85.学校対抗戦二年目 前編
学校対抗戦の開幕、中央の競技場では騎士学校の代表生徒による宣誓が行われている。思えば昨年はこの宣誓をリヒャルトお兄様が務めたのだった。堂々とした振る舞いに私は感動を覚えたのだったが、そんなお兄様も今年は見習い騎士、立派に騎士団の一員として頑張っている。
そして学生では無いお兄様は、大会の始まりと同時に私のところ、つまりこの展示場に姿を見せ、何やらヴェルギリウス様と楽しそうにお喋りをしていた。ちなみに何故かお父様もいる。今年も家族総出で見に来るといっていたが、お母様をほったらかして大丈夫かしら。
「其方がアインの兄リヒャルトか。色々大変だとは思うが頑張り給え。そういえばギルベルトの奴が残念がっていたな。其方に目を付けていたが他の団に取られたと言っていたぞ」
「そうでしたか、ギルベルト団長には良くして頂いたのにすみません。父上と同じ騎士団では、その、甘えが出てしまうと思ったものですから」
私の耳にも二人の会話が届く。お兄様は確か第三騎士団に配属になったと聞いていたが、そんな訳だったのか。お兄様らしいと言えばお兄様らしい。
そんな事を考えながら、私はせっせと展示品の調整に励む。だってもう展示を見に来た人たちが大勢いるんだもの。
先程ヴェル様と話していた飛行船ノーティラス号は既にセッティングを終え、展示場の周りをぷかぷかと周回している。それとは別に私は二機の熱気球を用意していた。
魔道具で熱を起こし、それを球皮と呼ばれる風船部分に送り込む。熱によって空気が膨張し、その為周りよりも軽くなり浮力を得るという単純な仕組みだ。
私は二機の熱気球を紐で展示台に繋ぐ。そうしないとどこまでも飛んで行ってしまうから。
「ほぅ、これは先程の飛行船とは原理が異なるのだな。随分と単純な機構に思えるが、それでも浮いているのだな」
いつの間にか近くに来ていたヴェル様が不思議そうに首を捻る。感心している場合じゃないよ、手伝ってよヴェル様!
「これもアインが作ったのかい? 相変わらず面白い事を考えるね」
そう言ってキラキラした瞳でノーティラス号を見詰めるのはリヒャルトお兄様だ。やっぱり男の子はこういうのが好きなのだろう。ロマンだもんね。
そしてお父様はというと、大声で凄い、凄いと頻りにはしゃいでいた。多分何が凄いのかはわかっていないに違いない。
時折、うちの娘が凄い、と聴こえるのは、うん、きっと気のせいだろう。
「ヴェルギリウス様、設置が終わりました。一度クラスの出し物の様子を観に行きたいのですが」
順番でいえばもうそろそろだと思う。ここからではよく見えないのでせめて観覧席には足を運びたい。
「ああ、そうだな、ここは私に任せて行ってくればよい」
二つ返事を返すヴェル様。というより熱気球に夢中のようだけど、大丈夫かな。とにかく私は展示場をヴェル様に任せ、お兄様、お父様を伴って、観覧席へと急いだ。
「あら、アイン。今年はアインの魔法は無いのね。少し残念だわ」
私が観覧席につくと、微笑みを湛えたお母様が迎えてくれる。
「お母様、今年は魔道具の展示を任されました。よかったら後程ご覧になりに来てください」
そうね、とお母様。私が小さく見える展示場に目を向け指差すと、そこには早速人だかりが出来ていた。今頃はヴェルギリウス様が上手く対応してくれているのだろう。
「なあ母さん、アインの作ったものは凄いんだぞ! 鳥みたいに空を飛んでいるんだぞ。アイン、あれは人が乗れるものなんだろう? 完成したら父さんも乗せてくれよな」
目を輝かせたお父様が口を挟む。でも残念、実物大での作製は控えると先程決まったばかりだ。
「お父様、あれが人を乗せて飛べるようになるのはまだ当分先のようです。でももし実現したらお父様を一番に乗せて差し上げますわ」
私がそう言うとお父様は満面の笑みで頷いた。その横ではリヒャルトお兄様が羨ましそうにこちらを見ている。
「勿論、家族みんなで空の旅を楽しみましょう」
そうだ。家族で遠くの国へ出掛けたり、そういうのもいいかも知れない。
そうしていると、競技場ではリチャード君達、魔法学校二年生による魔法の実演が始まった。
会場に色とりどりの魔法陣が咲く。ほぅ、なるほど。今回は複数人が同時に別の魔法を展開し大きな効果を得る、という事に挑戦しているようだ。
一人が水蒸気を発生させる魔法を展開する、もう一人が高温の炎魔法を唱える、すると水蒸気の体積が急激に膨張し大爆発を引き起こす。
先日のエマルフィーネちゃんが一人で行えると言っていた事を役割を分担して行っているのだ。
しかし二人で手分けしているとはいえ、それは簡単な事ではない。水蒸気が爆発に最も適したタイミングで熱を加える。流石はリチャード君達だ。
それに会場の安全を考え、魔法の威力を抑えているのだろう。通常彼らが扱える魔法の規模を考えると、それは立派な兵器となり得る。
「アインのお友達もなかなかやるじゃないか」
お父様が楽しそうに声を掛けてくる。何だか宴会の余興を見ているようなノリだけど、そりゃそうだよ、お父様。この国の魔法師の頂点、ウォーレン家の次期当主だよ。
そのウォーレン君達の表情に緊張感が走る。どうやら最後の魔法に入るようだ。
その緊張感が会場にも伝わった様で、観客達が固唾を呑んで見守る中、ウォーレン君がその魔法を唱えた。
すると真っ黒い球体が会場に現れ……
「あ、あれは!」
そう、かつての戦争で一度だけ用いられ、森を一つ消し去ったという魔法、アイザック先生しか使えない筈の、それは奈落で。
よく見るとリチャード君の傍らでコノハちゃんがサポートをしている。彼女特有の豊富な魔力を供給し、もしかしたら魔法陣の変数入力も行っているのかもしれない。
また他のメンバーも競技場を囲む様に何かの魔法を展開している。ああ、あれは魔素の制御か、なるほど、魔法の暴走を防ぐために会場内の魔素を調整しているのか。
やがて何事も無かったかのように、全てを飲み込む黒い化物は増殖を止め、そして最後の一つが静かに消えていった。
「アイン、今のは何だったんだ?」
「あれは、そうですね、空間を高密度に圧縮して全てを無かった事にする、そう恐ろしい魔法です、お父様。でもリチャード君達はそれを完全に制御していました。素晴らしいと思います」
おそらくアイザック先生が手解きをしたのだろう。そうでないとそもそも公開されてない魔法だし、いくら優秀だといってもリチャード君達だけでは危ないもんね。きっとアイザック先生を含め皆で魔法を完成させたんだ。
そんな私の説明を聞いても、ふうん、とお父様。おそらく会場にいる半数以上はわけもわからず、お父様と同じような思いでいる事だろう。それでも演技終了のアナウンスが流れると、会場は割れんばかりの歓声と惜しみない拍手に包まれたのだった。
次回は11月29日17:00更新です。