表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/109

65.線路は続くよどこまでも

 王宮ではカムパネルラの勇姿を一目見ようと大勢の貴族が集まっていた。皆、線路沿いに並んでこちらに手を振っている。


「王宮付近を通過しております。ここからカムパネルラの速度が上がります。お気をつけ下さい」


 ケイト君のアナウンスにあわせてカムパネルラがスピードを上げる。小さな窓から見える外の景色が線のように流れてゆく。その初めて見る様子に乗客達は声もたてずに見入っていた。


「只今、最高速度に達しました。実際の運行ではこのスピードを維持したまま王都フェルメール間を駆け抜けます。それでは間もなく中央市場付近に差し掛かります」


 静まった車内にケイト君の声が響く。やがて再び速度を落としたカムパネルラの眼前に市場の喧騒が広がった。ここでも噂を聞き付けた人々が一目見ようと大勢集まっている。


「さすがに賑わっていますね。このカムパネルラがたくさんの人の便利な足になればいいなと思っています」


「アインちゃん?軍の関係や商人でもない一般の人がこれを利用するのかい?」


 私の独り言のような発言をギルベルト団長が拾う。


「ギルベルトよ、こやつは軍事面での運用などこれっぽっちも考えていない。中央に提出した運用面での利点は建前だ」


 私の代わりにヴェルギリウス様が答えた。これっぽっちもは言い過ぎだったが、概ねその通りだ。


「アインスターに見えている世界は、私達が見ている世界とは違うのだ。アインスターよ、このカムパネルラの照明は魔法によるものではないのだな?」


「はい、エネルギー源の大本は魔道具ですが明かりを放つ仕組みは魔法ではありません。器具も市井の職人が作ったのですよ」


 キョロキョロと改めて照明に目をやったギルベルト団長が口を開く。


「それは凄いな、でもアインちゃん、魔法師のアインちゃんがどうして魔法を使わないようなことをするんだい?魔法師が必要なくなってしまうんじゃないのかい?」


「それは違います、ギルベルト様。魔法は便利で特別な力ですが、そのせいで魔法師が社会に縛られるようなことがあってはなりません」


 例えばこのカムパネルラを動かすために一人の魔法師が魔法を使い続けなければならないとしたら、その魔法師は道具と同じになってしまう。


「魔法師は望んで魔法を使わなければなりません。魔法を使うことを強いられてはいけないと私は思うのです」


 その為には社会構造の必要最低限の部分に魔法を用いるべきではない。


「おい、聞いたか、ヴェルギリウス。俺はアインちゃんを優秀な魔法師で優秀な研究員だと思っていたが、アインちゃんの天職は政治家だったんだな」


「ギルベルト、天職は知らんがアインスターの本業は学生だ。忘れるな」


 そう、その通り、ですがあなたがそれを言いますか、ヴェルギリウス様!


「ヴェルギリウス、それはそうだが…お前がアインちゃんに色んな事をさせているんだろう」


 そうです、もっと言ってやって下さい、ギルベルト様。


「研究はアインスターがやりたい事だ。学業はアインスターがやらなければならない事だ。私はアインスターに不要な授業に出なくてよいと言ったが、学校に来るなとは言っていない」


 そうだった、研究は好きでやってるんだった。ヴェルギリウス様め、理屈に隙が無い。


 

 そんな会話の間にもカムパネルラは走り続ける。気付けば街の中心を抜け、草原をひた走っていた。

 周りを見れば中央スペースではちらほらと空席も目立つ。奥のボックス席へと移動したのだろう。そういえばヴェルギリウス様とギルベルト団長の席も用意してあるはずだ。


「ギルベルト様、ヴェルギリウス様、奥の席に移動なさいますか?もうすぐ到着しますので私は準備に参ります」


 私は二人をボックス席へと案内し、一度運転席に戻る。


「皆さんご苦労様です。ダニエルさん、初めての長距離走行ですが問題ありませんか?」


「ああ、問題無い。高速走行中も車内は騒音が気にならないな。揺れも少ない」


「もうすぐ到着ですね、準備を始めましょう」


 到着後は私が締めの挨拶を行い、その間に車両の点検、そして旋回を行う。帰りは王宮前で停車し、研究所と好きな方で降りてもらう。


「本日はご乗車ありがとうございました。間もなくカムパネルラは城門前に到着致します。ご覧の通りこちらでは乗り降りのための駅舎を建設中です。それではアインスター所長に代わります」


 中央スペースからケイト君のアナウンスが聞こえる。役目を終え、声にほっとした様子が滲む。そしてカムパネルラはゆっくりと速度を落とし、やがて停車した。


「皆様、初めての列車の旅、如何でしたか?カムパネルラは無事にその初めての走行を終えました。本日の試作一号機カムパネルラ完成披露式典はこれで終了となります」


 パチパチと拍手が起こる。


「お帰りは王宮前に停車致します。研究所とお好きな方からお帰り下さい。準備が出来次第、出発致します。本日はありがとうございました」


 奥のボックス席でも同じように挨拶して私の役目もこれで終了だ。


「アインスター殿、我々を招いて頂いたこと感謝する。これがレブラント王国を走ると思うと楽しみでならない。レブラント王国とルーベンス王国の距離もこれまで以上に縮まろうというものだ。今日はこれで失礼するが、貴殿がレブラントを訪れる際には是非私の所にも寄ってもらいたい、歓待させてもらう」


 ああ、パンチョス侯爵はここで降りるのだった。このままレブラントに帰るらしい。


「パンチョス侯爵、今日は遠いところをお越し頂いてありがとうございました。貴国に赴いた際には是非そうさせてもらいます」


 小隊の皆も一緒に、と言いかけて言葉を飲み込む。わざわざ良いムードを壊すこともないだろう。


「侯爵、ではさようなら。私はしばらくアインスター様のところに残ります。この世界を揺るがす発想とそれを実現する技術力がどこからくるのか確かめねばなりません」


「何を言っているのだ、ローベルクラフト男爵!貴殿も一緒に帰るのだ、さあ行くぞ」


 名残惜しそうにこちらを見つめるローベルクラフト男爵は侯爵に引っ張られるように退場していった。レブラント王国がどのような研究をしているのか少し話をしてみたい気持ちもあったが、モーリッツさんのような信者がこれ以上増えるのも困る。これで良し。


 王宮では招待客のほとんどが降りていった。皆、今日のお披露目に満足したように、一言礼を述べながら去っていく。ウォーレン公爵と一緒に来ていたリチャード君も名残を惜しむようにちらちらとこちらを気にしながら去っていった。やっぱり男の子は鉄道が大好きなのだ。


「アルティノーレ嬢、いや、もうすぐ伯爵だったかな」


 最後にお付きの者を従えてカムパネルラの乗車口に向かうルーベンス王が私に声をかけた。


「ルーベンス王、この度はご臨席賜り」


「堅苦しい挨拶はよい。今日は久しぶりに職務を忘れて楽しむことができた。感謝する。ここで食べた食事も旨かったぞ」


 王様にも気に入ってもらえて良かった。私は自分のためにとっておいたカツサンドをそっと王様に手渡した。


「よろしければこちらをどうぞ。こっそりとお食べ下さい」


 ルーベンス王は差し出されたカツサンドの包みを見て、ニヤリと笑いながら降りていった。お付きの者に取り上げられなければ良いが…


 皆を降ろした列車は研究所へと向かう。車内にいるのは私達研究所の者と技術スタッフ、警備担当ベンジャミンさんにジョバンニ車掌、招待客ではヴェルギリウス様のみとなった。


「ヴェルギリウス様、せっかくですから運転席もご覧になりますか?」


「いや、ここで結構。今日はご苦労だったな、所長になって初の大舞台、さぞ疲れたであろう」


 ヴェルギリウス様に促されて私もボックス席に腰をおろす。ヴェルギリウス様はじっと窓の外を眺めている。


 先程のギルベルト団長を交えた会話で思った事が一つある。私は昨年突如起こった戦争を早期に解決するため、また再び起こらないため、積極的に行動した。

 戦争が当たり前のこの世界で、その理由は私の中でぼんやりしたものだったが、今は少しはっきりしたような、雲が晴れたような気がする。

 戦争は人を道具にする。これには魔法師も騎士も関係なく、等しく駒として扱われる。小隊長として隊員に命令を下す立場でこのような事を思うのは矛盾しているかもしれないが、それが私には気に入らないのだ。


 しかし同時に思う。私が自由に振る舞うことによって周りの人達に無理を強いてはいないだろうか。小隊や研究所の皆、それにヴェルギリウス様…


「ヴェルギリウス様…ヴェルギリウス様は私のせいで無理をなさっているのではないのですか?本当はやっぱり研究がしたいのでは………ヴェルギリウス?」


「………」


 列車に揺られどうやら眠ってしまったらしい。やはりお疲れなのだろう。


 私も窓の外に目を向ける。遠くに研究所の建物が小さく見えた。間もなく到着するだろう。


 もう少し、もう少し到着しないで欲しいと思う。ゆっくり休む時間をヴェルギリウス様にとってもらいたい。この線路がどこまでも続けばいいのに…


 私は窓の外からヴェルギリウス様の横顔に視線を移し、そしてゆっくりと目を閉じた。



 後日、私はヴェルギリウス様の元を訪れていた。


「ヴェルギリウス様!ジョバンニさんを私に下さい!」


「は?」


 鼻息荒く意気込む私にヴェルギリウス様が顔をしかめる。


「何を言っている?私はジョバンニの父親でもなんでもないぞ」


「あ、いえ、そういう意味ではありません。ジョバンニさんをカムパネルラの運営に参加させたいのです」


 カムパネルラの運用開始までに運営機関を整理しなくてはならない。将来的には民間に運営を委せたいと考えているが採算面などが落ち着くまでは難しいだろう。


「今は研究所のケイト君達技術スタッフが中心となっていますが運営機関を調えるにあたっては魔法師の協力も必要だと思うのです。新機関の、えーと、総帥…いいですね、総帥!格好いいですね。是非ジョバンニさんを総帥に!」


「まてまて、話は一応解ったが、何故ジョバンニなのだ?実力不足だとは言わないが小隊の中でもまだまだ若い」


 どうして?そんなことは鉄道計画を始めた当初、試作一号機をカムパネルラと名付けた時から決まっている。いや、ヴェルギリウス様にはわからないだろうが…


「逆に聞きますが、ジョバンニさん以外に適任がいると思いますか!?先日の車掌コスプレもよく似合っていました。基準はクリアしています」


「………」


「基準はクリアしています!」


「………わかった。ジョバンニ本人が了解すればその方針で構わない」


 よし!押しきった。私の中で、これで本当の意味でプランカムパネルラが完成したのだった。


 

次回は6月28日17:00更新です


※今回の投稿ですが、6月21日17:00に予約投稿をしていましたが何故か時間になっても投稿されませんでした。更新を楽しみに待って頂いておりました皆様には本当に申し訳ありませんでした。(追記)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ