表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
95/109

84.飛行船ノーティラス号

「馬鹿な! いや、馬鹿か! 其方は馬鹿か!」


 ヴェルギリウス様の怒声が響く。ほへ? でも一体何がまずかったんだろう。


「やはり私がついてきて良かった。展示の変更は間に合わないにしても、説明で何とかなるか……」


「あの、何かいけない事でもありましたか?」


 恐る恐る尋ねる私をヴェル様が睨む。


「ふぅ。何か、では無い。全てが駄目だ。其方は無自覚かも知れんが、乗り物が空を飛んでいるのだぞ。おかしいに決まっているではないか」


 怒るというよりも呆れている、そんなヴェル様と、叱られてしゅんとなる私の間を、ぷぅん、とプロペラの回転音を鳴らしながら飛行船が呑気に横切った。


「この模型が完成しているという事は、実際に人が乗れる大きさでも作製が可能という事だな?」


「はい。布袋の耐久性、安全性の向上、高度試験、緊急時の避難マニュアル、と課題はありますが、理論上は運用が可能です」


 この飛行船、試作一号機は弾丸の様な楕円形の風船部と、それが吊り下げる船体部から成っている。船体の後方には前進と旋回の為の小型プロペラが横並びに四機、飛行船というよりは飛空挺といったところかも知れない。


「今現在、飛行が可能な魔法を保有している国は存在しない。其方の魔法理論によってルーベンスでは魔法の幅が飛躍的に広がったが、空を飛ぶ魔法は実現が難しい」


 私も色々試してみた、とヴェルギリウス様。なんだ、ヴェル様もやってるんじゃないか。そりゃ試したくなるよね、空を飛んでみたいよね。


 しかしヴェル様の言う通り、魔法で空を飛ぶというのは思いの外難しい。空中に自らの位置を固定する事は出来るが、移動の度に座標や速度など多くの項目を設定し直さなければならず、現実的には不可能だ。人間の形が複雑過ぎるのだ。


 それは解るが……


「そんなところに空を飛ぶ乗り物が登場したらどうなるか。戦争に投入されれば無敵の戦果をあげる事くらい容易に想像出来よう。軍の上層部がその事に気付けば武力で他国を圧迫しようとするかも知れない。無用な戦争が起こるかも知れないと言っているのだ」


 なるほど、そういう事か。ヴェル様も軍の上層部の筈だけど、ヴェル様みたいな人ばかりじゃない、という事だね。うん、それはその通りだと私も思う。


「運搬能力が乏しいのと攻撃手段を持たない事から戦争と結び付けて考えてはいませんでした」


 実際に速度が速い訳でも無い。全体の大きさに比べて収容スペースも大きく取れないので実用的かと言われればそうではない。謂わばこれは趣味の世界……


「其方は鉄道計画の際、軍事的に転用が可能だとして上層部から資金を毟り取ったのであろう。今回の飛行が可能な乗り物、飛行船と言ったか。その戦争に於ける優位性は鉄道の比では無い。軍は必ず飛び付いてくる」


 うう、確かに。毟り取ったというのは人聞きが悪いが、まあ概ねその通りではある。


「……尤も、そういった事情を抜きにすれば、素晴らしい研究と成果である事には違いない。私も驚きのあまり、少し厳しく言い過ぎてしまった。すまない、其方の研究は胸を張って誇れるものだ」


 私のしゅんとした態度が気になったのか、ヴェル様の口調が穏やかなものに変わる。


「いえ、考え無しにすみませんでした。それで、展示の方はどうしましょう? 魔法陣を取り除いて飾るだけに致しましょうか」


「いや、先程も私がついてきて良かったと言ったであろう。展示はこのままで大丈夫だ。あくまで模型だからな、実用の可能性を濁しておけば良かろう。其方以外に仕組みを理解出来る者などおらぬだろうからな」


 ヴェルギリウス様がにやりと笑う。いや、表情には出ないが、口許が、こう、ちょっとだけ。


「それでは、この飛行船という物がどうやって空に浮かんでいるのか、詳しく聞こうではないか」


 そうして穏やかだったヴェル様の表情は、瞬く間に研究者のそれに変わった。やっぱり好きなんじゃないか、ヴェル様!



 ノーティラス号、それは有名なSF小説に登場する潜水艦の名前だが、勿論この世界の人は知るよしもない。その名前を私はこの飛行船に冠した。


 魔法によってヘリウムガスを生成し布袋の中に送り込む。それによって静的浮力を生み出す。その為、揚力を生む為の翼が必要無いというのが特徴だ。


 この魔法のおかげで永続的かつ効率よく純度の高い気体を送り込む事が出来る。これにより、木造の船体部分をより広くとる事が可能となった。


 模型では内部スペースの関係でプロペラの回転、制御、高度調整、その辺りの操舵を外部からの魔法で行っている。私が手に持つリモコンがそれだ。

 実際には発電機を取り付け、船内からの操舵となるだろう。


「なるほどな、気体の重さの違いを利用しているのか。魔法自体はこれまでの応用で突飛なものではないのだな。ふむ、良く考えたものだ」


 そう、この飛行船の要は正にそこにある。船の操作が私にしか出来ない魔法という事では無いのだ。勿論、操舵技術の習得は必要になるが、それは魔法を使えない者にも可能となる。つまり誰でも出来る。


「そうなると益々使い勝手がいいな。不思議だな、其方の発想はいつも私には及びもつかないものばかりだ。其方の想い描く未来ではこのようなものが当たり前に空を舞っているのだろうか」


 ヴェル様が遠くを眺める様に目を細める。


 ……違う。それは私が思い描く未来などでは無い。既に通って来た道、別世界の物語。では私はこの世界でどんな未来を思い描いているのだろう。研究がしたい、便利な物を作りたい、それらは確かに私の希望だけど、世界の姿なんて考えた事は無かった。


 この世界の未来…… ヴェルギリウス様やギルベルト団長、それにもしかしたらお父様も、この国の、この世界の未来を見詰めて頑張っているんだ。そう思うと、なんか……


 ――――恰好良いな。


「ヴェリギリウス様、私は……」


 でもその後が続かない。そんな私にヴェル様が優しく微笑んだ。


「どうしたのだ、アインスター? まあ、よい。それでこのプロペラというのはどういった仕組みになっているのだ? これが回転すると、そうか、後方に風が発生する。其方が作った扇風機とやらと同じ原理だな」


 その通りだ。揚力を得る必要が無いので一機のプロペラは小型で済む。前進する為の推進力、それに四機を調整して旋回の役割を果たすのがこのプロペラだ。


「そうです。扇風機も車輪などを付けて抵抗を無くせば後ろに進みます。揚力を生む為の気嚢きのう、推進力を生み、旋回の為のプロペラ、全体のバランスを保つ尾翼。主にこの三つの機能で成り立っています」


 私の説明にヴェル様が感心したように頷く。いつもながらヴェル様の理解の速さには驚くよ、全く。


「それらを調整して重力との加減をとる訳か。そうすると高度は…… 理論上はどこまでも上昇するが、空の上というのがどうなっているのかわからぬのでは…… そうだ、この仕組みを利用すれば無人で観測が出来るのではないか……」


 そしてヴェル様が一人の世界に入ってしまった。研究者の性ともいうべきか。ここで私の持つ知識を披露する事は簡単だ。だけどそうやって得た知識よりも自分の目で見て肌で感じた知識の方が役に立つ、私はその事を知っている。


 だから私が口にしたのは別の言葉だった。


「ヴェルギリウス様、非常に言い難いのですが…… 間も無く対抗戦が始まってしまいます」


 私がそう告げると同時に、会場には大会の開始を告げるアナウンスが高らかに流れたのだった。




次回は11月22日17:00更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ