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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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現代日本での生活が始まった

「おはよう。」

 聡里がテーブルに両手をついて中腰になりながら、俺に朝の挨拶を口にする。

「おはよう。」

 俺も朝の挨拶を返す。

 茶の間のテーブル。

 長方形のテーブルで、俺の定位置は、短辺の壁際だ。その定位置の椅子を引いて座る。

「親父のトイレは?」

 朝起きて、一番にすることは親爺の襁褓(むつき)を取り換えることだ。臭いがしなかったので、確認の意味で聞いた。

『襁褓とは、また、古い言い方を。』

 いや、小っさい子供ならオムツだけど、年寄りのは襁褓だろ?

『どっちでも一緒だ。』

 雰囲気だよ。

「うん、替えといた。」

「そっか、ありがと。」

 向かいの短辺は、父の席だったが、今は空席だ。テーブルを挟んで向こう側の部屋はいつも開けっ放し、父がその部屋で眠っているからだ。

 昼間の大半は介護用ベッドで過ごしている。

 父の金を使って、父の持ち家である、この家を改築した。かなり大掛かりな改築だった。

 父が死ぬまでに父の金は使い切ってやるつもりで改築した。

 木造の二階建て、広さは約百六十平方メートル。一階に駐車場と台所、茶の間に父の部屋に、洗濯洗面脱衣所を兼ねた水回り、風呂とトイレ、二階に俺たち夫婦の寝室と娘の部屋と物置、室内干しの部屋も作った。

 とかく介護となると洗濯物が大量に出る。シーツとタオル類を干すことが多くなるからだ。

 介護目線で家の動線は作った。

 トイレと風呂は扉一枚で行き来できるようにしたし、トイレは父の部屋から直接行けるようにした。風呂には扉が二枚、トイレ側から入れる扉と脱衣所側から入れる扉だ。

 下を汚した父をトイレに入れて、そのまま風呂に入って、汚れた衣類と父を洗う。ある程度、服の汚れを落として、脱衣所の洗濯機で洗い、父はトイレで体を拭いてから部屋に戻す。

 脱衣所横の階段を上がれば、そこは、室内干しのすることができる乾燥室で、乾燥室の掃出し窓を開ければ、物干し用のベランダだ。

 俺は救急現場で汚い部屋に入ることがある。

 独居老人の部屋は臭いことが多い。

 下着を替えていないからだ。

 性器に染み付いたアンモニア臭が部屋を支配する。そして、散らかっている。床に脂が染み付いて、シューズカバーを履かなければ、歩くこともままならない。

 孤独死を迎えた老人たちの部屋は大抵が汚れている。火災現場でもそうだ。火災を起こした人間の部屋はとにかく散らかっている。

 だから、俺は父にそんな思いをさせたくなかったので、介護用に家を改築した。

「今日はどうするの?」

 紅茶党の俺に甘いレモンティーを持って来てくれる。

「とにかく、リハビリついでに散歩に行って来るよ。」

「朝ごはんは?」

 俺は首を振って「いらない」と答える。

「じゃあ、着替え、取ってくるね。」

「ああ。」

 金属製の缶と煙草を引き寄せる。缶の中には灰皿が入っている。

『お前、煙草を吸うのか?』

 ああ、コッチの体は欲しがってるみたいだ。

『一度、分解しているから抜けているぞ。』

 そうか、でも、目に付くと吸いたくなるのはなんでだ?

『肉体が憶えている記憶に精神体が引きずられてるな。軽く、吸わないと心に決めてみろ、吸いたくなくなる。』

 吸わなくなると、聡里に不審に思われないか?

『ふむ。ヘビースモーカーだったのか?』

 かなりな。

『なら、お前の判断に任せる。』

 うん、そうか…なら、止めとこう。入院中は吸ってなかったからな、これを機会に禁煙すると言うよ。

 着替えを持って聡里が二階から降りて来る。

「あれ?吸わないの?」

 煙草を元の位置に押し戻している俺を見て、聡里が首を傾げる。

「ああ、入院中は吸えなかったからな、良いきっかけだ。」

 聡里が薄く笑う。

「そうね。身体には悪いしね。」

 着替えを受け取り、寝間着代わりのスウェットパンツを脱ぐ。

「懐にも良いしな。」

「そうね。」

 聡里が俺の脱いだスウェットパンツを受け取り、丸めながら笑う。

 白のTシャツに春物のシャツを羽織り、ジーンズと靴下を履いて着替えは終わりだ。

「じゃあ、散歩の後は、そのまま署によって、退院の挨拶をして来るよ。」

「うん、リハビリは昼からだから、忘れないでよ?」

「ああ、じゃあ、行って来る。」

「行ってらっしゃい。」

 玄関先で、聡里に見送られて、外に出る。

 いい天気だ。

 白いスニーカーを履くのも久しぶりだ。

 路地の多い街だ。

 袋路地も多い。近所のおばさん連中が家の玄関先を掃いていたり、植木に水をやっていたりと、皆、何かしらのことをしている。

 そのおばさん連中に挨拶をしながら、軽い会話を交わす。入院中のことを大袈裟に同情されたり、礼を言ったりと結構な時間を喰った。

 通勤する時、俺は走っていた。

 片道四キロメートルほどの距離だ。その道を今は歩いている。

 どこか別世界に来たような感覚がある。

 精神体と肉体との齟齬か、それとも、ただ単純に、常は走っていた道を歩いているからなのか。

『気分の問題だろう。』

 そうか、気分か。

『精神体が揺らいでいるんだ。』

 ふうん、それが気分として表面化するってことか?

『そうだ、なんとなく、気分、機嫌、気持ち、そういうあやふやなモノは大概が精神体からの揺らぎが発生原因だ。』

 通勤途上に建っているマンションに入る。

 ここには俺の分体である九頭寺正臣の体とゲートとして作ったトガリの体がある。

 一階の部屋だ。

 まだ、何もない、2LDKの部屋だ。

 俺は増設した鍵をかけて、瞬間移動する。移動先は地下だ。

 2LDKの部屋の大きさ丸々を一室として俺が造った部屋だ。霊子発電機を備えており、量子コンピューターを再構築した。量子コンピューターはトガリの体と九頭寺の体を管理保存するためにも必要だ。その量子コンピューターをネットに繋ぐのは危険だ。コンセントからネットに繋がり、ハッキングを実践した本人が、大事な情報をコンセントに繋ぐ訳にはいかない。だから、霊子発電機も作った。

 量子コンピューターは二台作製し、もう一方はコンセントに繋ぐ。電力を使用するためではない。ネットに繋ぐためだ。

 プロトタイプゼロは、この世界の各端末、もしくはネットその物にいるはずだ。重要な施設に侵入されて、いや、もうすでに各施設に潜んでいるだろう。そういった施設を守る意味でも奴の行動を監視する必要がある。

 だから、高性能の量子コンピューターが必要になる。

 ネットにロボットをバラ撒く。

 原発、先物取引、銀行、軍事施設、国連関係の端末、証券取引、大学の研究施設に公的施設と世界規模で検索する範囲は広い。

 その中から、不穏だと思える情報を選別し、その特徴を量子コンピューターに学習させる。最初の選別作業は俺達の仕事だ。考えただけで気の遠くなる作業だ。

 だから、俺達は餌を撒く。

 少しずつ、奴が嗅ぎとりそうな餌を撒いている。

 その餌に喰い付けば、手掛かりが生まれるはずだ。俺達はそれを待つ。

 俺は服を脱いで、空いた保存カプセルに体を沈める。

 隣の保存カプセルで眠る九頭寺に意識を移し、起き上がる。

 白い人工血液に満たされたカプセルだ。体中に白い液体が纏わりついている。

 俺は体中に纏わりつく人工血液と肺の中に溜った人工血液を同時に分解し、九頭寺の服を再構築する。

 瞬間移動して元の部屋に戻る。

 アルミナガラスに入れ替えた各窓の施錠を確認し、ドアを開けて外に出る。

『足が要るな。』

 車か?

『そうだ。今日中だけでもかなりの会社を回る。今後のことを考えれば取引先に軽く見られるだろう?』

 そうだな。造るか?

『いや、車体番号、税金、保険と、登録しなきゃならんことがある。嘘を取り繕うより、実際に買った方がイイだろう。』

 そうだな。じゃあ、どうする?会社に行く前に買うか?

『すぐには届かんだろう?』

 そうか。じゃあ今日は歩きだな。

 そういうことになった。


 官公庁街。

 警察庁の一室でのことだ。

 一台の端末に一人の男のデータが自動的に映し出された。

 その端末を見ていた男が立ち上がり、プリンターに向かう。

 印刷された紙を持って上司と思しき男にその紙を渡す。

 紙を渡された男は直ぐに立ち上がって、部屋を出る。長い廊下を進んで、一室のドアをノックした。

「どうぞ。」

 中からくぐもった男の声。

 紙を持った男が無言のままその部屋に入る。

「タスクシステムから出力されました。」

 男が執務机に座る男に話し掛けながら、持っていた紙を机に置く。

 座っている男の眉が歪む。

「システムが起動したのか?」

 男の言葉に、入って来た男が頷く。

 座っている男が紙を摘まみ上げる。

「システムに引っ掛かった第一号か…」

 紙を見詰めながら、男が呟いた。

 紙に印刷された写真、その横にデータが記載されている。

「一日で三社もの産業廃棄物会社を買収してる…」

 データの重要と思われる部分だけを男が呟く。

「母体会社の規模に見合わない買い物だな。」

 座っている男が、立っている男を見上げながら静かに言った。


 夜になって、俺は人と会った。

 マイクロマシンで、人の脳に侵入し、無理矢理、取り付けた約束だ。

 高級な料亭に呼びつけた。

 聡里にはウォーキングに行って来ると言ったので、あまり長居はできない。

 呼びつけた男は三人。

 コンビニエンスストアを全国に展開するグループ会社の代表取締役と取締役を二人だ。

 この三人が戦略マーケティングを決定し、経営管理を担っている。

 その三人にも悪いがマイクロマシンを侵入させて、旧知の間柄のように話し合った。

 僅か十数分のことだ。

 三人が食事を続けると言うので、俺は途中で席を立った。

 俺が個室を出る時には、三人とも笑顔で「ありがとうございました。」と声を掛けてきた。

 うん、ちょっと心が痛む。

 三人のシナプスを弄ったので、マイクロマシンを侵入させなくても、もう、俺のことは忘れない。

 そして、料亭を出てすぐに、俺は尾行されていることに気が付いた。

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