76.冒険者ギルドとの面会
冒険者ギルド、それは文字通り冒険者と呼ばれる人々の自治的な組合組織。教会組織と同様に王国の管理下に無いその組織は、各街にとまではいかないものの少し規模の大きい街には必ず存在する。もちろんここ王都にも。
「いやぁ、流石にちょっと疲れましたね。ギルドの副長さん?元冒険者って言ってましたっけ。なんですか、こう、絵に描いた様な歴戦の強者って感じで」
私は先程までその冒険者ギルドの所長と副所長がその大きな体を擦り合わせて座っていたソファーを眺める。いや、ギルド長さんの方はすらりと細身の専ら事務方といった風貌だったが、副長さんは、この所長室に準備された扇風機でも吹き飛ばせない程の暑苦しさ、もとい、圧迫感を存分に漂わせていた。
「まあ騎士団のような訓練された者達を相手にするわけですから、見た目の圧力というのも必要なんでしょう」
隣でお茶を啜るラプラスさんが涼しい顔で応える。
「私はなるべくその冒険者ギルドに関わらないようにしていましたが…向こうからやってきた以上、仕方ありませんね」
そう、私はある程度意識してこれまで冒険者ギルドとは距離を置いてきた。一つにはそれが王国の組織では無い事、もう一つには単に私のイメージに在るその冒険者という存在が、出来れば関わりたくない類のものだった事という事がある。そして先程まで目の前に座っていたそのギルドの副長さんは私のイメージそのものといった感じではあった。
「研究所にとっては良い話だと思いますよ。まあ所長がどうしてもと言うのであれば、断る方向で話を進めますが」
そう言ってにこりと微笑むラプラスさんだったが、彼の中でその選択肢が無い事は私にはわかっていた。そもそも必要の無い、どちらでも構わないといった類の話なら、こうしてラプラスさんとヴェルギリウス様という二人の鉄壁の保護者によるガードを潜り抜けて、私のところまで面談話が回ってくる筈も無いのだ。
「いえ、ラプラスさんの言う通り、今の研究所にとっては願ってもない話です。少なくとも現地で視察を行い状況を確認するまでは無下に扱う事も出来ないでしょう」
そう言って私も残ったお茶を一気に飲み干し、喉の渇きを潤す。
それに先程までの話を聞く限り、私が想像していた様な、それこそ世界の為に悪の大魔王を打つべく大冒険の旅に出る、といった集団では無いようだ。そも、この世界に魔王は居ないし……
要は人々の様々な依頼を受けて、賃金を報酬にその任をこなす、それが所謂冒険者であり、その冒険者に仕事を斡旋仲介する、それが冒険者ギルドだった。その内容は移動の警護から鉱物や薬草の収集、ひいては迷子のペット探しまで。
中には魔物と呼ばれる魔力を持った狂暴な動物の駆除などといった依頼が入る事もあるそうだが、その数は稀らしい。屈強の戦闘集団というよりは街の何でも屋さん、それがこの世界の冒険者だった。
そしてその冒険者ギルドが此度私のところを訪れた理由が、冒険者の為の医療施設、所謂診療所を開設して欲しい、というものだった。
冒険者と呼ばれる人々はそれぞれの街に根を下ろした者も多く存在するが、一方で必要に応じて場所を移る、そういった者達も少なからず存在する。要は仕事を求めて、という事で、大きな街にたくさんの冒険者がいるとは一概には言えないのだ。
その特異な例の一つが、この王都の北、レブラント王国とのかつての前線基地を西に行った先にあるマリアージュの大穴と呼ばれる場所で、元々広大な森林地帯であったそこにかつて人の営みは無かった。
以前の戦争末期にその森林が消失し、大きな穴だけが残った。そしてその穴にだけ存在する希少な鉱物や魔物から採れる素材を求めて多くの冒険者が集まった。
今回の依頼はまさにそのマリアージュの大穴に隣接する野営に診療所を築き、穴の中で活動する冒険者の治療の為の一助に努めて欲しいというものだった。
ギルド側から提示された条件は、一つに場所の提供、一つに運営における金銭によるバックアップ、一つに運営における人材面でのバックアップ、そして一つにこの研究所に対する今後の全面的な協力。
もちろん治療の提供にあたっては、それを受ける者、つまり各冒険者から相応の金銭を得る事になる。治療を受ければ治療代、薬を使えば薬代、だ。この提示された条件はこの研究所の目的と合致する。
それに研究所としては、元々王国の指揮下に無い冒険者ギルドと良好な関係を得られるというのは、プラスであっても決してマイナスにはならない。あくまで私としてでは無く、研究所として、ではあるけど。
「要はその場所を確認して、施設として運用に問題がなさそうなら、土台を用意して後は現地で遣り繰り出来る体制を整えれば良い訳です。なんならそこを人材育成の拠点にしても良いですね、習うより慣れろ、やっぱり実際にたくさんの患者さんを相手にするのが一番ですから」
「それではまずはその確認に出向く、という事で宜しいですか?日程を調整しますので、私と所長とで現地視察に向かうという事で。若しくはこちらの診療所の誰かを連れて行きますか?」
ラプラスさんの言葉に私はいいえ、と首を振る。
「まずは私達二人で十分でしょう。人数が増えればそれだけ厄介事が増えると言いますから」
私の言葉に、あはは、と笑みを浮かべるラプラスさん。
「わかりました。まあ所長がいればどのみち厄介事は降ってくると思いますが。出発は次のお休みでお願いします」
ふうむ、私が厄介事の種だと言わんばかりの様子に私は口を尖らせる。それに日程の調整と言いつつ、既に予定は組まれていたようで、そこも何だか納得いかない。流石辣腕マネージャーと褒めるべきなのか?
兎も角、私はそのマリアージュの大穴という場所に向かう事が決まった。
マリアージュの大穴、大急ぎで資料を調べたその場所は、ギルド長が簡単に話した通り、元はマリアージュの森と呼ばれる木々の豊かな森林地帯だったようだ。
私がこの世界に生まれた頃に行われていたレブラント王国との大規模な戦争。その際に両国の国境沿いに位置するこの森でレブラント王国の部隊がゲリラ戦を展開した。
地形を上手く利用したレブラントの戦法に手を焼き、業を煮やしたルーベンス王国はそれまで秘匿していた新魔法を行使する。
その魔法については王国が厳重に情報を管理している事もあって詳細はわからなかったが、兎も角その魔法により森林一帯が一瞬のうちに消滅する事となったようだ。当然そこで戦っていた多くの敵と少しの味方を道連れに。
「ふう、大規模魔法…」
その内容に私は思わず目を伏せる。戦争だから仕方ない、犠牲は付きものだという現実論は理解出来る。理解は出来るが、名前も載らずおよそ何名とだけ書かれた死者の数に、納得は出来なかった。
「それで、そこに穴が空いた、と」
その大規模魔法の影響なのか、これも詳しい事情はわかっていないという事だったが、以来ぽっかりと空いたその大穴に再び草木が生える事は無く、魔法の素である魔素がほとんど無い、不安定な場所に変わった。
魔素が無いという事は魔法が使い難い、若しくは使えないという事で、にも拘らず魔力に満ちた魔物は何故かその底から湧き出すように存在する。当然、王国はその調査に乗り出したが、魔法も使えないその場所を探ることは困難を極めた。
やがて王国はその調査を断念する。穴の中の魔物が決してその外に出る事は無いという唯一の調査結果もその決定を後押ししたようだ。
尤もその穴の中にだけ存在する魔物というのも、悪い話ばかりでは無かった。その特殊な生態は、例えば暗闇の中で光る鉱物の様な瞳であったり、脅威であるが故のその身体に纏った硬い殻であったり、他では手に入らない希少な素材を人々にもたらした。
そして、そういった成果を求めて多くの冒険者がこの地に集まり、皆こぞって穴に潜った。人が集まれば店ができ、宿ができる。やがてそこには小さな村のような営みが生まれ、現在の姿となった。
「なるほど少々の経済活動は行われている、と。まずは冒険者と呼ばれる方の当面の治療、その上で独立して運営が可能かどうか、よく考えなくてはいけませんね」
私は頭の中で頻りに考えを巡らす。そうするうち、次第に夜は更けていった。
次回は9月27日17:00更新です。