62.小隊の訓練
今年最初の研究所での顔見せを終えて今度は小隊の訓練場に向かう。突然副所長から所長への格上げとなったことから研究所ではその説明と今日からの方針を少し話すに留まった。小隊での立場は変わらないのでその分気は楽だ。
「ああ、アイン小隊長、こんにちは。今年もよろしく頼みますぜ」
訓練場ではベンジャミンさんが声をかけてくる。魔法部隊の隊員達は休みの間は交代で本部へ出ていたようで、今日は皆揃っての訓練ということだった。
「ベンジャミンさん、隊長代理ご苦労様です。訓練の途中すみませんが皆を集めて下さい」
ベンジャミンさんの集合の掛け声で直ぐに皆が集まってくる。昨年私が小隊長となったことで隊の在り方が大きく変わった。そして初めての実戦を経たことで今尚その士気は高かった。
「皆さん訓練ご苦労様です」
私の挨拶を受けて、皆口々に挨拶を返す。
「昨年私は研究所の副所長を兼務していましたが、今年は研究所の所長をすることになりました」
隊員から歓声が上がるがそれほど驚いている様子もない。王都に二つあるとはいえ、魔法研究所のトップというのはとんでもない地位だと思うのだが…
「ええとそれで今まで以上に小隊に顔を出す機会が減ってしまうと思います。幸い、しばらくは大きな戦争が起こる様子もなく、小隊が出動する場面も少ないと思いますが、ベンジャミンさんを中心に備えを怠らぬようお願いします」
私が視線を向けるとベンジャミンさんは大きく頷いた。
「任せて下さい。小隊長に手間かけさせないようにしっかり指導しますぜ」
「ベンさん張り切ってるねえ、張り切り過ぎてアインちゃんに迷惑かけないようにね」
ナイトハルトさんの軽口に笑いが起こる。
「大丈夫だって、なあジョバンニ、お前もやれるよなあ!」
そう言っておもいきり背中を叩かれたジョバンニさんが青い顔でよろける。
「もう、ほどほどにして下さいよぉベンさん。戦場よりベンさんの訓練のほうがきついですよ」
しかしジョバンニさんも戦場での活躍があってか自信がついたようだ。
「ジョバンニさん、油断は禁物ですよ。ベンジャミンさんにしっかり鍛えてもらって下さい」
ジョバンニさんには特別な任務を用意してある。が、まだ先の話でまずはフローレンスさんだ。
「フローレンスさん、お願いしたい任務があります。新しく始める研究のサポートをしてもらいたいのです」
研究における役割をフローレンスさんに伝えると、二つ返事で了解が得られた。
「アインちゃんの研究なら面白そうですねぇ。喜んで協力しますわぁ」
「訓練もあるのにすみませんが宜しくお願いします。魔法師の協力が必要なのです」
その後はこれからの訓練内容などの確認を行った。新しい武器を使った戦いにも慣れ、これからは状況に応じたフォーメーションや個々の能力の向上を行ってもらいたい。騎士団との模擬戦もいいかもしれない。お父様にお願いしようかしら。
そしてまだ時間も早いので久しぶりに私も体を動かす。
「ベンジャミンさん、ちょっといいですか。これからはこの小隊のように魔法師による接近戦が増えるかもしれません。近距離からの小魔法に対応しなければいけませんが、ベンジャミンさんならどうしますか?」
「うーん、いくつか考えられますね。余裕があれば避ける、あるいは同じ魔法をぶつける、間に合いそうになければアイン隊長のインビジブロックが有効でしょうな」
私が使う基礎的な魔法は小隊の皆も使うことができる。ベンジャミンさんの言うように透明な壁を任意の場所に出現させるインビジブロックは一見便利そうに見えるが、実戦ではなかなか使用が難しい。
というのもあくまで物理的な壁なので魔法効果を打ち消すような機能はもっていない。例えば従来の詠唱が必要なファイアーなどは炎を模した魔法情報体とでもいうべきものなので使い方によっては物理障壁を通り抜けてしまう。
もう一つ、都度位置情報などの数値を意識下で入力しないといけないため、慣れないと咄嗟に展開できないということもある。
「ではベンジャミンさん、私がファイアーの魔法を放つのでそれに対処して下さい」
そう言って他の隊員が見守る中、少し距離をとり魔法銃を構える。右手に梵、左手に皆が標準装備している汎用型のマジックピストル。二丁拳銃スタイル。
「いきます!」
引き金を引く指先に力が入る。魔法銃が淡い光を放つ。
放たれた二発のファイアーを射線を見定めさっと身を捻るベンジャミンさん。そこに再び二発。
「え、速っ!」
今度は大きく飛び退く。後の二発は梵からの攻撃で汎用型のそれより高速に調整してある。慣れないと避けるのが厳しいが、そこは流石のベンジャミンさんだ。
「ふふん、やりますね」
更に数発のファイアーが逃げるベンジャミンさんを襲う。私の手元にふんわりと浮かぶ魔法陣。思えばこの浮かんでは消える魔法陣にも随分馴れたものだ。
緩急のついたファイアーをぎりぎりでかわすベンジャミンさん。何発かは同じファイアーで迎撃したものの手数の差は大きく避けるしかないのだ。
そして大きく飛び退いたその脇を通過するはずのファイアーが爆発した。
「うわぁ!」
驚きとともに空中でバランスを崩す。最後は落下した先に高速ファイアー、見事にベンジャミンさんの身体を捉え…すぅ、と消えた。
「はい、そこまでです。大丈夫でしたか、ベンジャミンさん」
最後のファイアーはダメージになっていないはずだ。まあ多少のダメージは丈夫なベンジャミンさんなら問題ないと思うが。
「うーん、自信はあったんですがね。アイン隊長相手だと俺もまだまだ敵いませんね」
悔しそうなベンジャミンさんが、ぱんぱんと汚れを払う。
「初見でそれだけできれば十分だと思いますよ。但し戦闘では初めて見る魔法攻撃もあるでしょう、油断大敵です」
そうしてぐるりと皆を見渡す。
「ファイアーのように簡単な魔法でも速さが違ったり爆発規模が違ったりすると対処が難しくなります」
着弾する前に爆発したのは魔法銃を介さず放った魔法で時限爆弾のようなものだ。
「先程は二丁の魔法銃からの攻撃に加え、魔法銃を使わない攻撃も行いました。私の手元に魔法陣が浮かんだのが見えれば何かしら細工のされた魔法だと気付けたかもしれませんね」
更に言うと魔法陣の内容がわかればどのような効果があるかもわかるのだ。もっとも一瞬の間でそれを把握するのは簡単ではないが。
「このように様々な場面を想定して、どんな状況でも対処ができるように訓練を行って下さい」
私が話を終えると、待ってましたとばかりに隊員達が喋り始めた。
「アイン小隊長殿、例えばファイアーの魔法陣ではどの項目が変数となり得ますか?」
「まず速度、温度、それに…」
「アインちゃん、直線ではなくて途中で軌道を変えるようなことはできるのかい?」
「できますよ、但し魔法陣が複雑な構成に…」
皆、魔法の事となると熱心になる。そして話を聞くだけでは終わらないのが研究所と小隊の違いなのだ。
「アイン小隊長、次は私と模擬戦をしましょう」
「あ、ズルいぞジャンヌ。アインちゃん、俺とやろう」
「僕は小隊長と試合なんて嫌ですよ、皆さんお先にどうぞ」
この時ばかりはジョバンニさんの弱気な姿勢が有難い。
「………アインは、私とやる」
それは嫌だ、シズクさんとは絶対やりたくない。
そうして結局、予定していたよりも随分遅く、私は訓練場を後にしたのだった。
次回は6月7日17:00更新です