戦争ってのは色々と段取りが大変だねぇ
酒家を出て俺達は酒屋を目指す。
ジェルメノム帝国の魔法使いは記憶を改竄させて貰った。当然、酒家のママとバーテンダーの記憶も弄らせて貰った。
酒家を元通りに戻してから、俺達は普通の客として表に出たのだ。
雨に濡れた石が滑りやすい。石畳の間に詰められた砂がぬかるんで、敷かれた石が緩み気味だ。
足元の悪い中、俺とテルナドの足は速い。
横殴りの雨を物ともせずに俺達の足は急ぐ。
魔法使いの記憶にあった洗脳用マイクロマシンは、一種類の酒瓶に仕込まれ、特定の客に出されるようにバーデンターに指示されていた。
その酒を含む、全ての酒は決まった酒屋から仕入れられていた。
じゃあ、その酒屋に向かおう、と、いうことになって、俺達は再び、嵐の中を歩いている訳だ。
その酒屋はフランシスカ王都にあって、経営者はジェルメノム帝国の男だということもわかっている。
元の経営者はフランシスカ王国の臣民であったのだが、その経営者は殺され、ジェルメノム帝国の工作員が現経営者となっている。
ジェルメノム帝国で洗脳用マイクロマシン入りの酒が仕込まれ、それを購入した魔法使いが洗脳用マイクロマシンを起動させる。
フランシスカ王国内で洗脳用マイクロマシンを作ろうとすれば、王国の宮廷魔導士に発見される可能性があるので、そのような手順を踏んだのだろう。
目的の酒屋に到着する。
開店しているが、客はいない。
木製のドアを開け、足を踏み入れる。雫が音を立てて床に落ちる。ドアに取付けられたカウベルが鳴って、俺達の来訪を店員に報せる。
女の店員が振り向き、俺達に入店の挨拶を告げようとしたところで店員の動きが止まる。
直射日光が入らないように工夫されているため、店内は暗い。
棚には試飲用の小瓶が並べられている。量り売りが基本となるため、地下に酒の詰められた木樽が並んでいるのだろう。小瓶の量が多い、と、いうことは、酒の種類が多いのだから酒蔵はかなりの広さを持っていることになる。
奥のカウンターには男が一人いる。鼻の下に髭を生やした短髪の男。ガッチリとした体付きの白人。
魔法使いから読み取った通りの容姿だ。ジェルメノム帝国の工作員、この店の経営者だ。
「見張ろうか?」
テルナドの言葉に頭を振る。
「結界を張った。」
以前、インディガンヌ王国で使った建物その物が見えなくなる結界だ。
「大丈夫?魔法使いに検知されない?」
俺はテルナドにニコリと笑い掛ける。流石はテルナド、そんなことにまで気が回るとは、注意深い。
「大丈夫。ちゃんと、コノエの霊子と周波数帯を合わせてあるから。」
コノエは惑星の気象を操作するAIアンドロイドだ。したがって、命令を書き込まれていない通常のマイクロマシンも全てコノエの周波数帯となっている。
棚に並んだ小瓶を右目で見渡す。
マイクロマシンが散見できる。
『ばら撒いてるな。』
「ちっ」
イズモリの言葉に思わず舌打ちする。
若い女性店員の脇を通り、通り過ぎる寸前、イズモリが『この店員も調べとけ。』と声を掛けてくる。
言われた通りに立ち止まり、女性店員の額を右手で掴む。
あの魔法使いが全てを知っている訳ではない。まさかの可能性だが、この店員も工作員の一人かもしれない。それどころか、この女性が工作員のトップかもしれないのだ。
テルナドが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は頷き、右手を下ろす。
女性店員はフランシスカ王都の臣民だった。洗脳もされていない、が、ジェルメノム帝国が戦略的に使っている店だということは知っている。
別の工作員に篭絡されたな。元の店主を殺すことにも加担してやがる。
意識を阻害され、棒立ちとなった男の前に立つ。
男の額を鷲掴みにして霊子体の周波数を同調、霊子体から精神体、精神体から肉体へとアクセスする。
コンマゼロ数秒の沈黙。
右手を男の額から離す。
「地下に行く。」
テルナドに一声掛けて、足早に地下へと向かう。
階段を下りて、木製のドアに取付けられている鍵を分解しようとするが、テルナドが手を伸ばす。
「どうした?」
「父さんがやったら、魔法が凄すぎて、特定される原因になるかもしれない。」
成程、魔法使いの痕跡を残すなということか。
俺は頷き、身を引く。テルナドがドアの前に立ち、ヘアピンを器用に使って錠前を外す。
「どこで覚えた?そんなこと。」
あまりの手際に思わず口走る。
「何言ってんだか。あたしの母さんは元密偵だよ?叩き込まれてるに決まってるじゃん。」
コルナも碌なことを教えてねえな。
錠前を得意気に外し、ドアを開いて、俺を先に入らせる。
やはり、地下蔵は広かった。
石造りの壁と床に囲まれ、木製の棚が幾つも並んでる。木製の棚には横に倒した小さめの酒樽が並び、部屋の隅にはコルク栓で封印された空のガラス瓶が無数に積み上げられていた。
俺は酒樽の一つに触れる。
右目で確認する。
『手が込んでるな。』
魔法使いと工作員の男は正確な情報を教えてもらっていなかった。
洗脳用のマイクロマシンは酒に仕込まれているのではなく、酒樽その物に仕込まれていた。
俺は地下蔵を見渡す。
二百六十本の樽がある。
俺はその全てを中身ごと分解消去する。
一瞬、酒の芳香が地下蔵を満たすが、直ぐに消える。
「うわああああ。マジで、テレビみたいな魔法だわ。」
「テレビって言うなよ。」
テルナドもテレビが好きだ。無縫庵では、皆でチャンネル争いをしてる。そう言えば、トロヤリはチャンネル争いには参加しないな。いつも、皆から離れて、その様子を見てるだけだ。
『あまり余計なことは考えるな。今は集中しろ。』
わかってるよ。でも、そういうところにもトロヤリからのサインがあったのかと思うとな…。
『気持ちはわかるが、今は忘れろ。』
わかってる。
俺は一階に上がって、店の出入口に立つ。
結界を解いて、店員と工作員の意識を元通りに繋げてやる。
「いらっしゃいませ。」
若い店員が違和感を抱くことなく、入店の挨拶で俺達を迎える。
「カミュが欲しいんだが、試飲できるかい?」
店員がニッコリと笑いながら「できますよ。」と言って、俺達を奥のカウンターへと誘う。
「いらっしゃい。」
カウンターから工作員の男が愛想よく挨拶してくる。
「カミュをご所望です。試飲されるそうです。」
店員が工作員の店主に俺の来店目的を告げる。俺は店員の言葉に続いて頷く。
「ピンからキリまでありますぜ。どの程度の物がご入用ですか?」
店主の言葉に俺は眉を顰める。
「義理の親父が訪ねてくるんだ。嫁さんの親父なんだが、酒に煩くってね。」
カミュとはコニャックの銘柄の一種だ。殺戮戦争を経た今もコニャックの一銘柄として生き残っている。それ故に誰もが信頼するブランドとなっている。
「なら、V.S.O.PかXOで如何です?ご親族なら最高級を出すのは気が引けるでしょう。」
店主が言ったのはコニャックの等級だ。XOは一般的にナポレオンと呼ばれる。このナポレオンの上がオール・ダージュとなる。
「じゃあ、その二種類を試飲させてくれ。」
俺の言葉に店主が後ろの棚を振り返り、試飲用の小瓶を取り出し、俺の目の前でタンブラーへと酒を注ぐ。俺の前に二種類の酒が並ぶ。
「等級はお気になさらずに、お気に召した方をお選びになるとよろしいかと。」
中々、気の利いたことを言う。
俺は店主の言葉に頷き、空気と一緒に酒を口に含む。
舌の上で酒を転がし、鼻から抜ける香りを楽しみながら、酒に混じっている洗脳用のマイクロマシンを上書きする。
『中々、良いね。V.S.O.PかXOってことで出してきたけど逸品だね、多分、本当の等級はオール・ダージュでしょ。』
成程、オール・ダージュの等級を偽って、価格を落とし、マイクロマシンを王都にバラ撒いているのか。
「うん。」
酒を口に含んだまま、俺はイチイハラの言葉に頷く。店主には俺が酒に納得したように見えたはずだ。
「こちらを。」
店主が磁器の壺を差し出す。
俺は壺の中に酒を吐き出し、店員が持って来た水で口の中を洗う。
二杯目の酒を口に含む。
同じように酒を利いてから水で口の中を洗う。
「一杯目に貰った方が美味かったな。」
俺の言葉に店主が頷く。
「私も一杯目の酒の方が好きです。等級はV.S.O.Pで落ちますが、逸品の物だと思っております。」
俺は口角を上げる。
「上手いこと言うじゃないか。」
店主が頭を振りながら「いえ、いえ、本当のことでございますよ。」と取り繕う。
「では、どの程度、ご用意いたしましょうか?」
「そうだな。五本ほど頼もうか。」
店主が丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。重くなりますので、お住まいをお教えいただければ、お届けいたしますが?」
そうか、酒屋は案外、相手の住所を特定しやすいな。
今度は俺が頭を振る。
「いや、そのためにこの子を連れて来た。持って帰るよ。」
俺の言葉にテルナドがニコリと笑う。
「こう見えても力持ちなんです。」
うん。持って帰る酒がないから、なんとでも言える。
「左様でございますか。頼もしいお嬢様ですね。それでは、少々お待ちください。」
店主がそう言って、カウンターの向こうから、地下蔵に続くドアを開ける。
「これはサービスです。」
残された店員が小瓶の中に残ったカミュを俺のタンブラーに注いでくれる。
「ありがとう。」
俺は愛想よく笑って、カミュを少しづつ嗜む。
カウンターの天板に肘をついて待つが、店主が、中々、上がって来ない。
吃驚してるだろうな。きれいサッパリなくなってるからな。
ようやくドアが開いて店主が顔を見せるが、その表情はあからさまに困った顔だ。うん、そりゃそうだ。地下蔵に酒が一滴もないんだから。
「どうした?」
白々しいと思いながら、店主の手ぶらの手元を覗き込みながら聞いてみる。
「はあ、まったく、申し訳ございません。いつでもお客様にお出しできるよう、在庫を切らしたことはなかったのですが…」
語尾が弱々しい。
魔法の痕跡が残らないように、俺の霊子体の周波数をこの国のマイクロマシンに合わせておいたのだから精霊のざわめきは起こらない。
錠前は物理的にピッキングしたので、泥棒の仕業とみなされるだろう。
「もう少々、お時間を頂ければ、直ぐに問屋から仕入れますので、このまま此処でお待ち頂いてもよろしゅうございますか?」
なに?
「え?直ぐに?」
店主がニッコリと笑って頷く。
「はい。」
嘘。え?俺の予想だと三、四日は掛かると思ったんだけど。え?すぐ?
「わかった。そんなに待つ必要がないなら、待たせて貰おう。」
店主が頭を下げながら「ありがとうございます。」と丁寧に礼を述べる。
「それでは、お客様のお時間を頂戴いたしますので、お詫びに、ささやかですが、こちらを。」
店主が、試飲用の小瓶を三本差し出してくる。
カミュの販売するコニャックの最高級品であるオール・ダージュだ。
「そうか、これは、俺の方が良い時に来たと言うべきだな。」
「は、そのように申して頂けますと、私といたしましては助かります。」
タンブラーに注がれるコニャックをテルナドが覗き込む。
「お嬢様にはこちらを。」
店主が目ざとく、テルナドに炭酸水で割った薄い果実酒を差し出す。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ、お嬢様にお出しした果実酒は、かなり薄めて、少しばかり甘味を加えておりますので、お飲みになられても大丈夫かと。」
「至れり尽くせりで悪いな。」
店主が頭を振る。
「こちらの方こそ、お客様の貴重なお時間を頂戴いたしまして、申し訳ございません。」
俺は柔らかく笑う。
「いや、それにしても、これだけ丁寧な対応をする店だ。かなり売れているだろう?」
「はい、お蔭様で、貴族の方ともお取引をさせて頂いております。」
それが狙いだもんな。
実際、店主の頭を覗いた時、フランシスカ王国の執政官の約二割が顧客だった。
この戦争、フランシスカ王国危うしどころか、負け決定だな。
それにしても、直ぐに用意できるってのはどういうことだ?裏口から別の店員が出て行ったのなら、俺のマイクロマシンに引っ掛かる筈だ。
たとえ問屋に連絡できたとしても、そんなにすぐに用意できるってのが解せねぇ。
『辻褄を合わせるなら、なんらかの通信手段があって、この王都内に別の工作員が酒問屋を経営してるってことだな。』
結構、手間暇かけてることになるぞ?
『戦争に勝つためならそうするだろう。』
そうか、どっちかと言うと、そうやって手間暇かけて計画的に戦争を仕掛けるってことが普通なんだ。
『そうだ。お前みたいに思い付きでインディガンヌ王国に戦争を仕掛ける方が異常だ。』
むう。そりゃ、流石にあの時はどうかと思ったよ?でも、インディガンヌ王国の地下でクルタスと闘うとなったら、やっぱり、地上の人間たちには避難してもらわないとまずいでしょ?
『だから、行き当たりばったりだと言われるんだよ。』
善意だろ?善意。
『その結果が今のトガナキノだな。』
まあ、そうだけど。
人口が爆発的に増えたせいで、職に就けない国民が増えた。禊のせいで就職したいと熱望しているのに職に就けない。
確かに可哀想だけど、その問題も、もう解決するだろ?
『まあな。国体母艦を建造したからな。』
ドアのカウベルが鳴る。
「こんちは。」
栗毛の白人が店内に入ってくる。
「おお!早かったな、助かるよ。」
店主がにこやかに笑う。
「へへ、この天気でも迅駆で来たんです。色を付けてくださいよ。」
酒問屋の者だ。若い。十代後半といったところか。黒いコートの裾から大量の雫を落としている。
「ああ、助かった。瓶に詰めてくれたのか?」
「いや、うちには瓶がなかったんで、下に運ばせて貰います。」
店主が口を開けて、言葉を発しようとするが、栗毛の青年の目が、一瞬、眇められて、店主は言葉を呑み込んだ。
成程、力関係では青年の方が上か。
「じゃあ、頼むよ。」
「へい。」
店主が答えて、青年が後ろを振り返り、強い雨音に負けないように大き目の声で、「運べ。」と指示を出す。
屈強な肉体を持った男達が木樽を担いで、店内に入って来る。
「お客さん。すみませんね。もう少々、お待ちください。」
店主の言葉に、俺はタンブラーを掲げ、「構わんよ。」と応える。タンブラーの中には、まだ、コニャックが残っている。
俺の言葉を受けて、店主が笑い、木樽を運ぶ男達を案内するため、酒蔵に続くドアへと歩き出す。
「お客さん、段取りの悪いことですいませんね。」
青年が俺に近付くが、絶妙な距離を取る。
青年を中心にマイクロマシンが書き替えられる。
良かったアアア。暗号化してなくって。あっぶねぇ。マイクロマシンを暗号化してたら、一発で俺が魔法使いだってバレちまうところだったよ。
「じゃあ、あたしも、ちょっと下を手伝ってまいります。」
頭を下げながら青年が地下蔵へと向かう。
『地下蔵を捜査するために魔法使いが来たんだな。』
そっか。そういうことか。
青年が進んだコースに従ってマイクロマシンが書き替えられて、まるで、カタツムリが歩いた跡のようになっている。
「お客さん、どうぞ。」
女性店員が俺にコニャックを注いでくれる。
「ありがとう。」
コニャックを注ぎ終えた店員に向かってニッコリと笑い、「酒問屋、近いのかい?」と聞いてみる。
「はい。隣のブロックにあるんですよ。」
「成程、じゃあ、さっきの青年は此処の店員?」
「え?」
なぜそんなことを聞くのかという顔だ。
「いや、隣のブロックでも報せに行くには人の手がいるだろう?」
「は、はい。そうなんです。此処の店員です。」
慌てて、理屈を合わせてくるが、さっきの青年の言葉は明らかに酒問屋の者が発する台詞だ。
「じゃあ、地下の酒蔵は裏口があるんだ。」
あの青年は店内を通っていない。自然とそういう理屈になる。
「え?あ、はい。そうなんですよ。」
「じゃあ、裏口から酒樽を運び込めばいいのにね?」
店員が、一瞬、固まる。
「あ、慌てていたんだと思います。ふ、普段はそんなことはないんですけど。」
俺はニコリと笑う。
「そうだろうね。お客を待たせてるもんな。」
「はい、そうですよ。お客さんを待たせてますから。」
俺は、「いいお店だ。」と笑い掛け、店員は「ありがとうございます。」と応える。
「ちょっと、遅いですね、下の様子を見てきます。」
「ああ、行っといで。」
今の話、口裏を合わせとかないと拙いからね。それに、俺が油断ならない奴だと思ってくれれば、あの青年が探りを入れに戻って来るはずだ。
『あの青年に篭絡されたんだな。』
だな。
店員の姿が消えて、テルナドが俺の方に視線を向ける。
俺は口を曲げて、眉を顰める。その表情を見て、テルナドが困ったように笑う。それで、お互いの意思疎通はできている。下手なことを話せば魔法使いに探知される可能性があるからだ。
酒蔵に続くドアが開いて青年が現れる。
愛想良い笑顔。
「すいませんね。お待たせして。」
口裏合わせが終わったようだ。店員を装うためと俺を調べるたに俺の接客を買って出たのだろう。
「お嬢様、二杯目の果実酒は如何です?」
「ううん。一杯で充分です。」
俺は青年の周波数に合わせてマイクロマシンを上書きする。
「お客さんは、この近所にお住まいですか?」
探りを入れてきたか。
「いいや。トガナキノの総領事館があるだろう。その近所なのさ。」
青年が大袈裟に驚いた表情を見せ、頭を丁寧に下げる。
「それは、それは。足元の悪い中、遠い所をわざわざありがとうございます。」
俺はニコリと笑う。あくまでも愛想良くしとかないとね。
「いや、総領事館の知り合いに、この酒屋のことを教えてもらってね。間違いじゃなかったと思ってたところだ。」
青年がニッコリと笑う。
「ありがとうございます。しかし、総領事館にお知り合いがいらっしゃるということは、失礼ですが、貴族の方ですか?」
「俺が貴族に見えるかい?」
見えるはずがない。青年が少しばかり困った表情を見せる。うん、この青年、相手の考えていることまでは見えないようだ。すぐに助け舟を出してやる。
「俺は貿易商だよ。トガナキノにパイプをつくりたいと思ってるのさ。」
「ああ、なるほど、トガナキノは、まだ、この国ではあまり知られていませんからね。」
「みたいだな。総領事館があるのにな。」
青年が頷く。
「勿体無い話ですよ。トガナキノは魔法科学の進んだ国なんだから、この国も、もっと、トガナキノと貿易すればいいんです。」
俺は笑う。青年には愛想笑いのように見えただろう。魔法使いとは言っても経験が浅いな。
「へえ、この国でトガナキノのことを知ってるってだけでも吃驚なのに、君は、結構、詳しそうじゃないか?どこで、トガナキノのことを知ったんだい?」
「はい。こう見えても、この店に拾ってもらうまでは、結構、あちこち旅してたんですよ。その旅先で、色々、知りました。」
嘘を吐く者は饒舌になる。嘘を取り繕うためだ。
「ほう、どこを回ってたんだい?よければ教えてくれるか?酒を待っているのにも飽いていた所だ。」
俺を探りに来たのに、逆に俺に探られている状態だ。
青年は笑いながら、蟀谷に汗を流す。
ここだな。
「そうだ、タンブラーをもう一つお出しよ。」
「え?」
「どうせなら、君も一杯付き合え。」
「い、いえ、私はまだ仕事中ですので。」
「なんだ。付き合えないってのか?」
形勢不利だろ?ここで、一旦、話を区切りたいだろ?話題を変えるには絶好のタイミングだぞ?
「い、いえ、じゃあ、一杯だけ。」
よし、掛かった。
俺は青年の差し出したタンブラーに少しだけコニャックを注ぐ。洗脳用マイクロマシン入りのコニャックを。
自分達で作った洗脳用マイクロマシンだが、当然、俺がプログラムを書き換えている。
周波数はこの青年の周波数だ。絶対にバレることはない。
洗脳用のマイクロマシンを俺が操作して侵入させるよりも、直接、取り込ませる方がバレる可能性はグンと下がる。
タンブラーに注いだ量を少しだけにしたので、青年は感謝の言葉を述べてから洗脳用マイクロマシン入りのコニャックを一気に仰いだ。
早速、洗脳用マイクロマシンを起動させる。
俺は「話は変わるが、」と、前置きして、ジェルメノム帝国について話し出す。
「ジェルメノム帝国では発電所を造ってるのかい?」
「ええ、クルタス様と名乗る方がお造りになられました。お蔭で、トガナキノの雷精魔道具を使うことができるので、大変、助かっております。」
青年はなんの躊躇も見せず、素直に話し出す。
「空を飛ぶ船もあるとか?」
青年がにこやかに饒舌に話す。
「はい。ただ、船と言うよりもクルタス様は飛行機と仰っておられました。でも、お蔭でジェルメノム帝国は連戦連勝です。」
八咫烏のような戦闘機か?まあ、良い、飛行機については詳しく聞いてもわかっていないだろう。
「そんなに戦争を?」
「ええ、周辺国家の三分の二は、既に、ジェルメノム帝国が併呑しております。」
大した侵略国家だな。
「地下に魔法科学施設があるのかな?」
イデアのいたのと同じ、地下のセクションがあるのかもしれない。
「いえ、私はそこまでのことは存じておりません。でも、仰るように、あるかもしれませんね。」
俺はニッコリと笑う。
「そうか、わかった。色々と教えてくれてありがとう。で、私はなんの仕事をしている人かな?」
俺の質問に青年はキョトンとした表情を見せる。
「貿易商ですよね?」
青年の言葉に俺は頷く。
「結構だ。それじゃあ、今の話のことは忘れて、君の旅先での話を聞いていたと、そのように皆に報告してくれ。」
「はい。」
そう言って、青年は地下蔵に続くドアに向かって歩き出した。最後まで青年は愛想が良かった。
「悪いわぁ。」
「え?」
テルナドの言葉に思わず、俺は振り返る。
テルナドが顔を顰めてる。
「ホントに父さんって悪いわぁ。」
「なっ!そ、そう言うなよ。父さんだってやりたくってやってる訳じゃないんだから。」
テルナドは顔を顰めたままだ。
「わかってるけど、こう、目の当たりにしちゃうとね、なんだか、あの人が気の毒に思えちゃうよ。」
人を傷つけないようにしてるつもりなんだが、テルナドには不評だった。トガナキノの禊が効いてるせいだ。
俺は肩を竦めて溜息を吐くしかなかった。
娘から尊敬されるのって、結構、難しいよ。
地下蔵のドアを開けて、全員がゾロゾロと店内へと戻って来る。店主と青年、そして、女の店員がそれぞれの手に酒瓶を抱えている。
「大変お待たせ致しました。」
店主がカウンターに酒瓶を置き、青年と店員が酒瓶を纏めて、器用にロープで縛り始める。俺達の脇を、酒樽を運んでいた男達が会釈をしながら通り過ぎる。
「いや、気にしないでくれ、俺の方こそ、結構なサービスを受けさせてもらった。」
俺はコートの内ポケットから金貨の入った袋を取り出し、店主の言うとおりの値段を支払う。
二本に纏められた酒瓶をテルナドが、三本に纏められた酒瓶を俺が持ち、酒屋を後にする。三人は最後まで愛想よく接してくれた。嵐の中、手に荷物を持っているのは疲れる。
俺は、角を曲がって、誰にも見られていないことを確認してから、酒瓶を分解保存する。
「どうするの?」
テルナドが聞いてくる。
「大体の状況と事情はわかった。」
俺達は足早に総領事館へと向かう。
「とにかく、フランシスカ王国国内の現状を維持させたままで、ライン川で展開されてる戦場を終結させる。」
「え?」
テルナドが俺の隣に並ぶ。
「そ、そんなことできるの?」
「できるよ?」
「マジで?」
「マジで。その段取りはつけてあるからな。」
「いつの間に?」
「出掛ける前、ってか、晩飯を食べる前に。」
「うそ!?」
「ホント。」
「ど、どうやって止めるの?」
「まあ、それは、現地に着いてからで。」
と、言うことで、俺達は戦場に戻ることになった。




