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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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獣ありて…

 プレーニングの住人達は此処には現れなかった。船の帆柱を木っ端微塵にしたことと、トンナ達が乗ってきた竜騎士にビビったんだろう。

 俺達はプレーニングに戻ることなく、魔獣を狩った川辺で、焚火を起こして、残った鰐肉を食べる。

 囮に使われた子供の名は、ディブアン・アンナンという名前で、マレー系のモンゴロイドだった。年齢は十三歳。

 出生国は現代日本で言うところのインドネシアで、この世界ではインディーネル王国という国だった。それを聞いた俺は「随分遠い所から買われたんだな。」と呟いた。

「インディーネル王国の主産業が奴隷生産なんでさぁ。」

 俺の呟きを拾ったドルアジが説明してくれる。

「この子の名前、捨てる、六って意味なんでさぁ。」

 六番目に捨てる子供。

 親が付けた名前とは思えない。

「奴隷商人が付けるのか?」

 俺の疑問にドルアジが首を振る。

「族名も付けねえで、奴隷として売るために産むんでさぁ。ですから、名前もそういう風に番号を付けるんで。」

 ドルアジの言葉を聞いて全員が黙る。

 焚火の炎に思考が吸い込まれていく。

 主産業ということは、国、国民が食べていくために奴隷生産を行っているのだ。

 奴隷生産の国。

 生まれてくる子供は臓器を奪い取られることを前提に生まれてくる。

「生き方を選べるのは人間だけって言いやしたが、結局、貧乏人は魔獣と一緒なんでさぁ。トガナキノに生まれてくれば、生き方を選べやすが、他の国じゃあ、無理な話なんでしょうね。」

 カルザンが唇を噛む。

 ブローニュは立てた膝に顔を埋める。

「そうかもしれません。いえ、そうですね。そうなんでしょう。私も帝国にいた時は、生き方を選ぶなんてこと思い付きもしませんでした…」

 俺達はヤート語で話している。

 子供にはなんの話をしているのか理解できない。ディブアンは口を開く人間の表情を必死で読み取ろうとしている。

 俺達の考え方次第で自分の命運が決まるのだ。必死になるのも当たり前だ。

 俺はディブアンを見詰める。

 怯えを含んだ瞳。

 俺に向かって、無理矢理、微笑んでいる。

 俺はディブアンに向かって手を差し出す。

 ディブアンの肩がビクリと跳ねる。しかし、直ぐに俺に向かって微笑んでくる。

 俺の外見は一〇歳だ。

 その俺に向かって十三歳のディブアンが怯えながらも微笑んでくる。

 俺は差し出した手を力なく下げる。

「僕は何でもやります。助けて頂いたご恩は忘れません。一生懸命、働きます。」

「旦那、顔が怖くなってやすぜ。」

 ドルアジの言葉を聞いて俺は目を閉じる。

 固く閉じる。

 目を開く。

「ディブアン。」

「はい。」

 俺は努めて表情を優しくする。

「お前。魔狩りになるか?」

 俺の言葉にドルアジが目を見開く。

 カルザンとブローニュにはインディーネル語はわからない。ドルアジの表情を読み取って、俺が何かとんでもないことを言い出したんだと理解しただけだ。

「ディブアン、俺達の国の魔狩りになれば、奴隷として生きることはなくなる。魔狩りになった暁には、魔狩りをやり続ける必要もなくなる。あとは好きに生きて行けるぞ?」

 ディブアンはキョトンとしている。

 魔狩りという言葉を聞いたことがないかもしれない。神州トガナキノ国も知らないかもしれない。

 それでも、俺はディブアンに問い掛ける。

「奴隷のままなら、いつかは臓器を抜かれて、望まぬ死に方をする。他人に死に方を決められるのか、自分で死に方を選ぶのか、今、此処で、お前自身が決めろ。」

 ディブアンが俺から視線を外し、ドルアジの方を見る。

 ドルアジが、強面のドルアジが、優しく微笑んで頷いた。

 ディブアンが、再び、俺の方へと視線を向ける。

「マガリになります。」

 俺は肩から力を抜き、静かに目を閉じる。顔が自然と下を向く。

 目を開く。

 一人の男の子を魔狩りにする。

 一人だけで良いのか?

『やるか…』

 イズモリが呟き。

『やろうよ。』

 イチイハラが同調し。

『そうだね。この子だけなんて我慢できないよ。』

 カナデラが奴隷制度を力強く否定する。

『やってやるぜ!!』

 タナハラがヤル気を漲らせる。

『可愛い子がいるといいなぁ。』

 クシナハラ、お前も平常運転、いつも通りだな。

 俺は顔を上げる。

 俺を見詰めていた全員が驚きと慄きの表情を見せる。

 俺は歯を剥いて笑っていた。

「奴隷を生む国…俺がそんな物を許すと思ってんのか…」

 狡猾で獰猛な獣を解き放つ。

 今がその時だ。


 朝を迎えて、俺達はティオリカンワ王国の王城にて、魔獣討伐完了報告を済ませた。プレーニングの町には寄っていない。プレーニングに寄る理由はないからだ。

 王城では王族は姿を見せず、執政官たちが応対した。

 王城の前庭に着陸し、その場で執政官たちが俺達の対応をしたのだ。俺が契約履行の証明書を提示し、ガラン号に積み込んでいる魔石を執政官たちに確認させる。

「おお。これ程巨大な魔石は始めて見る。」

 執政官たちが物欲しそうに、その魔石を試す眇めつ見ているが、俺が「魔石は神州トガナキノ国の接収物に該当するので売れないよ。」と言ってやると、途端に興ざめしたように魔石から離れた。

「じゃあ、さっき渡した書類に王様の印璽、貰って来て。」

 執政官の一人がお辞儀して、契約履行証明書を持って、俺達から離れる。

「で、俺達への成功報酬だけど。」

 残った執政官の一人に話し掛ける。

「はい。廃棄された雷精魔導具ですね。あちらの灰色の四角い建物がわかりますか?」

 王城から少し離れた四角いコンクリートの建物、高さから見て平屋建てだろう。

「あそこに集積してある?」

 俺の言葉を受けて執政官が頷く。

「あの建物の敷地内に積まれております。」

「わかった。じゃあ、輸送艦が、直接、取りに来るから、そのつもりをしといてくれ。」

「本日中にですか?」

 俺は中空を見上げて、少し考える。

「そうだな。そんなに時間はかからないだろう。今から連絡して、テグサ五本分くらいかな?」

 テグサとは、短い時間を図るのに使う、線香のような植物だ。大体、一本が燃え尽きるのに六分から七分かかる。

「わかりました。それでは、そのように皆に申し付けておきます。」

 俺達に対する報酬は現物支給だ。

 トガナキノでは、金は意味がない。元連邦各国は連邦を解体したため、トガナキノが運営していた発電システムが停止している。そのため、家電製品、雷精魔導具が大量の廃棄物になっている。その廃棄物が俺達への報酬だ。

 元連邦各国には、その雷精魔導具が魔狩りへの報酬となることを通達しているため、その雷精魔導具が王城近辺に大量に集められている。

 俺は通信機で小型の輸送艦を呼び寄せ、王城上空にて錬成器を稼働させ、集積された雷精魔道具を分解保存、これにて契約履行となる。

 俺達は契約履行証明書を持って、とっととティオリカンワ王国から離れ、そのまま安寧城の魔獣狩りユニオン事務所に引揚げる。

 吹きさらしのベランダに着陸して、木製のドアを開けると、一気に疲れが押し寄せる。

「ただいま。」

「お帰りなのです!!」

 元気なトドネの出迎えを受けて、俺の頬が緩む。

「どうだ?何人か加入希望者はいたか?」

 トドネが微笑んだまま固まる。

 うん、首を傾げて微笑むトドネは可愛いぞ。

「…」

 無言のまま微笑み続けるには結構な精神力を必要とするだろう。

「うん。ゼロだな。わかった。」

 俺は後ろを振り返る。

「ディブアン、入んな。」

 黒髪の少年がおずおずと入って来る。

「元気だしな、坊主。」

 ドルアジがディブアンの背中を押しながら入って来る。

「誰なのですか?」

 トドネが俺に聞いてくるが、ドルアジに続いて入って来たカルザンが答える。

「魔獣に対する囮に使われていた子です。」

 カルザンの言葉にトドネの眉が弓なりに反り返る。

「酷いやんなぁ、こんな子供を囮に使うなんて。」

 最後にブローニュが入って来る。

「ハア…しんど。」

 出入口に一番近い椅子にブローニュが腰を落とすように座る。

「スーガは?」

「ヘルザースおっちゃんに呼び出されたのです。」

 俺も自分の席に倒れ込むようにして座る。

「そうか、何かあったのか?」

 トドネが首を傾げる。

「わかんないのです。何も言わずに出て行っちゃったのです。」

 トドネが奥のミニキッチンでお茶を入れてくれる。

 一番にディブアンに配るところがトドネらしい。

「疲れてるでしょうから、(ぬる)めの甘いお茶にしたのです。」

 ディブアンにはトドネの話すヤート語はわからない。それでも、トドネが笑って話し掛けるので、ディブアンはインディーナスカ語で「ありがとうございます。」と応えていた。

 カルザンが俺の斜向かいに座り、ドルアジがその対面に座る。全員がディブアンに注目する中、当のディブアンは夢中でお茶を飲む。

 飲んだことのない甘味だったのだろう。熱さを物ともせずに一生懸命にお茶を飲んでいる。

「禊を受けさせなくっちゃな…」

「そうですね。十三歳ですから、まだ、精霊回路を作るにも、そんなに負担にならないでしょうし。」

「その前に入国審査管理局に届けなきゃならねえんじゃねえですかい?」

「ああ、そっちはスーガにやらせるよ。たく、何してやがんだ、あいつは。」

「いいですよ。なんなら、わたしが済ませてきやす。」

 お茶を飲み干し、ドルアジが立ち上がる。

「いいよ。疲れてるだろ?ゆっくりしろよ。」

 俺の言葉にドルアジが寂し気に笑い「へえ。」と応え、ディブアンの方を見る。

「いや、やっぱり、わたしが行って来やす。」

 そう言いながら、俺の方へと視線を移した時のドルアジは、懇願するようだった。

「そうか。じゃあ、頼むよ。」

 ドルアジにも思うところがあるのだろう。俺は無理に引き止めずにドルアジを送り出した。

 ドルアジのいなくなった事務所でブローニュがポツリと呟く。

「おっちゃん、奴隷商人やった後悔があるんやろか?」

 俺はそんなことは無いと思う。

 信念と矜持を持って奴隷商をしていた筈だ。

 納得できない理由であっても、自分が選んで、自分がやっていた仕事だ。それを否定することはないはずだ。肯定した上で、今の自分の在りようを模索している。

 俺にはそう見えた。

「そうでしょうか。私には奴隷商だったからこそ、この子に優しくしたい、そう思っていらっしゃるように思えました。」

 カルザンが俺の思っていることを口にする。

 そうだろう。俺もそう思う。そうであって欲しい。

「ドルアジのオッちゃんも優しいのです。」

「だな。」

 俺はそう言って、お茶を口に含んだ。

 いい天気だ。

 窓から暖かい木漏れ日が差し込んでいる。

 俺は立ち上がって、窓の前に立つ。

 窓外には小さな中庭。中庭には太いモチノキが植えてある。晩秋には赤い実をつけ、鳥たちを惹きつける。アジサイやローズマリーを庭の縁取りに、中央には芝生が植えてある。

 その中庭を眺めながら、頭の中でこれからのことを整理する。

 ディブアンをトガナキノ国民にして、精霊回路を作る。魔狩りに仕立て上げるために精霊回路にはヤート語とウーサ語を焼き付け、遅ればせながらも学校に通わせる。住む場所がいるな。一人暮らしという訳にはいかないから、どこか、適当なところを探さないとな。

「陛下、ディブアンの住む所はどうするんですか?」

 まさに俺が考えていたことをカルザンが口にする。

「そうなんだよな。どうしようか考えてたんだが。家族もいないし、一人って訳にはいかねえからな。ウチには年頃の娘がいるし、無縫庵って訳にはいかねえからな。」

 空いているアパートメントはある。しかし初めての国で一人って訳にはいかない。精霊回路に慣れるまでは飯も食えないし。

「お父様に頼んでみよか?」

 ブローニュが手を挙げる。

「ヘルザースにかぁ。ううん、いや、ヘルザースには、これ以上弱味を握られるのは勘弁して貰いたいな。」

「ほな、どないすんの?」

 頭を捻っているとスーガが戻って来る。

「お帰りなさいませ。」

 ガラン号が着陸しているから、俺達が戻って来ていることを察して、ドアを開けると同時にスーガが出迎えの言葉を掛けてくる。

「おう。ただいま。んで、お帰り。」

 俺の言葉を受けてスーガが軽く頭を下げる。

「ヘルザース閣下に呼ばれて、開けておりました。出迎えもせず申し訳ありません。」

「おう、で、ヘルザースはなんの用だったんだ?」

 俺の言葉にスーガはチラリとディブアンへと視線を向ける。

「この子がティオリカンワ王国で保護した奴隷の子ですか?」

 なんだ?なんで知ってるんだ?

「誰から聞いた?」

 スーガが俺に視線を戻す。

「トンナ陛下が仰っておられましたので。」

 あ、成程。

「トンナ、ヘルザースに怒られてなかった?」

「ええ。お小言は頂戴されていたようですが、怒られてはおられませんでした。」

 あ?なんだよ。ヘルザースの野郎、怒るのは俺にだけかよ。

「ヘルザース閣下は怒られませんよ。あのお方がお怒りになられるのは、トガリ陛下に対してだけです。」

 なんだそれ。クソッ!ヘルザースめ、いつか、また、酷い目に遭えばいいのに!

「そのヘルザース閣下からのお申し出ですが…」

「おう。」

「これは、私が申したのではありません。あくまでも、ヘルザース閣下が、口調、文言そのままに、正確にヘイカ・デシターに伝えよと申されたので、言いますが。」

 アイツのことだ、碌でもない説教事だろう。

「お、おう。」

 俺は身構える。

 スーガは「では。」と前置きしてから咳払いを一つした。

「どうせ、あのクソガキのことだから奴隷の子供一人では満足すまい。その内、あっちの国から十人、そっちの国から百人と奴隷の子を保護してきよるわ。いっそのこと奴隷保護局というのを起ち上げて、保護してきおった子供用の寮を造れと、そう、あのクソガキに進言しておけ。とのことでございます。」

「あの、クッソジジイ…」

 俺は悪態をつきながら大きく笑った。

「スーガ。」

 俺の呼び掛けにスーガの表情が変わる。

「はい。」

 朗らかな笑顔から、俺は牙を剥いた獰猛な笑みへと切り替える。

「御前会議を開く。すぐにだ。準備しろ。」

 スーガが喉を鳴らしながら、最敬礼で「御意!」と応えた。カルザンとブローニュも緊張している。ディブアンは慄き、トドネだけがニコリと笑った。

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