即位の礼はトガナキノ国民にとってはイベントです
「どうだ?国民の反応は?」
無縫庵のリビングにて、ヘルザースが難しい顔で俺の前に座ってる。
「新神武王陛下の捜索を継続するべきだ。また、ジェルメノム帝国に救済は必要ないとの声は未だに上がり続けております。」
その言葉を聞いて、俺も難しい顔になる。
「そいつは困ったな。」
俺よりも人気のあるトロヤリが即位することで、ジェルメノム帝国への国民感情が少しでも逸れるかと思ったが、難しいか…
俺の返答にヘルザースが頷く。
「別の手が必要かぁ、参ったな。」
「誠に。いっそのこと、陛下が復帰なさって、勅命として国民にご命じになられては如何ですか?」
何言ってんだこのオッサンは。
「ところで、その新神武王っての、なんとかなんねぇのか?」
「なりませぬ。」
キッパリ断言しやがったよ。
新神武王というのは俺のことだ。
法律上、俺は崩御したってことになってる。その俺に対して贈られた諡号が新神武王だ。
「そもそもが、新神とは陛下のことでございます。その陛下が戦時下に行方不明となったために武という言葉を奉ったのです。なんの不都合がございますか。」
俺はソファーの背凭れに右腕を回し、「ま、いいけどよ。」と呟いた。
「それにしても困ったなぁ、トロヤリの恩赦でも納得しなかったかぁ。」
「しょうがないよ。トガリが行方不明になった原因はジェルメノム帝国ってことになってるんだもん。」
俺の隣に座るトンナがヘイカ・デシター姿の俺をヒョイと持ち上げ、その膝の上に載せる。
俺の右隣に座っていたアヌヤがトンナの肩に左手を付いて、「よっ」と、声を上げ、トンナを器用に跳び越え、トンナの左隣に座る。
「そうなんよ。なんてったって父ちゃんは史上最低王なんだから、皆が怒るんモ無理はないんよ。」
アヌヤが席を移動したことによって、空いた席にヒャクヤが座り直し、「そうなの。パパは史上最低王だから皆の人気者なの。」と追随する。
「そうだな。史上最低王と言いながら、皆、旦那様のことを盛り立てるために頑張っていたからな。旦那様が崩御したとなったら、腹も立てるだろう。」
コルナがトンナの背後から追い打ちをかける。
うん、俺に対する追い打ちね。
「なんだよ、お前ら、史上最低王、史上最低王ってよ。そんな史上最低王がいなくなって、皆、喜ぶだろう?そうじゃなかったの?」
全員が呆れたように笑う。
「前にも言ったじゃない。皆はトガリのこと大好きヨ。」
トンナが俺の顔を見下ろしながら笑う。
「左様だ。旦那様は気付いていないかもしれないが、皆が史上最低王の話をするときは、だから、俺達がしっかりしなければ、という言葉が隠させているのだ。」
はあ?
コルナの言い分だと、国民は、「史上最低王は本当に働かねえなぁ。」と、言ってる後に、本当は「だから俺達がしっかり働かねえとな。」って言葉が続くってこと?
「そうなの。皆、史上最低王がしっかりしてないから、自分達がしっかりして、国王を盛り立てようと思ってるの。」
はあ…
と、いうことは、「史上最低王は本当に働かねえなぁ。」と、言ってる後に、本当は「だから俺達がしっかり働かねえとな。」って言葉が続いて、更に「俺達が働いて国王を盛り立ててやろうじゃねぇか。」って言葉が続くの?
なにソレ。
台詞のほとんどが省略されてて、全然、意味不明なんですけど。
「都合よく解釈しすぎなんじゃねえの?」
ヒャクヤの言葉に素直な感想を口にすると、目の前のヘルザースも含めて、全員が、「ハ~ッ」と溜息を吐きながら項垂れた。
「ま、しょうがないんよ。」
アヌヤが立ち上がる。
俺は視線でアヌヤを追う。
「明日の即位の礼では、あたしが盛り上げて、皆をその気にさせてやるんよ。」
アヌヤが頭の上で両手を組んでストレッチしながら笑う。
「じゃ、ホントにやるんだ。」
俺の言葉にアヌヤが笑う。
「当ったり前なんよ。でないとブローニュが可哀想なんよ。」
いや、お前は、ただ単にガチで殴り合いたいだけだろ。
「まあ、即位の礼のエキシビションとしては結構でございますな。」
ヘルザースが至極当然のように頷いてやがる。
「でも、俺は崩御したってことになってるんだぜ?」
「いいじゃない。崩御してるってことになってるだけで、生きてるのは、皆、知ってるんだし。」
トンナも当たり前のように言う。
そう、俺は行方不明であって死んではいない。法律上、死んだことになってるだけだ。でも、その死んだ奴の后になるために后資格試練を受けるって、変じゃない?変だよね?
「そうなの。このまま中途半端にしといたらブローニュが可哀想なの。」
「そうだぞ旦那様。」
ヒャクヤとコルナも后資格試練実施に大賛成だ。
「国民も楽しみしておるでしょうからな。」
な?やっぱりこの国の国民、変だろ?俺は、絶対、変だと思う。
俺の国葬は大喪の礼と呼ばれ、新神母艦を最下部とした階陣形で国体母艦の編隊を組んでいた。
ヘルザースの葬送の言葉が終了した後、各国体母艦から霊子砲が直上へと放たれ、国体母艦の陣形がゆっくりと変形した。
最下部の新神母艦が前進し、最上部の奉天母艦が後進、最上部の国体母艦が後ろに下がりながら下降して、最下部の新神母艦が前進しながら上昇する。各国体母艦が同じ様な動きで上部の国体母艦と下部の国体母艦が入れ代わり、その動きの中で霊子砲を、計十六回、空へと向けて撃つ。
十六歳で崩御した俺が天に昇れとの意味を込めていたそうだ。
それに対してトロヤリの即位の礼では逆に動くとのことだった。
新神母艦が最上部の階陣形で、新神浄土の安寧城にてトロヤリが戴冠し、終盤に近付くにつれて新神母艦が前進しながら下降する。ここで即位の礼と違うのは、各国体母艦は新神母艦の上には回り込まず新神母艦の後方に水平に付けるということだった。
これは、新たな国王を見下ろさないようにするための配慮らしい。
で、この即位の礼の中で行われる戴冠式、その前に后資格試練を実施するとのことだった。
もう、各空港がてんやわんやになってた。
ブローニュの后資格試練が行われるのは聖天母艦のスタジアムで、トロヤリの戴冠式は新神母艦だから、各国体母艦の空港は、押すな押すなの大混雑だ。
后資格試練のチケットは完売状態で、ダフ屋も転売屋もいないトガナキノでは、聖天母艦の空港はそんなに混雑しないだろうと思っていたが、后資格試練を観戦できない国民の大多数は新神母艦に向かうため、やっぱり混雑してた。
新神母艦の空港はそんな国民を受け入れるために大混乱だ。
ヘルザースが、急遽、新神浄土の自転車の使用禁止令を出し、自転車道にまで歩行者が溢れ出す始末で、街角の至る所に大型モニターを複数台設置して、安寧城まで辿り着けない人々のために后資格試練と戴冠式の模様を中継することになった。
そんな中、厳かに…
「さあああああっ!待ってたかアアアアアアア!テメエらっ!」
うん、ゴメン、全然、厳かじゃありませんでした。
「待ちに待ってた后資格試練の最終戦だアアアアアアアッ!!」
スタジアムが揺れるほどの大歓声。
百万人が足を踏み鳴らし、その興奮が天に届けと言わんばかりに吠えまくる。
「ジェルメノム帝国のお蔭で先延ばしになっていたアヌヤ陛下の后資格試練!!待ちに待っていたことでしょう!陛下は崩御されましたが!それはあくまでも法律上のこと!実際には生きていらっしゃることは、トガナキノの四女帝が証明していらっしゃいます!ならば!残念女子の選ぶべき道はただ一つっ!!史上最低王と呼ばれた新神武王の后になるっ!ただ!その一点のみっ!!」
もう、アラネぇ、煽るなよぅ。
でも、アラネの煽りにスタジアム中が大きく盛り上がっているのは事実だ。困ったなぁ、国民全員が、ジェルメノム帝国を完全に敵国認定してるよ。まあ、ついこの間、攻められたばっかりだからなぁ、敵国じゃないと言っても通じる訳もない。どっちかと言えば、俺の方が無理言ってるもんなぁ。
闘演台の南側のゲートが輝き、ブローニュが入場してくる。
気合の入りまくった表情だ。
衣装は前と変わらないが、装甲のないアシストスーツ、茨木童子を装着している。
北のゲートが輝き、アヌヤが登場する。
余裕の笑みを湛えて、両手で観客たちの声援に応えている。アヌヤは当然の如く、指貫グローブを装着しているだけの素手だ。
「さあっ!入場していらっしゃいました!今回の試練は!シンプルに殴り合い!!」
王妃がシンプルに殴り合いってのが、そもそもよくわからん。
「どちらか一方が戦闘不能の状態になれば決着です!!禁じ手は武器の使用のみですが!今回は特別ルール!獣人のアヌヤ陛下とブローニュ嬢の体力差を埋めるためにブローニュ嬢には簡易アシストスーツの茨木童子を装着することが認められております!!」
今回の茨木童子には一切の装甲が付けられていない。
魔獣狩りの時には装着していたアームガードやレッグガードも危険だから禁止だ。
互いにホットパンツにビキニ、足元は軟性樹脂製のブーツだ。
「それではっ!!后資格っ!最終試練っ!開始ですっ!!」
ゴングが鳴るのかと思ったけど、開始の合図は一切なし。
顎先を軽く上げたアヌヤが、人差し指でブローニュに‘おいで、おいで’として開始だ。
装甲を取っ払ったと言ってもアシストスーツは外骨格だ。可動部分には金属がふんだんに使用してある。その金属部分を使っての攻撃は無理でも防御には使える。
でも、アヌヤには関係ないだろう。
なんせ、反射速度が違い過ぎる。
ブローニュが一気に距離を詰めて、右の正拳中段突きを放つが、アヌヤは躱してブローニュの右に回り込む。
右の正拳突きと交錯する軌跡を描いて左の正拳突きが奔るが、アヌヤは、それも易々と躱す。
折り畳んだ右腕がそのまま跳ね上がり、右の猿臂がアヌヤの顔面を狙う。
そう、狙っただけだ。
その動きは次の一撃、左膝の一撃に繋がる予備動作だ。
アヌヤの股間にブローニュの左膝が襲い掛かる。
「よっ」
アヌヤが一声上げて、その膝を両手で抑え込む。
アシストスーツの力がアヌヤの体重を軽く上回り、アヌヤの体が宙に浮く。
「もろたっ!!」
最も接近した部位に目掛け、最も近接した部位をぶつける。
ブローニュは直ぐ目の前に迫ったアヌヤの顔面目掛けて、自分の額を突っ込ませた。
アヌヤが首を捻る。
アヌヤの頬がブローニュの額と接触する。
接触した瞬間にアヌヤが首を更に捻じる。
アヌヤの頬骨がブローニュの頭部に引っ掛かり、更に、アヌヤが首を捻転させる。
首の力とブローニュの突進力、更には体を捻った捻転力でアヌヤの体がブローニュを越えて跳ね上がる。
晒されたブローニュの脳天。
その脳天目掛けて、アヌヤの一本拳が振り下ろされる。
「ギャッ!!」
思わずブローニュが脳天を抑え込んでしゃがみ込む。
そのブローニュから距離を取ってアヌヤが着地する。
涙目のブローニュがアヌヤを睨み付ける。
口角を上げてアヌヤが笑い。再び、人差し指で‘おいで、おいで’とブローニュを誘う。
貴賓室に入れない俺は、スタンドの一角で二人の戦いを見ていた。
無理だろ。
そのスタンド席で、俺は、そう、思った。
アヌヤの反射速度は獣人の中でも常軌を逸している。
拳が触れた瞬間でさえ、それは、当たっていることにならないのだ。
アヌヤは、顔に触れさせながら、その打撃を顔の骨で引っ掛けて捌く。
それが人体の弱点である人中、正中線上の鼻下であっても同じだ。
人中に拳が触れた瞬間に、アヌヤは爪先でジャンプしながら、鼻先で拳を捌く。
打撃点とタイミングを予測するのは、アヌヤの天性の勘だ。
ブローニュの奇をてらわない右の正拳がアヌヤの顔面に向かって奔る。
真っ正直な拳だ。
それをアヌヤが顔面で受けながら、右の縦拳を放つ。
「ブッ!!」
ブローニュの顔面にアヌヤの拳だけが突き刺さる。
アヌヤは、ブローニュの拳にキスをしながら自分の左に流して、カウンターを放ったのだ。
顔でもディフェンスをする。
ボディでも同じだ。
倒れないブローニュが、アヌヤの臍に膝を跳ね上げる。
アヌヤの臍にブローニュの膝が触れた瞬間にアヌヤの体が折り畳まれ、ブローニュの膝が最高到達点に達したところで、アヌヤがその腹筋で体を起こし、ブローニュの膝上に腹で立って、背筋だけでアッパーを撃つ。
打ち方はバラバラ、それでも、天性のバランス感覚と筋力で、常人では受け切ることのできない打撃力を生み出す。
打撃理論もクソもあったもんじゃない。逆に武道を理論として理解しているブローニュは混乱することしかできないだろう。
「出ったアアアアアッ!!アヌヤ陛下の変幻自在の変態打撃殺法っ!!」
スタジアムが大きく揺れたように錯覚した。俺の周りの観客も全員総立ちで大盛り上がりだ。
もう、前の奴が立つから、俺も立たねえと肉眼で見えねえじゃん。
俺は素顔を晒していた。
今の俺はクズデラ・ヤートだ。
俺の右隣にはカルザンがおり、俺の左隣にはドルアジのオッサンがいる。
二人も興奮しながら「ブローニュさん!!頑張ってください!!」「お嬢!!頑張れ!!」と喉が張り裂けんばかりに声援を送っている。
そんな二人を横目に見て、更に周りを見回す。
お祭り騒ぎだ。
皆が楽しんでいる。
ある者はアヌヤを褒め称え、ある者はブローニュに声援を送っている。
闘いを楽しんでいるのではない。
アヌヤに喰らい付こうと必死になっているブローニュを心から応援し、アヌヤのその技巧に心酔しているのだ。
ヒャクヤの時も。
コルナの時も。
皆、楽しんでいた。
頑張っている人を応援することに喜びを見出していた。
良い国民だ。
だから。
だからこそ、俺は寂しさを憶える。
孤独を感じる。
俺の願っていることが通じていない。
伝わっていない。
トガナキノではお祭り騒ぎになっているのに、ジェルメノム帝国では悲壮なことが起こっている。
子供の食料を大人が奪い。
奴隷が食肉として加工され始めている。
貴族が奴隷を文字通りに喰らい、弱い者が踏みつけられている。
そうなったのは俺の責任だ。
ジェルメノム帝国を壊滅させると心に決めて、戦争を仕掛けて来るように仕向けた。その結果、俺は、一週間の空白期間をつくってしまった。
その期間が短かったのか、長かったのか。
トガナキノでは短かったのだろう。
たった一週間の行方不明で崩御と判断するのは早すぎる。
ヘルザース達の言葉だ。
でも、ジェルメノム帝国では、その一週間で、取り残された奴隷達が食料へと加工され始めている。
アヌヤと目が合ったような気がした。
いや、視線が交錯したな。
アヌヤの表情が変わった。
俺の顔を見たんだろう。
ブローニュの連撃。
その連撃を躱すアヌヤが、突然、棒立ちとなる。
ブローニュの拳を真正面から顔面で受ける。
観客の全てが一瞬で静まり返り、拳を当てたブローニュ本人の動きも止まる。
ブローニュがゆっくりとその拳を下げる。
拳の影から現れたアヌヤの鼻、その鼻孔からは血が流れていた。
その血を舌で舐って、口角を上げる。
「こっからが本当の試練なんよ。」
静かに、厳かにアヌヤが呟いた。




