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75.その列車は希望を乗せて

 今日の会場内には大店の商人や商人ギルドの関係者と見受けられる者が多い。実際に利用する顧客への説明会という趣もあるのだろう。見覚えのあるところではフェルメール領主のドレイク侯爵やフェルメール商人ギルドのオズワルト卿の姿もある。


「ご無沙汰しています、オズワルトさん。ボルボワさんもお元気でいらっしゃいますか?」


「おお!アインスター殿、私の事を覚えておいででしたか。いや嬉しい。ボルボワの奴がなかなか面会を取り持ってくれなかったものでろくにお礼も言えず。しかしアインスター殿もすっかり有名になってしまわれましたな、フェルメールでもお父君と並んで今やその名を知らぬものはおりますまい」


 オズワルトさんが嬉しそうに私の手を取る。私がフェルメールを離れた後、商人ギルドへの貢献が認められてギルド長の職に就くことになったのだそうだ。


「いえいえ、ギルド長といいましても忙しいばかりで。そちらのラプラス殿にも今度の件では随分と助けて頂いたものです」


 そうか、ラプラスさんの交渉相手の一人はオズワルトさんだったか。本人は謙遜しているがうちのラプラスさんと交渉で渡り合えるとなるとオズワルトさんもギルド長に相応しい技量を備えているらしい。


「ああボルボワ君も元気にしておりますよ。私のギルド長就任をみて一人のんびり笑っていたんですがね、バチがあたったのでしょう、彼の息子に次々と難題を押し付けられて最近は私よりも忙しく走り回っている次第です」


 うん、ボルボワさんも元気にやっているようで何よりだ。そしてあれやこれやと私達が思い出話に花を咲かせていると会場に優雅な音楽が鳴り響いた。どうやら式典が始まるようだ。


「本日は多くの方にご来場頂き誠にありがとうございます。これよりカムパネルラコーポレーションによる鉄道路線開通式及び初運行記念式典を執り行いたいと存じます。まず最初にルーベンス王国の鉄道計画における今日までの軌跡をご紹介致します」


 これは特別顧問であるヴェルギリウス様の魔力供給スキーム構築の実績を讃えながら王国における輸送コストの問題に目を向け鉄道開発を成し遂げた私の功績を暗に匂わせる内容となっていた。

 所々で過剰に盛られたエピソードが加えられていたのには思わず顔を見合せ苦笑いを浮かべる私とラプラスさんだったが、話はまあ概ねその通りといえる。


「…そして商人ギルドを始めとする多方面の協力を得まして、今日のカムパネルラコーポレーションと相成りました。これにより運行開始後も公正なサービスの提供が約束されています。続きまして王国横断高速鉄道、試作一号機カムパネルラの性能説明に移ります」


 ここではカムパネルラの運行速度、収容可能な乗客数、牽引能力、貨物車の積載能力などが語られる。新しい情報では八両の貨物車を連結し、カムパネルラを含めた九両編成で運行するということになっているようだ。


「…また運行計画に於いては早朝王都を出発しフェルメールを経由して王都に戻る、これを繰り返しまして一日に六度の往復を予定しております」


 馬車で片道半日かかる距離なので、これには会場が大きくどよめいた。もっとも電気の普及によって国民の生活が変化すれば夜間の運行にも需要が出てくる。そうなれば運行の本数ももっと増えるだろう。


 そして最後にこれからの路線展開など今後の展望が語られた。カムパネルラと同型の車両が二機、加えて車体を小型化し乗客の移動をメインとした試作機が一機製造されている。カムパネルラ型が都市間を走り、都市内での移動に新しい車両を充てるようだ。

 また、線路の拡大に関しては先の同盟締結から王都北の前線基地を経てレブラント王国までの路線が計画されている。加えて王都から西方面へ、海沿いの港町への運行も決まったようだ。


「美味しいお魚がこれまで以上に身近になりますね。そうだラプラスさん、海まで線路が延びたら皆で海水浴に行きましょう!」


「海水浴?海に入るのですか。アイン所長の考えることはいつも面白いですね」


 あれ?海水浴という文化はこの国にはないのかしら。綺麗な砂浜を勝手に想像していたのだけど。もしかしたら海は魔物の巣窟なんてこともあるかもしれない。まあ、何とかしよう。


「…それではここでカムパネルラコーポレーションを代表致しまして総帥のジョバンニより皆様にご挨拶がございます」


 私が海に想いを馳せていると壇上にジョバンニさんが姿を現した。大仰な紹介を受けて尚、特に緊張した様子もない。やっぱりジョバンニさんて大物なのかしら。


「はじめまして皆さん、総帥のジョバンニです…」


「ラプラスさん、ジョバンニさん堂々としてますよね。訓練の時はいつも及び腰なのに」


「アイン所長はジョバンニの資質を見抜いて総帥に推したのでは?」


 無論、そんなことはない。私がカムパネルラの運営にジョバンニさんを噛ませたのはその名前故だ。それ以上でもそれ以下でもない。この意味を共有できないのはやっぱりちょっと寂しいなぁ。


「…というわけで僕は専門家ではないのですがカムパネルラコーポレーションには優秀なスタッフが集まっていますので安心して下さい。僕は皆さんを安全に目的地に送り届けることをお約束します」


 どこか開き直ったようなほのぼのとした演説に、時折会場からも笑いが漏れる。なかなかの名演説だと思うよ、うん。


 ジョバンニさんが挨拶を終え、いよいよカムパネルラがフェルメールに向けて出発する。


「それではこれよりカムパネルラにご乗車頂きます。順番にご案内致しますのでこちらへどうぞ」


 皆が係員に促され会場からホームへ移動する。ホームといっても線路に沿った乗車スペースで特に目を見張るものはなく横に長く伸びたシンプルな造りだが、その分目の前に山のようにそびえ佇むカムパネルラの雄姿が際立っていた。

 乗客が口々にその荘厳さを讃える。先程語られた性能とあわせてこんな巨大な物体が本当に動くのか、と驚きを露にする者、早く乗車して中の様子が見たいと逸る者、連れと楽しそうに車体を指差し語り合う者、しかしその表情は皆一様に明るい。


「アイン隊長、お待たせしました。フェルメールは隊長の故郷でしたね」


 私が皆の様子をニマニマと眺めていると、式典における総帥の役割を果たしたジョバンニさんが再びやってきた。

 お!いつ着替えたのか車掌のコスプレに身を包んでいる。


「ジョバンニさんは車掌として乗車するのですね。相変わらず似合ってますよ。気を付けて行ってきて下さいね」


「代わりになる者がまだいなくて。前に隊長が言っていたように育成を急がなくてはいけませんね。それはそうと、アイン隊長は乗らないのですか?」


 そう言って首を傾げるジョバンニさん。私の言い様が気になったようだ。

 そう、私は今日はカムパネルラに乗車しない。スケジュールではまもなく王都を出発しフェルメールに到着後すぐにまた王都まで戻ってくることになっている。特段の理由があるわけではないが、私が年の終わりにフェルメールに帰郷するまで楽しみはとっておこうと思ったのだ。


「ですので皆さんが戻ってくるまでここで待っていますね。ラプラスさんはどうします?」


「では私もここで待ちましょう。こちらで運行を管理するスタッフの様子など拝見させてもらいますよ」


「そうですか、残念ですが仕方ありませんね。では行ってきます、あっという間に戻ってきますよ」


 そう言ってジョバンニさんがカムパネルラに乗り込んでゆく。やがて列車の出発を知らせるアナウンスと共に汽笛が大きく響いた。入口の扉が閉まりその巨体がゆっくりと動き出す。小さな窓には乗客が談笑する姿が映った。

 前回は車内にいたのでわからなかったが、外から見るカムパネルラは迫力がある。


「アイン所長、行ってしまいますね」


「ええ」


 私は流れる車両を目で追う。


「ねえ、ラプラスさん。あの列車には何が乗っていると思いますか?」


「乗客や荷物、ということではないのですね。でしたらそうですね、乗客の希望、というのはどうでしょう?」


「良いですね。確かに乗客の皆さんが笑っていたのはこの瞬間が楽しいからというだけではないのでしょう。これからの発展、将来への期待、そういうものに想いを馳せて皆笑顔になったんだと思います」


「そうですね。で、それは正解ですか?」


「さあ?どうでしょう。でもラプラスさん、ロマンチストですね」


 私の前を走り去った列車がどんどん小さくなる。


「そして希望というなら、それはなにも乗客達の希望だけではないのです。私達、開発者の希望もそこにはちゃんと乗っていると思います」


 私の咄嗟の思い付きにも似た計画を力強く押し進めてくれたヴェルギリウス様、実務や交渉で縁の下から計画を支えたラプラスさん、基礎研究を粘り強く続けたマルキュレさん、人一倍動いてカムパネルラを完成させたケイト君、着実に研究成果を重ねたモーリッツさん。他にも開発に関わった全ての研究員の想いがそこには詰まっているのだ。


「アイン所長」


「何でしょう?」


「ロマンチストですね」


 私は見えなくなった列車に小さく手を振った。

 第四章本編はこれにて終了です。二つのSSを経て第五章に入ります。予定では第五章、そしてエンディングと、残すところあと少しとなりました。ここまでお付き合い頂いたことに感謝するとともに、最後までお楽しみ頂ければ幸いでございます。

      loooko


次回は9月6日17:00更新です


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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は開発をやっている人なのですが 新商品が世に出ていく時の感動というのは開発者にしかわからないロマンがあるといつも思っています ひとつを世に送り出したら次を開発する元気が出るものです それ…
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