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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
105/405

雲が走り、風が渡り、鳥が自由に飛ぶ空

 ブローニュの控室の前にはヘルザースがいた。

 俺がアヌヤの治療をしている間にヘルザースはブローニュの控室に向かったのだろう。

 でも、ヘルザースはブローニュの控室に入らずにドアの前で立ち竦んでいた。

 ヘルザースが頭を下げ、俺に道を譲る。

 ノックをして「ブローニュ」と、声を掛ける。

 返事はない。

 構わずにドアノブを回して中に入る。

 放り出されたアシストスーツ。

 脱ぎ捨てられたシューズ。

 飲み散らかされた精霊薬の小瓶と水筒。

「ブローニュ、水だけじゃ駄目だ。」

 俺は床に転がった水筒を拾い上げ、ブローニュが横たわっているベッドに近付く。

 固いベッドが軋み音を上げて俺の体重を支える。

「…ほっときィ…」

 右腕を目に被せて泣いているように見える。

「悔しかったのか?」

 ブローニュは黙っている。

「土台、獣人、いや、アヌヤには勝てねえよ。」

 ブローニュは微動だにしない。

「俺の嫁さん連中は特別製の霊子回路を持ってるし、その霊子量だって桁が違う。俺が一〇歳の頃に弄ったせいで、格別の力も持ってる。だから…」

「ちゃうわっ!!」

 顔を見せないまま、ブローニュが声を張り上げる。

「じゃあ、どうした?何が悔しいんだ?」

「…」

 ブローニュは話そうとしない。

 俺は待つことにした。

 傍に座って、黙って待つことにした。

 窓を見る。

 青空が見える。

 俺はその空を見ながら、ジッと待った。

 遠雷のようにスタジアムの声が聞こえる。

 ブローニュとアヌヤを待ち望む声だ。

 謝罪の言葉が端々に聞こえる。

「…あたしの試練や…」

 ポツリとブローニュが言葉を置く。

 そうだ、アヌヤの与えたブローニュの試練だ。

「あたしだけの試練やと(おも)とった。」

 そうか。そういうことか…

 スタジアムからはジェルメノム帝国への救援活動を行おうとする声。

「でも、(ちご)た。」

 そうだ、違った。

「試練と違て、国民に教えるためのダシにされたんや…」

 ブローニュにとってはそうだ。

 ブローニュが唇を噛み締める。

「あたしはっ…!!」

 嗚咽が響く。

 真剣にアヌヤと闘った。

 でも、アヌヤの目的はブローニュに対する試練ではなかった。

 掛ける言葉が見つからない。

 俺はブローニュの腕に手を添えた。

 それぐらいしかできない。

「すまない…」

 思わず口を突いた言葉。

「…な、なんで…アンタが…謝るんや…」

「アヌヤが俺のためにしたことだ。俺にはお前に謝ることしかできない。」

 ブローニュの嗚咽が止まる。

「ジェルメノム帝国と開戦したのは俺の意思だ。戦後処理のことも考えていたが、思わぬことで空白の期間ができた。その空白の期間で、ジェルメノム帝国では奴隷が食料になっている。」

 添えていた手に力が伝わってくる。

「俺の所為で子供たちが殺され、喰われている。なんとかしようと思って王位をトロヤリに譲ったが、それでも、国民は納得しなかった。」

 ブローニュは黙ったままだ。

「打つ手がなかった。」

 ブローニュの腕が動き、腫れの治まった顔を覗かせる。

「アヌヤがなんとかしてやると言って、今日の試練だ。結局、アヌヤは国民を納得させたが、お前を傷付ける結果になった。本当にすまなかったと思ってる。」

 顔を見せたブローニュに頭を下げる。

「ちょ、ちょっと!や、やめえな!アンタがそんな風に謝るなんて…!」

 ドアが勢いよく開けられる。

「ブローニュっ!」

 アヌヤが勢いよく飛び込んで来る。

「ア、アヌヤ陛下?!」

 飛び込んできた勢いのまま、俺を弾き飛ばしてブローニュに抱き付く。

「へ、陛下?」

「よく頑張ったんよ!さっすがは父ちゃんが選んだ女なんよ!」

 アヌヤがブローニュを抱き起し、両肩を掴んだまま、満面の笑みを浮かべる。

「ジェルメノム帝国のことじゃ父ちゃんがスッゴク悩んでたんよ!だからなんとかしたかったんよ!ブローニュが頑張ってくれたお蔭で国民たちはスッゴク反省してるんよ!今から二人でスタジアムに出て行くんよ!!」

 ブローニュがチラリと俺に視線を向ける。

 俺は笑うことしかできない。

 確かに、闘う、その行為そのものが試練ではなくなっていた。

 ブローニュが如何に頑張ってジェルメノム帝国の悲惨な状況を国民に伝えることができるか。アヌヤにとっては、それがブローニュに対する試練となっていたのだ。

 真直ぐで曲がることの無い女だ。

「わ、わかりました。」

 ブローニュにもそのことが伝わった。

「よし!じゃあ!一緒に行くんよ!!」

 アヌヤがブローニュを介助しながら立ち上がる。

「アヌヤ」

 俺の呼び掛けにアヌヤが俺の方を向く。

「にゃ?」

 素直な心から、そのままの素直な言葉が口を突く。

「ありがとう。」

 アヌヤが照れたように笑う。

「父ちゃんのために働くんは当たり前のことなんよ!」

 控室に俺を残して二人が連れ立って出て行く。

 結局、アヌヤの天真爛漫な心に、全部、救われた。

 まったく、母ちゃん連中には敵わねえな。

 一人残った部屋にアヌヤの大きな笑顔が陽だまりとなっていた。


 戴冠式が厳かに行われ、トロヤリが第三代神州トガナキノ国国王となった。

 事前に知らされていた通り、恩赦によって、ジェルメノム帝国への賠償請求は取り下げられ、同時に救援活動が実施される運びとなった。

 誰も異を唱える者はおらず、実にスムーズにジェルメノム帝国への救援活動が開始された。

 人は正論で断罪する。

 人は権利で奪い取る。

 正論も、権利も、正しく行使されれば、正しいことだ。人によっては正義と言う。しかし、言葉を換えれば、正しいことが正しくなくなる。

 正論も権利も必要であり、対話をするときに基準となるべきことだ。だから、否定はしない。否定しないが、その中に優しはあって欲しい。

 俺はそう思う。

 正論で断罪する時、そこに優しはあったか?

 権利で奪い取る時、そこに優しはあったか?

 そうだ。

 俺が最も優しくなかった。

 メルヘッシェン・フォーギース・バーナマムは精神体の復帰が難しいと判断して、分解した。

 メルヘッシェンの遺伝子情報を俺は知らない。

 肉体の再構築はできない。

 本当に精神体は復帰できなかったのか?今となってはわからない。

 遺伝子情報を手に入れておけば、俺の隣にメルヘッシェンが居たかもしれない。

 忘れた振りをして、目を逸らしていた。

 でも。

 アヌヤが俺に目を背けるな、と言った。

 そう、言われた気がした。

 空を見上げる。

 雲の流れが速い。

 安寧城の天辺。

 庇の方で音がして、二本の角材が頭を覗かせる。

 不格好な四つん這いでヘルザースが息を切らせながら上って来る。

 ヘルザースが横に座り「まったく、風が強くなると、必ずこちらにいらっしゃいますな。」と文句気味に言う。

 俺はボンヤリと空を見上げていた。

 ヘルザースが溜息を吐く。

「メルヘッシェン・フォーギース・バーナマム、見つけることはできませんでした。」

 ヘルザース達は俺を探しながら、メルヘッシェンのことも探していた。

「ああ、俺が分解しちまったからな。」

 青い空に分解という言葉がポツリと浮かぶ。

「素直に殺したと仰ったら如何ですかな。」

 言葉がない。

「分解などという言葉で誤魔化していらっしゃるから実感がわかんのです。ハッキリと殺したと仰れば、実感がわいて、罪悪感に苛まれます。」

「そうか、俺はメルヘッシェン・フォーギース・バーナマムを殺したのか…」

「左様。(あや)められたのです。」

 俺はその場でゴロリと横になる。

「陛下。」

「もう、陛下じゃねえよ。」

「某と同様に死ぬ資格を失いましたな。」

「資格がいるか?」

「必要です。死ぬこととは罪から逃れることでございます。」

「…そうか、そうだな。なら、この罪は、背負い続けなきゃな。」

「左様でございます。」

 青い空を雲が奔り抜けていた。


 準備が必要だ。

 この現代日本で、俺は戦わなければならない。

 プロトタイプゼロと。

 リハビリは歩行訓練から始まった。元々、脳底の血腫以外に具合の悪い所はなかったのだが、極端に体重を減らしたせいと一週間も寝たきりで、歩くこともままならぬ状態になっていた。

 しかし、それもじきに解決する。

 霊子回路を備えた俺の体は、食べれば食べた分だけ元の状態へと戻すことができる。

 精神体の意志が霊子回路を備えることで、より強烈に霊子体に作用し、肉体がその霊子体の指向性に影響されたのだ。

 俺の経過を看て取った医者は、MRIやCTで検査し、血腫がかなり小さくなっていると診断して、すぐに退院の判断を下した。実際には血腫は失くなっているのだが、霊子回路を血腫と判断したのだろう。

 で、後は通院にてリハビリを受けることとなった。

 その退院前日、俺は、病院で、いや、入院中にやっておかなければならないことがあった。

 俺の体は、まだ満足に動かせないが、霊子体は違う。

 どのような物質にも霊子が存在する。

 物質として成り立っているということは、霊子が形成している引き寄せ合う力場に影響されているということだ。

 霊子がなければ物質としての形を成さない。つまり、どのような物質も特定固有の周波数を持った霊子を保有しており、その霊子に、俺の霊子の周波数を合わせれば、質量方向を変換することができる。

 質量方向を変換すれば、その物体は変換された方向に落下する。

 俺は自分の寝ていたベッドを移動させる。

 部屋の引き戸は開かないように質量方向を固定した。重さ十二キロの引き戸が閉まる方向へと落下し続けるのだ。

 俺は、病室の窓際に、頭がくるように移動させたベッドの上に寝転んだ。

 位置的にはこれで問題ないはずだ。

 タナハラ。

『おう!ちゃんと繋がってるぞ!』

 よし。

 トガリの体に残してきたタナハラともちゃんと繋がっている。

 意識を分ける。

 分割ではない。意識、精神体は分割できない。

 分体を操作していた時と同じように意識の割合を俺とトガリの体に振り分ける。

 五分五分。

 等分する。

 イズモリは言った。できるはずだ、と。

 無意識領域では全ての世界線が繋がっている。人の心は限りなく自由だとイズモリは言う。

 トガリの見ている景色が、マサト、俺の見ている病室の景色と重なる。

 俺の頭上には窓があり、俺がさっきまで見ていた青い空が見えている。その空に重なって霊子金属を張り巡らした天井がダブって見える。

 よし。

 別の世界線であることが認識できながら、俺は同一線上に存在する。

『ここからが勝負だ。』

 ああ。

『いいか、霊子の扱いをミスれば、二つの世界が消える。この星に生きる全生物の消滅、死滅だ。』

 わかってる。

 この試みは全世界を巻き込む。皆は巻き込まれていることに気付かないまま世界の運命の時を迎える。

 この実験は場所を選べない。

 絶対的な安全を考えるならば、俺は銀河の中心に移動しなければならない。

 無理だ。

 俺は自分自身の家族を守るために、世界に命運を賭けさせる。

 承諾?

 説得?

 そんな物は必要ない。

 俺が俺の家族を守るためにやるのだ。

 徹底したエゴイストの塊。

 そうだ。その通りだ。

 世界の価値?

 俺の家族がいなければ、この世界に価値は無い。

 俺は事前に作っておいた炭素の塊。炭を右手に持っている。

 その右掌を上に差し上げ、その掌の上で炭素を転がす。

 トガリの世界でもトガリの右手が同じ様な動作をするが、その右手に炭は無い。

 新神浄土、中央コントロール室。その部屋に設置された、トガリ専用保存カプセルの横に立つイデア。

 そのイデアが、隣に立つヘルザース、ズヌーク、そして、ローデルに頷き、同じ大きさ、同じ密度を有した炭をトガリの右手の上に載せる。

 俺は、トガリの右手に載せられた炭を確認して、俺は、トガリは、その炭を呑み込んだ。

『圧縮を開始しろ。』

 俺は、病室にはいないイデアに向かって視線を向ける。

「国民に霊子を送るように指示してくれ。」

 病室の、俺の独り言をトガリが口にし、イデアが頷く。

「ヘルザース閣下、全国民に霊子同調回路を起動させるように指示を出して下さい。」

 イデアの言葉を受けて、ヘルザースが通信機を通して、全国民に向け、指示を飛ばす。

 トガリに向けて霊子が集中する。

 二つの周波数を持った霊子だ。

 コルナの后資格試練で使用された霊子を同調させる魔導具。

 大人の親指程の大きさをしたカプセル。

 そのカプセルには、両端が赤に塗られたカプセルと青に塗られたカプセルがある。

 赤のカプセルで同調された霊子は俺の指向性を受けて、呑み込んだ炭を圧縮させる。

 青のカプセルで同調された霊子はタナハラの指向性を受けて、トガリの体を圧縮させない。

 トガリの体と俺の体の中で炭の圧縮が始まる。

 病室に寝転がる俺の体を圧縮させないための指向性はイズモリが担当する。

 俺とトガリの体内で完結させる。

 完結できなければ、この星どころか、太陽系まで破壊する。

 腹の中でブラックホールを形成する。

 体を圧縮させない指向性、炭を圧縮させる指向性、そのバランスが崩れた時、世界は滅ぶ。

 イメージ。

 圧縮された炭が深く、空間を歪める。

 落ち込んで行く。

 トガリの世界と俺の世界の両方で炭が重くなり、凝縮されて落ち込んで行く。

 トガナキノ国民は一千二百万人。

 トガリの世界では、六百万人の霊子が炭を圧縮させ、六百万人の霊子がその力に抗う。

 俺の世界では、俺が三十二万人分の霊子で炭を圧縮し、三十二万人分の霊子で、イズモリが、その力に抗う。

 感覚が消える。

 重く感じていた炭が腹の中から消える。

 どうした?

『空間が歪んで事象の地平が出来上がったんだ。だから感覚が後から来る。』

 継続させる。

『当然だ。』

 ブラックホールを繋げる。

 トガリの体を通して、俺の体を通して、ブラックホールを合成するのだ。

 不完全なブラックホールを解放した時、俺の精神体と霊子体は量子情報体と共に現代日本に飛ばされた。

 完全なブラックホールを創り上げれば物質の往来が可能な穴が出来上がるのではないか?

 イズモリの言葉には確証はない。

 推測だ。

 同じ霊子で圧縮させた二つの炭。トガリの世界から落ち込んで来るブラックホールを現代日本から迎えに行くイメージ。

 空間と空間を繋げる。

 時空を超えて二つの世界線を繋げる。

 トガリの世界から落ち込んで来るブラックホールを俺が迎えに行く。

 片方からでは繋がらない。

 両方からでないと繋げられない。

『恐らく、間もなくだ。』

 イズモリの声を聞きながら、俺は視線を窓へと向ける。

 青い空が見える。

 その横にイデアの顔が見える。

 綺麗な青だ。

 そう思った瞬間。

 俺の全身が爆ぜた。

 細切れになった肉片と血飛沫となった俺の体が、更に細胞レベルで爆ぜる。

 元素レベルにまで細切れになる。

 元素レベル。

 量子、粒子レベルにまで分解されたことになる。

 つまり。

『再構築する。』

 そう、マイクロマシンがコッチにまで来たってことだ。

 イメージ。

 俺の体内で肉体を再構築する。

 圧縮された二つの炭素。その二つの炭素が一つの核となって、ブラックホールを生み出している。その核の更に中心に肉体を再構築。瞬時に圧縮され、変形するが、すぐに分解し、粒子レベルで複製。

 俺の世界とトガリの世界、そして、ブラックホールの中心に、複製した粒子を使って体を再構築する。

 一種の粒子を複製し、三体の体を再構築。

 三体の体は一つのイベントから作られた体だ。量子もつれを起こす。つまり、量子テレポーテーションによって繋がったことになる。ブラックホールの中心で俺は思考を巡らせる。

 瞼を開く。

 俺の世界で、病院のベッドに横たわっているのは一〇歳の頃のトガリだった。

 意識の七割をトガリの世界で生み出した俺に移す。

 やはり、保存カプセルに横たわっているのは一〇歳の頃のトガリだ。

『嫌でも意識の振り分けをする必要が出たな。』

 そうだな。

『ブラックホール内の分体はどうだ?』

 どうだとは?

『意識の何割を振り分けてる?』

 そうだな。二割ってところか。

『感覚器官に影響は?』

 あるな、こっちのトガリの視界もボンヤリと薄暗い。

『ブラックホール内では光が存在しないからな。音も聞こえにくくなるだろうし、動きも鈍くなる。』

 でも、ブラックホール内に俺の意識を割り振っておかないと…

『そうだ。制御できなくなって暴走する。』

 暴走した場合は?

『俺達の体が丸ごとどこかに吹き飛ぶ。』

 別の世界線に引き込まれる?

『そうとも言える。』

 一割の意識をトガリ世界に残して、現代日本、俺の世界へと意識をシフトする。

 ブラックホール内の分体に二割、トガリ世界の分体に一割、俺の世界の分体には七割の意識を振り分けた。

 現在の本体は現代日本に存在するトガリだ。

 体を抱き上げられる感覚。

 トガリ世界でイデアが俺を抱き上げたのだ。

 気持ちわりィ…

『感覚に違和感ができるのは仕方がない。』

 わかってるよ。

 俺は横たわったまま、現代日本に、もう一人の分体を作製する。

 トガリの分体だ。

 そのトガリの分体を俺の姿、マサトへと変形させる。

 マイクロマシンを、俺というゲートを通してこっちの世界に持ち込んだのだ。体を自由に変形させることもできるようになった。横たわったトガリの分体に一割の意識を残し、六割の意識で新たな分体にシフトする。

 さて、このトガリをどこに持って行くか。

 ベッドに横たわるトガリはゲートだ。物質存在ギリギリの霊子を供給することで、霊子体の暴走を抑えている。

 トガリ世界においてゲートになっているトガリの体は国体母艦の量子コンピューターに制御させているため問題はないはずだ。

 俺は病室のロッカー脇に置かれていたスーツケースを確認する。

 沖縄サミットに行くために用意していたスーツケースが、そのまま入院用の支度となった。

 蓋を開けて、中身を分解保存。

 そのスーツケースにベッド上のトガリを入れる。

 スーツケースに空気穴を作って、ベッドを基の位置に移動、引き戸が元通りに開くようにする。

 さて、これで準備はできた。

 俺の体には三十個を超える霊子回路があり、右目は精霊の目、右耳は精霊の耳となっている。

 マイクロマシンもトガリの体を通して流入させることができる。

 現代日本に現れた魔法使い。

 くっ、痛い響きだ…

『いいから、とっとと動くぞ。』

 わかってるよ。

 俺は、眠っている俺、マサトを空のベッドに再構築する。

 横たわる俺を横目に俺自身は姿を変えて、スーツを再構築。

 角ばった顎に皺を深く刻んで、前髪の生え際を後退させる。

 鼻梁を突き出し、鷲鼻のように変形させ、黒縁の眼鏡を再構築する。

『眼鏡はやめろ。スマートさに欠ける。』

 そっかぁ?

『眼鏡を掛ければ知的に見えるが、同時に鈍そうに見える。』

 そうか、できる社長風に見せるか。

 マサトの身体にクシナハラを残し、別人となった俺は、病室を出て、出口に向かう。

 見知った医者と看護師に出会うが、今の俺とは初対面だ。

 病院を出る。

 久しぶりの外出だ。

 ゆっくりと周りの風景を堪能する。

 アスファルトで舗装された道路。

 空に伸びる電柱、絡みそうな電線。

 道路標識。

 ビル。

 車。

 溢れかえる人々。

 日本だ。

 俺は日本に帰って来た。

 限りなく自由な体を得て。

 空を見上げる。

 抜けるような青さ。

 雲が奔る。

 風が渡る。

 俺の右目は粒子の流れを捉える。

 風さえも見える。

 翼を取り戻した鳥のやることは唯一つ。

 俺は羽ばたき、現代日本へとその一歩を踏み出した。

次話からトガリ日本編、‘現代(イマ)トガリ’編となります。当初の予定では、魔狩りのトガリは此処までで一旦終了させる予定でした。しかしながら、文章構成の見直しを行ったところ、繋げた方がよいのではないかと思い、続行させることとなりました。したがって、これ以降は書きながらの投稿となります。ある程度、キリの良い所まで投稿させていただきます。

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