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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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亡霊

お読み頂きありがとうございました。本日の投稿はここまでとさせて頂きます。ありがとうございました。

 嵐の中、フランシスカ王国の街中に出る。


 総領事館の中をマイクロマシンで隅から隅まで調査したが、洗脳用のマイクロマシンは出て来なかった。飲み物から摂取した可能性が高いため、酒蔵は特に注意して調査したが、発見には至らなかった。

 調理場には空き瓶が、五本、置かれていた。

 洗脳用マイクロマシンが仕込まれていた飲み物が既に空になっているのか、入荷していないのか。

 とにかく、物証たるものは、この総領事館には見当たらない。

 総領事館の魔法使い、デルンベルクの脳内から記憶を辿ると、怪しい店が浮上した。総領事館付きの魔法使いが、行かないような店がデルンベルクの記憶に残っていたのだ。

 この状況で考えられるのは、洗脳者が被洗脳者と、直接、会って話さなければならない内容があるか、定期的な点検として、被洗脳者を呼び出しているかのどちらかだと推測できる。詳細な記憶は(ぼか)されているため、ハッキリとした内容がわからない。俺達が出向くしかない。

 だから、嵐の街中に出掛けたのだ。

 総領事館のある場所は王国の首都であるフランシスカ王都だ。戦場となっているライン川から西へ約四十キロの地点が王都となっている。

 (ドブ)が汚水を溢れさせ、異臭が充満している。道路は石畳だが馬車の轍が刻まれ、歩道の石タイルも凸凹だ。地形に合わせて道路を造ったせいだろう、大きな道でさえ真直ぐに伸びておらず、グネグネと曲がりくねっている。

 嵐の中だ。日も暮れてきている。外で働いているのは奴隷ぐらいのもので、人影はほとんど見られない。

 横殴りの風が建てつけの悪いドアと窓を揺らしている。

 俺とテルナドは黒いフード付きのコートを纏い、稲光を背に一軒のバーの前に立っていた。

 総領事館を出てすぐに、俺は自分の姿を変容させた。トガリ本来の姿ではない。金髪碧眼の巨漢の姿だ。

 司法院第一席のローデルが、まだ、ハルディレン王国の子爵だった頃に、そのローデルと会談するために使った姿だ。

 ちなみにこの姿を見たテルナドが「ずっと、その恰好でいてくれたら良いのに。」と呟いたのにはショックだった。

 クソッ。

 長い金髪がフードから零れて風に揺れている。

 店名は‘クレオデレルカール’フランシスカ語で酒色という意味だ。

 中からはなんの物音もしない。喧騒もなければ話し声もしない。酒色と言うわりに静かなもんだ。まあ、この天気だ、しょうがないわな。

 ドアノブを捻って、ドアを開ける。

 陰気な雰囲気が溢れてくるような空気。汚水に煙草の臭いが混じってキツイ香りが鼻をつく。

 周囲から臭い物質を分解消去しようかと思うが(とど)まった。魔法使いにバレる可能性があるからだ。

 店から漂う臭いにテルナドがあからさまに顔を歪める。

 店内を見回し、足を踏み入れる。

 カウンター席が五つに八人掛けのソファー席が一つ。ソファー席には背の低いテーブルが三つ並んでいる。

 カウンター奥の席に一人の男、カウンターの中には四十代ぐらいの女と三十代ぐらいの男が一人づつ。ドアから三段下がって、店内の床を踏みしめる。足ふきマットにブーツの底を擦り付け、余分な水分を拭う。

 硬い木材の床を踏むと僅かに軋み音を立てる。床材の厚みは六センチメートル程か?割かしシッカリとした造りのようだ。

 壁は石材の上から珪藻土を塗り、腰壁は木材で内装されている。

 カウンター奥に座る男の向こう側、トイレと思われるドアがある。

 俺とテルナドはフードを下ろすことなく出入口に近いカウンター席に腰掛ける。

「いらっしゃい。」

 赤いドレスを着た女が気だるげに入店の挨拶を口にする。

「スコッチをシングルで、この子にはミルクを。」

「銘柄はスミス&スミスだけだよ。」

 元フランスなだけにスコッチ・ウィスキーの銘柄は一種類だけか。

『そうだよねぇ。元フランスでお酒を頼むならコニャックだよ。』

 コニャックって飲んだことねえんだよ。

 俺はチラリと女に視線を走らせる。

「それで良い。」

 どうせ、胃袋のマイクロマシンが即座に分解消去する。

 女がスコッチの入ったタンブラーを俺の前に置き、ミルクをテルナドの前に置く。

 木製のカウンターに髪の毛から垂れた雫が水滴を作る。

「お客さんはフォーエンデアからかい?」

 女が俺に気軽な口調で話し掛けてくる。

「いや、東の方さ。」

 女の赤い唇が丸く開く。

「へえ、スコッチなんて頼むから、フォーエンデアの人かと思ったよ。それにしても、東の方からって、よくも、ジェルメノムの戦線を越えられたね。」

 フォーエンデアとは元イギリスのことだ。この世界では国とは呼べない小規模都市が千以上集まって、協議制にて諸外国に対応しているが、現状、連邦国家とも言えない運営状態だ。

 俺はスコッチを一息で飲み干し、タンブラーを、音を立ててカウンターに置く。

「次はコニャックだ。フランシスカならカミュがあるだろう。」

 女の口の端が吊り上がる。

「高くても良いならあるよ。」

 俺はコートの内ポケットに金貨を再構築し、その金貨をカウンターに置いた。女の目が大きく見開かれ、直ぐに「フフッ」と声を出して笑う。

 グラスに注がれたコニャックが俺の前に滑るように差し出され、俺はコニャックの香りを嗜む。先のスコッチは薬品のような香りが強かったが、このコニャックは葡萄のフルーティーな香りが匂い立っていた。

 一口含んで、鼻から抜ける香りの余韻を楽しむ。

「精霊か…」

 俺の呟きを静かな店内で男が拾う。

 カウンターの中に立つバーテンダーの肩が僅かに動いた。

「遠い西の国には、空に浮かぶ巨大な国があるという。」

 俺の呟きを女が眉を顰めて拾い上げる。

「なんのことだい?そんな国があるのかい?」

 俺が、突然、なんの話を始めたのかわからずに、わからないままに話を合わせようと女が俺の前に立つ。

「国民全員が魔法使いで、空飛ぶ船を自由に乗り回し、魔獣を狩ることを物ともしない国だそうだ。」

「ああ、空を飛ぶ船ならあたしも見たことがあるよ。アレはなんだろうって、皆とよく話してるからね。」

 俺はカウンターから上体を離し、軽く、背筋を伸ばす。

「トガナキノ、と、言うらしい。」

「へえ、それが、その国の名前かい?」

 女の言葉に俺は頷く。

「ママは知らないのかい?トガナキノ国。」

 俺の言葉に女が(かぶり)を振る。

「おかしいな。二階にいる男、その男なら知ってるはずなんだがな。」

 二階で激しい物音が響く。

 俺はコニャックの入ったグラスに自分の掌で蓋をする。テルナドはミルクの入ったコップに同じように蓋をした。

 梁の剥き出しになった天井、二階の床との間に天井裏と呼ばれる空間はない。一階の天井板が、そのまま二階の床板だ。

 二階からの埃がカウンターの上に散らばり、俺は二階の床板を分解消去する。

 無数の家具と共に一人の男が一階に落ちてくる。

 家具の壊れる音に混じって、男の悲鳴が上がる。

 埃が舞い上がり、俺とテルナドの周囲から、その埃を分解消去する。

 何事もなかったかのようにコニャックを(あお)る。

 テルナドもミルクを飲み干す。

 出入口付近で倒れたまま呻き声を上げる男。

 俺はその男との間に散乱した家具を消す。

 男が俺に視線を向けて、驚きの表情のまま固まる。

 客の男、バーテンダー、ママ、三人には悪いが、意識を阻害させて貰ってる。

 男が落ちてくる直前の姿勢のまま固まっている。

 男に近付く。

 男は「ひっ」と、小さな悲鳴を上げて、上体を起こし、逃げようとするが、逃がす訳がない。

 男は身動き取れずに固まる。意識はちゃんとある。筋肉に送られる電気信号を阻害しただけだ。

 俺は屈んで、汗まみれの男の額を右手で掴む。

 男の霊子体の周波数に俺の霊子体の周波数を合わせる。演算能力の高い俺の霊子回路が男の精霊回路を支配する。

 男の情報が、霊子体を介して流れ込んでくる。男の記憶を全て洗い出す。

 名前はエーシャント・ホークリッド。十八歳。

 両親は健在、五人兄弟の三男、四歳の時に魔法使いとしての才能を見出され、ポーロメランス王国の宮廷にて魔法を学ぶ。三年前にジェルメノム帝国に侵略され、その時からジェルメノム帝国に仕えるようになった。役職は第八宮廷魔導師団に所属する黒の魔導師。現在の任務はトガナキノの情報収集。

 家族は妻と愛妾が二人、子供は八人。

 ジェルメノム帝国についてはどうだ?

「デ、デシター君?」

 テルナドの呼び掛けを無視して、俺は、男の記憶を漁る。

「デシター君?ど、どうしたの?」

 テルナドの不安そうな声。

 わかってる。

 テルナド、お前が不安に感じるのはわかってるから、今は、俺の顔を見るな。

「デシター君!そ、その人が死んじゃうよ!」

 テルナドに言われて、俺は男の額から手を放す。

 男の蟀谷に俺の指が少しばかりめり込み、血が流れていた。男は口から泡を吹いている。

 俺は立ち上がりながら、指先に付着した男の血を消し去る。

「フーッ」

 俺は自分自身を落ち着かせるために深い所から息を吐き出した。

「どうしたの?何が見えたの?」

 テルナドには、まだ、俺の顔を見せることができない。

 此処からでは見えない嵐の空を見上げ、頭からフードが落ちる。

「クルタスの亡霊だ。」

「え?」

 俺の言葉を聞いたテルナドが、その可愛い顔を歪ませた。

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