72.ルーベンスの聖女
今回の救出部隊を指揮するのは王都の騎士団本部に詰めていた第三騎士団の副団長ポルックスさんで、部隊は騎士団と警備隊の混成、そこに私が加わる。
作戦は単純なもので資材をもって中に入り、崩落箇所の坑道を補強しながら穴を掘ってトンネルを通すというものだ。中の状態が比較的安定していることが確認された以上、二次災害を防ぐためにも多少時間がかかっても慎重な対応をとる。
これには私が即席で作った魔道具が大いに役にたったようだ。
「それでは参りましょう。アインスターさんは後方で万が一に備えて下さい。方法はお任せしますので何よりもまずアインスターさんを含めた隊員の安全を優先して頂けると助かります」
そう言ってポルックスさんが先頭に立つ。そこに資材を抱えた隊員が続き、後ろから私という配置だ。
ポルックスさんの対応はこの緊急時においても落ち着いている。事故に慣れているというわけでもないだろうが、副団長としてこうやって日頃団員をまとめているのだろう。
余談だが騎士団の上層部にはポルックスさんのように冷静沈着を売りにしたような人物が存外多い。もっと荒々しい猛者どもが集まっているのかと思っていたがそうでもないらしい。うちのお父様って意外と稀な存在なのかしら。
閑話休題、ここは危険な事故現場だ。私は異常事態に備えて気持ちを入れ直す。
坑道は大きな一本道が螺旋状に下へと伸びていて、所々に細い脇道が掘られている。緩やかな傾斜で地下へと進んでいくので考えていたよりもその距離は長い。
途中途中で連絡用に人を配し、やがて崩落箇所へと到着した。
「思っていたよりも崩落範囲は広いようですね。それに地盤も弛い」
ポルックスさんが呟いたように、大きな岩石の混じった厚い壁が目の前に立ち塞がる。そして脇からはチョロチョロと水が流れ地面に大きな水溜まりを作っていた。この湧水が崩落の原因かもしれない。
地面に溜まった水を取り除きながら水が漏れているところを補強する。あわせて埋まった土砂を除いて壁や天井を木材で枠を作りながら補強していく。
ここからは人海戦術だ。掘っては土砂を外に運び出し、代わりに木材を運び入れる。
途中何度か硬い岩石に突き当たり、そのたび私が魔法で破壊する。これには掘削している隊員達から大きな歓声があがった。随分と時間の短縮になったようだ。
やがて掘り進めるその手応えが僅かに変化し、うっすらと向こう側の明かりが漏れ始めた時だった。もう少しです、と言う隊員の声を打ち消すように、ギシギシと組んだばかりの木枠が音を立てた。
バキッ!バキバキッ!
「危ない!」
掘削を進める隊員達の顔が恐怖に歪む。
………
「ふぅ、よかった、間に合った」
間一髪のところで私の魔法が間に合った。用意していたインビジブロックが折れた木枠の代わりを果たしたのだ。
「た、助かりました、アインスターさん。少し気持ちが逸り過ぎていたようです。最後まで慎重にいきましょう」
さすがのポルックスさんも青ざめた表情で指示を徹底する。その後は木枠を組み直し、再び崩れることもなくトンネルが貫通した。
「おおい、誰かいるのか!助けが来たのか!」
小さく向こう側が見えた瞬間、坑道の灯りとともに絞り出すような声が飛び込んでくる。向こう側でも変化を感じとっていたのだろう。
「無事か!今助けるからもう少しの辛抱だ」
できたばかりのトンネルを通って向こう側に出ると、閉じ込められ泥にまみれた作業員が笑顔を浮かべていた。
「助かった。崩落の規模がでかかったから助けはもっと遅くなると思っていたよ。ああ、他の連中はその奥にいる。動けない者もいるが全員無事だ」
作業員達は再度の崩落に備え比較的安全な場所に集まっているらしい。そして交代で様子を見に来ていたようだ。ともかく全員無事という言葉を聞いて、救出隊のメンバーも一先ず安堵の色を浮かべた。
皆が集まっている場所に私達が姿を現すと、場はほっとした空気に包まれた。皆、一様に不安な時間を過ごしていたのだろう。
「作業員の皆さん、無事で本当に良かった。色々と思うことはあるかもしれませんが、まずはここから出ましょう」
最後まで慎重に、と隊長のポルックスさんが皆を誘導する。
「動けない方はどなたですか?はい、こちらは脚を負傷していますね。消毒と痛み止めの処置をしますので終わったら担架で。こちらは、ええと軽い脱水症状だと思います。ああ、無理なさらずに…」
怪我が酷く動けない者が三名、意識が朦朧としている者が二名、これは主に脱水症状だと思われるが不安や恐怖といったストレスもあるだろう。他の者は自力で歩けるようだ。
私は皆に応急処置を施し、動けない者を担架に乗せる。一先ずこれで大丈夫だろう。
皆で来た道を戻り坑道の外に出ると日はすっかり暮れていた。時間の感覚は無いがもしかしたら日が変わっているかもしれない。
「アインちゃん大丈夫でしたかぁ。心配しましたよぉ」
私の姿を見つけたフローレンスさんが駆け寄ってくる。
「私は大丈夫です。それより怪我をされた皆さんの処置をお願いします」
マルキュレさんは最初の怪我人を馬車で教会に送り届けているようだ。まもなく戻ってくるらしい。
「まずは診断を行って、教会に行く必要の無い者、自分で教会に行ってもらう者、馬車で教会まで送る者を選別しましょう。フローレンスさんは再度全員に傷の消毒を行って下さい」
比較的丈夫な騎士団の皆さんとは違い、気の使い方などに慣れていない作業員は少しの傷でも命取りになる場合があるのだ。
私とフローレンスさん達医療チームで手分けして診断と応急処置を行う。作業員は皆、壮年の男性ということもあってかフローレンスさんの周りに大勢の患者が集まっている。まあ、これは仕方ないよね。
そうしているうちに教会に行っていたマルキュレさんが馬車を引き連れて戻ってきた。
「アイン所長、救出は終ったのですね。最初の患者さん達は無事に教会まで送り届けました。今マリーさんが看てくれています。残りの患者さんは、ああ、これだけでしたら馬車も足りそうですね」
応急処置も大方終えているのでここはフローレンスさんに任せて私も一度教会に戻ることにする。
「ポルックスさん、救出お疲れ様でした。皆さんを無事救出できたのはポルックスさんのおかげです。ありがとうございました」
「いえいえ、お礼を言わなければならないのは私のほうです。アインスターさんが居てくれなければどうなっていたことか。少なくともこれ程迅速に事が運ぶことはなかったでしょう。ありがとうございました」
もう少し現場を整理するというポルックスさんに別れを告げて、私は事故現場となった鉱山を後にした。
教会ではマリーさんが慌ただしく動き回っていた。これだけの人数の面倒を一度に看るということは普段ないのだろう。もちろんミケラン神父も手伝ってくれている。
教会が魔法以外の方法で治療を行うことはないと言っていた神父だが、傷口を消毒したり包帯を取り替えたりするその手つきはマリーさんよりも手慣れているように見える。
「さあ、あなたはこれで大丈夫です、一日一回この薬を飲むようにしてください。それではもう帰っても結構ですよ、あなたに神の思し召しがありますように。ああ、お祈りするならあちらでどうぞ」
治療を終えた者から順番に帰って行く。何故か皆、きちんとお祈りをしている。
帰る者と入れ替わるように新しい患者がやってくる。これの繰り返しだ。
しばらくして馬車の一行とマルキュレさんが到着した。人手が増えるのはありがたい。
そして最後にフローレンスさん達医療チームが戻ってきた。
「現場での対応はすべて終わりましたぁ。こんなことがあったにもかかわらず皆さん笑顔で帰って行きましたよ。アインちゃん隊長、よかったですねぇ」
「皆さんフローレンスさんの優しい対応に癒されたんだと思います。医療で本当に大事なのは薬や知識ではなく思いやる気持ちなのかもしれませんね」
あとフローレンスさんの魅力とね。
「教会での治療も終わりました。動ける方はみんな帰りました。これで医療チーム初の任務は終了ですね」
一つ大きな伸びをして私が教会の外に出ると、辺りはすっかり夜が明け、優しい朝の光に包まれていた。
この鉱山崩落事故は王都、ひいてはルーベンス王国全体に衝撃を与えた。事故の規模もさることながら、対応が迅速だったこと、さらに死者が一人も出なかったことが歓びとともに伝えられたのだ。
そしてその立役者として研究所主体の医療チームが、医療という新しい概念とともに大きく注目を集めた。中でも現場で献身的に治療にあたったフローレンスさんの姿は王国の人々の記憶に深く刻まれることとなった。
「アインちゃん隊長ぉ、どうしましょう、わたし恥ずかしくて街を歩けませんよぉ」
ここにルーベンスの聖女が誕生したのである。
次回は8月16日17:00更新です