ブラックな奴がブラック企業をつくり上げる
お久ぶりです。投稿を再開いたします。よろしくお願いいたします。
朝焼けの中、ガラン号が、吹きさらしのベランダに着陸する。
なんだかんだと、昨日はあまり眠っていない。意識を失ったけど眠ってはいない。うん。間違いじゃない。
機内でテルナドと話していたところ、テルナドも前職の仕事を終えてから、魔獣狩りユニオンの資格試験を受けに来たため、疲れたと漏らしていた。
僅か二十分ほどの空の旅だったが、それでも、テルナドは少し眠れたようだ。
「着いたぞ。」
俺の一言でテルナドが目を覚ます。
狭い車中で伸びをして、窓から体を捻り出す。
事務所のドアに手を翳し、マイクロマシンで鍵を開けようとしたが、鍵は掛かっていなかった。
「不用心だな。」
まあ、この国には泥棒なんていないから、別に良いんだけど。
ドアを開けると。化粧を落としたハルタが涎を垂らしながら、机に突っ伏していた。
グッスリ眠ってるようだったので、テルナドに「静かにな。」と声を掛けて、ドアを閉める。
「お帰りなさいませ。」
おうっ!吃驚した。
本棚の陰からスーガが現れる。
スーガは右手にカップを持って、挽き立てのコーヒーを嗅いで、一口啜る。
「ま、まだいたのかよ。徹夜か?」
カップを口から離し、無表情のまま頷く。
「事務員がおりませんので。」
その一言は、間違いなく、俺への苦情だ。
俺は、涎を垂らしながら幸せそうな寝顔で寝息を漏らすハルタを指差し、「これは?」と聞いてみる。
スーガが首を振り、「現時点では戦力外です。」と、キッパリと言う。
俺は事務所奥の自分の椅子に腰かけ、疲れと共に溜息をもらす。
「まあ、近々、奴隷解放保護局の局員が来るからそれまでの我慢だな。」
「そうですね。」
そう言いながら、スーガが俺の前に書類を持って来る。
机に置かれた書類を眺めて、スーガに視線を向ける。
「何これ?」
スーガが自分の机に戻って、書類に向かいながら「次の依頼です。」と、さも当たり前のように言う。
「ああ、じゃあ、明日はコイツだな。」
俺は置かれた書類を扇子のように弄びながら、そう、応えた。
「いえ、今すぐに行って下さい。」
「…は?」
「このままのペースで依頼を溜め込むと三日後には三十件の依頼が滞ります。今からその依頼を消化して下さい。」
スーガは俺の方を一顧だにしない。書類作成のためにペンを素早く走らせている。
「え?俺、今、帰って来たとこ…」
「それが何か?」
「ち、ちょっと休憩を…」
「今日中に六件の依頼をこなして下されば、十分間の休憩を取れます。魔狩り加入者の割に次々と依頼が来ておるのですから、次々と討伐して下さい。」
「いや、でも…」
「どうしても、休憩が欲しいとのことでしたら、一件の依頼を一時間以内に消化して下さい。その時間で三件の依頼をこなせば、十三分間の休憩が取れます。」
「い、一時間はちょっと、無理…」
「では、頑張って下さい。」
俺と会話している間、スーガは書類から目を離すことなく、ずっと、ペンを走らせていた。
「…じ、じゃあ、行って来ます…」
「えええ?行くのぅ?」
テルナドが抗議の声を上げる。
「当然です。テルナド様には、これを。肌身離さず持ち歩いて下さい。」
エンボス加工された金属プレート。
魔獣狩りユニオンが発行する魔狩り資格証明プレートをスーガが机の上を滑らせる。
テルナドが鼻頭に皺を寄せ、プレートを摘まみ上げる。
「それを持ったからには一人前の魔狩りです。ドンドン、魔獣を狩って下さい。」
「は~い。」
語尾は弱々しいが、それでも素直に事務所を出て行く。
「じゃあ、行ってきます。」
俺は、もう一度、出掛けの挨拶をして、若干項垂れながら事務所のドアを潜る。
「行ってらっしゃいませ。」
スーガの声が、なんだか、虚しく聞こえる。
テルナドと一緒に再びガラン号に乗り込み、エンジンを始動させる。
テルナドが助手席で、欠伸をしながら「次はどこ?」と、聞いてくる。そう言えば、場所を確認していなかった。
「見てないから、確認して。」
テルナドに魔獣狩り依頼書を渡す。
「うわあああ。フランシスカ王国だって。」
現代日本で言うところの御フランスだ。と、遠い…
俺はガラン号のエンジンを停止させる。
「どうしたの?行かないの?」
テルナドの言葉に俺は首を左右に振る。
「面倒だ。瞬間移動で行こう。」
「あ、そりゃそうだよね。」
そういうことになった。
俺はコノエとリンクを結び、フランシスカ王国のトガナキノ総領事館へと瞬間移動する。
フランシスカ王国とは国交を持っているが、外交としての大使館は置いていない。フランシスカ王国がトガナキノに大使館を置くことを嫌ったからだ。
派遣される大使は、身体不可侵権を持っているため、大使に任命された後は、トガナキノの禊を受ける必要はなくなるが、トガナキノで大使だと認められるのは、信任状捧呈式を終えてからになるので、トガナキノ入国時は大使ではない。
したがって、派遣国の特命全権大使であろうと特命全権公使であろうと、関係なく、接受国であるトガナキノに入国したら禊を受けさせる。
そうして、暫くすると、その大使はトガナキノ色に染まり、本国に帰ってから一悶着を起こすのだ。
うん。
俺が派遣国なら、絶対トガナキノに高級執政官は送らない。
どの国でも、特命全権大使に任命される人間は優秀だ。その中でもトガナキノに派遣される特命全権大使は特に優秀だったりする。
そりゃそうだ。見たこともない魔法を国民全員が駆使する魔法王国で、その医療技術は夢物語、貨幣制度から脱却し、インフラ整備は現代日本を遥かに超える。深海一万メートルの海底と月面に資源採掘用の基地を建造し、赤道直下の島には勝手に軌道エレベーターを建造、国は成層圏を越えて宇宙空間まで飛行可能な国体母艦だ。
トガナキノがその気になれば、トガナキノは一切の被害を受けることなく、地上の国々を制圧することができる。
実際にやるとしたら、全人類の脳味噌にマイクロマシンを送り込んで、洗脳奴隷化してしまえば、地上を焼くことなく無血占領できてしまう。全人類ではなく、支配階級に的を絞っても良い。
何森源也でさえやらなかった行為だ。
勿論、俺もそんなことはしない。
そういった点で俺と何森源也は同じだと言える。考える方向性、帰結点は一緒だ。ただ、やり方が違う。
何森源也は、犠牲を厭わない。
俺は人死にを嫌う。
だから、俺は、今、此処にいて、何森源也はいない。
でも、諸外国からしてみれば、俺のそんな思惑を知る由もないわけで、俺の腹の中を探ろうと特命全権大使を送ってくる。
で、そんな国に派遣する特命全権大使を選抜するにあたって、優秀な人物を選定しない国はない訳だ。
その超優秀な特命全権大使が、帰って来た途端に「トガナキノではこのような差別はなかった。」「王政は懐古主義であり、今すぐに解体すべきだ。」と宣うのだから、派遣国としては堪ったもんじゃない。
スパイ的な任務を帯びて送ったはずの超優秀な人材が、反国王一派となって帰国するのだ。
結果として、トガナキノに大使を派遣する国は極端に減った。だから、トガナキノも諸外国に大使館を置かずに、国交のある国には、トガナキノの総領事館が置かれているという状況なのだ。
その総領事館の前庭に俺達は瞬間移動する。
「失敗した。」
雨が降っていた。
何時かはわからないが、日は高く昇っているようだ。雲に覆われていても昼間の明るさだ。
「雨だね。」
テルナドがそう言って、総領事館のピロティへと走る。
その後を追って、俺も走る。
門扉を越えて瞬間移動しているためインターフォンがない。
屋根の下で水分を分解消滅させて、俺は、大きな観音開きのドアを力任せにノックする。
駆け寄ってくる足音がするが、建物内からではなく、後ろ。
門の方から数人が走って来る。
兵隊さんだ。そりゃそうか。
門番として衛兵が詰めてるよな。そいつらからしたら、俺達は不審者以外の何者でもない。そりゃ慌てて走って来るわ。
走って来る衛士は全部で五人。オリハルコン製の霊槍を携え、俺達を取り囲む。
切先をこっちに向けるが、向けない方が良いと思うぞ?
「テルナド、衛士に顔を向けるなよ。」
「うん。わかってるよ。」
テルナドは玄関ドアに向いたままだ。
「貴様ら。姓名を名乗り、身分を明かす物を提示しろ。その上で拘束する。」
おお、随分と冷静と言うか、のんびりしてると言うか。トガナキノらしい対応だわ。こんなことで、テロ対策とかダイジョブか?
俺は両手を挙げ、武器を持っていないことをアピールする。
「俺の名前はヘイカ・デシター。魔狩りだ。」
そう言って、摘まむようにして上着を捲り、「今から身分証を出す。」と殊更に注意深く声を掛ける。
衛士の一人が頷くのを確認して、俺は上着の内ポケットに手を差し入れ、その中で魔狩りの身分証を再構築し、ゆっくりと出す。
「これが身分証だ。」
魔獣狩りユニオンが発行する身分証とは、テルナドがスーガから貰った金属プレートのことだ。
衛士長らしき人物が目を眇めて、その身分証を睨む。
視線を俺に固定したまま、首を振って「確認しろ。」と別の衛士に指示を飛ばす。
指示された衛士が、霊槍を構え直し、手首に巻いた簡易錬成器を操作する。簡易錬成器を直接操作するってことは、コイツは獣人だな。
その獣人の衛士が呪言を詠唱する。
「我に従いし精霊よ。ガルデン・トールギスの名の下に命ず。難敵討ち滅ぼす霊槍ありて、その役目を終えたり。」
その衛士の手から、霊槍が消える。
「我に従いし精霊よ。ガルデン・トールギスの名の下に命ず。此方から彼方へ、伝え聞き及ぼす霊道なりて、我が手にあるは万物見通す霊具なり。」
衛士が、再び、呪言を詠唱し、その手に3Dスキャナーが構築される。
右手にハンドスキャナーを持ち、左手には小さな本体部分を持つ。その本体部分には八インチのディスプレイモニターが取り付けられており、ハンドスキャナーを翳した物体を読み取り、モニターで判別情報を表示する。
ハンドスキャナーは3Dスキャナーではあるが、粒子情報を読み取るスキャナーでもある。俺の持つ精霊の目と同じ機能であり、以前、アヌヤに作ってやったゴーグルと同じだ。
モニターには読み取った対象物の大きさだけではなく、質量、組成成分などの情報も映し出される。
読み取られた情報はトガナキノの量子コンピューターに保存されているデーターと比較され、その誤差が十パーセント以内であれば本物と判定されるのだ。
「本物です。」
衛士長が頷き、視線をずらす。
「そっちの女の子も身分を提示しろ。」
そんなことしたら、お前ら死刑になるぞ?殿下に槍の切先を向けてるんだからな。
「その前に槍を下ろしてくれ。」
俺は衛士長にお願いするが、衛士長はその言葉を無視する。
「提示しろ。」
仕方ないな。ちょっと、力を使わせていただこう。
「槍を下げろ。」
衛士達が穂先を震わせながら槍を下げる。
衛士達は獣人だ。
体内のマイクロマシン、宿りの精霊に与えられた命令は、全て、俺のマイクロマシンが書き替えているはずだ。
「くっ!き、貴様!魔法使いか!!」
衛士達が声を震わせて抵抗するが、無理な話だ。
「喋るな。そのまま、槍を下げろ。」
穂先が地面に刺さる。
「いいぞ。こっちを向いても。」
俺の言葉にテルナドが振り返る。衛士長を始め、全員がテルナドの顔を確認し、口を大きく開ける。
即座に、音を立てて跪く。
勢い良すぎ。痛そう。
「ご、ご無礼!お許しください!!」
全員が土下座する。もう、土下座祭りだよ。土下座多いなぁ。こういう国民性なのか?土下座国の土下座民?
「この責は、全て!私!トーエンド・ホルカンに!」
衛士長が自分の身を持って衛士達を庇う。
「よい。貴公らは、自らに課せられた任務を全うしたのみ。此度の一件は事前の連絡なしに総領事館前庭に現れた私の傲りであった。貴公らが槍を向けた事実も私は確認しておらぬ。よって、沙汰はなし。この者に感謝せよ。」
「ははあ!ありがたき幸せ!!」
まあ、こんなことで幸せになるなら良かったよ。
「と、いうことで、悪いが衛士長さんよ。中の総領事に取り次いでくれる?」
俺に感謝せよって言われたので、今回は無視されることはなかった。衛士長が即座に立ち上がる。
「はい、直ちに!」
テルナドに尻を向けないように回り込み、玄関ドアを開き、テルナドと俺を総領事館内に招き入れる。
「こちらへ。」
再びテルナドの後ろに回り込み、手を差し出し、テルナドの後ろから向かうべき方向を指し示す。
王族相手だと衛士長も大変だ。
大変だけど、この衛士長、ちょっと嬉しそうだ。テルナドって人気あるなぁ。
『国王が不人気なだけだ。』
うっせえ。
玄関ホール奥に進み、中庭の見える窓に突き当たる。
「こちらでございます。」
テルナドの後ろから長い手を一杯に伸ばして、右に曲がるようにと誘う。
左手に中庭の見える窓、右手には豪奢なドアが並ぶ。ドアとドアとの間隔は長い。中の部屋が広い証拠だ。
突き当りの手前で衛士長が今度は左を指し示す。
廊下を曲がっても同じような景色が続く。
再度、突き当りを左に曲がって、もっとも大きなドアに到着する。
「失礼いたします。」
そう言って、衛士長が俺達の横に並び、手を伸ばして、無理な体勢でドアをノックする。
コイツはアレだな。尻見せない道の黒帯だ。
中からくぐもった声で「どうぞ。」との応答を確認する。
もう、面倒なので俺がドアを開ければ良いのだが、そんなことをすれば衛士長の仕事ぶりが悪かったということになるので、我慢して手を出さない。むう、面倒臭い。
「失礼いたします。第三衛士隊衛士長のトーエンド・ホルカンであります。魔狩りのお二人を案内して参りました。」
そう言いながら、衛士長がテルナドの後ろから器用にドアを開ける。
決してテルナドの前に立たない。スゲエなコイツも。黒帯じゃなくって達人クラスじゃねぇ?
総領事の前にテルナドが立つ形となるが、総領事は既に跪いていた。王族が来ると予想してた?察しが良いじゃねぇか。
ガッシリとした体付きの黒人の男だ。顔は伏せているので見えない。
「よい。本日は魔狩りとして参った。立て。」
テルナドが入室しながら総領事に声を掛ける。総領事の肩が一瞬だが僅かに震える。
なんだ?奇妙な反応だ。王族が来るとわかっていたのにテルナドの声は予想外だったのか?
「はっ。」
小気味良い返事と共に総領事が立つ。眼鏡を掛けて、結構知的に見えるじゃねぇか。クソ、沈着冷静、文武両道ってタイプだな、コイツのことも嫌いになりそうだよ。
「失礼いたします!」
衛士長が元気に暇乞いの声を上げる。
「うむ。大儀であった。」
テルナドの返事を受けて、衛士長が挙手注目の敬礼をして、扉を閉める。
ホント、大変だよなぁ。王族相手にするのって。
部屋の中央に置かれたソファーにテルナドが座り、その後ろに俺が立つ。
総領事が訝し気な視線を俺に向けてくる。
「この者は、私の属する魔狩りパーティーのリーダーだ。私と同等以上の扱いだ。」
「御意。」
「それで、魔獣狩りの依頼を我々が受けた。委細を知りたい、漏らすことなく報告せよ。」
王族って偉そう。
でも、これも仕方がないんだよね。ヘルザース達に言わせると、王族は謝っちゃいけないし、頼んでもいけない。できることは命令すること。それだけ。
謝ったら、謝られた方が処分の対象となる。王族と言うか王様は過ちを犯してはいけないらしい。まあ、国の先行きを決定するのが王様なんだから、間違っちゃいけないよね。でも、王様だって間違うことがある。でも、「皆、ごめんね。」って謝っちゃいけないらしい。謝っちゃうと、その時点で王様が間違っていたことが事実認定されちゃうから。だから、謝罪という事実は発生させてはいけない。王族が謝るイコール王様を誤った方向に導いた者がいる筈だということで、その者が処分の対象となり、謝罪を受けた者も罪のない王様を謝らせたために処分される。
ひでえ理屈だよな?こんなの江戸時代にも無かったろうに。
『いや、結構、その通りだったらしいぞ。』
そうなの?
『あくまでも、らしい、だがな。』
ふうん。
あと、頼みごとをされるってことは王様よりも上の立場の者がされることだから、それも処分の対象になるってことだ。大変だよな?庶民出の俺からしたら吃驚するよ。
俺なんかしょっちゅうヘルザースに怒られて、しょっちゅう謝ってるのに、ヘルザースは一向に処分されない。なんでだ?
『お前は謝ってないだろうが。』
そうだっけ?
「テルナド殿下、御自らが御出馬いただけるとは我が身に余る光栄…」
「貴公の挨拶は受けたとしよう。それよりも、魔獣狩りが立て込んでおる。本題に移れ。」
「ははっ。」
テルナドに遮られて、総領事が執務机に駆け寄り、引き出しから書類を取り出す。
本来は王様が家臣の挨拶を遮ることも禁止だ。王様の意向にそぐわなかったとして、処分の対象となるから、王様は、長い、グダグダの口上とか挨拶を受けないと家臣が可哀想なことになってしまう。なんだよ、この処分、処分って、多すぎだろ?
だからテルナドは、受けたことにしよう、と、言った。なんか、テルナドって王様向き?
総領事が書類を掲げ「申し上げます。」と言う。すると、テルナドが「うむ。」と応える。
これも決まりがある。
家臣とはいえ、いきなり読み上げてはいけない。まずは、今から、これ、これ、このようなことを行います。よろしいでしょうか?と王様にお伺いを立てるのだ。それに対して王様が良いよ。と、言って、初めて実行できるのだ。
ああ、面倒くせぇ。
ね?俺が王様辞めたいって言うのわかるでしょ?
安寧城で暮らすと、朝昼晩の食事のメニューまで決まってるんだよ。で、美味しいとか不味いとか言っちゃダメなんだよ。
そんなこと言った日には、厨房が大変なことになるからね。アレ食べたい、コレ食べたいなんて言ってごらん。厨房方の用人が全てクビだからね。
王様の意向にそぐわなかったって理由でだよ?
言われてもいない意向にそぐえ、て、どんな理屈だよ?昔、トンナにそんな理屈は魔王の理屈だよ。って思ったことがあったけど、それが、そのまんま、正当な理屈として通ってるからね。もう、吃驚だよ。誰も不思議だとも、変だとも思わないんだからね。
だから、俺の意向が伝わらないように黙って飯を食う訳よ。もう、飯食うだけでも気疲れするの。ホント。
スーガに渡された書類では、クビルと呼ばれる鳥型の魔獣のようだったが、総領事が読み上げる報告だと少し違う。
クビルは大きな二足歩行の鳥だ。太く大きな嘴に、体格には似つかわしくない小さな羽を持った魔獣だ。尾羽が長く、綺麗な色をしているのが雄で、雌は黒い尾羽をしている。
全高は二メートルから二.五メートル。足が強靭で、その蹴りは馬なんてイチコロだ。
足の爪は強大で鋭く、カルビンに匹敵する。したがって、この世界の一般的な鎧では、紙屑同然に斬られて終わりだ。
しかし総領事の報告では四足歩行らしい。代わりに羽はなく、木の枝を跳んで渡るとのことだった。二メートルを超える魔獣が木の枝を跳び回る?木の方が折れるんじゃねえのか?
特殊な能力はクビルと同じで、大音量で鳴く咆哮だそうだ。
超音波でもなんでもない。ただ、ただ、デカいだけの音だ。
しかしながら、この大音量、中々に侮れない。俺も初めて食らった時は、身動き取れなくなったもん。
物理的衝撃を体内から受けたって感じで、体中が痺れて動けなくなったのは、もう、遠い思い出だ。エヘッ。
とにかく、そのクビルが目撃された。
「目撃地点はどこだ?」
テルナドの言葉に総領事が地図を取り出す。
「この地点になりますが…」
フランシスカ王国の東端、ライン川の畔だ。
へえ。ライン川はそのまんまの名前なんだ。
「現在、この付近は戦場となっておりまして…」
俺は、開いた口が塞がらなかった。
「戦場に向かえということか。」
テルナドの声が一気に不機嫌になる。そりゃそうだ。
「は、申し訳ありません。」
総領事が眉を顰めながら頭を下げる。
「どこの国と戦ってるんだ?」
「はい。ジェルメノム帝国と戦っております。」
ジェルメノム帝国?キドラの言っていた飛行機のある国か。
フランシスカ王国は、現在、隣国であるジェルメノム帝国と戦争状態だそうだ。境界線を巡って、小競り合いを続けており、先週ぐらいから本格的な戦争に突入したとのことだった。
その戦闘中、フランシスカ王国の本陣に、突然、魔獣が乱入して来たのだという。
魔獣は指揮官であるフランシスカ王国第四王子を含む十七人を喰らって、森の中に消えた。フランシスカ王国は森の中にまで追ったが、結局、枝を跳んで渡る魔獣に追い付くこともできずに、這う這うの体で逃げ帰って来た。というのが、事の顛末だ。
なんとも、情けない話だ。
「如何いたしますか?トガナキノが戦争に介入したと捉えられる可能性がございますので、この依頼、お断りになられてもなんの問題もないかと思います。」
テルナドが難しい顔で腕を組む。
組んでいた腕を解いて、頬に手を当てる。
俺の顔を見る。
「ジェルメノム帝国ってのは聞いたことがねえな。」
俺はキドラから情報を入手しているが、国王として、トガナキノでジェルメノム帝国についての報告を聞いたことがない。飛行機がある国だ。フランシスカと戦争状態になっているのならば俺に報告が上がってきていてもおかしくはない。
総領事が俺の方に視線を向ける。
「新興の帝国でございます。」
俺は頷く。
「ってことは、トガナキノとの国交は…」
「ございません。」
俺の言葉を総領事が引き継ぐ。
開戦もつい最近のことだったので、戦争の報告はまだ上げていないとのことだった。成程、ジェルメノム帝国についても飛行機についても報告が上がってこない訳だ。
しかし、それでも変だ。フランシスカとジェルメノムの開戦報告よりも魔獣狩りの依頼を優先させた?この総領事、何を考えてる?
逆に開戦の情報を先に報告したら魔狩り派遣に支障が出るか?いや、出ねえ。シッカリとした手順を踏んで、戦争には介入しない交渉をフランシスカと結んでから手続きをシッカリと踏まえたうえで魔狩りを派遣すればいいだけだ。て、ことは、この総領事、介入を望んでる?いや、違うな。依頼を断っても良いとハッキリと言っている。
俺達がこの部屋に来た時、総領事は跪いていた。王族が来ることを予想していた、と、言うよりも俺が来ることを予想していたか…
魔獣狩りユニオンに加入している魔狩りの人間は少ない。
だから、魔獣狩りの依頼を出せば、俺が来る。トガナキノの国王であるトガリがだ。しかし、開戦報告を出しておくと、トガリは来ない。
ヘルザースかスーガが、俺に戦争介入させないため、魔獣狩りの依頼が俺に届かないようにするだろう。魔獣狩りユニオンとは関係のない魔獣討伐隊を魔狩りとしてフランシスカに送り込む。
そうか、だから、最初から跪いていたのか、俺が来ると予想してたんだ。でも、テルナドが来ちまった、それで、テルナドの声を聞いて肩が震えたのか。
じゃあ、何故、この総領事は戦争に介入したがってる?俺に来させたい理由はなんだ?
「戦場にはヤートがいるのか?」
総領事が目を見開き、俺の顔を凝視する。
「い、います。最前線で戦っております。」
俺は目を閉じる。
「獣人もか。」
「はい。」
総領事が即座に応える。
俺は溜息を一つ吐き、目を開く。
「魔獣狩りじゃねぇ。」
テルナドが強い光を宿した目を俺に向ける。
「ヤートと獣人の救出作戦だ。」
「うん!」
テルナドが十四歳の女の子らしく、元気に返事した。




