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73.研究所に灯る光

 夜になると王都は一面の闇に覆われる。家々では淡いランプの光が灯ることもあるが、おおよそは朝になり明るくなるとともに人々はその営みを始め、日が落ちて暗くなると床に着く、それがこの国の、いやこの世界の在り方なのだ。


「モーリッツさん始めましょう。準備はよろしいですか?」


 王都魔法第二研究所、魔法研究あるいは魔道具の開発に於いて最先端を誇るこの施設でもその例外ではなかった。


「準備は万事滞りなく。この国の歴史に新たな光を灯しましょう」


 そう、これまでは。


「サン、ニ、イチ、点灯!」


 私のカウントダウンに合わせてモーリッツさんがメインスイッチをオンにする。瞬間、暗闇の中にあったこの第三研究室が目映い光に包まれた。


「点灯確認、いやぁ明るいですねアインスター所長。昼間と変わりません、いやそれ以上ですか」


 モーリッツさんを中心とした第三研究室では現在この王都に電線網を整備し、電気のある暮らしを普及させるためのプロジェクトを行っている。

 先刻、王都初の鉄道列車カムパネルラの車内照明を成功させ、次の段階として研究所の電化、これが今日実現したのだ。


 魔力の自動供給を実現させたカムパネルラの動力モーター、これを応用して発電機を完成させた。つまり疑似永久機関。

 研究所に増設された発電室に二機、現在もそれは稼働を続けている。そしてここ第三研究室に仮の管理ルームが設けられた。


「モーリッツ室長、研究所内の通路照明全て点灯を確認しました。夜なのに眩しすぎるくらいです。ランプのように匂いも気になりませんし、何よりスイッチ一つで点灯でしょ、管理が楽ですよね」


 部屋の外で通路などの状況確認に出ていた所員が勢いよく戻ってくる。


「はい、ご苦労さん。管理が楽といっても電球を交換しなくてはいけませんし、しばらくは発電機の様子も見守っていかなくてはなりません。予備機と併せて二機が稼働していますが同時に壊れてしまうこともあるかもしれません。そうなればランプを撤去した今、この研究所は再び闇の中ですよ」


 電球に関しては最初に作製したものに比べ明るさも増し、寿命も驚くほど延びている。これはフィラメントに用いる材質の進化によるものだが、最初の開発に魔法が使えるというのは思いの外便利だ。それらしい金属を魔法で作ってからそれがフィラメントとして適していれば、それから魔法を使わずに作る方法を考えればいいのだ。


「それにこの研究所に灯りを点すのが研究の目的ではありませんよ。王都ひいてはこの国に電線網を整備し皆が電気の恩恵を受けることができる、我々はそこに向かっていかなければなりません」


 そうこれはプロジェクトのゴールではない。私達はやっとスタートラインに立ったに過ぎないのだ。


 窓から中心街の方向に目を向ける。そこには何も無い真っ暗な闇が広がっている。私はそこに美しい夜景を見たいのだ。

 眠らない街、とそこまで言うつもりはない。行き過ぎた発展は様々な問題を孕むこともわかっている。それは時に人々に息苦しさをもたらすかもしれない。

 だからといって研究者が研究をしないのは本末転倒だと思っている。これは魔法にしても同じだが、新しい技術自体は善悪を持たない只の道具だ。それを使う人間によって良い悪いといった結果が付加されるに過ぎない。

 恩恵を受ける人々、もちろん私も含めて国民全員が正しい使い方を模索してくれることを願ってやまない。


「アイン所長、電気の使用量、発電機の稼働状況をまとめまして、商人ギルドに追加資料として提示しますがよろしいですか?」


 想いに更けっていた私の思考をモーリッツさんが遮る。


「問題ありません、宜しくお願いします」


 この王都では他の地方領地と異なり王宮が国民生活に直接干渉することは無い。街の代表として役人が配置されてはいるが、それは専ら治安面を慮ってのことであり実質的に国民の生活を支えているのは商人ギルドなのだ。

 実は既に王都の商人ギルドには発電機のサンプルを数台貸し出している。耳の早い商人によって電気を使う便利な道具、つまり家電製品を作る職人が増えているとも聞く。


 後は発電能力の向上に安全試験、それ以上はちょっと今の研究所の体制では手に余る。そうなると、よし、ヴェルギリウス様の出番だな。忙しそうで申し訳ないのだが、私に研究所の所長を押し付けた責任はきちんと果たしてもらおう。



「ふむ、ラプラスにおおよその事情は聞いたが、研究は捗っているようだな。おおいに結構。では詳しい話を聞こう」


 早速ラプラスさんにヴェルギリウス様との面談を調整してもらったのだが、どういうわけか研究所からシュレディンガ公爵への陳情という形をとることになった。ヴェルギリウス様はちょくちょく研究所のこの所長室で寛いでいるから私は世間話程度のつもりでいたのだが、一応体裁には拘るらしい。

 ちなみにこの所長室、私は自分の部屋があるためほとんど使っていない。


「はい、先刻からお話している通り『王都夜景プロジェクト』の件ですが」


「待て。そんなプロジェクトは初めて耳にするが」


 しまった、これは私だけのプロジェクトだった。気を取り直して発電機の設置と電線網の整備を相談する。


「ふむ、確かに研究所の手に負える話ではないな。ここまで話が進んでいるとは思わなかったが、いや、この研究所の様子を見るに既に実用面でも問題はないということか」


 その通り。実際にこうやって見てもらうのが一番早い、というわけで研究所をオール電化にしたのだ。


「よかろう。先の鉄道計画及び医療体制の確立でも現在この研究所は注目を集めている。実績があるだけに中央も嫌とは言えんだろう。それに君が作ったカムパネルラコーポレーションをみても民間からの出資によって王国の負担は少なく済んでいる。商人ギルドへの根回しといい、今回の私の役割はほとんどないといっていい」


 商人ギルドと交渉を続けているのは実務の神様ラプラスさんだ。もちろん抜かりはない。


「後は私から中央へ話を通しておく。ところでアインスターよ、さっきから気になっていたのだが…」


 ヴェルギリウス様がテーブルに視線を向ける。


「その機械は何だ?どうやら風を送っているように見えるが」


 今年の一年も既に半ばを過ぎ、季節は私が言うところの夏。良いお天気が続くのは嬉しいが、暑い。夏だから仕方がないのだがとにかく暑いのだ。そこで研究所に電気が通った今、私が真っ先に作ったのが扇風機だった。いや、もちろん実際に作ったのは私の右腕、ダニエルさん。彼にかかればこんなモーターで羽を回すだけの代物、ちょちょいのちょい、だ。


「ヴェル様、これは扇風機といって仰る通り風を送る機械です。ほら涼しいでしょ?」


 私は扇風機をヴェルギリウス様のほうに向ける。


「暑い日はみんなどうしているのかなぁ、って。あ、ヴェル様もしかして家では女中さんに団扇を持たせて扇がせているんじゃないですか?駄目ですよ、そんなことしちゃ女中さんが可哀そうです」


「私の家に女中などいない。ほとんど家には戻らないからな。それよりもこれまで何故その扇風機とやらはずっと其方の方を向いていたのだ?私も暑かったのだが?」


「え?…ほら、ヴェル様いつも涼しそうな顔してますから…」


「それは貴族の嗜みというものだ。君のように少々暑いからといって、暑い暑いと愚痴を零している者は貴族にはおるまい。そもそも…」


 あれ?なんで私、怒られているんだろう…


「聞いているのか!君の父君にも言われている。ちゃんと剣術の稽古はしているのか?剣は心を鍛える。常日頃から…」


 ああ、そういえばそんな話もあったっけ…


「少し私が研究所を離れている間に君は…」


「………」


「……」


「…」


 久しぶりのヴェルギリウス様との面談はこうしていつの間にやらお説教タイムへと姿を変えていたのだった。

次回は8月23日17:00更新です


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