この人のこと憶えてる?うん、俺は忘れてた
新神浄土に繰り出すと、やっぱり注目を集めた。
でも、ちょっと雰囲気が違う。魔狩りってことで、目立つのは良いんだけど、以前に感じてた視線と、ちょっと違うような気がする。
俺は右耳に意識を集中して、梢のざわめきのような声を拾う。
「カルザン様だわ。」「カルザン様よ。」「綺麗ねぇ。」「カルザン様ってテレビに出ないのかしら?」
そういうことね。
カルザン人気爆誕中ってことですわ。
ん?ってことは。
「カルザン、カメラ貸せよ。」
「え?僕がカメラマンで…」
「いいから貸せよ。俺がお前を撮ってやるから。」
「え?いいですよぉ、魔狩りは陛下なんですから。」
「貸せって。」
俺は、無理矢理カルザンからカメラを奪い取る。
「もう。」
うん、そんな表情も可愛いぞ。
「うん良いね、イイね。カルザンのチョットむくれた顔も可愛いぞ。」
カメラマンよろしく、俺はカルザンに声を掛けるが、可愛いと言われたカルザンはむくれ気味だ。
「可愛いなんて言わないでください。」
「おお、いいぞ。色んな表情が撮れてイイ感じだ。」
アオリ気味に下から撮影したり、色んな角度でカルザンを撮る。
「ブローニュ、お前も入れ。」
「え?私も?」
俺は、ブローニュを手招きして、カルザンの隣に立たせる。
「おお、いいぞ!可愛いと美しいが並んでる。」
「もう。」
カルザンは困ったような顔だが、満更でもなさそうだ。
「そんな、美しいやなんて…」
ブローニュは、素直にはにかんでる。
市の立つ広場、俺はフレームの端に一人の人物を見付ける。
カメラを外し、カルザンに押し付ける。
「へ、陛下?」
「ちょっと離れる。‘店外孤独’で落ち合おう。」
「えっ?ちょ…」
「な、なんで…?」
俺は、二人に疑問だけを残して、駆け足でその場を離れる。
人混みに紛れながら、俺は服を変える。ポンチョの色をダークグリーンから、徐々に黒に変え、袖を形成しながらコートに変形させていく。不思議なもので、周りの人間は気付かない。最初と最後のファッションを見比べれば、違いは一目瞭然なのに、徐々に変形、変色させると気付かないのだ。
アハ体験ってヤツだな。
眼帯を取って、傷を消し、手櫛で髪型を整える。
コート下で、ズボンもデニムから黒革へと変換し、一〇歳の頃のスタンダードなスタイルとなる。
大通りから裏路地に入り、俺の目的とする男の後ろを歩く。
俺は、この裏路地にマイクロマシンを充満させ、裏路地の傍にいる人間の脳内に片っ端からマイクロマシンを侵入させる。
マイクロマシンは、侵入した脳の電気信号を監視しながら、この裏路地に入って来ないように、興味を持たないように、思考誘導させてもらう。これで、この裏路地に入って来る者は一人もいない。また、誰もこの裏路地に興味を示さない。
俺と男の周囲を取り囲むように、真空のドームを作る。
真空の層でできたドームだ。
これで、周囲に声が漏れることはない。
魔法結界の出来上がりだ。
「ドルアジ。」
男の背中が、跳ねるように止まる。
「洗脳奴隷は全員集めたのか?金なら用意してあるぞ?」
暗い路地で、男の背中が小刻みに揺れる。
「こっちを向けよ。それとも、俺に向けさせられたいのか?」
男がゆっくりと俺の方へと振り返る。
禿頭。
もみあげの部分にだけ髪が残っている。
趣味の悪い眼帯に髭面。
太い眉を恐怖に捻じ曲げ、ドルアジが俺を見る。
「ツ、ツィージ…カ、カルザンヌ…」
俺は太い笑みを見せてやる。
「よう。」
歯を剥いて笑ってやる。
ドルアジは、大量の汗を流しながら、俺から視線を外すことができなくなっている。
「探したぞ?今まで、一体どうしてた?」
探してません。
うん。
ついさっきまで忘れてた。エヘ。
「一月以上たったろう?洗脳奴隷は集まったのか?」
俺がもう集めたから、コイツに集められる訳がない。エヘ。
「そ、それが…」
俺は太い笑みから、無邪気な笑みへと切り替える。
「わかってるよ、神州トガナキノ国に侵略されたんだ、洗脳奴隷は全員接収されたんだろ?」
ドルアジがキョトンだ。
「まあ、こっちに来いよ。時間あるだろ?」
「は?」
「いいから来い。なんなら娘と息子も連れて来ても良いぞ?」
「いや!わかった、行く。行くよ。」
ドルアジが、頭を振りながら、慌てて俺に近付いて来る。その歩みに合わせて、俺は振り返って、元来た道を歩き出す。
「ど、どこに連れて行こうってんだ?」
追随しながらも、ドルアジが不安そうな声で聞いてくる。
「気にすんなよ。旧交を温め直そうってんだ、飯でも食おうぜ。」
「き、キュウコウ?」
ドルアジが突飛な声を出す。
「そ、旧交。旧い交わりと書いて旧交。字、読めるんだろ?」
「あ、あ、ああ。」
どっちかと言うと旧交っていうような仲じゃなかったからな。そっちに吃驚したか。
「今は何してる?ここじゃあ奴隷商はできねえだろ?」
「お、おい、あんまり大きな声で言わねえでくれ。元奴隷商ってだけで肩身が狭いんだ。」
後ろから囁くように話してくる。
「なんだ?奴隷商だったから、ひでえ目に合ってるのか?」
「い、いや、そんなことはねえよ。この国の連中は、皆、優しい奴ばっかりだからな。俺のことよりも…」
ドルアジの声が更に小さくなる。
「あんたの方こそ、よくこの国に潜り込めたな?やっぱり魔法か?」
俺は思わず吹き出しそうになった。
そりゃそうだ。
俺は、ドルアジにとっては、各国を転々と逃げ回ってる魔法犯罪者なのだから。
「まあな、俺にとっちゃ、この国の人間をだまくらかすのなんざ朝飯前だ。」
俺は、首だけをドルアジに向けて、顔の前で親指と人差し指を擦り合わせる。
「俺がその気になれば、この国ぐらいチョチョっとしたらチョロイもんだ。」
だって、俺がこの国の国王なんですから。
俺の言葉を聞いて、ドルアジが喉を鳴らす。
「で、お前は、今、何してる?」
「そ、それが、この国じゃあ荒事がねえだろ?年もいっちまってるし、中々いい働き口がなくってよ。この顔だから、接客業は向かねえし、下働きをしようにも、この国に下働きなんて必要ねえしよう。」
そう、警察などの公務関係は人員がダブついている。
この国は、十二歳から十六歳まで、公務員にならなければならない。
その後は好きな職業に就いてくれればいいのだが、公務員を続ける者が三分の一ぐらいいる。
楽だからと言うよりも、どちらかと言えば、直接的に、人のために働きたいと考える者が多いのだ。
荒事が得意だった者のほとんどは、軍に属する魔獣討伐隊に入隊している。
ドルアジは、年がいってるから、今から軍の下っ端からスタートってのはキツイだろう。
手先が器用そうでもないし、錬成器の熟練度も低いから、物作り系は無理がある。だからと言って、下働きができるかと言えば、この国では下働きに該当する仕事がない。全て簡易錬成器と錬成器で完結してしまうからだ。
これから行く‘店外孤独’でもそうだ。
材料の切り出し加工は、全て錬成器で完結する。
‘店外孤独’でやってることと言えば、麺を茹でたり、ギョーザを焼いたりと最終的な加工だけだ。
マイクロマシンで食材を温めることもできるが、ただ温めるだけでは、食材から出てくるはずの出汁成分が抽出されない。
各家庭に置かれている錬成器は、かなり高性能に設定してあるので、出汁成分を抽出した状態は勿論のこと、完全に出来上がった料理を再構築する。なら、店の錬成器でも完全再構築できるじゃん。ってことになるが、これが、そうはいかない。
各家庭に置かれてる錬成器は、国から無償配給されている物で、各家庭でしか使用しないように取り締まり対象としている。
まあ、違反しようと思えば違反できるんだけど、素材元素とデータのやり取りは中央サーバーで監視してるから、すぐにバレるんで、皆、やらない。
なんでそんな法律を施行したのかって言うと、店等で使用するために二台目の錬成器を設置する場合は、新たな錬成器をポイントと交換しなければならないようにするためだ。
錬成器にもレベルがあって、家庭用の錬成器は最高級品で、ポイント交換できない、それに対して、低レベルの物なら簡易錬成器に毛の生えた程度の能力しかなくて、低ポイントで交換できる。という風に、錬成器にも等級が設定されており、大体、店に置かれてる錬成器は、目的に合わせた専用特化型で、月に国から支給されるポイントの一.三倍ぐらいで交換できるように設定してある。
これは、元素を無駄に消費させないためってことと、あまりにも人の手が必要なくなると労働そのものが無くなってしまうからだ。
勤労の奨励を精霊回路に刻み込まれているのに、労働そのものがないなんて、どんだけ矛盾だよ?ってことになる。だから、そのような法律が施行されている。
それでもドルアジのように、働きたいのに働き口がねえよ。って奴がいるんだから、中々に難しい。
皿洗いなんかの簡単な作業は、錬成器で汚れを分解してしまえば終了だしなぁ。
「そうか。苦労してるな。」
「あ?ああ。まあな。この国じゃ働かなくっても生きていけるが、禊で勤労の奨励ってのを刷り込まれるだろ?それがどうにも厄介でな。」
「職業安定案内所には行ったのか?」
ドルアジが苦々しく顔を曲げる。
「行ったよ。行ったけど、俺のできそうな仕事があんまりねえんだ。国民が一気に増えたせいでよ、俺の方までお鉢が回って来ねえのさ。」
ふむ。カルザン帝国、ハルディレン王国、インディガンヌ王国と、三国を同時に吸収したからな。まあ、こうなるだろうとも思ってた。だから、今年の吸収はこの三国だけに留めたのだ。国体母艦を造る材料にも限界があるしね。
「いい仕事があるぞ。」
「え?いや、あんたの紹介は勘弁してくれよ。仮にも神州トガナキノ国の国民になったんだ。犯罪絡みはごめんだぜ。」
ほう、禊の効果が出てるじゃないか。
「心配するな。合法で胸を張れる荒事だ。報酬も良いし、行政院から叙勲される可能性だってある。」
「へ?」
国体母艦を造るにあたって魔石と呼ばれる霊子結晶は必要だ。
その霊子結晶を採集するには、魔獣を狩らねばならない。
連邦国家を形成していた時は、連邦各国に魔獣討伐隊をバカスカ送り込んで討伐しまくっていたのだが、俺が連邦を解体したせいで、軍を送り込むことができなくなった。
だからの魔獣狩りユニオンだ。
でも、魔獣狩りユニオンのユニオンマスターが俺だから、魔獣討伐隊を除隊して、魔狩りになるって奴がいない。クソッ!
『なんでも行き当たりばったりにするからだ。』
『本当だよねぇ。』
『しょうがないよ。マサトだから。』
『行き当たったらぶち抜けばいいんだ!』
『どうでも良いから、女の子と遊ぼうよぅ。』
出た。超他人事思考。
オメエらも同罪だろうが。
『実行するのは常にお前だ。』
クソ。
「まあ、話はここでゆっくりしようじゃねえか。」
そう言って、俺はドルアジを店外孤独に誘い込んだ。
「こっちです!」
店外孤独の店員たちから、元気のいい入店の挨拶を受けて、カルザンが、俺達に手を挙げる。
カルザンの隣に座ろうとして「デストロイはこっちやん!」とブローニュに引っ張られて、ブローニュの隣に座る。
見知らぬオッサンが、俺達のテーブル横にポツネンと立っているので、カルザン達が「お知合いですか?」と聞いてくる。
「ああ、ドルアジってんだ。オッサン、カルザンの隣に座れよ。」
「い、いや、カ、カルザン様の隣にかよ?」
カルザンは元皇帝陛下様だ。
有名だし、顔出しもしてる。街に出たらコソコソと「カルザン様よ。」って囁かれるくらい有名なんだから、当然、ドルアジだって知ってる。
「いいから座れよ、話が進まねえだろ。」
「ああ、どうも、すいやせん、俺みたいのが隣に座って…」
「何を仰ってるんですか。私は今となっては一般市民、ドルアジさんと同じ神州トガナキノ国の一般市民ですよ。」
かぁわぁいい。
可愛い顔で微笑むんだよなぁ、カルザン最高。
ドルアジは、そんなカルザンに恐縮して、頭を掻きながら「へえ。すいやせん。」と謝りどおしだ。
「デストロイ。私も紹介してえな。」
「ああ。ドルアジ、こっちは行政院第一席ヘルザースの娘でブローニュってんだ。」
「へ?」
「ドルアジさん、よろしくね。」
驚くドルアジにブローニュが手を差し出す。
「へ、へえ。」
気の抜けた顔でその手を握ろうとして「あ、すいやせん。」と言いながら、その手をお絞りでゴシゴシ擦る。
「そ、それじゃあ、よろしくお願いいたします。」
と、改めてブローニュと握手する。
「で、オメエは…」
ドルアジが俺の方へと視線を向ける。
「ツィージじゃあ…」
「ああ。変えたんだ、俺の名前はヘイカ。ヘイカ・デストロイだ。ヘイカでもデストロイでも呼びやすい方で呼んでくれ。」
「あ、ああ。じゃあ、ヘイカ?いやデ、デストロイか?」
「なんだ、どっちも呼びにくそうだな。じゃあ、ヘイカってのは変えられねえから、デシターにしとこうか。うん、俺のことは、今日からヘイカ・デシターって呼べよ。」
「うん、わかった。デシターやな。」
「じゃあ、私はこれまで通り陛下で。」
「え?いや、そんなに名前をコロコロ変えて大丈夫なのかよ?」
ドルアジが、カルザンとブローニュの二人を交互に見ながら、俺に確認してくる。
「平気だろ?だって、俺、今まで色んな名前を使ってるけど、全然、困ったことなんてなかったぞ。」
「そ、そうなのか?」
「うん。」
あどけなく応える俺に対して、ドルアジは眉根を寄せて困り顔だ。困り顔って言うより、怖い物を見たって感じだな。
「いらっしゃい、ご注文はお決まりでしょうか?」
黒人の店長が、俺達のテーブルに注文を取りに来た。
俺は「いつもの」と、言いそうになって堪える。
この姿でここに来るのは初めてだからな。
「鳥白湯大盛り細麺固目でネギとニンニク増し増し全部載せで。」
「私もそれでお願します。」
「私もそれにしとく。手伝おか?」
ブローニュの申し出を、黒人の店長が笑って受け流す。
「いいよ、今となっちゃ魔狩りのお姉さんだ。ユニオンの魔狩りには、王族以上の対応が原則だろ?そんなお姉さんを扱使う訳にはいかないよ。」
「オッサン、オッサンも同じで良いか?」
「あ、ああ、いや、俺は並で頼まア。」
「じゃあ、一つは並で。」
俺の注文を聞いて、黒人店長が、大声で復唱する。店員全員が「毎度ありがとうございます!」と元気に応える。
「ブローニュさんは魔狩りなんですかい?」
店長との会話を、耳聡く聞いていたドルアジが、興味深そうにブローニュに問い掛ける。
「せやで、ここにいる者は、全員、魔狩りやねん。」
ドルアジの動きが止まる。
「え?」
ドルアジが、俺の方を見る。
うん、俺以外は魔獣を狩れないけど、魔獣狩りユニオンの従業員だからな。魔狩りだ。
「就職おめでとう。」
俺は笑ってドルアジに頷く。
「へ?」
「ドルアジさんも魔狩りになられるんですね。よろしくお願いいたします。」
カルザンが丁寧に頭を下げる。
「え?」
「おっちゃんも魔狩りになるんか。ほな、改めて、よろしゅう頼むわな。」
「ええ?」
ドルアジだけがポカンだ。俺を含めた三人は、そんなドルアジを見ながらニコニコ顔だ。
「ええええ?」
「いいだろ?荒事は得意そうに言ってたからな。天職かもしれえねえぞ?」
「は、はあ。」
と、いうことで魔獣狩りユニオン五人目の仲間が決まった。