74.王都とフェルメールを結ぶ鉄道
「おはようございます!ラプラスさん、準備は出来ていますか!」
「おはようございます、所長。今日は朝からご機嫌なご様子で。私の準備は整っておりますよ」
ラプラスさんが私の様子にニコリと笑みを浮かべる。ラプラスさんが言う通り今日の私は朝から上機嫌、いや正直にいうと昨日の晩から興奮して寝ていない。
「嬉しいですよ、だってついに動き始めるのですから」
そう、王都とフェルメールを結ぶ鉄道路線が今日開通するのである。そしてその開通記念式典と王都、フェルメール間を往復する試乗会に招待されているのだ。
以前に行われたカムパネルラの完成披露では主催者として式典に参加したが、今回の主催はカムパネルラコーポレーション、ジョバンニさんが総帥を務める組織によって執り行われる。私とラプラスさんは研究所を代表するゲストとして参加することになっている。
「路線の開通はもちろん、運行に至るまで非常に速やかでしたね。商人ギルドのお偉方が直接運営に参加していることがやはり大きいのでしょう。アイン所長の狙いもそこにあったということでしょうか」
「ええ、実際に利用するのは街を往き来する商人が中心ですから。料金面でも上手く根回しが行われたようですね、利用する側からも然したる不満は出なかったようですよ」
カムパネルラに連なるのは八両の貨物車両。それぞれの車両には荷を積み込むスペースとそれを扱う商人が待機するスペースが設けられている。利用したい商人は一車両を丸ごと貸しきるということになっている。
なので料金は決して安くはないが、馬車で同じ量の荷を運ぶコストを上回ることはない。往復する時間は段違いで大量の荷を扱う大商人達からは利用の申し込みが殺到しているようだ。
「そんなことよりラプラスさん、早く行きましょう!」
逸る気持ちを抑えて私は用意された馬車に飛び乗った。
ぐるりと囲むように建てられた城壁、これによって王都は外敵の侵入を拒んでいる。尚、この外敵の括りにはこの世界特有の魔物の存在も含まれている。
その城壁に一ヶ所設けられた手動開閉式の門、これが王都に入るための唯一の入り口となる。
「うわぁ、改めて見ると壮観ですね」
列車の出発地点となるその城門の前、到着した私の目をまず引いたのは完成したばかりの新駅舎だ。
城門の外に位置するためある程度の強度を見込んで造られた鉄骨煉瓦積みの建物は透き通る朝の陽を浴びて赤く輝く。どこか懐かしさを感じるのは某首都駅舎を想わせるからかもしれない。
「伯爵…伯爵様…」
駅舎の周りは大勢の人で溢れていた。新しく建てられた駅舎、そこから出発するカムパネルラの雄姿を一目見ようと訪れたのだろう。
「伯爵閣下!…アルティノーレ伯爵閣下!」
「はひぃ!わ、私のことですか?」
びっくりした、そういえば私は伯爵だった。だけど普段呼ばれなれてないからわからないよ。
「おお伯爵閣下、わたくしロンドベルトと申しまして男爵家の当主でございます。若くしてルーベンスの英雄となられた閣下にお目にかかれるとは光栄の極みにございますなぁ。いや以前より閣下にお目通り願おうと何度も面会の申請を打診申し上げてはいたのですが、お忙しい身の閣下故、今日までその願い叶わず心苦しい毎日を送っていた次第にございます」
「はあ、それはどうも。それで私に何か御用ですか?」
「実は私、先日まで理財管理局にて相応の役職を賜っておりましたが、今は故あって現場を離れている身ではございます。なんでも閣下はこの鉄道をはじめ新しい事業を次々と興されておると聞き及んでおりますれば、わたくしロンドベルト、非才の身なれど閣下のお役に立てるのではないか、と思いまして」
ふうむ、私に就職先を斡旋しろということかな?
「アイン所長、今日は時間がありませんので、さあ駅舎の中へ参りましょう」
少し呆れ顔のラプラスさんが私を促す。
「そうですね。ではロンドベルト男爵、そういうことなので今日は失礼しますね。まだ私に話がございましたら王都第二魔法研究所まで面会の申請を行って下さいませ」
男爵の言葉が本当なら既に何度も研究所に申請を出しているということになる。それでこれまで面会が無かったということはラプラスさんの審査で省かれたということだ。今後も私が彼と会うことはあるまい。
私が伯爵の爵位を得て以来、こうして私に知己を得ようと面会を求めてくる者は多いと聞く。しかし私と面会するにはラプラスさんとヴェルギリウス様の許可が要る。この二人の保護者の厚い壁を突破し私のところまで辿り着ける猛者はそうはいない。
なので今のところ私を訪ねてくるのはダニエルさんに紹介された頑固一徹を絵に描いたような職人ばかりであった。彼らは私の事を伯爵様などとは絶対に呼ばない。
「アイン所長、彼は理財管理局で副長官という地位にありながら今回の鉄道計画において商人相手に多額の賄賂を要求したと聞いております。そのためその地位を罷免されたのでしょう」
私達は困った様子のロンドベルト男爵を置いて駅舎の中に入る。追いかけてこないところを見ると彼は今日の招待客ではないようだ。
「困った人ですね、でもどうして発覚したのでしょう?」
「話を持ち掛けられた商人がギルドに報告したようです。それを以てカンパネルラコーポレーションが調査をしたところ同様の事案が数件発覚したと聞いています。そしてその調査結果を王宮に伝えた。彼は男爵を名乗っていましたが爵位も没収されたはずですよ」
なるほど、商人ギルドというところは商売には厳しいが組織としては健全であるらしい。少なくとも王宮の一部の役人達よりは。その点でも早くから鉄道の運営に参加してもらったのは正解だったといえる。
「そのような人物ですのでアイン所長が関わる必要はありません」
「そのようですね」
ラプラスさんには常日頃から、知らない大人についていってはいけません、と子供のように言われている。いや、実際子供なのだから仕方ないが。そして私は私の事を閣下と呼ぶような人は信用できない。だから今回のロンドベル男爵は完全にアウトだ。
「アイン隊長!お待ちしていましたよ。さあこちらへ、ああ受付は僕がやっておきますね。ちょっとゆっくりしていて下さい」
駅舎の中に入るとジョバンニさんが嬉しそうにこちらに走ってくる。そして私が何か言おうとする前に再び走っていってしまった。見ると受付のデスクで綺麗な女性職員とこっちを指差して楽しそうにお喋りをしている。総帥なんだからもう少し威厳をもったほうがいいのでは、と思うが。まあ楽しそうにやっているところをみるとあれで良いのかもしれない。
駅舎の中は入ってすぐのところが広い休憩スペースになっており今日の式典はここで行われるようだ。そしてその奥が二つに分かれており一方が乗客用の通路、もう一方が商人用の通路のようだ。乗り込む車両が違い、積み荷の運搬などもあるため専用の通路となっているのだろう。
こうみると私が想像していた駅舎とは違い、客船ターミナルに近いかもしれない。
「アイン隊長、受付が済みました。隊長、それにラプラスさんも今日はお忙しいところ来て頂いてありがとうございます。ほら、前回はアイン隊長が仕切ってましたから、隊長がいないと僕不安で」
私が舎内をぐるりと見渡しているとジョバンニさんが笑顔で戻ってきた。そういえば今日は前回のような車掌さんコスプレではない。とても残念だ。
「ジョバンニさんこそ今日は忙しいのではないのですか?こんなところでうろうろしていて大丈夫なのですか?」
「心配いりません。ほら、僕総帥でしょ?式典では最後にちょっと挨拶するくらいで、後は皆がちゃんとやってくれます。いやぁ、優秀な部下がたくさんいるとほんと助かりますよねぇ。あ、隊長も小隊ではこんな気持ちでしたか?」
ジョバンニさんの問いに私は一つ大きな頷きを返す。うん、確かにベンジャミンさんやジャンヌさんには任せて安心という感がある。でもジョバンニさんは違うからね。
私の引き攣った笑顔に隣で見ていたラプラスさんが肩を竦める。会場では間もなく式典が始まろうとしていた。
次回は8月30日17:00更新です
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