戦場を荒らしてみた
『兄弟、スーガに此処に来るように言われたんで来たが、何をすればいいんだ?』
セディナラ?え?
「なんで?なんで、お前が来るの?」
『ひでぇな兄弟、兄弟が言ったんだろ?スーガに。』
「いや、俺は、外務執政官のそこそこ偉いのを、って言ったんだぞ?お前、外務執政官じゃないだろ?」
『…』
セディナラが少しの間、無言になる。
『じゃあ、どうする?一旦、俺は引き揚げて、もうちょっと待つか?』
それはそれで面倒くせぇな。
「いや、まあ、良いか、お前ならなんでも上手くこなしてくれそうだしセディナラに頼むよ。」
『相変わらずいい加減だな、そんなんで大丈夫か?』
「ダイジョブ、ダイジョブ。なんとかなるっしょ。」
『まったく、じゃあ、この座標で待機してるからな?何をすりゃあ良いのか知らねえが、合図はくれよ?』
俺は「オッケイ、オッケイ。」と応えて、ウロボロスとの通信を切る。
テルナドが「セディナラのおじさんが来たの?」と聞いてくる。
俺は、今は、ヘイカ・デシターの姿に戻っている。テルナドを見上げて「ああ、そうみたいだ。」と応えると同時に、再び、ウロボロスから呼び出しを受ける。
「どうした?」
『どうしたじゃないですよ!どうして!僕を置いていくんですか!』
僕?
「僕ちゃん?俺の知り合いに僕ちゃんなんていませんけど?」
『ぼ、私です!カルザンです!』
え?カルザンも来たの?
「お前、編集作業は?」
『終わらせました!魔獣狩りユニオン事務所に行ったら、陛下はガラン号を置いてフランシスカだって言うじゃないですか!酷いですよ!』
そんなこと言われてもなぁ、一応、気を遣ったんだけど。
「いや、でも、お前も編集作業で寝てないだろ?」
『そんなことは関係ありません!同じパーティーメンバーでしょう?!水臭いじゃないですか!』
「そ、そうか?そりゃ、すまなかったな。」
『せや!水臭いで!』
「ブ、ブローニュも来たのか?」
『私が全員に声を掛けたんですよ!』
『旦那、あたしも遅ればせながら、来させていただきました。』
「ドルアジもか、良いのか?家の方は。」
『へい。仕事が優先ですから。』
スーガが聞いたら泣いて喜ぶ台詞だな。いや、アイツは泣かないな。うん。
「そうか、そりゃすまなかったな。でも、今回はお前らに活躍の場はないぞ。そこで、セディナラの指示に従って、待機しててくれ。」
『わかりました。でも、役割がなくっても、せめて一緒に行動させてくださいよ!』
やっぱりカルザンは良い奴だ。
「わかったよ。なんと言ってもヘイカ・デシター一味だからな。」
『そうです!』
嵐のライン川だ。
俺達は高台に陣取り眼下に森を望んでいる。
森の切れ目にジェルメノム帝国の宿営地が見える。
フランシスカ王国側に渡河したジェルメノム帝国も宿営地を維持するので手一杯のようで、橋頭保を造るような動きが見られない。艦隊も係留されており、ライン川の波に翻弄されている。
よしよし。
コノエ。
『はい~。』
嵐を止めてくれ、そうだな、異常な感じを演出したいから、突然で良い、ただし、上空にはウロボロスが来てるから雲はこのままで頼む。
『了解です~。でも、ウロボロスは成層圏ギリギリの位置ですから大丈夫だと思いますよ~。で、あたしもそっちに行きますぅ?』
いや、来なくて良いぞ?どうした?
『…なんでもないですぅ…』
バセル。
『はい。』
ライン川の逆流を止めてくれ。
『了解いたしました。』
唐突に嵐が止み、川が静かになる。
遠くに見えるジェルメノム帝国の宿営地、大勢の人が空を見上げながらテントから出て来る。
さて、恐怖劇場の始まりだ。
ドノバ、地震と共に、この座標の川床を溶岩で盛り上げてくれ。
『承知いたしました。』
俺は右目で捉えた地点をドノバへと送る。
地下から地鳴りが上がって来る。
巨大なトラックが俺を目指して向かって来るような振動が足元から伝わって来る。
一気に来た。
「きゃっ!」
テルナドが四つん這いになる。
知っていても立っていることもできない揺れだ。
川が揺れる。
川その物がうねるようにして変形する。地形が動き、その動きに合わせて川が逆巻き、本来の流れを無視して、上下に水が盛り上がる。
テントが地面のうねりに耐え切れず、ペグが跳ね飛び、テントが潰れる。
悲鳴が絶叫となって俺達の耳にまで届いて来る。
川の畔に亀裂が入り、周囲へと向かって走るように亀裂が広がる。その亀裂に水が奔り、川が毛細血管のように広がる。
ライン川に停泊しているジェルメノム帝国の艦隊、舳先を天に向けて、とんぼ返りをうちながら転覆する。大きく持ち上げられて、川面を転がされて転覆する。その様は様々だが、川の上で弄ばれる様は子供の遊戯のようだ。そのすぐ傍で大量の泡が発生し、白い水蒸気が立ち昇る。
良いぞ。もっと規模を大きくできるか?
『精一杯、頑張らせていただきます。』
水蒸気が太く、勢いを増していく。
川床が、水を押し退け、その姿を晒す。中州を形成し、その周囲の水が蒸発する。
よし、溶岩を噴出させて、その溶岩で大きなヒトガタを形成してくれ。
『承知いたしました。大きさはどの程度の物をご所望ですか?』
大きければ、大きいほど良い。
『承知いたしました。』
川床であった地面が盛り上がる。
地面が揺れながら、川の水を溢れさせる。ジェルメノム帝国の宿営地に水が流れ込み、兵士たちが右往左往している。
兵士たちのその動きが止まる。全員が、轟音の発生源へと視線を向ける。
瞬間的な音。
一瞬で伝播する、圧縮された音が熱気を孕んで空気を焼く。
熱風が奔り、姿を現した川床を破って溶岩が噴き出す。
立ち上がる溶岩の柱。
黒い雲の下で、煙を吐きながら溶岩の柱が立ち上がる。その柱は拡散することなく、柱としての形状を保ったまま起立する。
噴き上がり続ける溶岩の柱が二本に増える。
溶岩の柱を中心に風が奔る。
森の梢を渡って、俺の顔にまで熱風が届く。
ジェルメノム帝国宿営地のテントはさっきの嵐で濡れている。しかし、輻射熱で燃え上がるのも時間の問題かもしれない。
ドノバ、そのヒトガタ、向こう岸に渡してくれ。
『承知いたしました。』
川床が更に盛り上がり、ライン川の向こう岸にまで繋がる。
二本の溶岩の柱、その柱の根本を中心にして、川床であった地面に亀裂が入る。その亀裂がライン川の向こう岸、ジェルメノム帝国に向かって奔る。
二本の溶岩柱が移動を始める。地面の亀裂には溶岩が満たされている、その溶岩を辿るように溶岩柱が移動する。
上空で、移動を始めた溶岩柱が交錯する。捻じり合わさるようにして、更に上空へと伸びていく。
二本の溶岩柱は一本へと交わることでその太さを倍の物へと変貌させた。
遥か上空で、細い、溶岩の雫が、二本、生まれる。糸を引くように下へと向かって溶岩が伸び、その太さを変える。太く、太く、変わる。
腕だ。
下に向かって伸びる二本の溶岩は靭に揺れながら、末端で五本に分岐し、その形を完全な腕へと変貌させる。
黒雲を押し退け、散らしながら、頭部が盛り上がるようにして形成される。
溶岩でできた、巨大なヒトガタの誕生だ。
空気中の水分を蒸発させながら、そのヒトガタが悶える。雲を散らしながら、地面には亀裂を走らせながら、そのヒトガタが移動する。
ドノバ、産声を上げさせることはできるか?
『できます。』
なるだけ、怖そうなヤツを頼む。
『承知いたしました。』
真赤なヒトガタの口が割れる。口中もドロドロの真赤だ。
重低音の汽笛のような音が響き渡る。
溶岩でできた巨大なヒトガタから言い知れぬ声と共に熱気が吐き出される。
鳴き声の振動が伝播して、黒雲が波打ち、散っていく。
よし、溶岩の巨人をジェルメノム帝国の首都へと向かわせてくれ、そうだな、時速は百キロぐらいかな。
『承知いたしました。』
地面が揺れ、更に亀裂が奔る。ジェルメノム帝国の首都に向かって。
亀裂の下から真赤に燃え盛る溶岩が姿を現し、その溶岩ロードを巨人が進行する。
あまりの大きさに、その動きが緩く見えるが、その進行速度は速い。百キロというスピードなら、馬では追い付けない。
ジェルメノム帝国の通信手段が伝書鳩なら、もっと速度を落としてやるのだが、酒屋で、奴らは通信機を使っていた。なら、速くてもジェルメノム帝国に報せが入るだろう。すぐにでもジェルメノム帝国の宿営地から、ジェルメノム帝国の首都に通信が入るはずだ。
さて、ジェルメノム帝国の戦力は如何ほどの物か。じっくり、見物させて貰おう。
「テルナド。」
俺はテルナドの名前を呼びながら振り返る。
呆然と佇むテルナドがいた。
「テルナド?」
「な、なんなの?アレ…」
指先を震わせながら、テルナドが溶岩の巨人を指差す。
「溶岩の巨人だ。」
テルナドが高速で首を振る。
「そ、それは、わかってるよ!そ、そうじゃなくって!そうじゃなくって!」
なんだ?何が言いたいんだ?
「あ、あれも父さんが創ったの?!」
ああ、そういうことか。
「いや、父さんじゃない、イデアと同じ、魔人のドノバってのが創って動かしてるんだ。」
テルナドが眉を顰めて、俺の方を見詰める。
「で、あの巨人はジェルメノム帝国の首都に向かってる。それで、ジェルメノム帝国の戦力分析をするんだよ。ここも戦争してる場合じゃなくなるから丁度いいだろ。」
テルナドの目が、まだ、眇められたままだ。
「どうした?」
「と、父さんって…」
「ん?」
「母さんたちが父さんのこと、よく神様みたいな人だって言ってるけど、たしかに凄い力だわ…」
「そんなことねぇよ。この力はドノバの力だからな。」
ンフッ娘にそんなこと言われたら照れちゃうじゃねぇか。
「破壊神そのものだね。」
え?
いや、ちょっと待て、それは語弊があるぞ。誤解があると思うぞ。
「いや、でも、ちゃんと国体母艦とか造ってるぞ。そんなことないだろ?」
テルナドが頭を振る。
「破壊した後に創造するんだ。ホント、マジで神話に出て来る破壊と創造の神様みたいだね。」
おいおい。そんなに壊したことなんてないぞ?
『デルケード宿場は消したな。』
『ハルディレン王国も併呑しちゃったし。』
『カルザン帝国もね。』
『強い奴が勝つ!そういうことだ!』
『国じゃ可愛い子が増えたのに、一向に手を出さないんだから、嫌になるよ。』
いや、いや、破壊で言ったらデルケード宿場ぐらいだろ?造ってる方が遥かに多いぞ!
『まあ、心理的に印象の強さで、イメージが出来上がるからな。諦めろ。』
出た。他人事発言。
「でも、ちゃんと、人が死なないように気を付けてるんだね?」
テルナドが巨人ではなく、ジェルメノム帝国の宿営地を見詰めながら呟く。
「そりゃそうさ。戦争を止めようとしてるのに、人を殺してちゃ意味がない。」
テルナドが俺の目を見る。
そして、テルナドが柔らかく笑った。
俺もそれに応えるように笑う。
「じゃあ、魔狩り専用の国体母艦、ウロボロスに移動しようか。」
「そんな物まで造ったの?」
「ああ。」
テルナドの腰を持って俺の方へと引き寄せ、ウロボロスへと通信を繋げる。
『こっちに移るかい?』
ウロボロスにいるセディナラがすぐに応えてくれる。
「ああ、そっちのゲートで呼んでくれ。」
『了解。』
竜騎士もそうだが、最小のF型マイクロマシンが表面に塗布されているウロボロス内には、外から粒子化光速移動するのは面倒臭い。
幽子を取り込むための吸気口からブリッジへのルート設定が必要になるからだ。それに対して、内側から外側に脱出する粒子化光速移動は簡単にできるようになっている。
F型マイクロマシンの配列を調節し、内側から移動してくる粒子に押されて、F型マイクロマシンの配列が動き、隙間を作るようにしているからだ。これは、緊急脱出用の配慮としてそうしている。もしもの時のためにトンナ達を救助するため、そうしたのだが、実は、この緊急脱出、俺しか使ったことがない。
いや、まあ、トンナ達を救助する時も俺がトンナ達を粒子化光速移動させるんだけど、実際に使ったのはGナンバーの恐竜型魔獣を仕留める時ぐらいだったりする。
うん。今となっては懐かしい話だ。
『フラグにならなきゃ良いがな。』
ど、どういう意味だよ?
『Gナンバーが出て来なきゃ良いがなって意味だ。』
そ、そういうこと言うなよ。あの出来事は、結構、トラウマになってるんだぞ。
『ほう、Gナンバーと戦うのは流石に辛いか?』
ちげえよ。その後の正座だよ。
『ああ。』
俺とテルナドの体が発光する。
そして、俺達は粒子化光速移動でウロボロスのブリッジへと呼び込まれた。




