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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
133/405

トロヤリとイズモリ

「何をすればいいの?」

 学校の教室、全ての人間が停止した状態でトガリに協力しろと言われて、トロヤリは即答した。

「マサトの肉体とトガリの肉体を分裂させる作業が必要になる。」

「ふむ、理屈では簡単に聞こえるが、かなり難しい作業となるぞ?」

 トロヤリの左手が否定的な言葉を口にする。

「わかっている。同一遺伝子の肉体だ、その記憶を保存している部分だけを分けるんだからな、かなり難しい。」

「ど、どういうこと?」

 トロヤリが二人の会話に割り込む。

「此処にコップがある。」

 トガリが机上に陶器のコップを再構築する。

「そして、もう一つ、コッチはガラスのコップだ。」

 陶製のコップの隣にガラス製のコップが再構築される。

「この二つを混ぜる。」

 二つのコップが分解され、新たな一つのコップが再構築される。陶器のようでありながら、艶のある表面、ラスター陶器のような艶やかな表面を持ったコップであった。

「トロヤリ、このコップを元の二つのコップに分けてみろ。」

「え?」

 トロヤリには難しい作業だった。それぞれの成分、構成元素にマーキングし、同時に二つのコップを再構築する。

「心配するな、私がフォローしてやる。」

 トロヤリの左手が助け舟を出し、トロヤリが、その言葉に自信を取り戻す。

「わかった。」

 トロヤリがコップを、強い意志を込めて見詰める。

 分解され、二つのコップが再構築される。

「ふう」

 思わず漏れる溜息。

「では、次は、この二つのコップを混ぜる。」

 ガラスのコップが分解され、陶製のコップがもう一つ、再構築される。

 トロヤリは再構築された陶製のコップをまじまじと見詰める。この二つのコップを再び構築する必要があるならば、その違いを精霊の目で確認し、相違点を記憶しておく必要があるからだ。

「え?」

 トロヤリは二つのコップを手に取り、あらゆる角度からそのコップを精霊の目で観察した。

「こ、これって…」

 トロヤリの言葉の途中でコップが分解され、一つのコップとして机上に再構築される。

「そ、そんな…」

 分解された二つの陶製のコップと寸分違わぬコップ、二つのコップが混ざり合って再構築されたコップが一つだけ天板に残された。陽の光を受けて伸びる影は一つだ。

 トロヤリがそのコップを手に取る。

 重い。

 見た目に反してかなり重いコップであった。

「確かに二つ分の重さを感じるけど…」

 精霊の目で確認する。

 構成元素の密度が高まっているが、その構成に先程のコップとの違いはない。

「源也オジサン」

 思わず、左手に助けを求めるが、左手の答えは素気ないものであった。

「うむ、先ほどの二つのコップ、その構成元素には、まったく違いはなかった。だから、問題ない。」

「じゃあ、お願い。」

「うむ。」

 一つのコップが分解され、二つのコップが再構築される。

「イイだろう。」

 トガリが頷く。

「じゃあ、次はこれだ。」

 再構築された陶製のコップの中身が液体で満たされる。

「これは?」

「片方のコップにはワインが満たしてある。もう一方のコップにはオレンジジュースだ。」

 トロヤリがコップの中を覗き込む。

「さっきとは違って、今度は前提条件がある。」

「前提条件?」

 トロヤリが目を眇めながら顔を上げ、トガリが頷く。

「このコップは…」

 そう言いながらトガリが、ワインの入ったコップの縁を持つ。

「このコップは、どんな液体もワインに変えるコップだから、中身がワインになる。」

「うん。」

 トロヤリが頷き、オレンジジュースの入ったコップを指差す。

「じゃあ、コッチのコップはどんな液体もオレンジジュースに変えるコップ?」

 トガリが頷きながら「そうだ。」と答える。答えると同時に、その二つのコップが分解され、再構築される。その再構築されたコップの周りに零れたオレンジジュースとワインが混ざり合って机の天板を濡らす。

「トロヤリ、今の、お前の父親の状態がこれだ。」

「零れたワインとオレンジジュースが…」

「そうだ。混濁した記憶、ただ、記憶はこの液体のように零れるということがない。だから、肉体にも悪影響が出るが、肉体は順応、適応しようとする。しかし、一番の問題はワインとオレンジジュースだ。混ざり合った液体は、カクテルとその名称を変える。まったく別の飲み物になるんだよ。特にアイツには、他の人格も混じっている。その結果、どんな飲み物になるのか、俺にも想像がつかん。」

 トロヤリの喉が音を立てて唾を飲み込む。

「この状態を改善させるには、このコップを元通りの二つのコップに分けなければいけない。」

 トロヤリが強い意志を持ってトガリへと視線を向ける。

「では、トロヤリ、このコップを、元のワインが入っていたコップとオレンジジュースが入っていたコップに分けてくれ。」

「うん。」

 目の前にある二つ分の構成元素を含んだ一つのコップを分解して、二つに再構築し、それぞれのコップにワインとオレンジジュースを再構築する。

 それだけのことだ。

 そう思って分解しようとした瞬間、トロヤリの思考が待ったをかける。

「ワインが入っていたコップとオレンジジュースが入っていたコップ…」

 目の前のトガリはそう言った。

 二つのコップに分ける。ではなく、ワインとオレンジジュースが入っていたコップに分けろとトガリは言ったのだ。

 同じ構成元素の二つのコップ。色や汚れに差異はない。まったく同じコップがそれぞれに指定されて、分けろと言われた。

 単純に二つに分けて再構築しても正解だろう。

 前提条件がなければの話だ。

 どのような液体もワインに変えるコップとどのような液体もオレンジジュースに変えるコップ。その二つが混じり合って一つになったために、そのコップに液体を注げば、どのような液体もワインとオレンジジュースを混ぜたカクテルになる。

 同じ構成元素を有しているが、内包するモノを違うモノへと変化させる。

 僅かでも互いが混じり合った状態で再構築すれば、そのコップに注がれた液体はカクテルになる。ワインにはオレンジジュースという不純物が混じり、オレンジジュースにはワインという不純物が混じる。

「同じ遺伝子を持った二つの肉体、違いは保有する記憶。記憶は目で見ることができない。では、トロヤリ、お前はどうやって、このコップを二つに分ける?保有した記憶が混ざり合ったままの肉体を再構築すれば、お前の父親の人格は再び崩壊する。」

 トロヤリがキツク瞼を閉じる。

「そういうことだ。お前の父親の肉体を分裂させて、元の状態に戻すということは。」

「じゃあ…じゃあ!どうすることもできないじゃないか!!」

 トロヤリが目を見開き吠える。

「父さんを元通りに戻せないじゃないか!!」

 トガリが口角を歪める。トロヤリが見たことの無い笑みであった。邪悪にすら見えた。

「人間は肉体、霊子体、精神体の三位一体でできている。」

 トロヤリはトガリの微笑に怖気を走らせた。

「精神体の波が起これば、肉体の脳は、その波に反応して電気信号を走らせる。その電気信号をマーキングすればニューロンを特定できるはずだ。」

「ニューロン?」

「そうだ、人の脳を構成する細胞は電気信号、シナプスで思考し記憶する。つまり、それぞれの人格、思考に刺激を与えるような事象が発生すれば、それぞれの人格に見合ったシナプスが発生し、そのシナプスを追えば、脳を構築するニューロンという細胞をマーキングできるということになる。」

 トロヤリにはトガリの言っていることが理解できない。

「どのような事象を発生させる?」

 代わりに答えたのは左手の顔であった。

「トロヤリには命を張ってもらう。」

 トロヤリの理解を超えて話が進む。

「何故トロヤリを選ぶ?」

 トガリが更に笑い、左手は更に問い詰める。

「トガリの子供であるという点では誰であっても同じであろう?何故トロヤリだ?」

「お前だよ。」

 トガリがトロヤリの左手を指差す。

「お前がトロヤリの左手にいるからさ。」

 左手が黙る。

 トガリがトロヤリの目を真直ぐに見詰める。

「トロヤリ、お前の父親を助けるには、お前が、父親と対峙するしかない。命を懸けることになる。失敗すれば、お前は死に、お前の父親は二度と元には戻らない。」

 トロヤリの喉が、唾を飲み込んで鳴る。

「今すぐに決めろ。時間はない。」

 トロヤリは右拳を握り込んだ。


「ふざけるな!!」

 黒いスーツの男が金髪の少年に殴り掛かる。

 男は少年に師匠と呼ばれ、少年は男から皇帝と呼ばれる。

 稚拙なパンチであった。

 体の各部が連動しておらず、バラバラの動きで放たれた右拳は少年に易々と躱される。

「ふ、師匠、フォームがバラバラだ。」

 男が少年の横を、たたらを踏んで転がる。

「くっ!」

 男は直ぐに立ち上がるが、少年はありもしない方向を見ながら笑みを浮かべていた。

「師匠、イランが韓国の護衛艦を攻撃したぞ。」

 少年が両手を広げて指揮棒を振るような仕草を見せる。

「サウジアラビアへの攻撃は師匠の分体が防いだかな?うん、流石だ。おっと、パレスチナがインドにミサイルを発射だ。はは、師匠の分体は強いな。六発ものミサイルを消し飛ばした。」

 少年が男へと体の向きを変える。

「師匠、凄いな、この世界には一万4千発以上の核があるんだ、おっと、中国でバイオテロだ。ウイグルのイスラム系がテロ組織と手を結んだな。はは、ダメだ。イスラエルへの攻撃は止められなかったみたいだ。そりゃそうか、ミサイルの数が多すぎる。ああ、衛星は止められたかぁ、ロシアに落ちれば面白かったのに。」

 男は顔を歪めるが、動くことができなかった。

「師匠、どうだい?体の制御を支配される気分ってのは?」

 男が顔中に汗を噴き出す。

「師匠の家族はコッチに戻って来たんだろう?戦争がドンドン拡大していくよ?師匠の分体は何人だい?全部、止められるのかなぁ?」

 少年が踊る。

「あはははははははははははははははっ!止められる訳がない!マイクロマシンの絶対数が少ないんだっ!各国の量子コンピューターが直列演算してるんだからっ!朕の演算能力を超えられる訳がない!」

 少年が男の眼前に顔を近付ける。

「各精神体を戻すか?そうすれば、また、朕の身体を支配することができるかもしれないぞ?でも、そうなったら戦争がアッチでもコッチでも勃発する。」

 少年が男から離れる。

「あっ!でも、それは今も変わらないかっ!」

 少年が男の頬を左手で、優しく、何度も叩く。

「焦って分体を飛ばしたのが間違いだ。家族を戦争から守るために分体を飛ばした。だから、演算能力が極端に落ちて後手に回るしかなくなった。間違ったんだよ。」

 少年が再び両手を大きく広げる。

「間違ったのさ!!あははははははははははっ!!」

 少年の笑い声が廊下に響き渡り、唐突にその笑い声が止まる。

 腹を抱えて笑っていた少年の動きが止まっていた。

 少年が顔を上げる。

 狂気を孕んだ目だった。

「仕上げだよ。」

 一転して静かな声。

「首都圏に北朝鮮からミサイルを撃ち込んであげる。」

「やめろ。」

 男が汗を流しながら命令する。

 少年が首を左右に振る。

「ううん。やめてあげない。」

「殺すぞ。」

「くくっ」

 少年が歪んだ笑みを見せる。

「どうやって?」

 少年が胸を反らせて声を張り上げる。

「はてさて難問よのうっ!!」

 少年が男を指差す。

「今までにも数多(あまた)の難問を突き付けられてきたが、これは稀に見る難問よっ!!」

 少年が一風変わった口調で話す。

「力もないっ!!知恵もないっ!!感情の制御もできぬっ!配下もいなければ、何もできぬ赤子と同じっ!はてさて!どうやって朕を殺すのかのうっ!!」

 男の中で何かが弾けた。

「何森!!何森っ!返事しろよ!!奏寺アアア!櫟原ぁっ!!お前ら!!返事しろっ!今すぐ此処に戻って来いっ!!何森イイイイイイッ!!」

 真赤な視界が世界に溢れ出し、男の目から血の涙が流れ出す。心臓の鼓動に押されるように急激な流れとなって赤い涙が床に音を立てて落ちる。

「お前らっ!裏切るのかっ!!俺の言うことを聞けよっ!!今すぐ此処に戻って来いっ!何森イイイイイイッ!!」

 ミリミリと静かな音が少年の笑い声に掻き消される。

 皮膚の下の毛細血管が破れて男の身体が真っ赤に染まる。

 鼻から口から血が流れ出す。

 男の出血を少年が笑いながら見詰める。

「絶対に殺してやるっ!!絶対に殺してやるぞっ!!」

 男がそう言った瞬間、男の身体が正中線を境に真っ二つに裂けた。

お読み頂き、ありがとうございました。本日の投稿はここまでとさせて頂きます。ありがとうございました。

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