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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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スパイ大作戦?

「対象を確認。」

 マンションの一室から男が無線を飛ばす。

 その無線を受信した男が、街角からフラリと現れる。

 服装はサラリーマンにしか見えない。スマホを弄りながら歩く男は会社帰りだと思わせる。

 その男が、対象とされた男と擦れ違う。

 引き返すことなく、男は対象から離れる。

 スマホは動画を撮影していた。

 対象が角を曲がる。

 スマホの画面にも対象が角を曲がったシーンが映し出されている。

 スマホを持ったまま、男が呟く。

「対象、北に進路変更。」

 この男の役割はこれだけだった。

 

「対象捕捉。」

 スーツは着ていない。白いポロシャツに紺のパンツ、足元は革靴で書類の入りそうなクラッチバッグを左手に持っている。

 その男が対象の後方二十メートルの位置に付く。

 対象と同じスピードで男が歩く。

 クラッチバックにはカメラが仕込まれている。やはり動画を撮影しているのだ。

 対象が駅構内に入り、この男の仕事はそこで終わった。


 スーツを着たサラリーマン風の男が自動改札にICカードを翳して対象のすぐ後ろに付く。

 対象は迷うことなくトイレに入った。

 すぐ後ろを歩いていたサラリーマンは、そのまま、ホームに向かった。

 トイレにはまた別の男が向かう。


 アロハシャツを着た派手な格好をした男だ。

 白髪で白い口髭をたくわえている。その男がトイレに向かって対象に取り付くのだ。

 しかし、アロハシャツの男は対象と出会うことはなかった。

 トイレに入ろうとした時、青年とすれ違った。

 中には二人の男性が用を足していた。

 個室は空いたままだ。

 用を足す振りをして、無人となったトイレで用具室を確認する。

 いない。

 対象が消えた。

「対象消失。」

 無線で、そう、一言だけ伝えた。


 伊敷は写真の刷られた紙を見詰めていた。

 初老の男性が刷られた書類だ。

 髪に白いものが混じっているが、精悍な顔つきと意地の(こわ)そうな角ばった顎。

 太ってはいない。身長もそこそこに高い。

 見た目だけで隙のなさそうな男だ。

 スーツの仕立ても良い。前ボタンをキッチリと留めて立っている姿は、背筋が伸びてスーツの着こなしを知っている証拠だ。

 横に視線を走らせる。

 撮影された動画を見る。

 歩く姿にブレがない。正中線が真直ぐに立っている。

 耳にはめたイヤホンからは、料亭での、男四人の会話が流れている。三人は有名なフランチャイズ店を展開するコンビニエンスストアの代表と取締役だ。

 会話の内容から四人は旧知の間柄だと判断できる。しかし、話している内容はキナ臭い。

 現時点での金銭のやり取りはないが、その内容は業務提携だ。どのような動きがあるのか、現時点では判断できない。ただ、旧知の間柄で、大きな取引が成立しそうな会話だ。怪しいと考えるべきだ。

 伊敷は考える。

 大企業のトップと対等に話ができる知能と品格を備えており、武道の達人だと見て取れる男。

 その男は経営戦略上も優秀なのだろう。

 総資産は約五十六億円、経歴は不明だが、戸籍はシッカリとしている。税金未納だった会社を買収しているが、現在は綺麗になっている。そして、その会社はすぐに動きを見せた。

 産廃業者の買収だ。

 イヤホンから聞き取れる会話は、廃棄される食品の回収。

 廃棄食品の回収はコンビニエンス側が行い、産業廃棄物処理場に運搬する。試験的に一週間、実施される。

 法的にクリアできるのか?

 疑問だった。

 廃棄食品は一般廃棄物に分類される。産業廃棄物とは違うのだ。しかし、男は産業廃棄物を取り扱う会社を買収した。そして、廃棄食品を収集すると言っている。

 おかしい。

 伊敷の脳裏に過るのは、一般廃棄物と産業廃棄物は違うということ。そして、廃棄物の処理については、地方自治体と民間業者が複雑に絡み合っているということだ。つまり、法規制が複雑であり、規制も厳しいのにその法的問題と施設の運営が上手く稼働するのか?と、いうことだ。

 男の話では、処理場では飼料などにリサイクルされるが、その量は少ない、ということを話している。

 既に一般廃棄物の処理施設を有している?

 しかも、価格が割安だ。

 格段に低い設定にされている。市場での約六割。コンビニエンス側が自社で処理するよりも低コストとなる。

 話がまとまり、男が一人、(いとま)を告げて立ち上がる。

 性急な行動。

 まだ、一般廃棄物を取り扱う法的許認可も得ていない段階から、廃棄食品を取り扱う段取りを組んだ。

 無駄がない。

 無駄を嫌っているともとれるが、そうではない。四人の会話の中には雑談も混じっていた。

 無駄を嫌っている訳ではない。

 無駄なことも必要だと認めているから、無駄がないのだ。

 三年前に導入されたタスクシステムの本体は、量子コンピューターである。

 秘匿された技術であり、開発者は不明だ。

 不明と言うよりも不明にされたと言った方が正しい。

 そのタスクシステムは、クラウドシステムに侵入し、ネット上を監視している。

 およそ、ネットに繋がっている全ての端末はタスクシステムに支配されていると言っても良い。

 その監視システム、タスクシステムが、初めて弾き出した男。

 この男は要注意人物だとタスクシステムが注目したのだ。

 内閣調査室にも情報は上げている。マトリにも情報が行っている。

「内通者を作ることから始めないとな…」

 伊敷はそう呟いた。


 いきなり引っ掛かったな。

『当然だ、そうなるように銀行の金額をいきなり引き上げたし、三社も買収したんだ。引っ掛からない方がおかしい。』

 幾らにしたのよ?

『五十五億八千四百二十三万五千六百三十二円』

 うわぁ、いきなり細かい所まで引き上げたのねぇ。

『二日でこれだけの金額に膨らませたんだ、目に付かない方がおかしい。』

 銀行も吃驚してんじゃない?

『だろうな。入金先は色々だからな、調べるのにかなりの時間が掛かるだろう。』

 でも、あいつ等、スゲエ複数人で尾行してたな?

『公安だろうな。』

 うわぁ、俺ってスパイみてぇ。

『スパイより性質が悪い。獅子身中の虫が日本の経済界に打撃を与える可能性があるからな。』

 経済テロ?

『そう取られるだろう。この国の経済は、今、落ち込んでいる。首相がその景気を復興させるために国を挙げて取り組んでいるだろう?きっと、もっと調べに来るぞ。』

 俺は、今、クズデラ・ヤートの姿だ。

 トイレでアロハシャツの男と擦れ違った。

 あの後、誰も俺を尾行していない。

 トイレには二人の男が小便をしていたが、俺は洗面台の所で手を洗う振りをして、姿を変えた。

 アロハの男と、もう少しでかち合うところだったので危なかった。

 俺はマイクロマシンを散布していない。

 だから、周囲の状況を広範囲に知るには、霊子を使うしかない。

 霊子を薄く広げ、俺の霊子の中に街を取込むのだ。その中にいる人物たちの霊子体に周波数を合わせていく。

 数百人規模の霊子体ならば、ものの数秒で特定検知し、同調を繰り返して調べることができる。

 料亭を出て、すぐ、その網に、男が五人、引っ掛かった。

 監視者としての思考性が読み取れた。

 男達の正体までは判らない。ただ、男達の霊子体の波長は記録したから、また出会えば判るだろう。

 クズデラ・ヤートの姿のまま、マンションに到着する訳にはいかない。マンションにも張り込んでいる奴らがいるかもしれない。

 公園のトイレに寄って、その姿を変えるか。

『一人になる場所は良くない。』

 そっか、そうだよな。クズデラ・ヤートだけがトイレに入って行って、そこから九頭寺正臣が出て来ちゃ拙いよな。

 本屋に入る。

 中古本を売っている店だ。

『防犯カメラが多いからな、注意しろ。』

 わかってるよ。

 クラウドシステムにプロトタイプゼロが潜んでいる可能性は高い。なら、街角の防犯カメラも奴の目だと考えて行動するべきだ。

 俺は死角を探す。

 本棚と本棚の間、商品が並んでいる本棚の正面と背面を避け、本棚の側板が並ぶ通路を死角に選んだ。

 本棚を通り過ぎる一瞬で姿をクズデラ・ヤートから九頭寺正臣に変える。

『兎に角、これでプロトタイプゼロが、この国にも網を張っていることはわかった。あとは、どうやって奴を引き摺り出すかだ。』

 そうだな。

 本屋を出て空を見上げる。

 星は見えない。

 向こうの世界では、星座が読み取れないほどの星が瞬いていた。

 明日も忙しい。

『そうだな、早く戻ろう。』

 イズモリの言葉に従い、俺は足を速めてマンションに向かった。


 マンションの玄関ホールで立ち止まる。

 朝には見かけなかった掲示板の張り紙。

 防犯カメラを設置したと書かれてあった。

 オートロックの所とエレベーター内には、俺が入居する前から防犯カメラが設置されていた。それが、朝は確認できなかった防犯カメラが、玄関ホールの中にも設置されていた。

 そのホールを進んで共用廊下に辿り着く。廊下の両端にも防犯カメラの赤いLEDが点灯している。

 素早いな。

『会社の登記に九頭寺の住所が書いてあるからな。』

 なんで尾行されたんだ?

『狩りと一緒だ。』

 ああ、獣、今回は俺の習性を知るためね。

 なら、今も疑問視されないように滞りなく行動することが必要だな。

 部屋の前で鍵を探す振りをして、右目で確認する。

 ピッキングの跡があり、三人の足跡。二人は男で、一人は女、その足跡が確認できた。

 金属の擦れ合う音を立てながら俺は鍵束を出す。

 足跡は隣の住戸に続いている。

 スゲエ、もう隣に引っ越してきたのかよ。

『成程、やり手だな。』

 手順を踏まなければこの鍵は開けられない。

 全部で四つの鍵が必要だ。

 四つの鍵は連動しており、決まった順番を守らないと開かない。

 一番上の鍵をまず開錠する。二番目の鍵を開錠し、一番下の鍵を開錠してから一番上の鍵を、もう一度、閉める。三番目の鍵を開錠してから、一番下の鍵を更に閉める。

 あとは一番上の鍵を開錠し、一番下の鍵を開錠し直して、やっと、扉を開けられるようになる。

 この手順を三回間違えると罰として電流が流れるようになっている。

 侵入しようとした奴らは見事に引っ掛かっていた。

 実は、俺も引っ掛かっている。

『お前は、その記憶力をなんとかしろ。』

 いや、普通の鍵じゃないでしょ?

 おかしいだろ?自分の家に入るのに何でこんなにややこしいことしなきゃいけないのっ!!

『侵入者を未遂で追い返すことができただろうが。』

 ぐっ、た、たしかに…

 俺は侵入者のことなど素知らぬ振りで部屋に入る。部屋に入ってから鍵の所に手を翳して、開錠の手順を入れ替える。

 防犯カメラに写っている筈だから、毎回、替えないと入られる。面倒臭いイイイイイッ!

『仕方がない。』

 そう、仕方がない。

『それよりも防犯カメラが厄介だ。このまま、マサトの姿で部屋から出ることはできないぞ。』

 あ、そうか。それは拙いな。

 リビングの掃出し窓にもガラスを破ろうとした跡が認められたが、アルミナガラスなので諦めたようだ。

 結果として掃出し窓に小さな傷が残っていた。

 ガラスを破って鍵を開けるつもりだったのか?バレるじゃねぇか。どうするつもりだったんだ?

『ピッキングが失敗したんだ。開き直って空巣の仕業にするか、もしくは窓枠ごと取り換えるだろう。』

 なるほどね。

 隣の住戸から同じ窓枠を運び込めば傷なしの窓が出来上がる。

 そうか、上階に空き室があったな?

『ふむ。上階の空き室をマサトの姿、いやクズデラ・ヤートの姿で購入するか?』

 そうだな。そうすれば、空間が確保できるし、瞬間移動できるだろ?

『ああ、しかし、今日の所はどうする?上階の部屋を使ったところで、マサトの姿で入るところが防犯カメラには映らないぞ?』

 うん、今日は屋上に瞬間移動しよう。そのまま、視認できる所を瞬間移動して、家に帰る。これでどうだ?

『いいだろう。』

 俺は、一旦、地下に瞬間移動して、九頭寺の身体から俺の身体へと意識をシフト、九頭寺の身体を保存カプセルに入れて、俺はクズデラ・ヤートの姿へと変える。

 屋上の中央だと思われる座標に、数少ないマイクロマシンを移動させ、残ったマイクロマシンで俺の身体を分解保存、屋上へと移動させる。屋上で身体を再構築。見渡せば、近くに、このマンションよりも高い建物は見当たらなかった。

 高層階も良いもんだな。

『ああ。』

 見渡せる範囲が広い。

 俺は視認できる範囲で瞬間移動を繰り返し、家路についた。

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