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私、引き籠って研究がしたいだけなんです!  作者: 浅田 千恋
第五章 神聖ギュスターブ帝国
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78.マリアージュの大穴

 馬車から降りた私はアイザック先生にそっと耳打ちをする。


「先生、良かったんですか、先程までの話。ギルド長におもいっきり聴かれてましたよ」


「ああ構いませんよ、今の話が漏れたところでどうという事はありません。それにアインスター君のひそひそ声もマグナドルテさんには聴こえてますよ、ね、ギルド長」


 私が顔を向けると苦笑いのギルド長が確かにこちらを見つめていた。


「ええ、まあ、耳聡いのも皆を束ねる上では必要な技能と言いますか。それに話は興味深く聞かせてもらっていますが、その魔法を今更知ったところでどうにもなりません。今私の目の前にいる人物からして既に伝説。その話といえばいくら私が吹聴したとしてもそんなものはお伽噺の世界ですよ」


 そう言って肩を竦めるギルド長にアイザック先生が、あっはと笑いかける。


「それは恐縮です。でもアインスター君、気を付けて下さいよ。こうは言っていますけどこのマグナドルテさん、絶対零度アブソリュートゼロとか四度目の仏とか物騒な二つ名をたくさんお持ちの、それこそ過去の実績は全てが神話級です。お伽噺程度ではとてもとても。まあ、そうでなくちゃ王国に干渉されず自治を行うなんて事適いませんから。それぞれの国のギルドの頂点は皆化物ばかりと思って下さい」


 そうして互いにあはは、うふふと笑い合う二人。なんだ、私の周りはどうしたって化物ばかりか。そんなのはヴェルギリウス様くらいかと思っていたが、こうも沢山身近に集まってきていたとは。そうするとうちのお父様やギルベルト団長もその輪の中に入るのか。

 魑魅魍魎が集う、まるで百鬼夜行じゃないか。


 そんな妄想に頭を抱える私の隣で、アイザック先生が再び口を開いた。


「という事で先程の話ですが、どこまで話しましたっけ、そうそう、魔法効果の増殖のところまででしたかね」


 私達は、まずは大穴の入口を見学するという事で、先生が歩きながら話を進める。


「私が訓練場でその魔法を使った時には多くても八つ、そこで魔法は終わりました。まあ時には広がったその効果で訓練場の屋根や壁が消えたりもしましたが、結局その程度でした。それは大事に至らないぎりぎりの範囲で、私は自分が意識的にそれを抑えている、とそう思い込んでいました。それが…」


 道すがら冒険者らしき人達とすれ違う。入口に近づくにつれ、その数は増えて。


「実戦投入され、ここで、元は森であったこの場所で、部隊の魔法師の力を借り、大規模魔法としてそれを発動させたのです。森の中に足掛かりとなる平地を築く、それが作戦の目的でした。そして結果は」


 先生が穴に目を向ける。


「この有り様です。瞬く間にそれは増殖を続け、八つどころか数えきれない程の球体が発生しました。その範囲にある全てを飲み込み、また新たな球体が生まれる。抑えようとしてもどうにもならない。ええ、部隊の者と一目散に逃げましたよ。そして逃げた先で確認しました、森が完全に無くなっている事を」


 当時の事を思い返しているのだろうか、先生の拳が強く握られ、微かに呼吸が震えた。


「幸いな事に、と言っては申し訳も立ちませんが、森を全て飲み込んだあたりで魔法の効果は無くなりました。あの時の私は、これは国が滅びるかもしれないというくらいの事は思いましたからね」


 おそらくその魔法の効果が終わったのはそれを維持し続ける為の魔素が無くなったからだ。この世界の植物というのは動物と同じく魔素を溜め込む性質がある。森という場所は豊富な魔素に溢れた場所なのだ。それがこの悲劇を生んだ。

 おそらく訓練場などの一般的な空間では二、三度増殖する程度で魔素が枯渇するのだろう。元々その魔法には制御装置など組み込まれていなかったという訳だ。


「森で作戦を遂行していた他の部隊、多くの味方が死にました。いや、消えたのですからその安否さえ確認出来ない。人の尊厳さえ奪うその行為を私は決して忘れません」


 穴の入口というのは大穴から少し離れた場所に設けられていて、そこは思っていたよりも整備が進んでいた。緩やかな坂道を下って大穴の側面に抜ける、おそらくそこからまた側面を掘ったり足場を固めたりしながら徐々に底へ向かって潜るような構造になっているのだろう。

 たくさんの人がその入口を出たり入ったりしている。


「今でこそこうして多くの人で賑わっていますけど、ここは王国にとって、そして私にとって間違いなく恥じるべき過去、負の遺産です。それをこの目で確かめる為に今日はアインスター君に同行した、という訳です」


 森が消えた後、その魔法の行使者であるアイザック先生は謹慎処分となった。その為、王国軍がこの大穴の調査に乗り出した際も参加を許されなかったのだという。先生にとってはその日以来の、それは自らが背負った十字架を確認する為の儀式だった。


「その魔法は底の見えないこの穴にちなんで奈落(アビス)と名付けられ、同時に私もその名で呼ばれるようになりました。謹慎処分の後、私はヴェルギリウス大隊長に拾われ、講師となった。暫くはその恩を返すつもりですが、私はいづれこの穴に潜りたいと思っています。この奈落の底がどうなっているのか、それを確かめるのは私の責務です。その時はどうですか? アインスター君もご一緒に」


「嫌です!」


 私は短く答えた。それ以外に応える言葉が無かったから。


 そうですか、とアイザック先生は笑う。そして話は終わりとばかりに入口の外の人だかりを指で示した。


「あちらが宿、それに食事をする場所かな、薬草なども売っているみたいですね。今日は視察でしょう? 行ってみましょう」


 穴の入口には用も無いので私もその提案に従う。肝心なのはどの程度の人がそこで暮らしているか、一つの街として成り立っているのか、という事だ。


「思ったよりも活気がありますね、大きな街の市場が突如現れたみたいです」


 特に食事処と薬草などの道具を売る店は賑わいをみせ、元気の良い店員と冒険者が笑顔でやりあっている。


「食事をしない訳にはいきませんからな。それに気休め程度の薬草もよく売れる。後は獲物の交換所、これは商人達が事務所を構えています。薬草やら武器やらを運び、ここでしか獲れない魔物の素材を持ち帰る。ここも見る見る間に人が増えた。今はギルドの支部もありませんが、近々開設する話になっています。それと併設するかたちで丁度この場所、ここに診療所というのを設けて頂きたい」


 ギルド長の話では、ギルドの職員も度々ここを訪れてはいるものの、これだけ人が増えると支部が無いと目が行き届かないらしい。この人だかりを見るに、何故これまでそれが無かったのだと私などは思うが。


「そうですね、実際にこの活気を見ると、やはりここに診療所を設けるべきでしょうね。一つお尋ねしますが、薬草などを売っているのは商人達ですか?」


「いや、中には店を構えている商人もいるだろうが、ほとんどは冒険者としてやってきた者の家族、中には店の前に立つ子供もいる。商人はその者らに品物を納めているんだな」


 そうなると、その人達に薬の販売を委託するという手も考えられる。下手に薬の販売などをこちらで行うと、これまで成り立っていたここにいる冒険者達の生活を崩してしまいかねない。


「わかりました。それでは診療所を開設する方向で話を進めましょう。仰ったようにここで生活する人達を診療所の職員として迎える事が出来るよう差配をお願いします。開設にあたってもギルドに間に入ってもらう方が話が早いでしょう。当面こちらから医療の専門チームを派遣しますが、早い段階で独立して運用できるよう人材の育成にも力を入れます」


 後は薬の輸送にかかる費用、そしてその負担割合、薬の価格にスタッフの給金、施設の安全の為の方策もギルドに協力してもらわなくてはならない。まあ、その辺は追々、と。


「マグナドルテさん、今日は案内をして頂いてありがとうございました。冒険者ギルドの協力に感謝致します。今後の方針についてはまた王都でお話し致しましょう。後は実務面の話ですので先刻同席したラプラスが担当致します」


「こちらこそ、冒険者の都合に巻き込んでしまい申し訳ないと思っていますが、快く賛同して頂き感謝申し上げます」


 そう言ってギルド長はにこりと微笑んだ。この少し冷たい笑みにももう慣れた。うん、四度目の仏という事は怒らせなければ、そしてたとえ粗相があっても三度までなら大丈夫という事に違いない。きっとそうだ。


「では先生、私今日はここの宿に泊まっていこうと思いますが、保護者の先生はどうされますか?」


「ええ、そうですね。保護者の私もご一緒しましょう」


 そういう事なので我々はここで、とギルド長と別れる。


「ではアインスター君、明日は朝から大穴に潜りますか!」


「潜りません!」


 くすくすと笑いを噛み殺し去ってゆくギルド長の背中を私達は見送った。

次回は10月11日17:00更新です。

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[気になる点] 四度目の仏という事は怒らせなければ、そしてたとえ粗相があっても三度までなら大丈夫という事に違いない。きっとそうだ。 この世界の 仏 って??
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