変態、嫁に来る、ってか、嫁にいた
無縫庵に戻ると、ヘルザースが来ていた。
ロデムスに凭れ掛かったオルラがヘルザースの相手をしている。
俺の顔を見た途端、ヘルザースの嬉しそうにデレデレしてた顔が、一気に引き締まる。
「お帰りなさいませ。」
ヘルザースが頭を下げる。
「お帰り。どうだった?なんともなかったかい?」
オルラが聞いてくるので、俺が答えようとすると、トンナに阻まれる。
「ううん。やっぱりいつも通り、気絶しちゃった。」
オルラの眉が八の字に曲がる。
「そうかい。三隻も造るって言ってたから、ちょっと心配だったけど、やっぱり、気を失ったかい。」
オルラがヘルザースへと視線を移す。
「ヘルザース閣下、もうちょっと、トガリを休ませることはできないのかい?」
ヘルザースの背筋が伸び、頭を下げる。
「は、まったく申し訳もございません。」
「国体母艦を建造するってのは難しいかもしれないよ。でもね、その全部をトガリにやらせるってのはどうかと思うよ?」
「はっ。」
「いくら、この国の王様でも、トガリは人間なんだ。神様みたいな力を持ってるけど、それでも人間なんだ。あんた達には、以前お願いしたよね?」
「ははっ。」
「トガリは、なまじっか力を持ってるから、なんでもかんでも背負い込んじまう。だから、あんた達がトガリに手を貸してやっておくれと。」
「はっ。まったくもって、力が及ばず申し訳ございません。」
「いいよ、義母さん。」
俺はいつも座る場所に胡坐をかく。
「今回も俺が自分で造るって言ったんだ。こいつらは仕事しろって煩いけど、何かをしろとは言ってこない。だから、俺がやりたくてやったんだ。」
「そんなお前を諫めるのが家臣の役目じゃないか。」
う~ん。大分怒ってるな。
「いや、まったく、オルラ様の仰る通りでございます。本来ならば我々が三隻は多すぎますと諫めるべきでございました。」
ヘルザースが深く頭を下げる。
「気にするな。俺も、いつまで、こんなことができるかわからん。できる時にやっとかないと後悔の種になるからな。お前達が何言ったって、俺はやると決めたらやっちまうんだから、お前らの言葉なんざ関係ねえよ。」
「まったく、お前ときたら…」
俺はオルラに笑い掛ける。
「それは義母さんが言ったって同じだぜ?」
オルラが諦めたように肩を落とす。
「わかってるよ。昨日、あれだけ言ったのに、お前は聞かずに行っちまったからね。」
俺は、ワザとお道化たように頷く。
「そ、義母さんが言っても聞かねえんだから、他の奴らの言うことなんて聞く筈がねえだろ?」
「そうよね。だから、あたしは付いて行くだけ。」
トンナが割り込んでくる。
「そうなんよ。父ちゃんが、国体母艦を造り過ぎて馬鹿になったって、あたしが下の世話ぐらいしてやるんよ。」
うん、想像もしたくない。
「いっそ馬鹿になっちゃった方が、契約を破棄するとか、ふざけたことを言い出さないから安心なの。」
え?コイツら、そんなこと狙ってるの?
オルラが溜息を吐く。
「まったく、お前達には敵わないよ。トガリのことをそこまで考えてるなんてね。」
オルラの言葉に獣人三人嫁御がキョトンとした顔をする。
この三人にとっては、俺の介護をするなんてこと当たり前なんだ。
ちょっと感動するが、だいぶ嫌な未来だ。
「じゃあ、あたしは離れに引揚げるよ。トガリ。」
中腰になって、オルラが真剣な眼差しで俺を見詰める。
「もう、お前は戦い過ぎだよ。少しばかり生き方を考える時期に来た。と、あたしは思うよ。」
俺からの応えは求めていない。
オルラはその言葉をリビングに残して、ロデムスを引き連れ、離れへと下がった。
シンと静まり返る。
「ヘルザース、オルラはいなくなったぞ。頭を上げろよ。」
軽い調子でヘルザースが頭を上げる。
「いやあ、まったく、オルラ様には頭が上がりませぬな。」
その割に嬉しそうな顔してやがるな。変態の父親だけあって、コイツも変態か?
「で、今日はどうしたんだよ?俺もそろそろ魔獣狩りユニオンの方に顔を出そうかと思ってるんだけどよ。」
もうすでに夕方と言っていい時間だが、それでも一日に一度は顔を出しておきたい。
ヘルザースがニッコリと笑いながら、俺の方へと体ごと向ける。
「はい。今日は結納のご相談に上がりました。」
はい?
「は?」
「ブローニュが陛下と結婚することになりましたからな。ヤートには婚礼前に結納なる儀式があると伺っております。その結納なる儀式について色々とお聞きしておかなくてはならぬと思いましてな、ご相談に伺った次第でございます。」
「うん、結納品を俺がそっちに渡すだろ?」
「はい。」
「そしたら、お前が、こんな物は受け取れませんと突き返すんだ。」
「はい。」
「そしたら、この話はなかったことになって、婚礼はなし。」
ニッコリ笑ったヘルザースの蟀谷に、一瞬にして血管が走る。
ピキッて音がしたのかと思った。
「結納品を受け取れば良いのですな。」
「うん。そうなると俺が困るから、受け取るな。」
「仰っておられる意味が、今一、理解できませんな。」
「心配するな。脳味噌は理解しているが、お前の感情が理解しようとしていないだけだ。」
「では、結納なる儀式はする必要がなく、そのまま婚礼という運びでよろしいのですかな?」
「結納はやるよ?でも、結納品をお前が受け取らないから、婚礼はなしだな。」
「ほほう、ウチの娘ではご満足いただけないと?そういうことでございますかな?」
「ほう、俺は変態とは結婚しない普通の人なんだが、貴様は変態を嫁に貰うのが趣味か?」
「ちょっと、ヘルザース。」
トンナが割り込んでくる。
「トガリの嫁になれるか、なれないかは、あたし達が決めるよ。」
ヘルザースがトンナ達を見上げ、やはり笑う。
「承知しております。しかし、ブローニュの執念が、必ずや本懐を遂げるものと信じております。」
トンナ達が顔を顰める。
うん、難しい言葉が入ってたもんな。
「本懐ってのは、元々、胸に秘めてる願い事って意味な。」
トンナ達が納得顔で頷く。
やっぱり、意味が解ってなかったのね。
「陛下の仰る通り、ブローニュは変態でございます。」
言い切りやがったよ、コイツ。自分の娘だろ?
「陛下に対するその執念たるや、親の私でさえもゾッと致します。」
そんな娘を俺に押し付けてくるなよ。
「考えてみてくだされ。陛下の行きつけのラーメン屋を調べ上げておるのですぞ。十六歳になった陛下のお顔を知っている者なぞ、トガナキノの執政官でさえ僅かでございます。その陛下の行きつけの店を探り当てておるのですぞ。」
わりかしゾッとした。
「陛下。」
「あ、ああ。」
「陛下は、ラーメン屋で、ブローニュが私の娘だと気付かれなかったのでしょう?」
「あ、ああ…」
関西弁を使ってる白人なんて、珍しすぎて、そんなこと思いもしなかった。
「人の心を敏感に読み取る陛下に、そのことを毛ほども感じさせることなく近付いておるのです。」
ち、ちょっと怖いな…
「あの子のことです。下手したら陛下の髪の毛や、使った割り箸など、ありとあらゆる物を収集している可能性があるやもしれませぬ。」
ス、ストーカーだよな。
「ブローニュの部屋を…」
「恐ろしくて確認などできる訳がありませぬ。」
ヘルザースが俺の言葉を遮って、真剣な眼差しで俺に訴える。
「それって、そんなに変なことなの?」
トンナが平然と言い切る。
俺は、固まった首を、無理矢理トンナの方へと向ける。
キョトンとしたトンナの顔が視界に入る。
アヌヤとヒャクヤは摺足でトンナから徐々に距離を取っている。
俺の顔を見て、トンナが慌ててアヌヤとヒャクヤを交互に見て、「え?」と声を上げる。
「え?そ、そうなの?あ、あの、トガリのことが好きになったら、それぐらい普通のことだと思ってたんだけど、え?ち、違うの?」
変態は此処にもいたのか。
「へ、変態なんよ。」
「ま、前々からトンナ姉さんは、パパのこととなると、ちょっと、おかしいと思ってたの。」
トンナが顔を真赤にして、アヌヤとヒャクヤを交互に見る。
「そ、そんなことないよ!トガリのことが好きなら!そ!それぐらい普通のことでしょ!?」
アヌヤとヒャクヤが変な顔になってる。
「え?!じゃあ!じゃあ!アヌヤとヒャクヤはトガリが使ってるお箸とか、カップとか集めてないの?!」
コ、コイツか…俺のカップとかがしょっちゅうなくなるのは、コイツのせいか…
「も、持つわけないじゃんよ…」
「へ、変態がいたの…」
もう、トンナは混乱して「え?ええ?」としか言わなくなってる。
「なんで、俺のカップとかを集めてるわけ?」
俺の詰問口調にトンナが肩を竦めて俯く。
「いや、怒ったりしないから、言ってみな?」
「…その、記念日に…貰っておこうかと思って…」
今度は俺が混乱する。
俺の物はしょっちゅうなくなってる。
「記念日?そんなにしょっちゅう記念日ってあったっけ?」
俺の問い掛けにトンナが頷く。
「この間は、トガリと出会って二千二百二十二日目記念日だったの…」
なに、その中途半端な数字…
「二が四つも並んでるんだよ?これって凄いじゃない!やっぱ記念にしなきゃって思うじゃない!ね?思うよね?ね?」
ううん。全然、思わない。
前のめりで、必死に自分の変態ぶりを力説してるが、俺の心には、ちょと届きそうにない。まあ、かなりの頻度で記念日設定をしてるってのは、よくわかった。そのたんびにプレゼントを要求されないだけ良しとしよう。
「安心いたしましたぞ。陛下が変態とも結婚する普通ではないお人で。」
もう、どうしようもないわな。ストーカー一号が二号を育ててたんだ。そういうことなんだ。謎のVが付いた3号が出て来ないことを祈ろう。
うん。
ブローニュが変態に育ったのはヘルザースじゃなくってトンナのせいだったんだ。
うん、納得した。だから、プチトンナなんだ。
「それでは、ヒャクヤ陛下、アヌヤ陛下、コルナ陛下の試練に合格すれば、結納の儀はなしで、即、婚礼ということでよろしいですな?」
ヘルザースは上機嫌だ。
「ああ。いいよ、トンナがブローニュを変態に育て上げたみたいだからな。」
俺はそう言って、思わず溜息を吐いた。




