66.初代総帥は君だ!
先日王都で鉄道の運用をめぐる会議が行われた。カムパネルラのお披露目を終えた私はその会議にアドバイザーとして参加していた。
そこで鉄道運用のために新しく発足する組織の総帥にジョバンニさんが正式に採用されたのだ。今日はそのことを本人に伝えるために小隊の訓練場にやってきた。何せ事後承諾とはいえ本人の了解ももらわなくてはならない。
「皆さーん、訓練ご苦労様でーす」
私の呼び掛けに小隊の皆が集まってくる。
「まずはベンジャミンさん、ジョバンニさん、先日のカムパネルラでの警備、ご苦労様でした。お陰で何事もなく無事終わりました」
「よかったなぁ、ジョバンニ車掌!」
ベンジャミンさんから事の次第を聞いているのだろう、ナイトハルトさんがジョバンニさんをからかう。
「フローレンスさんも早速研究所に足を運んで頂いたようですね、ありがとうございます」
あれからちょくちょくと訓練の合間を縫って、第二研究室の回復魔法の研究に参加してくれているようだ。今は人体の基本的な構造を理解するための勉強会を行っていると聞いている。
「はい、皆さん女性ばかりでお話ししやすいですぅ」
仲良くやってくれているようで結構だ。
「今日は皆さんにとても嬉しい報告があります!」
ぐるりと一堂を見渡し、私はVサインをつくってみせた。
「なんとこの度、我が小隊のジョバンニさんが鉄道計画に参加することが正式に決定致しましたぁ。はい、みんな拍手!パチパチパチ」
そう言って私は持ってきた先日の車掌コスチュームを差し出す。キョトンとするジョバンニさんにナイトハルトさんが声をかけた。
「はは、よかったじゃないか、ジョバンニ。またその服が着れるんだぞ」
事の次第に気付いたジョバンニさんが顔をしかめる。
「小隊長!なんで僕なんですか。嫌ですよ、僕ばっかり」
「先日のジョバンニさんの勇姿が皆の目を引いたのでしょう。車掌姿が様になっていましたからね。いやあ、私は上官として鼻高々です」
「アイン小隊長殿がこう言っておられるんだ。諦めろ、ジョバンニ車掌」
ベンジャミンさんが落ち込むジョバンニさんに追い討ちをかける。
「チッチッチッ、皆さん、ジョバンニさんを見くびってもらっては困ります。もちろん当面は人手不足もありますので先日のように車掌や警備も兼ねることになると思いますが、ジョバンニさんの役職は新しく発足する鉄道運営のための組織、カムパネルラコーポレーションの総帥、つまりトップとなるのです!」
先の会議で決定された組織の名称がカムパネルラコーポレーションだった。もちろん案を出したのはアドバイザーとして出席していた私だ。ちなみに会社という概念が薄いこの世界でコーポレーションという言葉に意味はない。
ルーベンス王国の財政官から副長官が二名、騎士団の作戦本部から第一騎士団副団長、魔法大隊から情報部局長、フェルメール領財務担当官、王都商人ギルドから代表者二名、フェルメール商人ギルドから代表者一名、技術者職人を代表してダニエルさん、レブラント王国からパンチョス侯爵とローベルクラフト男爵…
私はカムパネルラコーポレーションの役員に決定した者の名を読み上げる。
「そして特別顧問としてヴェルギリウス様。ジョバンニさんはこれら名だたる人達の上に立つのです!大隊長より偉いのですよ」
ヴェルギリウス様は計画の発案者という立場で運営に関わる。特別顧問なのでジョバンニさんの部下というわけではないが、立場はジョバンニさんのほうが上だ。
「はあ…え?大隊長より上?この服がそんなに偉いのですか?」
ジョバンニさん、やけにコスチュームに拘るなぁ。格好いいと思うんだけどなぁ。
「そんなにその服装が嫌なら代わりとなる人材を育成して下さい。優秀な車掌を育ててその服を託して下さいね」
既に試作2号機の製造計画も始まっており、今後運行する列車の数も増えていくだろう。そうなれば当然車掌もたくさん育てていかなくてはならない。
「ちょっとまてジョバンニ、そんな服のことなんてどうでもいいくらい凄い事なんじゃねえのか?いや、よくわからねえけどよ」
私の言葉を無視してベンジャミンさんがジョバンニさんの肩を掴む。気付けば他の隊員達もポカンとした顔で私達のやりとりを見つめていた。
「ま、まさか、本当じゃないでしょう、アイン小隊長?い、嫌だなあ、え!?なに、その、総帥?」
ジョバンニさんが急にあたふたしだした。私は無言で頷く。
「あ、そうだ、アイン小隊長は?僕が総帥ならアイン小隊長は大総帥とか?よかったぁ、アイン小隊長もいるんですよね」
「え?私は関係ありませんよ。ですがジョバンニさん、私も陰ながら応援していますよ」
鉄道計画は既に運営をどうするかという局面にきている。今さら研究者の出る幕ではない。前回のようにアドバイザーとして参加することはあるかもしれないが、基本的には私の手を離れているといっていい。唯一最後に私が運営面で口を出したのがジョバンニさんの人事をねじ込んだことだった。
「そういうわけです、ジョバンニさん頑張って下さいね。あ、そうだ、私が研究者の所長をクビになったらカムパネルラコーポレーションで雇って下さい」
「さっきはからかって悪かったよ、ジョバンニ。俺も引退したら雇ってくれるかい?」
「ずるぅい、わたしもわたしもぉ。頼んだよぉジョバンニぃ」
皆がジョバンニさんに笑顔を向ける。
「ちょ、ちょっと、皆軽く言わないで下さいよぉ。どうしたらいいんですか、そんな大役。そうだ、ベンさんも一緒に来てください。僕偉いんでしょ、今すぐベンさんを雇いますよ」
「俺はパスだ。戦闘以外は俺にはわからねえ」
ジョバンニさんがガクリと肩を落とす。こうしてジョバンニさんはめでたくカムパネルラコーポレーション初代総帥に就任したのだった。
それからしばらくして私は再び訓練場を訪れた。カムパネルラコーポレーションの二度目の会議が行われたという話を聞いて、ジョバンニさんの様子を窺いにきたのだ。ちなみにその会議に私は参加していない。
「あ、アイン小隊長、今日はどうしたんですか?訓練を見に来てくれたのですか?」
あれ?心配してきてみたのだったがジョバンニさんの表情はことのほか明るい。先日の落ち込んだ様子がうそのようだ。
「先日カムパネルラコーポレーションの会合があったのでしょう。初めての会議はどうでしたか?」
「いやあ、緊張して臨んだんですけど。まあ終わってみればそんなに難しく考えることはなかったんだな、と」
ふむ、上手くいったようで何よりだ。よく見ると一皮剥けたようにキラキラと輝いている。男子三日会わざれば何とか、だ。
「ドキドキしながら総帥の席に座っていたんですが、ほら皆さん優秀な方ばかりでしょ、勝手に議論が進んでいくんですよ」
…議論が進んだのは良いことだが、それってジョバンニさん何もしてないよね?
「それでね、最後に僕が、皆さん頑張っていきましょう!って言ったら大きな拍手が起こって。ああ、僕もやればできるんだって思いましたね」
…いや、何も出来てないよ、ジョバンニさん。
「それはよかったですね、これからも頑張って下さい」
しかし多分これで良いのだ。私もジョバンニさんの何か特別な能力に目を付けて総帥の座に推したわけではない。カムパネルラコーポレーションには色々な立場で責任のある人達が集まっている。時には利益を巡って争うこともあるかもしれない。そんな時に冷静に公明正大な目で決定を下す、ジョバンニさんはそれが出来る人だと私は思っている。
それに何だかんだでこうして平然としているところを見ると、ジョバンニは意外と大物なのかも知れないなぁ。
ともかくこれで私の初仕事だった鉄道計画は、また新たな一歩を踏み出したのだった。
次回は7月5日17:00更新です