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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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79.思考の旅

 マリアージュの大穴での視察を終えた私は、早速診療所の開設に着手した。といっても実際は規模と予算、それに派遣するスタッフを選定した限りで、後はラプラスさんに得意の丸投げである。


 先刻の崩落事故の後、医療という考え方も徐々にではあるが浸透し、新しい薬の製造も魔法による必要が無い為、これまで薬草などの調合を生業としていた民間に委託するという形式をとっている。


 これには粗悪品の拡大を防ぐという意味合いで研究所が一度買い上げる方式を採用しているが、いずれ別機関にその機能を移行するか、若しくは自由販売が可能な方式を新たに採用するか、今後の課題ではあった。


 兎も角、今は順調な滑り出しに満足している。


 また、現地に同行したアイザック先生も、何か思うところはあったようだが、帰ってからは相変わらずのほほんと魔法の授業を行っている。


 というわけで、私も研究室に籠り、充実した時間を過ごしていた。


「ふむ、モーリッツさんのチームは進捗率120%、流石に仕事が早い。でもモーリッツさん、ちゃんと他の研究員が付いてこれているか心配だなぁ」


 私はそれぞれの室長から上がってくる報告書に目を通す。


 モーリッツさんの報告では王都の商業地区、その最初の一画が年内に電化完了とある。そこから順次対応範囲を拡げるのだ。


 王宮などの国の中枢を差し置いて、商業地区、次いで工業地区と電化を進めるのは、商業ギルドからの強い要望もその一因だったが、何より電化に対応する製品、少なくとも電球等のそれが圧倒的に不足しており、民間での製造が急務だったからだ。


 となれば王宮などは後回し、私の判断とヴェルギリウス様の裁可でそのような方針となった。


「マルキュレさんの方は医療の最初の一歩という事で言えば、薬の研究に一定の目処がついたというところでしょうか。医療チームを研究チームから分離して、また徐々に基礎研究に比重を置いてもらいましょう。お、先日の魔法分析、早速結果が出ましたか」


 これは話に聞いたアイザック先生しか使えなかったという魔法、奈落アビス。その魔法陣を提供してもらい、マルキュレさんに解析を依頼していたのだ。


「ふむ、アイザック先生しか使えない原因は予想通りですか。魔法の発生源となる位置の指定が不十分だったわけですね」


 そうすると先生がこの魔法を使う際には無意識にその変数を埋めていたという事になる。これは訓練で身に着くものなのか、生まれ持った特質なのか、いずれにしても興味深い。


「魔法の種類は空間の圧縮、うん、分解では無くて圧縮ですか。でもそれだと変なんですよね」


 先生の話では対象が綺麗さっぱり消えたという事になっている。仮に超高密度に圧縮されて目に見えない程の大きさになったとしても、その際に発生するはずのエネルギーは何処にいったのか。この世界でも自然法則としてエネルギー保存の法則は成り立つ筈なのだ。

 私は再度提出されたレポートとそこに記された魔法陣の文字を睨んだ。


「魔法の効果が終わった際に膨張して爆発するという事も無かったようだし、膨大なエネルギーの使い道…あ、そうだ、魔法の連鎖、次の魔法発生にその力が用いられたとすれば」


 そう考えればなるほど辻褄が合う。一度に二つの魔法陣生成、その為のエネルギーとして等価交換がなされていたとしたら。


「一度マルキュレさんと相談が必要ですね。魔法陣の自動生成、その一つの方法として有効かもしれません」


 しかし考えてみるとこれらの従来の魔法というのは未だに謎多き古代文明の遺産という話だった。いくら魔法が使える環境が整っている世界であっても、一方で科学知識が半ば消失してしまっているこの世界の人々にとっては残された古代遺産に頼るほかにそれを使う術がこれまで無かったのだ。


 その古代文明、この奈落アビスのように非常に複雑な構造を持ち、尚且つ危険な魔法を有していたとなるとその技術力の高さは如何程だったろうか。


「戦争以外に使い道は無いよね、この魔法…」


 危険な大規模魔法を撃ち合う、そんな様子を想像して、私は少し怖くなった。やはりその古代文明が途絶えた原因は進み過ぎた魔法の開発にあったのかもしれないなぁ。


 幸いにもこの魔法に限って言えば、使用出来るのはこの王国にアイザック先生唯一人という事らしいので、今のところ早急に手立てを考える必要は無さそうだが、例えば教会が独占する回復魔法のように他にも強力な魔法がよその国に存在するならば、私達の研究によって今は遺産として残っているそれらが実用可能な兵器として日の目を見るという日がやがて来るのかもしれない。いや…


「うん、今は考えるのを止そう」


 たとえそれが脅威に成り得る強大な魔法であっても、それを生活に役立つ便利な魔法として活用する事は出来る筈だ。危ないから触らない、知らないからそのままで良い、とは私は思わない。知らない事は知りたい、それが研究者としての私の、絶対の我儘だった。


 ぶんぶんと頭を振って、最後の報告書に目を通す。それは私の少し暗くなった気持ちを吹き飛ばすようなものだった。


「へぇ、新型列車の製造が本格的に始まったんですね。ケイトも頑張っているようで何より。ダニエルさんは息してるかしら。えーと、路線の拡大はレブラント王国方面と西の海岸の街リュノワール、やったぁ、海の幸にも期待できる!」


 路線についてはケイト君達の管轄外の話だが、鉄道関係という事もあって逐一報告してくれている。


 そして一通りの報告書に目を通した私はゆっくりと目を閉じた。私がやってきた事、ほんの思い付きで始めた事もあるけれど、もちろんそれも含めて私がやりたかった事、それらが形となって現れはじめている。


「始めよう。これは私の研究、私だけの研究。きっと誰の役にも立たない。それでも、それでも私は知りたい」


 それは記憶、この世界で私が前世の記憶を有しているという謎を探るための旅。その答えがあるのかどうかもわからない果てしない研究の旅を今始めよう。


「まあそうは言っても雲を掴むような話だけど」


 ヴェルギリウス様でさえ以前私の告白を聞いて一笑に付した。という事は当然ながらこの世界でも私のような例は一般的では無い、という事だ。


 どこから手を付けようか、と思う。同じように別の記憶を持つ者を探す、例えばそれが故人でも過去の文献等に特異な人物として名が残っているはずだ。

 この世界の歴史を築いてきた英雄、その偉業に不自然な点があれば、もしかしたら別世界の知識を用いたのではないか、となるわけだ。


 もう一つ、この世界の特異性、魔法の存在も当然考えなくてはいけない。特に古代文明の遺産といわれるオーバーテクノロジー、このあたりに私の記憶のヒントになるものが隠されているかもしれない。


「何れにしても」


 私の頭をパカッと開けて覗いてみるわけにもいかない以上、一朝一夕に答えが出る話では無い。ゆっくり、焦らずに、少しずつ。


「私もこの世界に随分馴れたのかも」


 馴れたからこそ、余裕が出来たからこそ、そのような事を考えるようになったのかもしれない。

 私はこの世界で産まれた。そしてこの世界で生きてゆく。それは間違いない。前世、それ自体にも実は興味は無い。これは只純粋なわからない事への興味、知りたいという好奇心だった。


 そして私は今はまだ答えに辿り着く事のないその思考の海に沈む。それは私にとって幸せな時間だった。



次回は10月18日17:00更新です。

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