土下座の道場ってどこにあるの?誰か教えてくれる?
真丸の卵が川面を浮かびながら流されて行く。
大量の血液がアーゾンの川面を赤く染める。
急いで巨大な網を構築し、トンナに指示して、川下にその網を張る。
卵の大きさは、約一メートルと大きい。まあ、魔獣その物が大きかったのだから当然卵も大きい。
お陰で網の目はそんなに小さくしなくても良かったので助かった。
大きな魚や鰐は魔獣に追われてこのあたりにはいないから、余計な生き物が掛からない。網から魚を外す手間が省けるだけでも助かる。
大量の卵を捕獲した。
一万個以上は間違いなくある。
『全部で二万百四十三個だな。』
うん、別に正確な個数は必要ない。
卵の状態でも大量の幽子を消費しているため、マイクロマシンでマーキングができない。だから、取りも直さず、とにかく急いで卵を確保する必要があった。
「アヌヤ、悪いが、ヒャクヤと竜騎士で、俺が今いるところまで来てくれ。」
『どしたんよ?』
「魔獣の卵を大量に確保してな。俺達の今の装備じゃ搬送できねえんだよ。」
『その国で始末してもらえば良いじゃんよ。』
「兵器転用とか考えるかもしれないから、トガナキノで保管するんだよ。」
『もう、しょうがないんよ。まあ、そっちに行くつもりだったから、すぐ行くんよ。』
アヌヤとの通信を切って、俺は大量に積み上げられた卵を振り返る。
「はああ…」
思わず溜息が出る。
カルザンは気まずそうな顔して視線をウロウロとさせており、ブローニュは少し離れた所で頭を掻いている。ドルアジは正座して、俺に向かって土下座中。
で。
トンナは俺の目の前で正座中だ。
俺は呆れかえって言葉も出ない。
怒る気も失せた。
てか、最初っから呆れて怒ることも忘れてた。
「はああ…」
もう一度、溜息が出る。
「そ、その、ト、トガリ?」
トンナが恐るおそるといった体で俺に声を掛けてくる。
「誰かにちゃんと言ってきた?」
俺の言葉にトンナが俯く。
「い、一応…ヘルザースには言ってきたけど…」
「子供たちには?」
更にトンナが俯く。
「…い、言ってない…」
「じゃあ、すぐに帰らなきゃな。」
ゴツイ美人の姉ちゃんが、肩を竦めて力なく俯いている。ガックリ感が半端ねえな。
「オッサン。」
震えるドルアジの肩が跳ね上がる。
「へ、へいっ!!」
「いい加減、土下座をやめろ。」
「へ、へいっ!!」
返事してるけど土下座をやめない。
こいつもあいつと一緒だ。あの、ほら、なんて言ったっけ?ほら、あいつ。あの、校長のオッサン。あの土下座の達人と一緒。意地でも土下座をやめねえ土下座の黒帯。
トンナの登場で全てがオジャンになった。
魔獣を殺したことはまだいい。許容範囲内。全然、余裕の範囲。今までだって暴走してるんだから、全然、余裕。
『嘘吐け。』
うん、余裕は嘘。
でも慣れてるから平気。
困るのはドルアジだ。
折角、イイ感じで仲間意識が芽生えてきたのに、トンナの登場で全てがダメになった。
俺がサラシナ・トガリ・ヤートだとバレた。ドルアジに。
史上最低の初代に引き続き、史上最低記録を更新する二代連続国王。暴虐の嵐を巻き起こし、最強の力を使って自分の我儘を押し通し、好き放題、勝手し放題、性格最悪の意地悪な王様。うわアアアア~ん。誰だよ、そんな噂流したのは。
そんな王様に向かって、知らなかったとは言え、「オメぇ」とか、「なに言ってやがる!」とか、言ってたんだから、そりゃビビるわな。
トガナキノには最近できた諺がある。
キバナリの尾を踏んでも王の影は踏まず。
キバナリの尻尾を踏んででも王の影を踏んではいけない。て、意味だそうだ。王様の影を踏みそうだったので、避けたら、キバナリの尻尾を踏んじゃった。ごめんよ、キバナリって言ったら、キバナリは許してくれるけど、王様は影を踏まれただけで激怒して死刑にされるってことらしい。
なにそれ?
何気に泣きそうだったよ?
うん。初めてこの諺を聞いたとき。
キバナリの寛大さを証明してるのか、俺の狭量、凶暴さを証明してるのかって、聞かれたら明らかに後者だよね?
そんな諺が当たり前になってるんだから、ドルアジがビビりまくるのも無理はない。
「はあ…」
正座する二人を見ながら俺は三度目の溜息を吐く。
「ドルアジさん。」
カルザンが前に進み出る。
「へ、へい!!」
このオッサン、さっきから「へい」しか言わないのな。
「立って、こっちに来てください。」
「へ、へい!」
返事をしているが、動く気配がない。
「陛下はこれからトンナ陛下とお話があるようです。僕たちがいつまでも此処にいるとご迷惑ですから、向こうに行きましょう。」
「へい!!」
ドルアジがズリズリと土下座したまま動き出す。
うん。あの校長と一緒だ。でも、ドルアジの方が、動きが鈍い。茶帯ってところだな。
「もう、しゃあないなぁ。」
見かねたブローニュがドルアジの脇に両手を差し込み、無理矢理に持ち上げる。ドルアジは器用なもんで、土下座姿勢を崩していない。
ブローニュが近づいて、トンナの目が眇められる。横目でブローニュを見詰めるトンナの目は、殺気を孕んでいるように見えるが…違うな。なんか、ブローニュに一物持ってるな。今回、飛んで来た理由はブローニュか。
ブローニュも、その理由を察しているか?ソワソワしてたもんな。
三人が俺達から離れて、俺はトンナに向き直る。
ゴージャスクールビューティーの金髪姉ちゃんが首を傾げて「来ちゃった。」と宣う。テヘッて感じで可愛さのギャップが半端ない。
「来ちゃったじゃねえよ。」
でも、その可愛いギャップは俺のクール絶対領域完全防壁に阻まれ届くことはない。
「折角、イイ感じでパーティーがまとまってたのに、俺が国王ってバレて、全部ダメになっちゃったじゃねえか。」
トンナが俯きながら上目遣いで俺をチラリと見る。
「ごめんね。」
うん、まあ、可愛いから許すけどよ。
『おい。クール絶対領域完全防壁はどこにあるんだ?』
あるよ。どっかに。
『探しても見当たらないよ?』
小っちゃいんだよ。
『器そのものが小っさいもんねぇ。』
小っさい言うな。
俺はトンナから視線を外し、溜息を吐く。
「どうすっかなぁ、ドルアジのオッサンは、もう二度と、俺と魔獣狩りに来ねえだろうし、新しいパーティーメンバーを探すかぁ。」
トンナが正座したまま俺の前に回り込み、前屈みになって自分を自分で指差す。
良い顔で笑ってやがんな。
「反省してる?」
トンナが姿勢を正して俯く。
「…してる。」
絶対してないよね?子供かよ。二十四歳なのに。
「で、でもね。あたしも、一応、魔狩りじゃない?なのにあたしに声を掛けてくれないなんて、ちょっと酷いと思う。」
うん。その件は別件だよね?今の論点からは、かなりと言うか、まったく関係ない話だよね?
「で?」
トンナが焦った口調で言葉を続ける。
「だから、魔獣を狩りに出てるって聞いたら、とにかく行くじゃない。ね?行くよね?ね?」
俺はトンナに近付く。
トンナの顔を両手で挟み、キスする。
「んっ!」
「帰りなさい。」
キスしてすぐに冷静な声で言ってやる。
トンナを叱る時は、結構、気を使う。嫌いじゃないってことをアピールしてから叱らないとトンナは「嫌われたアアアア~」とすぐに泣きだす。そうなると、叱っている理由があやふやになって叱っている意味がなくなる。子供相手って言うよりも幼児相手?
トンナが口を窄めて俺を上目遣いで見詰める。
「嘘吐きは帰りなさい。」
トンナが顔を上げて早口で喋り出す。
「う、嘘じゃないよ?ホントに、その、ちょっとは、そう思ったもん…」
俺に見詰められて、語尾の方がゴニョゴニョだ。
「ホントは?」
トンナが俯き、指先を合わせて手遊びしながら、小さな声で喋りだす。
「ブ、ブローニュに…その…トガリの彼女になる資格があるかどうか、確認に来ました…」
おっかしいな。なんで、ブローニュが俺のことを好きだってバレたんだ?
『通信した時に気が付いたんだろ?』
『多分ね。トンナちゃんは勘が良いから。』
そっかあ。今までの苦労はなんだったんだ…。
「で、それって急ぎ?」
俺の言葉にトンナがコクリと頷く。
「子供たちをほっといてまで急ぐこと?」
トンナが首を左右に振る。
「じゃあ、どうして、こんなに急いでるの?」
「急がないと、その、資格がないのにトガリが…先に手を出しちゃうと、その、あたしが確認できなくなるし…」
俺はトンナから視線を外し、溜息を吐く。
「だって、ちゃんとそういう風にしないと、トガナキノの女の子全部が奥さんになっちゃうよ?ホントだよ?」
ならねえよ。どうしてそうなるんだよ?史上最低王の名声がウナギ上りになるだけじゃねえか。
「そんなことになる訳ねえ…」
「なるよ!そう、なっちゃうよ!トガリのこと好きになっちゃうよ?皆、女の子だったら好きになっちゃうもん。」
トンナがナニヲイッテルンダヨ、バカジャナイ?アンタって顔で言ってくる。
その確信はどこから?
「じゃ、じゃあ、仮に、仮にだぞ?まあ、その女の子に好かれたとしてもだな、俺が相手しなけりゃいいだけの話だろ?」
「そんなのダメよ。」
即答ウウウ。何でダメなんだよ?もう、訳わかんねえヨ。
「トガリは王様なのよ?王様が好きですって言ってくる女の子を断っちゃダメよ。」
そうなの?イヤ、そんなことねぇだろ。どうして、全部、受け入れなきゃいけねえんだよ。
「だって、王様が受け入れないってことは、王様に嫌われたってことなのよ?じゃあ、その女の子はその国じゃ生きていけないじゃない。」
いや、その理屈はどうなんだろうな?
今度は俺が頭を抱える番だ。
でも、どう考えてもトンナの理屈は飛躍しすぎてる。
「例えばよ?例えば、あたしがトガリに振られたとする…」
トンナが話の途中で泣きそうな顔になり、言葉が途切れる。
「ふ、振られ…振られる?…トガリに振られるなんて嫌だあああああああ。」
この姉ちゃんホントに馬鹿か?いや、馬鹿だ。
「ダイジョブ。振らない。振ったりしないから。な?話の中のお話だろ?たとえ話だろ?な?泣かずに最後までちゃんと話してごらんよ。」
トンナの鼻にハンカチを当ててやる。トンナが盛大に鼻をかんで、何度も頷いて話を再開する。
「あたしが、スンッ、トガリに…振られちゃったら、きっと、死んじゃう…だから、王様は、言い寄って来る女の子は、全部、受け入れなきゃダメなの…」
はあ…
呆れるわ。真剣にそんなこと考えてたのかよ。
「だから、あたし達の誰かが、言い寄って来る女の子にトガリの奥さんになる資格があるかないかを審査しないとダメなの。」
「でも、俺の気持ちとしては…」
「トガリの気持ちは関係ない!」
エエエエエエエエ?なんで?そこ、一番、重要なとこでしょ?
「トガリの前で!真剣に!トガリの奥さんになれないなら死にます!て、言われたら!トガリは絶対、その娘を奥さんにしちゃう!」
「そ、そんなことないと…」
トンナが激しく首を左右に振る。金髪がトンナの顔に巻き付く。
「だって、トガリはあたしを奥さんにするような人だもん!」
「いや、トンナ、それは自分のことを卑下しすぎだろ。」
再びトンナが首を振る。
「トガリはどんな娘でも受け入れるもん!」
断言かよ。
『まあ、最近のトガナキノじゃあ、結構、獣人と人間のカップルもいるけど、六年前までは獣人って酷い扱いを受けてたからねぇ。』
う~ん。たしかに、イチイハラの言うこともわかるが…。
「じゃあ、ブローニュの、その、資格審査?ってのをしに来たわけ?」
俺の言葉にトンナが力強く頷く。
「ブローニュは新神武道をあたしに習いに来た。トガナキノができてすぐの頃ヨ。あの娘、真剣だったわ。真剣に新神武道を習ってた。トガリの行きつけのお店を調べて店員になったり、カンサーベを身に着けたのだって、きっと、真剣にトガリのことが好きなのよ。」
トンナが立ち上がる。
「トガリは見てて。」
トンナの表情が真剣だ。もう、止めようとしても止まらねえだろうなぁ。
「ブローニュ!!こっちにお出で!!」
威風堂々たる立ち姿。こうやって見てると、さっきまでビービー泣いてたってのが信じられないよ。
トンナに呼ばれて、ブローニュが走って来る。
「はい!」
トンナの前で直立不動の気を付けだ。
「ブローニュ、あんた、あたしのトガリのことが好きだね。」
ブローニュがチラリと視線を俺へと走らせる。
「ハイッ!!」
トンナが顎を上げる。
「いい返事だね。今から、お前がトガリの女に相応しいかどうか、それを確かめるよ。」
ブローニュが喉を鳴らす。
トンナが腰を落とし、新神武道の構えをとる。
「言葉は不要!」
いや、お互いを理解するのに必須でしょ?必須だよね?
「互いに女だ!拳で語りな!!」
うわあ~、漢らしい台詞ぅ。
「ハイッ!!」
ああ、そうか、ブローニュってプチトンナなんだ。
『うわああ~それって、どっちにも失礼っぽい。』
『いや、トンナちゃんはブローニュ程、変態じゃないよ?』
『それはイチイハラがトンナ贔屓なだけだろ。』
『どっちでもいいぞ!強けりゃな!』
『とにかく、今回はブローニュちゃんに頑張ってもらおうよ。』
双方ともに合わせ鏡のような構えだ。
腰を落とし、体を斜めにして正中線を隠している。右の肩を顎にくっ付けて顎を守る。
膝が内側に僅かに撓み、爪先が内側を向いている。右手も左手も緩く開き、右手は相手との中間位置に、左腕は折り畳まれて左手が胃袋の位置だ。
右手と左手が正中線上でガードできるようになっている。トンナはピンヒールのままで、ブローニュは茨木童子を装着したままだ。
トンナの体が一瞬揺れたように見える。揺れたように見えただけで揺れてはいない。普通の人間には静止しているように見えるが、達人クラスになると見えるのだ。
体内のマイクロマシンの動きを制御し、マイクロマシンだけを加速させる。筋肉を動かしていないのに体の中のマイクロマシンが動いて、筋肉を動かしたように見える。
普通の人間には察知することのできない動き。
その動きを察知して、ブローニュが反応する。
トンナの顎先にブローニュの右拳が飛ぶ。
予備動作なし。
突然の拳の飛翔。
普通なら避けることができない。
トンナの指先がブローニュの拳を弾く。
拳の軌道を変化させながらブローニュの肘がトンナの胸を襲う。
ブローニュの拳を弾いたトンナの指先がブローニュの右腕をなぞるように動き、ブローニュの肘関節を内側からフックする。
フックしたまま更に下へと引き下げる。
ブローニュの体が縦に回転し、逆さまになった背中をトンナに晒す。
回転する勢いを殺さず、さらに加速させてブローニュの踵がトンナの脳天を襲う。
トンナの左掌がブローニュの腎臓を打ち抜く。
六メートルは水平に飛んで、ブローニュが地面を転がる。
直ぐにブローニュが立ち上がる。トンナは、既に、最初の構えに戻っている。まるで何もなかったかのようだ。
土に汚れたブローニュの頬を一筋の汗が流れる。
トンナの目は冷徹だ。
なんの表情も読み取れない。
ブローニュが構えたまま、歩く。無造作に間合いを潰し、最初の立ち位置に戻り、腰を落とす。ブローニュの顔が一瞬ブレる。
ブローニュの膝が折れ、地面に手をつく。
トンナの右側頭蹴りが決まったのだ。
トンナが元の構えをとる。
ブローニュの腕が震えている。
立とうとして、再び手を地面につく。
二呼吸。深い呼吸を繰り返して、ブローニュが立ち上がる。
構える。
ブローニュの右拳が消える。
トンナの顔面を捉える寸前でブローニュの拳が止まる。
トンナの右人差し指が、ブローニュの右脇に突き立てられていた。
リーチはトンナの方が長い。
トンナの一押しでブローニュは後ろに下がる。
ブローニュが前に出て、再び、二人の間合いが重なる。
ブローニュの顔がまたもやブレる。
ブローニュの膝が頽れる。しかし今度は倒れなかった。倒れる落下速度を利用して、その力を前進する力に転換する。
加速。
トンナの意表を突いた加速だ。
ブローニュがトンナの懐に入り込む。
ブローニュがトンナの体に右掌を当てる。
貫だ。
トンナの体がブレて消えたように見える。
回転だ。
左足を軸に凄まじいスピードでトンナが回転し、その回転にブローニュが巻き込まれ、トンナの膝がブローニュの後頭部を捉える。
反対方向を向いたトンナが立ち、ブローニュはトンナの足に複雑に搦め捕られ、両足に挟み込まれたようになっている。
トンナの右拳がブローニュの後頭部に打ち込まれ、ブローニュは意識を失った。
お読み頂きありがとうございました。本日の投稿はここまでとさせて頂きます。




