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63.カムパネルラのお披露目

 二年生となった初日は結局その大半を訓練場で過ごした。完成間近のカムパネルラを見学したり隊員を魔法研究に参加させる件でヴェルギリウス様に相談したりと予定はあったのたが、へとへとになった私はそれらの予定を後日に回した。


 隊員の件はあっさりと了解が得られた。小隊の事なので一応大隊長であるヴェルギリウス様に確認を取ろうと訪ねたが、好きにすると良い、の一言で片が付いた。


「アインスター君」


 カムパネルラも完成に向けて順調だった。前に見た時とは違い、仮設線路のエンドには車庫が設けられて、カムパネルラはその中にすっぽりと納められていた。

 一通りの起動を確認し、テストデータに目を通す。私の了解を得たことで、お披露目の日取りも正式に決定した。


「聞いていますか、アインスター君!」


「は、はい?」


 いけない、全く聞いていなかった。今はアイザック先生の授業の真っ最中、今日は確か王制の仕組みについて話しているところだった。


「浮かれるのはわかりますが、ちゃんと授業に集中して下さい、大事なところですよ」


 先生の言うように私は朝からウキウキして心ここに在らず、だった。そう、今日がまさにカムパネルラの初お披露目、初走行の式典が行われる日なのだ。


「…というように王制といっても完全な世襲制ではなく、王国の五大公爵家の中から話し合いで次代の王が決まります。五大公爵家とはウォーレン公爵家…」


 ふむふむ、今の王様もどこかの公爵家出身ということか。ん?ウォーレン公爵?リチャード君家じゃないか?へぇ、公爵様だから偉い人だとは思っていたが王様候補だったとは。

 そう思ってリチャード君を見ると、自身の事に少し照れたように先生の話を聞いている。


「それでは今日はここまでにしましょう。次回は王の役割とその権限についてお話しします」


 先生が話を終えると同時に授業の終わりを告げる鐘の音が響く。私は急いで教室を後にし、研究所に向かった。



「ダニエルさん、おはようございます!準備は万端ですか?」


 研究所の裏手、カムパネルラが収納された車庫に着いた私は早速ダニエルさんに声をかけた。


「アインちゃん、おはよう。早かったね、お昼ご飯もまだだろう?」


「ええ、急いで来ました。サンドウィッチを作ってきましたのでダニエルさんもどうぞ」


 今日は朝からたくさんのサンドウィッチを作った。ダニエルさんやケイト君達研究所のスタッフに配るためだ。私はサンドウィッチを頬張りながら車庫に近付く。


「ああ、ありがとう。これからカムパネルラを外に出すからちょっと待っていてくれ。…それより、アインちゃんは着替えなくていいのかい?今日はアインちゃんが主役だろう?」


 学生服に白衣を羽織ったいつも通りの格好を見てダニエルさんが笑みを浮かべる。


「いいのです、これが私の正装です。それに今日の主役はこのカムパネルラですよ」


 ははっ、と笑いながらダニエルさんが車庫に入る。間もなくして車庫からカムパネルラの黒い巨体が姿を現した。

 私はカムパネルラを見上げる。


「凄い!」


 改めて日の下に晒された漆黒の巨体は重厚感に溢れ、同時にその流線型のボディは気品と美しさを醸し出している。例えるならこれぞまさしく戦乙女、ワルキューレ。


 タッタラタータ、タッタラタータ…


 頭の中にワーグナーが響き渡る。草原の中を駆け抜ける姿を想像すると思わず顔がにやけてしまう。初めは機能性をあまり重視しないこの外観をどうかとも思ったが、完成した実物を間近に見るとその存在感に圧倒される。

 これは浪漫、そう浪漫なのだ。浪漫いい!最高。今度は巨大ロボットでも造ろうかしら。


「アインちゃん、せっかくだから中で食べよう」


 見上げたまま一歩も動かない私にダニエルさんが声をかける。ぽっかりと口を開いたような入り口から中に入るとそこは光に溢れていた。小さめの窓を気にしていたが、これだけ照明が明るければ問題ない。

 私は中央の収納式テーブルにサンドウィッチを広げる。


「さあ、皆さんも食べて下さい」


 カムパネルラの中は三つの区画に分けられている。一番前が広めの運転席、7、8人が詰めれるようになっている。

 そして真ん中が今私がいるオープンスペースで両脇に長いベンチ状の座席が設けられている。ここには数十人、座席を無視すれば百人程度の乗車が可能だ。

 最後は後方の区画で、ここはいくつかのボックス席になっている。試験運用のプロトタイプということで革張りのシートなど調度品も贅沢だ。


 私達が皆で昼食を摘まんでいると研究所のメンバー、それに小隊の隊員がやってきた。プランカムパネルラの中心であるケイト君チームと内装を手掛けたモーリッツさん以外の、ラプラスさんをはじめとする研究所メンバーは今日は運営スタッフとして頑張ってもらう。そして小隊からは車内の警備も兼ねてベンジャミンさんとジョバンニさんの二人に来てもらった。


「アイン小隊長、これはまた、凄いのを作りましたねぇ」


 呆然とした表情で乗り込んできたベンジャミンさんが、私の耳元にそっと口を近付ける。


「前に大隊長が言っていたこと、冗談だと思ってましたが…アイン小隊長は本気で世界征服するつもりでしょう?」


「そんなわけないでしょう!つまらないこと言ってないで、今日は宜しくお願いしますよ」


 ベンジャミンさんの物言いに呆れて、私はひらひらと手を振る。一方ジョバンニさんはというと初めて見る巨大な乗り物に子供のようにはしゃいでいた。


「ベンさん、見てくださいこの椅子、座り心地最高ですよ。あ、こっちも凄い、ほらまだ奥がありますよ、早く行きましょうよ」


 この二人、大丈夫だろうか。一応今日の予定を説明しておく。


「開会セレモニーの後はボックス席に要人をご案内、それぞれに護衛が付くと思いますが念のため一人は後方へ。それから…」


 外からの襲撃も考慮しておく。しかしルーベンスの絶対障壁と謳われるヴェルギリウス様も同乗することから、今回はたとえ間違って戦場の真っ只中に突っ込んだとしても安全だろう。もっとも当のヴェルギリウス様本人も要人の一人ではあるが。


 そうこうしている内に徐々に人が集まりだした。皆唖然とした表情で立ち止まり、カムパネルラを見上げている。それをラプラスさん達が順番に車内へと案内する。

 最初に乗り込んできたのはヴェルギリウス様とギルベルト団長だった。組み立て段階からちらほら見に来ていたヴェルギリウス様は驚きも然程といった様子でさっさと車内に足を進めたのだろう。


「ヴェルギリウス様、それにギルベルト団長、今日はご足労頂き有難うございます」


「ああ、アインスターよ、完成までご苦労だったな。外観を間近で見るとその美しさに圧倒される。素晴らしい出来だ、其方の美的感覚が私の常識の範囲内に収まった稀有な例だな」


 ん?これは誉められている…のか?


「ヴェル様、全然誉められているように聞こえませんが!」


「何だ?そのヴェル様というのは。まあいい。何にしてもご苦労だったな」


 隣で聞いていたギルベルト団長が可笑しそうに笑い出す。


「ヴェル様か、そりゃいい。俺も次からそう呼ぶとしよう」


 キッ、とヴェルギリウス様がギルベルト団長を睨む。


「あはは、いやぁ、アインちゃん以外が呼ぶと怒るらしい。ここはアインちゃんに免じて止しておくとするか」


「それではこちらへどうぞ。まだ時間もありますのでごゆっくり」


 二人を席に案内すると、見覚えのある顔が乗り込んできた。なんて名前だったかな、確かポンチョとかパンチョとか…まあ、いいか。


「侯爵閣下、お久しぶりです。今日はようこそおいでくださいました」


「うわ!あ、アインスター殿か。いやぁ、同盟の調印式でルーベンスを訪れた際はアインスター殿にお会いできなかったのでな、今日は早く来て挨拶させてもらおうと思っていたのだが、これが列車というのか、すっかり見とれてしまった。同盟の件では世話になった、改めてお礼を」


 そう言いかけた侯爵を連れの男が遮った。


「パンチョス侯爵、こちらがアインスター様ですか!話には聞いていましたが本当にこんな少女が!」


 ああ、そうだ、パンチョス侯爵だ、思い出した。


「これ、失礼だぞローベルクラフト男爵。アインスター殿、失礼した、こちらはローベルクラフト男爵といって技術省の代表を務めている。鉄道計画書を見た彼がどうしてもアインスター殿に会いたいと言ってきかなかったのだ」


「計画書を拝見し驚きました。実現されれば大陸の歴史が変わります。しかも発案したのがこのように美しいお嬢さんだとは!」


 私の年齢や外見で驚かれるこの感じ、なんだか久しぶりだなぁ。


「お二人が今乗っておられるのがその実物ですよ。もうすぐ出発ですのでそれまでごゆっくりどうぞ」


 何か話したそうに目をきらきらと輝かせるローベルクラフト男爵を置いてその場を離れる。だって長くなりそうなんだもの…

 そう、あの目を私は知っている。間違いない、私の周りにも沢山いる、あれは研究大好き人間の目だった。

次回は6月14日17:00更新です

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