

 トドネの言葉に全員が呆れ顔で俺の方を見てくる。イノウもやっと顔を上げる。

「そうだよ。トドネの言うとおり、俺は王様になんてなりたくなかったの!それをヘルザースが訳のわかんない組織を起ち上げてよぉ。なんか訳わかんない内に国体母艦を造ることになって、やりたくないって言ってんのに王様だよ。」

『やりたくないって言ってたか?』

 もう覚えてねえよ。やりたくないって言ってたことにしろよ。

「大体、俺はヤート族の一〇歳のガキだったんだぞ?」

『中身は四十五歳だったがな。』

 うるせぇよ。わかってるよ。

「そのガキがなんで王様なんだよ?普通はカルザン帝国みてぇに摂政が就くもんだろ?なんで、ヘルザースとかローデルとかズヌークがしねぇんだよ?」

 あれ?皆の視線が俺の方を見てねぇぞ?

「陛下が神の如きお力と、空よりも広く、海よりも深い、お優しいお心をお持ちだったからです。」

 うわっ!吃驚したぁ。急に後ろに立つなよ。国じゃあ、気を抜いてんだから、気付かねぇんだよ。

 振り返るとヘルザースが立っていた。

「陛下、陛下が国王として君臨なさっておられるからこそ、この国はトガナキノ国なのです。(それがし)やローデル、ズヌークなどが国王として君臨しておれば、少なからず、この国の名に泥を塗っておること間違いございませんぞ。」

 なんだよ。真剣な顔でそんなこと言うなよ。反論しにくいじゃねぇか。

「ケッ、じゃあ、トガマミレ国って国名に変えるか?」

「結構。そうなっても間違いではござらん。国王自らが国民の咎を背負って、国王だけが咎に塗れる国ということで、陛下が国王でも何の問題もございません。」

 うわあ。真面目な顔してこっぱずかしいこと言ってるよ、このオッサン。

「陛下、陛下が我々に教えてくださったのですぞ。人は一人では生きてはいけぬ。と、しかし、陛下は違いまする。」

 いつもと違ってヘルザースが真面目な顔で話し出す。

「陛下はお一人で生きていけるお力をお持ちです。しかし、そのお力を私利私欲のためにお使いになったことはなく、常に人のためにお使いになっておられる。大きな力は強い日差しや冷たい雨を遮る傘のような物です。陛下のお力によって、その傘の大きさは変わります。巨大な傘を支える陛下の元に力の弱い者が助けを求めて集まって来るのは道理でございます。」

 俺は照れ隠しでソッポを向く。

「そのような態度を示されても、この国の国民は心の根の部分に植えこんでおるのです。この国の礎は陛下の力によるものだと。だからこそ、誰も彼もが陛下を恐れ、敬うのです。」

 チラリとヘルザースを見る。うん、やっぱ真面目な顔してる。

「ですから、陛下が好き放題に勝手気ままに他所で暴れていても、陛下に罪は無いとわかっているのです。」

 ヘルザースが溜息を吐く。

「まったく、だからこそ性質(たち)が悪いのです。その後処理に我らがどれだけの労力を払っておるか、そんなことも御存知ないまま、そのような愚痴を仰っておられるとは、まったく、嘆かわしい。」

 やっぱり、最後にチクリと言いやがった。

 俺は、奥の自分の席に向かいながら「わかったよ!わかったからグチグチ言うなよ!」と、言って、音を立てて自分の席に座った。

「愚痴を仰っていたのは陛下でござろう。」

 うっ、た、たしかに。

「で?どうした?何しに来たんだよ?」

 俺の言葉にヘルザースがスーガに視線を向ける。

「まだ話しておらんのか?」

 スーガが立ち上がり、頭を下げる。

「は、申し訳ありません。」

 ヘルザースが頷き、「よい。では、某からお話ししよう。」と言って、俺の方へと向き直る。

「陛下、トンナ陛下に魔獣狩りユニオンの映像をお渡しになられましたな?」

 主旨のわからない問い掛けだが、事実なので、俺は、「うん。渡したよ。」と、答える。

「その映像をトンナ陛下が‘今日の王室’で放映なさいました。」

 ヘルザースが眉間に皺を寄せながら、話し出す。

 うん、良いんじゃない?カルザン、ブローニュ、俺の三人でコスプレみたいな格好して、街に繰り出した時の映像だ。

 その映像を魔獣狩りユニオンってこんな組織なんだよ。ってことをPRするために編集した。

 加入者募集じゃないから問題ないと思ったんだけど、拙かったのか?

「一応、加入者募集じゃなくって魔獣狩りユニオン紹介用に映像を編集したんだけど、何か拙かったのか?」

 ヘルザースが頭を振る。

「そういった点では問題はございませんでした。」

 俺は首を傾げる。

「じゃあ、何が拙かったんだ?」

「カルザン様を主役のように扱って編集なさいましたな?」

「うん。だって、カルザン、女性に凄い人気がありそうなんだもん。」

 ヘルザースが溜息を吐く。

「誠にその通りでございます。ですから、今、安寧城は大変なことになっておりますぞ。」

 え?

「カルザン様を魔獣狩りユニオンから脱退させろと、デモが押し掛けておるのです。」

 は?

「しかも女性ばかり、某の妻も参加しておる始末。」

 はあ、そりゃ大変だな、いや、俺じゃなくってヘルザースが。

「その上、トドネ様が魔獣狩りユニオンの事務員として働いていらっしゃるということが広まったために、魔獣狩りユニオンに加入すると申す者が、これ、また大多数、押し掛けておるのです。」

 ああ、そりゃ良いじゃん。

「とにかく、混乱しておること極まっております。仮面を着けたままでも構いませぬ。安寧城の前庭にて陛下の玉言が必要なのです。」

 ああ、そういうことね。

「お前ら三役が出て行きゃ、なんとかなるだろ?」

 ヘルザースが大きく溜息を吐く。

「それができるのならやっております。某の妻を始め、ローデルの妻子、ズヌークの妻子までもがデモの先陣を切っておるのです。某共の言葉では、治まらぬのです。」

「え?ズヌークの妻ってカナデもか?」

 ヘルザースが憂鬱気に首を振る。

「ズヌークの第一夫人です。」

 ああ、そう、カナデの前の奥さんね、うん、夫って辛いよね。一夫多妻制なのに、なんで、こんなに女が強いんだ?

『女の強さは不変なんだろう。』

『そうだよね。女の人って強いよね。子供の頃から。』

「お前らの奥さんなら、お前らが言えば、なんとかなりそうじゃねぇか?」

 ヘルザースが首を振る。

「トガナキノに移ってからというもの、強くなり続けておるのです。」

『平和な国だと女性が強くなる。そういうことだね。』

『ほう、クシナハラにしては良いことを言う。』

「ヘルザース。」

「はっ。」

「お前も大変だな。」

「はあ。」

 ヘルザースが俯く。

「まあ、そんなことより、とにかく陛下、急ぎこちらにお出で下さいませ。」

 ヘルザースが事務所のドアを後ろ手で開ける。俺はカルザンに視線を送る。カルザンが視線を逸らす。

 俺は立ち上がってカルザンの前に回り込み、カルザンの目を見詰める。うん、こうして見るとカルザンの睫ってスッゲエ長いのな。

『可愛いねぇ、やっちゃう?』

 やらねえよ。

 カルザンが視線を逸らしながら、「い、嫌ですよ?僕は行きません。」と小さな声で拒絶する。

 あ、僕って言った。相当嫌なんだな。でも駄目だ。お前の可愛さが原因だ。

『いや、あの映像を流させたお前の責任だろ?』

 違うぞ?俺にあの映像を撮らせたカルザンの可愛さが悪いのだ。そう、そうなのだ。

「カルザン、お前の唯一の咎だ。」

 俺の言葉にカルザンが俺の方を見る。

「カルザン、お前のその睫、長くて綺麗だな。」

 カルザンが俯く。

「お前の目、大きくて好い形をしてる。」

 カルザンが顔を赤くする。

「鼻も丁度いい位に高いし、小鼻も小さくて、顔のバランスを絶妙に整えてる。」

 カルザンが真赤になって目を瞑る。

「肉厚だが大きくない唇も可愛い。」

 カルザンが唇を巻き込んで噛み締める。

「カルザンの可愛いは罪だ。」

「うん。罪なのです。」

 驚いた。トドネが真剣な表情で乗っかってきた。

「フフンッ!貴様らは知らんだろうから教えておいてやる。カルザン様はお生まれになった時から、それはもう、ものゴッツウ可愛かったのだ!その可愛さ足るや凄まじく、噂は電撃のように帝国中を奔り抜け、近隣諸国にまで鳴り響き、近在の王族共が、こぞって、カルザン様の可愛さに平伏したものだ!そもそも、カルザン様の可愛さは年齢と共に、倍!倍!というように倍増しで高まり続けており、その事実を隠そうとしても隠せるものではない!その可愛さを罪だとぬかすなら、たしかに罪であろう!しかしその罪はカルザン様を愛してしまい虜になってしまうという罪であって、言い換えれば、カルザン様という愛の牢獄に囚われる至福の囚人となる…」

 カルデナが力説し始めた。

 皆、ドン引きだよ。

「そうですね。その可愛さは罪ですね。」

 力説するカルデナをほっといて、イノウも同意見だと宣う。

「本人が望んだわけではないでしょうが、その可愛さで生まれてきたのです。原罪ということでしょうな。」

 スーガが真面目に訳のわからんことを言い出した。

「しょうがねぇですよ。カルザン様、その可愛さは、どうにも言い訳ができやせん。」

 ドルアジまで乗っかる。

「罪は背負っていくものなのですヨ。そう、カルザン様がオバサンではなく、オッサンになるまで。」

 ハルタまでもが、遠い目付きとそれっぽい言い方で訳のわからんことを言ってる。きっと、ハルタは自宅ではオッサン化してるんだろうな。うん。容易に想像できる

「致し方ありませんな。カルザン様、陛下と一緒に安寧城の庭まで来て頂きましょうか。」

 ヘルザースの言葉が止めとなって、カルザンが「そ、そんなぁ。」と嘆いた。

「諦めろ。お前が可愛すぎるのがいけないんだ。」

 俺はカルザンの肩に腕を回し、耳元に近付き、慰めるように囁いた。

「へ、陛下…」

 うん、泣きそうなカルザンも可愛いぞ。

「そもそも、何が嫌なんだ?お前、元皇帝なんだから、大勢の人前に出ることなんて慣れてるだろう?」

 カルザンが俯き、可愛い唇を震わせるようにして小さな声で話し始める。

「わ、私は大勢の人前で話すことは得意ではないのです…」

「え?」

「皇帝だった頃は、摂政だったルドフィッシュに全て任せていたので…」

「え?全て?」

 カルザンが慌てて首を振る。

「いえ、全てとは、臣民に何かを発表する時ですよ!その発表事は、全て、任せていたんです!」

「そうか…」

 俺はカルザンの言葉を、瞼を閉じて聞いた。

 目を見開く。

「お前の可愛さは罪だ。これは全員が認める所の現実であって、事実だ。」

「うっ」

「罪を背負った者はその罪を濯がねばならない。」

「ええっ!」

「今回のこれが、その機会だ!」

 俺の真剣な眼差しにカルザンが仰け反る。

「兄弟。」

 セディナラが割って入って来る。俺は「ん?」と顔を上げ、セディナラの方へと向き直る。

「カルザン様の可愛さで盛り上がってるとこ悪いが、ジェルメノム帝国のことはどうなったんだ?」

 忘れてた。

「思いっきり、忘れてたって顔だな。」

 うん、これもカルザンの可愛さが悪い。

「いや、カルザンの可愛さが悪いな。やっぱり、カルザンの可愛さは罪だ。」

「陛下。」

 今度はヘルザースだ。

「ん?」

 今度はヘルザースの方へと顔を向ける。

「ジェルメノム帝国のこととは一体なんのことでございます?」

 既にヘルザースの眉間には皺が一杯寄っている。

「お前、眉間の皺、凄いな。何本あるんだ?」

 ヘルザースが口を歪めて笑う。

「陛下が厄介ごとを持ち帰る度に増えておりますからな。陛下が厄介事を起こすのと同じ本数でございます。」

 ありゃ、蟀谷に血管まで浮き出てる。

「ヘルザース、血管がブチ切れて死んじゃうぞ?」

 俺は自分の蟀谷を指で叩きながら、ヘルザースに忠告してやる。

「陛下のお話によってはブチ切れることはありますまい?」

 ああ、じゃあ、ダメだ。ブチ切れること間違いない。

「で、陛下、今度はジェルメノム帝国で何をなさって来たのですか?」

 まあ、しょうがないか。ヘルザースの血管がブチ切れないことを祈ろう。

 俺は脳天を指先で掻きながら話し出した。

「うん、俺がジェルメノム帝国に寝返って、トガナキノに攻め入ることになった。」

 全員が固まった。

「な?!何言ってんだよ?!兄弟!正気か?!」

「な、なんたることを…」

「ええ?」

「フンッ!今度こそ打ちのめしてくれる。」

「え?じゃあ、ジェルメノム帝国に移住すれば良いのか?」

「え、えっと、きょ、局長?」

「だ、旦那ぁ。」

「付いて行けばいいのです!」

 スーガは溜息を吐いた。さて、問題です。それぞれの台詞を言ったのは誰でしょう?

『下らんことを考えてないで、ちゃんと説明してやれ。』

 わかってるよ。

「ま、まあ、落ち着け。」

 ヘルザースが机をぶっ叩く。ダイジョブ?痛くなかった?

「これが落ち着いてなどいられますか!どこの国の国王が他国に寝返って!自分の建国した国を侵略しようとするのですか!もう!訳がわかりませぬ!!」

「いや、だから、その理由を今から説明するから、な?だから、落ち着け。」

 カルザンが俺の襟首を両手で掴む。

「ど、どういうことなんです!カルザン帝国を吸収合併しておいて!陛下はこの国を見捨てるのですか?!」

 カルザンも器用だな。俺の襟首を掴みながら陛下って言ってるよ。

「カルザン様!そのまま両手をクロスさせて頸動脈を絞めるのです!」

 こら、カルデナ、ドサクサに紛れて何を言ってやがる。

 俺はカルザンの手に両手を添えて、もう一度「落ち着けって。」と、声を掛ける。

 カルザンが俺の襟首から手を放す。うん、涙ぐんで怒ってる顔も可愛いぞ。そんな顔で「私を見捨てないでください!」とか言われたら、絶対に見捨てないぞ。

『だから、食べちゃお?』

 おっと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。

「いいか?ジェルメノム帝国は、今、フランシスカ王国を含む周辺諸国と戦争状態だ。」

 全員が黙って俺の方へと注目している。

「ジェルメノム帝国は、大量の魔法兵器を投入することで、その戦争を有利に運んでる。」

「ああ、たしかに金剛の数が多かったな。それに戦闘機まであった。」

「なに?!セディナラ!それは真か?」

 ヘルザースが驚く。

 戦闘機などの飛行兵器の存在はトガナキノも看過することはできない。トガナキノが平和なのは、他国が飛行技術を持っていないからだ。

「他にも秘密兵器があるみたいだ。」

 全員の眉間に皺が寄り、眉根が歪む。

「現在の状況から、俺は魔法兵器のほとんどが洗脳奴隷を使っている物だろうと見てる。」

 スーガが頷く。

「その戦闘機はともかく、金剛はそうですね。剣奴などを使うのが一般的だと聞いております。」

「そうだ。でも、金剛だけじゃない。俺は、戦闘機とかのコントロール系にも洗脳奴隷の脳が使われてると思ってる。」

 スーガが目を見開く。

「成程、トガナキノの八咫烏にもイデアの複製術式を使用しておりますからな。その代わりに人の脳を使っていると…有り得ますな。」

 俺は下を向いて皆に話す。

「俺達が、今、こうしてるのはなんのためだ?奴隷を解放するためだろ?それに、戦場の拡大は戦死者を多く出す。戦場のコントロールが、つまり、戦争のコントロールが必要だ。」

 全員が頷き、俺は顔を上げる。

「俺はヘイカ・デシターとしてトガナキノを裏切り、魔狩り専用の兵装を持ってジェルメノム帝国に潜入する。そうすることで、ジェルメノム帝国はトガナキノに戦力を集中させる。」

「成程、兵力が整えば、ジェルメノム帝国がその矛先をトガナキノに向けるということですな。しかしながら、トガナキノに戦を仕掛けるという、その根拠は何処に?」

 ヘルザースの疑問は当然だ。トガナキノに攻め入る理由を話していないからな。

「ジェルメノム帝国の皇帝はクルタスを恩人だと言った。」

「なんと!!」

 ヘルザースだけではない。この場にいる全員が驚きの声を上げる。

「ただ、クルタスを討伐したのがトガナキノだから、と、いう理由だけでは決定打に欠ける。」

 ヘルザースが頷く。

「その通りでございますな。遺恨があろうとも、勝算がなければ戦いには挑みませぬ。」

「そうだ。だからのヘイカ・デシター一味の裏切りだ。」

 俺の言葉にヘルザースを始めとした全員が頷く。そんな中のセディナラへと視線を向ける。

「それで、セディナラに小芝居を頼んだ。」

 セディナラが頷き、俺の言葉を引き継ぐ。

「俺はワザと皇帝陛下の不興を買うように行動した。そして、その場にいるヘイカ・デシターと不仲であるように演じたんだ。」

「ふむ。」

 ヘルザースが顎に手をやって、頷く。

「つまり、ヘイカ・デシターはトガナキノではあまり重用されていないという風に思い込ませたのですな?」

「そうだ。皇帝がヘイカ・デシターと魔狩りの装備を手に入れやすい演出をしたんだ。」

「成程、トガナキノへの憎しみを高めつつ、トガナキノに勝てる算段をジェルメノム帝国に与えた、と、いうことですな。」

 俺はヘルザースに対して頷き、セディナラへと視線を転ずる。

「セディナラ。」

「おう。」

 セディナラが立ち上がる。

「すぐにジェルメノム帝国の奴隷輸入量を洗い出せ。奴隷の数イコール奴らの兵力だ。それを調べながらでも良い、なるべく早くフランシスカ王国との終戦協定を締結させろ。」

 セディナラが歩き出す。

「ハルタ、イノウ、本来の正規業務だ。ジェルメノム帝国の奴隷輸入量と奴隷産出国との取引状況を洗う。行くぞ。」

 ハルタとイノウが立ち上がり、セディナラに続いて事務所を出て行く。

「スーガ。」

「はっ」

 スーガが立ち上がる。

「お前はヘイカ・デシター一味として俺と行動を共にする魔狩りを選抜しろ。すぐにだ。」

「御意。」

 机に積まれた書類をスーガが、一枚、一枚捲って丁寧に見直しだす。

「ヘルザース。」

「はっ」

 ヘルザースが頭を垂れる。

「俺と戦争だ。トガナキノの国民を護りとおせ。どんな手を使っても構わん。俺を止めてみせろ。」

 ヘルザースがゆっくりと顔を上げる。

 その口元には優しい微笑が浮かんでいた。そしてハッキリとヘルザースが応えた。

「御意。」

 その一言だけだった。

 俺はカルザンに向き直る。

「ところで、テルナドとブローニュはどうした?」

 俺の問い掛けに真剣な表情だったカルザンが苦笑いを浮かべる。

「そ、それが…」

 うん、困り顔でオデコを掻くカルザン、最高のショットだ。スクショできる?

『網膜に直接焼き付けるのか?何を見てもカルザンの顔がダブって見えるようになるぞ?』

 いや、冗談、嘘です。

「その、ブローニュさんがサクヤ殿下に、直接、挨拶しておきたいと申されまして。」

 俺の脳裏にブローニュの惨殺死体が浮かぶ。

「む、無縫庵に行ったのか…?」

「はい。」

「まっずウウウウいイイイイイイ!!」

 俺の絶叫に全員が肩を竦ませる。

「む、娘が殺人犯になっちまう!」

 俺は踵を返し、ヘルザース達に指示を出す。

「ヘルザース!カルザンと一緒に安寧城に戻って民衆を落ち着かせろ!ドルアジはトガナキノからの脱出準備!俺は無縫庵に一旦帰る!!」

 カルザンが顔を上げ、反射的に「ハイ!」と元気よく返事した後、「え?エエエ!!」と叫び声を上げた。

 その叫びを耳に捉えながら、俺は事務所を駆け出し、粒子化光速移動へと移る。移動先は無縫庵だ。

本日の投稿は、ここまでとさせて頂きます。お読み頂き、誠にありがとうございました。

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