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64.カムパネルラ王都を走る

 集まった招待客の半分ほどがカムパネルラの車内に入った頃、外がにわかにざわつき始めた。研究所の皆も慌ただしく動き回る。どうやら王様が到着したようだ。

 昨年ヴェルギリウス様の勲章授章式で少し離れたところから眺めて以来だ。


「アルティノーレのお嬢さん、ご健勝でなによりだ」


 目立たぬように外の様子を窺っていた私を目敏く見つけ話しかけてきたのはウォーレン公爵だった。


「ウォーレン公爵、ご無沙汰しております。わざわざ足をお運び頂いて有難うございます」


「なに、このような壮大な乗り物を間近で見て、しかも初走行の場に同席できるのだ。こちらが礼を言わねばなるまい。なあ、リチャード」


 あ、よく見ればリチャード君もいる。さすがに普段は他より大人びて見えるリチャード君も、浪漫の塊を前におおはしゃぎだ。


「ええ、これが動くなんて信じられません、父上。言ったでしょう、アインは私達には考えもつかないことを平気でやってのけるんです」


 リチャード君の友達を自慢する声に熱がこもる。


「リチャードの言う通りだな。先日の魔法といい普通の女の子ではないようだ。シュレディンガ公爵の手の内というのが惜しい。どうだアルティノーレ嬢よ、リチャードの婚約者にならぬか?」


 ウォーレン公爵の言葉に、それまで目をきらきらと輝かせていたリチャード君が照れたように下を向く。


「公爵閣下、ほらリチャード君が困っているではありませんか。冗談はそれくらいにして、こちらへどうぞ。もうすぐ出発しますよ」


「冗談で言っているのではないぞ、それにリチャードもまんざらではないようだしな」


 下を向いたままのリチャード君とニヤリと笑みを浮かべるウォーレン公を座席に案内して、運転席に向かう。出発の最終確認だ。


 運転席にはケイト君達研究員とダニエルさん達技術者が乗り込んでいる。但しケイト君はこの後研究チームのリーダーとしてカムパネルラの性能の説明や運行状況の解説を担うことになっている。つまりガイドさんだ。

 他の乗組員は運転席から離れることはなく、データをとったりアクシデントに備えたりしている。私も出発前に簡単な挨拶を述べたら以降は特段やることもない。


「アイン所長、準備が整いました。いつでも発進可能です」


「それでは私の挨拶の後出発します。今日一日頑張っていきましょう」


 中央フロアに戻ると、後方に特製の玉座が設けられ既に王様も乗車を終えていた。最後にラプラスさんと研究所の女性陣が乗り込み入り口のドアが閉まる。


「皆様、本日は急なお呼び立てにも関わらず多くの方にご臨席を賜りまして誠に有難うございます」


 前に立ち話し始める私に会場が静まる。


「本日もご来席頂いておりますシュレディンガ公爵に代わり、第二魔法研究所の所長という大役を仰せつかりましたアインスター・アルティノーレと申します」


 頭を下げる私に拍手が起こる。


「昨年より研究所で進めておりました鉄道計画の要となる列車試作一号機カムパネルラが今日ここに完成の日の目をみるに至りました。前任のシュレディンガ公爵閣下をはじめ関係者の皆様には厚く御礼申し上げます」


 私が視線を向けるとヴェルギリウス様は煩わしそうに手を振った。早く進めろということだろう。


「個体性能については出発後に研究チームのリーダーであるケイトより説明させて頂きます。私からは本日の運行ルートと注意事項を。まず研究所を出発したカムパネルラは王宮へと向かいます…」


 王宮正面、騎士団本部に隣接する形で駅舎の建造が予定されている。そして王都城門前、フェルメールの三点を結ぶのが運行開始後のルートである。今日は王宮を経由し城門前まで走行する予定となっていた。

 ちなみに研究所から王宮までの仮線路はしばらくは貨物列車の製造などがあるため撤去されずに残る。また王宮前では駅舎とともに製造、整備のためのドックが建てられ、二号機の製造も始まる。


「…尚、走行中は多少の揺れもございますので移動にはくれぐれもご注意を。それでは皆様にとって初めての列車の旅、存分にお楽しみ下さい」


 私の挨拶が終わり、ゆっくりとカムパネルラが動き出した。ほぉー!という歓声が溢れる。


「本当に動きましたなぁ」

「よもやこんな鉄の塊が動くなんて」

「動き出しても静かなものですなぁ」


 私と交代するようにケイト君が話を引き継ぐ。


「プランカムパネルラの研究リーダーを務めますケイトです。本機は順調に走行を開始しました。先ほどアインスター所長よりルートの案内がありましたが王宮まではこのまま低速で走行します」


 その間にケイト君が性能の説明を行うのだ。


「王宮を通過後、速度を上げ最高速度に至る予定です。中央市場付近で再び速度を落とし、そのまま城門前を目指します。それではカムパネルラの性能に移ります…」


 ケイト君の話の途中だが列車の旅には欠かせないものがある。それはお弁当だ。

 私の合図で売り子に扮したサリエラさんがカートを引いて現れた。今日用意したのはカツサンドだ。とびきりの笑顔で愛想を振り撒きながらカツサンドを配るサリエラさんに男性陣が鼻の下を伸ばす。


 見慣れぬ食べ物に最初は皆戸惑っていたようだが、慣れた手つきでサンドウィッチを頬張るギルベルト団長やヴェルギリウス様の姿を見て、同じようにむしゃむしゃと食べはじめた。

 うん、誰もケイト君の話を聞いていないよね。頑張れ、ケイト君。

 

 ふと見ると、王様の席では毒味のためかお付きの者がナイフでカツサンドを小さく切り分けていた。カツサンドにかぶりつけないなんて王様も大変だなぁ。


「アインちゃん、こっちに来て一緒に食べよう」


 私が手持ちぶさたにしているとギルベルト団長が声をかけてくれた。


「ギルベルト様、どうですか?楽しんでおられますか?」


 私は団長の隣に腰をおろす。


「ああ、思っていたよりもずっと快適だよ。ヴェルギリウスは何も教えてくれないから、こんなものが出来ていたなんて全く、驚きだよ。それにほら、見てごらん、皆楽しそうだよ」


 ぐるりと見渡すと、窓から景色を眺めている者、隣同士会話に花を咲かせている者、一心不乱にカツサンドを頬張っている者、それぞれ皆一様に楽しそうだ。


「あそこを見てみろよ、ヴェルギリウス。イェーガー公爵とウォーレン公爵が笑いあいながら話をしているぜ。普段の社交場じゃあまず見られない光景だな」


 これにはヴェルギリウス様もクスクスと笑いを滲ませた。イェーガー公爵というのは第一騎士団の団長、つまり王国の筆頭騎士団長でルーベンス王を除く四人の大公爵のうちの一人である。ウォーレン公爵に並ぶ偉い人なのだ。ちなみに偉い人の残り二人は今私の隣に座っている。


 出発してからしばらくして車掌のコスチュームを纏ったジョバンニさんが運転席から姿を現した。嫌がるジョバンニを無理やり着替えさせたのだ。私にとってここは譲れない一線だった。

 見慣れぬ姿が皆の注目を集める。


「これより当列車の車掌が参ります。乗車時にお配りした乗車チケットをお手元にご用意下さい」


 ケイト君が声を張ってアナウンスを行う。これからジョバンニさんが皆のチケットにハサミを入れるのだ。ダニエルさんに作ってもらった特製のハサミがキラリと光る。


「アインスターよ、あれはジョバンニではないのか?今日は警備だと聞いていたが?」


 ヴェルギリウス様が憐れみのこもった目でジョバンニさんを見つめる。


「警備を兼ねたデモンストレーションです。運行開始後は実際にこうやって正しく乗車した証明とするのです。あ、ほら、来ましたよ、乗車チケットを出して下さい」


 二人がチケットを取り出すと、恥ずかしそうに顔を伏せながらジョバンニ車掌がやって来た。


「アイン所長!酷いです、こんなの聞いてないですよぉ。何なんですかこの衣装は!」


「ジョバンニ車掌、よく似合ってます。この列車はカムパネルラですよ、ジョバンニさんが車掌をしなくて誰がやるんですか!いうなればジョバンニさんのための列車なのですよ!」


 ジョバンニさんは私のよくわからないであろう言い分を無視し、チケットにハサミを入れながらヴェルギリウス様に視線を向けた。助け船を期待しているのだろう。


「ジョバンニ、辛いと思うが我慢しなさい。小隊長の命令は絶対だ。私にはどうすることもできない」


 大隊長なのだからどうとでもできるだろうが、ヴェルギリウス様は面倒そうに手をひらひらと振る。それを見たジョバンニさんはがっかりしたように次の乗客のもとへ去っていった。


「アインスター、ほどほどにしてやれよ。其方の趣味は万人には受け入れられないのだ」


 ジョバンニ車掌が全ての乗客のもとを回り終わった頃、カムパネルラの前方には小さく王宮が見え始めていた。



 

次回は6月21日17:00更新です


※上記日程で予約投稿していましたが6月21日19:30現在、投稿されておりません。原因はわかりませんがご迷惑をお掛けし申し訳ございません。(6月21日追記)

※投稿されました。ご迷惑をお掛けしました。(6月21日再追記)

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