83.アインの失敗、再び
学校対抗戦、昨年の私は魔法学校代表という事で派手な魔法の披露を行った。一部で既に話題となっていた私の実力を、この際誇示してしまおうというそれは目的だったが、その反響は予想を遥かに超えるものだったようだ。
リチャード君達一年生の無詠唱魔法の実演と併せて、実戦における魔法の有用性を十分に示した結果となり、直ぐにでも魔法大隊の戦力増強に役立てようという声も上がった程だ。
しかしそれはヴェルギリウス様の時期尚早という一言で白紙となった。
「それでアイザック先生からの伝言だけど、アインは研究所の成果を発表して欲しいという事だった。だから今回も私達とは別の発表になるね」
そう言うリチャード君は少し残念そうだ。そういえば以前にアイザック先生とそんな話をしたような。確か研究所で開発している私の便利グッズを展示してはどうかという事だった。
「わかりました。先生には任せて下さい、と言っておいて下さい」
私としても特に異論は無い。でも学校同士の成果発表の筈だけど、研究所が出てきていいのかな? まあ私は学生だからいいのか。なるべく私個人で進めている研究を展示する事にしよう。
「後は今年の対抗戦の球技だけど……」
ん? 何だか言い辛そうにしているのは昨年の私の姿を思い出しているのかも知れない。大丈夫、私は気合十分だよ。
「リングシュート。競技はアインも知っていると思うけど参加人数は昨年よりも少ない。だから選手を選抜しようと思うんだけど、アインは参加するかい?」
もちろん、と私。リングシュートというのは壁に備え付けたリングにボールを投げ入れる、そう正にバスケットボールだ。どこの世界でも考える事は同じなのかな。
そしてそれは各チーム六人で行われる。なので学年の中でも得意な者を選ぼうという訳だ。競技自体はやった事は無いけれど、日頃の訓練で人並みに走れるようにはなっている。それに、バスケットボールともなれば私は前世で得た知識を持っているから、これはいけるのではないだろうか。
「前回の雪辱戦だからね。今回も身体強化や魔法は使わないでおこうと思う。魔法の試合なら是非アインに活躍してもらいたいんだけど、そういう訳だから実力を見せてもらうよ」
運動神経抜群のリチャード君は当然選手の一人に入るだろうから、残りは五人。まずは選抜入りを目指すという事だね。いつもリチャード君と一緒にいるこの研究会のメンバーも皆体は動く方だし、シズクさんの妹であるコノハちゃんもきっと身体能力が優れている筈。これは厳しい戦いになる!
今日はここに研究会の面子がやって来ないところをみると、既に屋内の球技場、所謂体育館に皆集まっているのかも知れない。
そうして私達もその場所へと移動する事になった。
球技場に着くと、やはりクラスの皆が大方揃っている。それに私とリチャード君を加え、選抜試験が始まった。何故かエマルフィーネちゃんもついてきて、クラスの皆と楽しそうにお喋りをしているが、まあ可愛いからいいか。
「それでは順番に、まずはシュートを見せてもらおう」
リチャード君が用意した試験の一つめは、離れた位置からボールを投げてリングに入れるというもの。バスケットボールでもよくあるやつだ。私も漫画で読んだ事がある。
「おおぉぉ!」
「あ、惜しい!」
拳を握り、成功を喜ぶ者。失敗を悔しがる者。順番に投げられるその一投に見学者からも歓声が沸く。やはりこの手のスポーツは男の子の方が得意なのか、最初から見学を決め込んでいる女の子も多い。そんな中、コノハちゃんが無言でさらっとシュートを決め、さらっと去っていった。
「では次、アイン。頼むよ」
皆のキラキラとした視線が私に集まる。リングまでの距離、ボールの重さとその軌道から導き出される投げ出し角度、そして。
いいでしょう、お見せしましょう、私の持つ異世界知識の粋、バスケットボールの神髄、先生ぇ!
……左手は、添えるだけ。
「ていっ!」
そうして投げ出されたボールは空中で見事に綺麗な弧を描き…… トンッ、トントン。リングの遥か手前で落ちた。
「ええと、うん、何だか投げる姿は様になっていたね」
リチャード君のフォローが虚しく響く。おかしい、こんな筈では無いのだけれど。
「じゃあ、次は走りながらリングにシュートをしてもらおう」
私の反省を余所に、試験は次の課題に進む。走りながらのシュート、これも漫画には沢山出てきた。うん、次で挽回しよう。でもどうやるんだっけ、何かあったような……
「アイン、どうしたんだ? 君の出番だよ」
おっと、もう順番が回ってきていた。だけど極意が思い出せない。仕方ない、走る、飛ぶ、投げる、うん、これで大丈夫だ。
そして私は走った。走って走って、飛んで…… あ! 置いてくる!!
ふわり、と私の手を離れたボールはぱさりとリングを潜り。
やった、入った! あれ? でも何か辺りがざわついている。
「うん、アイン、入ったね。でもリングシュートではボールを持って走っちゃいけないんだ。これは私の説明が悪かったかな。すっかりルールは知っているものと思っていたから」
そうだったのか。そういえばバスケットボールでも何故皆ボールを持って走らないのか不思議だったけど、それがルールだったのか。
そして私は対抗戦の選手には選ばれなかった。まあ、当然の結果かな。
「ふふ、アインは意外と球技が苦手なんだね。何でも完璧にできると思っていたから少し安心したよ。競技は私達が頑張るからアインは応援してくれると嬉しいな」
「勿論です。今年は勝ちましょう。しっかり応援しますから頑張って下さいね。それに私にはリチャード君の方が完璧に見えますよ」
うん、リチャード君はこの年齢にしては完璧人間だ。頭も良いし運動も出来る、そしてクラスの人望も厚い。私がそう言うと、リチャード君は照れたように俯いてしまった。
学校対抗戦の当日、私は会場まで馬車で移動する。研究成果の展示品を搬送しなければならないからだ。今回の展示では大会の進行とは別に、会場の片隅に特別展示ブースが設けられる事になっていた。つまり私はずっとそこに詰めていて、見学にくる人に説明をしなければならない。
そして、私を手伝ってくれる研究員を一人手配したつもりだったが、当日になって急遽やって来たのは、なんとヴェルギリウス様だった。最近は研究所でもあまり見かけないからてっきり忙しいのかと思っていたけど…… ヴェル様、案外暇なのかな。
「私は誰でもいいから一人手伝って欲しいとお願いしたのですけれど、まさかヴェルギリウス様が来て下さるとは思いませんでした。お忙しくはなかったでしょうか」
私がそう尋ねるとヴェル様は、ふん、と眉を顰めた。
「忙しい。だが其方が今回用意した展示品がどういった物か、研究所の誰も知らないと言っていたのでな。嫌な予感がしたのだ。私が付いていなければ何が起こるかわからぬからな」
うん、いつもの事だけど何気に酷い事を言われている気がする。今回は学生の研究という事だから、研究所の皆には内緒で、私が趣味でこつこつ作っていたものを大会に間に合う様に仕上げたのだ。
それにヴェル様が言うように大変な事が起こる危険な代物では無い。それは夢とロマンが詰まった自信作だ。
「それでこの荷物を降ろせばよいのだな。ふむ、台車と言ったか。このコロの付いた板は運搬に便利だな」
私が所長になってから研究所ではこのような道具が増えた。今では研究員の間では当たり前になっているが、ヴェル様にとっては新鮮なのだろう。台車を押すヴェルギリウス様、その姿は何か滑稽だよね。
「では準備しますね」
展示ブースに持ってきた代物を並べる。そしてその内の一つを手に取り、魔法陣を起動させた。
「ん? なんだか船のようだが」
ヴェルギリウス様が見守る中、萎んだ風船が膨らむ様に、布で作られた円筒形の袋に魔法の力でガスが満ちる。やがてそれは私の手を離れ、ぷかりと空中に浮かんだ。
そう、それは模型サイズに作られた飛行船だった。
次回は11月15日17:00更新です。