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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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ヤート族って本当に戦闘民族だよね?

 総領事には、俺達が来た事実を秘密にするように頼んだ。このまま、真っ当に魔狩りとして戦場に向かうとなれば、まず、フランシスカ王国の高級執政官に魔獣討伐依頼を受領します、と、言いに行かなければならない。そうなると、フランシスカ王国の戦力として、戦場に送り込まれる可能性がある。こちらが否定しても、その既成事実が出来上がる。

 それは避けたい。

 あくまで内密に事を進めないとトガナキノがフランシスカ王国を軍事支援したことになってしまう。

 だから、瞬間移動にも気を付けなければならない。魔法使いが戦場に来ていれば、突如、俺達が戦場に来たとバレる可能性がある。

 俺は国同士の戦争経験はない。

 国内の紛争経験はある。いや、あると言えるかどうか微妙だな。トガリの父親が死んだ紛争だからな。あの時、俺が転生したトガリの肉体は死んでいた。あると言えばあるが、無いと言っても良いぐらいの経験だ。


 俺は久しぶりに走っていた。

 森の中だ。

 しっとりと濡れた葉に水の玉が溜まり、体に触れる度に弾けて音を立てている。

 中距離の瞬間移動を数回繰り返し、戦場まで、あと少しと言うところで、テルナドと共に走り出したのだ。

 鉄と同等の硬さを持つガラス。アルミナガラスとカルビンでヘルメットを再構築し、俺とテルナドの顔を隠す。

 体の要所を守るカルビンのプレート。その上から薄めの革鎧を再構築する。

 小糠のような雨がジットリと革鎧を重くする。

 アルミナガラスに雫が付いて見えにくい。何度も手で拭って、俺は周囲の気配に異物を感じ取った。

 気象をコントロールするAナンバーズ、そのコノエのマイクロマシンに二種類の周波数を持ったマイクロマシンが混じり出す。マーブル模様のように混じり合ったマイクロマシンが周囲の空間を満たす。

 魔法使いだ。

 魔法使いがレーダーとしての役割を担って、この戦場に放たれているのだ。そのマイクロマシンが互いの領土を主張するように(せめ)ぎ合っている。

 屈んで足を止める。

 その隣にテルナドが屈む。

 俺は鬩ぎ合っている片方のマイクロマシンに自分の霊子の周波数を合わせて、テルナドに話し掛ける。

「使役された精霊が鬩ぎ合ってる。感じられるか?」

「大丈夫。イズモリさんに教えてもらったとおりに霊子の周波数を変えてるから。」

 俺は、テルナドの言葉に頷く。

 戦場が近い。姿勢を低くして、茂みの中に潜り込み、葉擦れと雫が地面を叩かないように気を付けて進む。

 体全身の関節を動かし、蛇のように体をくねらせながら、指先と爪先で這いながら進む。

「ちょ、ちょっと、父さん。あたし、そんなに速く進めないよ。」

 小さな声。

 口の中で呟く程度の声だ。

 それでも俺の耳に、しっかりとテルナドの声が届いてくる。

 マイクロマシンで周囲の空気を震わせず、テルナドの口元から俺の耳に伝わるようにだけ空気を震わせている。この方法ならば、どんなに大声を上げても俺にしかテルナドの声は聞こえない。

 俺は止まる。

「オウルノイドだろ?上から行っても良いぞ?」

「ダメ、雫がどうしても地面を叩くもん。」

「上にのれ。」

「ええ?大丈夫?」

「お前は軽いから大丈夫だよ。」

 テルナドはオウルノイドだ。

 骨が中空になっており、体重が見た目以上に軽い。今の俺よりも背は高いが、大した重さにはならない。

 それでも、指先と爪先で全体重を支えているのだ。負担になることは間違いない。と、テルナドは思っているのだろう。

 テルナドが俺の上にのる。

 蛇のように疾走する。

「うわ。スゴッ。気持ち悪いぐらいに背骨が動いてる。」

 革鎧の上からでもわかるのだろう。俺の関節はマイクロマシンの制御で無理矢理に動かしているのだ。普通の人間ができる動きではない。

「父さんはやっぱり魔狩りだね。」

 テルナドが俺の背中で呟く。

「ヤートだからな。」

 ヤートは子供の頃から鍛えられている。

 戦場で死ぬのがヤートの常だ。だから、親は子を生き延びさせるために徹底的に鍛え上げる。遊びと称して鍛える。そうして、信じられない身体能力を有した人間をつくり上げるのだ。

 まず、脳だ。疲れるというリミッターを外される。疲れても体が動き続けるという脳の改変だ。止まれば死ぬ。だから動き続ける。

 疲れた。

 痛い。

 苦しい。

 そういった脳からの危険信号を騙す脳をつくられる。疲れているのに疲れていないと脳が脳を騙すのだ。

 俺は止まる。

 違う周波数を持ったマイクロマシンを検知した。

 普通の兵士か、未熟なヤートだ。

 斥候役ならヤートだな。

 獣人はマイクロマシンを使えない。幽子と霊子を体外に発することがないからだ。トンナが斧槍を再構築できるのは、あくまで、俺が組んだプログラムで限定された使い方をするからだ。体内の生体電気を使って、身に着けた鎧の元素を使って、俺の組んだプログラムで斧槍へと再構築する。

 生体電気を使ってマイクロマシンを操作できる範囲はおおよそ三メートルほどの空間だ。その距離を越えれば、空間を満たす幽子でマイクロマシンは稼働する。

 だから、トンナのように吸着型の荷電マイクロマシンを目標に飛ばすこともできるが、それは、獣人にとっては、あくまでも特殊な例だ。だから、このマイクロマシンを飛ばしているのは普通の人間だ。

 自分の霊子の周波数を変えることなく、気配を伸ばすと、こうして、マイクロマシンを検知される。

『無目的のマイクロマシンだ。未熟だな。』

 命令を書き込まれていない、ただ周囲を浮遊するマイクロマシンということか?

『ああ。そうだ。』

 と、いうことは、精霊回路を持っているが、本人は、そのことを知らないままに気配を伸ばしているってことか。

 俺は、その四つ目の周波数を持ったマイクロマシンに同調し、そのマイクロマシンを辿る。

 子供だ。

 子供のヤート。

 その子の脳に、同調させたマイクロマシンを侵入させる。

 子供の脳を使って情報を盗み取る。

 ヤートがいる。

 五人のヤートがこの森に潜んでいる。

 大人が三人。

 子供が二人だ。

「ヤートが五人。」

 俺の言葉にテルナドが頷く。


 トガリと同じ姿勢で、五人のヤートが森の中を強行偵察していた。

 偵察とは隠密行動であり、敵に見つかることを良しとはしない。そのため、付近に敵の存在を確認しても、やり過ごすか、逃げるということになる。

 強行という言葉が頭に付くと、その意味合いが変わる。

 目的地に辿り着くまで、偵察が続行され、場合によっては、敵を殺しながら目的地に向かう。

 キリガという男が、強行偵察隊の隊長として、部隊を率いていた。

 年の頃は三十の半ばである。人生で四度目の戦場であった。

 キリガが止まると、部隊が止まる。

 キリガが左端の位置で、順次、隊員が右に並ぶ。キリガを基準に右の隊員が約二メートル離れて、少しばかり後方の位置になる。

 その右側の隊員は同じ間隔を開けて、更に後方だ。

 斜めの横隊を組んでの進行であった。

 森の南側、キリガの位置を基準に森の左手側から入り、左回りに強行偵察を始めたのだ。

 まずは、森の左端を確保するために縦隊にて侵入し、真直ぐに森の左側の安全を確認する。森の左側で往復して、斜め横隊に展開して、森の中をくまなく索敵する。罠と伏兵の存在、本陣の位置確定。これが、今回、キリガに課せられた任務であった。

 ジェルメノム帝国にはヤートが多い。

 使い捨てにされるヤートも多い。

 使い捨てにされるかどうかは、最後まで生き残っているかどうかであるとキリガは考える。

 己に生き残れるだけの技量があれば、使い捨てにされたことにはならない。

 使い捨てにされたと考えるのは、死ぬからだ。

 戦争は多かれ少なかれ、死ぬ可能性の高い場所なのだ。その可能性が多少増えるか減るかの差である。

 死ぬかもしれないと感じれば逃げる。

 その前に、己は今まで研鑽を積み上げ、敵に見つからないように、その技量を練り上げて来た。

 気配を殺す術を覚え、今では、魔法使いにさえ、己の気配を察知されることはなくなった。

 一人の気配が消える。

 連れて来ていた子供の気配が消えたのだ。

 キリガの動きが極端な蛇行へと変化する。

 止まるなと叩き込まれている。

 他の者は気付いたかどうか。

 知る術はない。

 二人の子供は気配を殺す術を習得していない。だから、子供の気配が消えたことに気付くことができた。

 それで、敵の襲撃を知ることができる。

 そう、連れて来ていた子供二人はレーダーの役割だ。

 死んでも構わない。

 死なないように仕込んできたが、戦場では死なれても仕方がない。

 気配を殺すことに慣れていない、気配を消す術を習得できていない子供。そんな子供を二人連れて来たのは、敵の襲撃を知るためだ。

 気配を殺すことのできる三人の大人は、まず、敵に発見されない。

 同じヤートが敵であれば、気配を殺すことのできない子供を狙わない。知っているからだ。同じヤートであれば、大人のヤートを探す。したがって、今回の敵はヤートではない。

 まずは、一人目の子供、テノウが殺された。そうキリガは確信する。

 二人目の子供、コウデも狙われる。

 キリガは残ったヤートと共にコウデを取り囲む。

 コウデを殺そうとする敵を取り囲んで殺すためだ。

 キリガを含めた三人のヤートが、気配を殺したまま、コウデを中心に半径十メートルの円陣を組む。

 待った。

 円陣を崩すことなく、蛇行しながら待つ。

 周囲の異常を察知したコウデはその場に止まっている。異常を感じればその場に留まるように指示してあるからだ。

 その場に留まっていれば、キリガが助けに向かうと言ってある。

 囮にウロチョロされては敵を殺し難い。

 その為の嘘であった。

 使い捨てにされるのは、技量が足りないから、己が生き延びる術を持たないからだ。

 己ならば、助けに向かうなどという戯言(たわごと)は信じない。戦場では止まるなと、散々、教え込んできた。なのに、コウデは止まっている。父親であるキリガの言葉を信じて。

 だから死ぬのだ。

 殺されたテノウはコウデの弟だ。

 キリガは二人の息子を失う代わりに二人のヤートを犠牲にせずに済む。

 戦力としては二人の方が格段に上だ。

 ザザムとフダツ。

 二人のヤートが生き残る。それで十分だ。

 ザザムとフダツも自分の子供に同じ役割を担わせるつもりで連れて来ている。

 順番が繰り上がるな。

 キリガはそう考えながら、コウデを囲んで、回り続ける。

 不意に首を掴まれる。

 何が起こったのか咄嗟に判断できなかった。

 動けなくなった。

 無造作に首を掴まれているだけなのに、体がピクリとも動かない。呼吸ができない。

 唯一動く目を下に向ける。

 地面から腕が生えていた。

 大きくはない。

 細い腕だ。

 子供の腕だ。

 その腕が己の首を掴んでいる。

 体が硬直している。

 キリガの体を支えに、地面から生えている腕が曲がる。キリガは動くことができない、自然と地面の中から人が現れる。

 無表情な少年。

 奇妙な兜をかぶった左頬に傷の走った少年。

 キリガには地より蘇る化け物のように見えた。

 少年がキリガの耳元にまで起き上がって来る。

「子供を囮に使ったな…」

 その言葉を最後にキリガの意識は消失した。


 フダツもコウデを囲んで、蛇行していた。

 コウデを中心に蛇行で回る。

 キリガとザザムの動線を邪魔することなく、敵に悟られないために蛇行するのだ。

 そのフダツの進行方向にキリガの姿があった。

 尻を上げた状態で昏倒していることが明らかな姿だ。

 その姿を認めた瞬間に、フダツは、この戦線からの離脱を敢行する。

 コウデを囲む円陣を崩して、この場から即座に逃げることを実行する。

 逃走経路を地面から樹上に移すため、幹を這い上がる。

 太い枝に到達し、別の枝に向かって跳んだ瞬間であった。

 背後を取られる。

 背中にしがみ付かれるが、そのまま、目標の枝を掴む。

 そこまでだった。

 掴んだ手を起点に体を雁字搦めに縛られる。

 不自然な体勢のまま、瞬きするほどの間に木に縛り付けられた。

 異様な形をしたミノムシが枝からぶら下がった。


 ザザムは枝にぶら下げられたフダツの姿を認めて、小太刀を抜いた。

 尋常ならざる相手であると判断したのだ。

 此処で死ぬな…

 フダツは手練れである。

 その手練れが音もなく拘束され、無様な姿を晒している。

「お前のことも知っているぞ。」

 敵からのメッセージであると受け取れる。

 メッセージを見せるということは、キリガも死んでいると考えるべきだ。

 だからこその諦め。

 諦めにも似た境地、その境地にあって死を覚悟する。

 子供を囮に使って生き延びようとするのだ。死ぬことは常に覚悟している。だから、子供を道具のように使うのだ。

 地に倒れる軽い音。

 コウデが地面に倒れている。

 気付かなかった。

 ザザムの蟀谷を一筋の汗が流れる。

 心臓が耳元にあるような錯覚。

 気配を感じない。

 見事だ。

 心の中で毒づく。

 見事な人殺しだ。俺よりも、部隊長のキリガよりも人殺しに秀でた奴が此処にいる。

 不意に、その背中に重さを感じる。

 軽い。

 軽いが人の足が背中にのっていることがわかる。

 動けない。

 術中にはまっていたのか…

 ザザムは生きることを諦めた。

「戦場では止まるな。そう、教わらなかったのか?」

 少年の声。

「教わっていた。だが、死ぬことを覚悟した瞬間、体が止まったよ。」

 声だけは出た。自分でも驚くほど静かな声が出た。

 背中の重みが動く。

 少年が屈んだのだ。

「お前らはどっちだ?フランシスカ王国のヤートか?ジェルメノム帝国のヤートか?」

 黙るしかない。答えられない問い掛けだ。

「国に対する忠誠はねえだろ?」

 その通りだ。ヤートには国に対する忠誠心は皆無だ。支配され、生かされる。その人生を受け入れている。支配者が変われば、その支配者の言うことを聞くだけだ。

「犠牲となったヤートへの義理、いや、子供への償いか。」

 任務を全うしなければ、犠牲にしてきたヤートの血が無駄になる。ヤートは自分達の子供を殺してきたのだ。任務にかこつけて、子供たちを犠牲にして自分達は生き残ってきたのだ。だからこそ、その血を裏切ることはできない。

「貴様もヤートか。」

 背中にいる少年はヤートのことを知っている。いや、知り過ぎている。

「そうさ、ヤートだ。ずっと東、東の果てのヤートさ。」

 本来は西だ。この世界でウーサ大陸と呼ばれる大陸は、元はアメリカ大陸なのだから、元フランスからすれば西の国だ。しかし、少年は東と言った。

「東?」

「ああ、大陸を渡り、海を越えて、ずっと東の、東の果て。ヤート発祥の国から来たヤートだ。」

「ヤート発祥の国…?」

「ああ、日本って国だ。」

 ザザムの口が閉じられる。

 聞いたことのない国だった。ヤート発祥の国でありながら、ヤート族の己が知らぬ国。

 しかし、背中にのる少年の言葉に、なぜか打ち震える自分がいることに気付く。

 胸が熱くなり、望郷じみたものがこみ上がる。

「災害の多い国だったが、戦争を捨てた小さな島国でな。犯罪発生率は極端に低かった。」

「その国は、もうなくなったのか。」

 少年は過去形で話している。

 この世界で戦争を捨て去ることなどできるはずもない。滅んで当然であろうと思えた。

「国じゃない。」

 少年の言葉に力が籠る。

「ヤートが生き残っている。だから、国は滅ばない。」

 ザザムが目を閉じる。

「好きにしろ。俺の命はお前の手の中だ。」

 ザザムが小太刀を片手に、そう、呟いた。

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