SS9.神聖ギュスターブ帝国
神聖ギュスターブ帝国皇帝、その名が持つ意味は帝国の支配者というだけではなく、この世界の覇者といっても過言ではないほどに大きい。少なくとも国内外の多くの人々にとってはその認識で間違いない。そう、当事者を含め一部の事情を知る者を除いては、である。
「くそっ!教皇庁の奴等のあの態度はいったい何だ、俺を誰だと思っている!そもそもレブラントに余計なちょっかいを出して勝手に失敗したのは奴等ではないか。何故余がその尻拭いをせねばならぬのか」
「陛下、おそれながら少し声が大きゅうございます。教皇庁の者の耳に入ればまた厄介にございますぞ」
「だから!何故余が奴等に遠慮せねばならぬのかと言っている!」
頻りに怒鳴り声をあげるのは現神聖ギュスターブ帝国皇帝、ギュスターブ十七世、後ろから火に油を注いでいるのはその側近である。
当代のギュスターブ皇帝はまだ若いながらも覇気に満ち、その剛胆な性格からも国民の人気は高い。しかし帝国の裏の顔ともいえる教皇庁とは折り合いが悪かった。
そもそも皇帝の地位は世襲でありながら、宗教国家という性質上、それは神から与えられたものという格好になる。そして実際に神の言葉を語るのは教皇その人なのだ。
これではどちらの方が最高指導者なのかはっきりしない。もちろん建前上最高位に位置するのは信奉する神ということになるのだが、国民はともかく、皇帝もそして神の代弁者であるはずの教皇でさえも、自分がこの国の代表だと当然のように思っているのである。
「それで彼等は陛下に何と?」
「ああ、奴等め俺に魔法船団を出せと言ってきた。目標はルーベンス王国だぞ」
元々の成り立ちが海洋国家にあるギュスターブ帝国は、海上の支配を確固たるものとするため海軍の強化に日頃から努めている。その最たるものが魔法船団だった。
これはこの地で発見された魔法を動力とする六隻の船の遺物を鋼鉄で囲い強度を増したもので、ギュスターブ帝国建国以来、一隻も欠けることなく無敗を誇っている。
当然、何故鉄鋼でできた重い船が沈まないのか、理解できているものは皇帝を含めてこの国にはいないのだが、そんなことは戦いには関係無く、要は動けばよいのだった。
「教皇庁が肩入れしたレブラントがルーベンスにあっさりと敗北したことは聞き及んでいるが、同時にそのレブラントとルーベンスが同盟を結んだことも余の耳に届いている。であれば今さらルーベンスに向かったところで大義名分も立たぬではないか」
帝国の戦力は教皇直属の近衛兵団を除き、総てが皇帝に属する。いかに教皇庁といえども皇帝抜きに魔法船団を動かすことは出来ない。
「そもそもルーベンス王国などという小国、放っておくか、さもなくば使者の一人でも送っておけば済むことを。奴等はいったい何に拘っているのか」
皇帝にとってはレブラント王国もルーベンス王国も帝国の属国のような認識である。特に海を隔てて隣に位置するレブラント王国は表向きは対等な関係といいながら、帝国が一声掛ければ貢物を持参して飛んでくる、そんな相手で、ルーベンス王国に対しても同じようにギュスターブ皇帝は思っている。
「ですが陛下」
「皆まで言うな、わかっている。教皇庁から正式に出兵の依頼が持ち上がったのならば無視するわけにもいかぬ。面倒だがこれから教皇庁に出向く。直ぐに準備をせよ」
そうしてギュスターブ十七世は教皇庁へと向かった。
神聖ギュスターブ帝国に於いて皇帝と教皇が顔を合わす機会は実はそう多くはない。今年にしても年が明けての祝賀以来、それは二度目のことであった。
「これは陛下、わざわざお出で頂くとは信心の欠片も少しは残っているようで誠嬉しい限りですな。ほっほっほ」
ボグナーツ正教会の頂点、教皇パロデアウスの皮肉の利いた挨拶にギュスターブ皇帝が顔をしかめる。この帝国に於いて最も信心深くない輩は教皇を置いて他にいないとギュスターブは思っている。
「で、今日は何用で?」
「貴様のところの馬鹿どもが出兵だと意気込んでおるが正気か?」
「おや?皇帝陛下は兵を出したくないと?先刻のレブラントとルーベンスの戦で我が帝国の助力を得たにもかかわらず、レブラントが大敗を期したのはご存知かと思うが」
何が我が帝国だとギュスターブは思う。お前らが勝手に肩入れしただけだろう、と。
「それがどうしたのだ?そんなものはたまたまだろう。わざわざ魔法船団を差し向ける程のことでもなかろう」
皇帝としてもルーベンス王国の圧勝は気にかかっている。勝ち負けはともかく、それほど大きな差が両国にあるとは思えないからだ。しかしそれを帝国の危機だと考える程には到っていなかった。
「それともう一つ、ルーベンス王国が治療と称して生命の禁忌に触れようとしておる。それを我らが神はお許しにならなんだ。それに考えてもみよ、教会が各地に存在し得るのは人々の生命を守るという崇高な使命を負っているからではないか?教会より優れた治療を行う者が他におれば、誰がわざわざ教会に足を運ぼうか」
これは本末転倒、教会とは本来神に祈る場所だということを、そのトップが否定していることになる。
「教会に情報が集まらなくなれば困るのはむしろ軍部ではないのかな?」
確かにギュスターブも教会の情報収集能力が大したものだということは認めている。しかし集まった情報は教皇庁を通して軍部に伝わるため、教皇派に都合の良いものしか入ってこないのが実情だった。
「そしてこれらの懸念事項の二つともにアルティノーレ伯爵なる者がかかわっているという話がある。それも嘘か誠か学校に通うような少女だというではないか」
これにはギュスターブも思わず笑い声をあげた。
「はん、すると貴様はその少女一人のために魔法船団を動かせと俺に言うわけだな?ふん、勝手にすればいい、魔法船団の出航許可は出してやろう。だが俺は行かん。貴様が兵を纏めるなり好きにしろ」
正直なところ、ギュスターブは噂が確かならばという前提で、その少女に対して興味はあった。特殊な魔法を使ったのか、または目を見張るような戦術を用いたのか、何れにしても少数で大勢に打ち勝つのはそれほど容易い事ではない。
戦場では兵の数がものをいうということをギュスターブはよく心得ている。
魔法船団が最強と謳われる所以も、その兵器としての性能もさることながら、大量の兵士を戦場に送り込めるという点にあるのだ。
それでもギュスターブは自身で出兵することを拒んだ。一つには自分が帝都を留守にしている間、教皇派に好き勝手されては困るという思いがあったからだ。
そしてもう一つには…これは本人にもはっきりとはわかっていない。強いて言うならば、嫌な予感がした、ということだろうか。
ただ常日頃から戦場に身を置くギュスターブにはそれだけで十分だった。
「それでは話は終りだ、俺は帰る。こんなところには一秒でも長く居たくないからな」
こうして神聖ギュスターブ帝国からルーベンス王国に向けて魔法船団が出航することが決定的となった。
教皇庁直属の近衛兵団を中心に出兵の準備が始まる。
それは奇しくも、ルーベンス王国に於いてヴェルギリウスが友人のギルベルトに帝国に対する懸念を洩らしたのと同じ日だった。
次回は9月20日17:00更新です
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