6.魔法の練習をする
はっ!として私は手に持ったコップを見つめた。さっき魔法で出した水が入っている。
「これって本当に水かしら?」
色は透明で匂いも無い。恐るおそる指先をコップに突っ込んで、ぺろっと舐めてみる。
「しょっぱくもないし舌もピリピリしないし…大丈夫だよね。ていっ!」
ごくり、と思い切って飲んでみた。ここにはリトマス試験紙も無いし、目の前の液体が水かどうかわからないのだ。とりあえず飲んで確かめるしかない。
「っぷはー。…水、だよね、多分…これは水、と」
うん、飲んでも確実に水だとは言い切れないところが辛い。なのでこれは水であるということにした。製造過程から水以外ができるはずがない。むしろ水道水なんかよりよっぽど純粋な水だ。うん、間違いない。
落ち着いたところで私は、水を出した魔法をメモにまとめる。紙をいくつか束ねてノートのようにして結果をまとめるのだ。
だけど、わからないことも多い。
「さっきの円形模様、あれはやっぱり魔法陣かな?すぐに消えちゃったけど」
一瞬現れた魔法陣のような模様のことを考えていると、頭の中にさっきの模様がはっきりと描き出された。
あっ!?
危なくまた指先から水が出るところだった。…いや、ちょっと漏れちゃってる!
「うーん、頭の中で魔法陣模様を描くと魔法が発動する!?そして魔法陣模様は頭の中にしっかり記憶されている、と」
たくさん魔法を覚えちゃったら魔法陣もたくさん頭に刻まれるのかな?
他の魔法も使ってみたい私は魔法の練習という本を手に取った。
「なになに、まずは初級の魔法陣を覚えましょう?」
そこには魔法陣とその説明が書いてあった。やはり火は危なそうなので水関係の魔法陣を探す。
「うん、これにしよう。スプラッシュ、水の力で相手を押し飛ばす…なんだか物騒だけど、まあいいか」
初級だからか他にめぼしい水魔法が無いのでスプラッシュを使ってみることにする。
「魔法陣を覚えたら、頭の中に正確に描いてみましょう…結構細かいよね、この模様。大変だなぁ」
魔法陣は大小のいくつもの円からなっていて内側に細かい文字が書いてある。円の形は先ほど頭に刻まれた水をちょろちょろと出す魔法とよく似ているが中の文字が違う。勝手に刻まれた先ほどとは違い、今度は全て覚えなければいけないのだ。
しかもその文字は今こちらの世界で使われている文字とも違うようだ。もちろん私の知る限り前世のどの文字とも違うので、こちらの古代文字か何かではないだろうか。
「頭に魔法陣を描いたら魔法名を唱えましょう…これはスプラッシュでいいのかな?」
ようやく全て覚えたところで実際に頭に描いてみる。
「よーし、スプラッシュ!」
ドババババッッッ!!
「ひやぅ!?」
ていっ!と勢いよく魔法を唱えると先ほどとは比べ物にならないほどの量で水が勢いよく飛び出した。部屋の壁を突き破らんばかりの勢いで飛び散った水が自分に返ってくる。
「うう、やっちゃったよ、ずぶ濡れだ。」
これは間違いなく盛大に叱られる。
どうやって誤魔化そうかと考えながら水溜りのような床を眺めていると、あれ!?
水が綺麗に消えてしまった。水が当たった壁も多少傷ついているものの濡れてはいない。びしょ濡れだったはずの自分自身もいつの間にか濡れてはいなかった。
「…魔法で出した水は消えてしまう?でも最初に出したコップの水はまだちょっと残っているよね」
ちなみにちょっとしか残ってないのは私が飲んだからだ。疑問は残ったものの大事には至らなかったことで、ホッと胸を撫でおろし本の続きに目を通す。
「一度使った魔法の魔法陣は記憶に刻まれます。呪文を詠唱すると魔法陣が頭に浮かびます…ふむ」
スプラッシュの魔法は、清らかなる水の聖霊よ悪しき魂を押し流したまえ、と唱えるようだ。
…ちょっと嫌だな、恥ずかしい。
呪文の詠唱というのは魔法陣の検索機能のようなものだろうか。
「…清らかなる…水の…」
やはり恥ずかしいので小声で唱えてみる。頭の中にスプラッシュの魔法陣が浮かぶ。
「ストップ!すとぉぉっぷ!」
慌てて魔法陣を振り払う。また水が噴き出しては大変だ。
「ふぅ、危なかった。うん、決まった呪文を詠唱すると魔法陣が浮かぶんだね」
本によると最後に魔法名を唱えると魔法が発動するようだ。
「でもそうするとおかしなことがあるんだよね…」
私が最初にやった水をちょろちょろと出す魔法、あれは呪文もわからないし今でも水を出そうとすれば魔法陣が頭に浮かぶので直ぐに出せそうだ。魔法の名前も無い。名前が無いと魔法を発動するきっかけが無いので困るのではないだろうか。
「私が勝手に作った魔法だから名前付けちゃってもいいよね。何にしようかな…」
ちょっと考えてウォーターと唱えることにする。大げさにならないようにありふれた名前にしたのだがウォーターという魔法が既にあったら困るなぁ。
「まあいいか、やってみよう。…ウォーター」
コップを手に自分で付けた名前を唱えると、ちょろちょろと水が注がれた。やはり時間が経っても水は消えない。
「成功だね。これはちょっと便利かも」
うふふ、いつでも水が飲めるぞと思いながら、練習本にあった魔法との違いを考えていた。魔法の基礎みたいな本にはイメージが大事とあったのに練習本にはイメージするような工程が書かれていない。
実際、スプラッシュの魔法では私は何もイメージしていない。対して最初に使ったウォーターの魔法ではしっかりイメージしなければ水は出なかった。魔法陣もウォーターの時は頭の中に勝手に浮かんだのに対してスプラッシュは魔法陣を覚えてから魔法を使った。順序が逆なのだ。そしてスプラッシュの水は直ぐに消えてしまったのにウォーターの水は消えない。
これらの違いをノートにまとめる。なるほど、まず魔法陣とはコンピューターを動かすプログラムのようなものなのかもしれない。ウォーターの時は自分でプログラムを作って入力したのに対し、スプラッシュの時は既にあるプログラムを入力したようなものか。どちらも一度使うとプログラムは保存されるようだ。
そしてプログラムを呼び出す検索機能の一つとして呪文が紐づけされていると考えてよさそうだ。呪文を唱えなくてもウォーターのようにプログラム自体のイメージで検索もできるのだろう。
スプラッシュの水が消えてしまった理由はわからない。保留にしておこう。練習本にも何も書かれていなかった。
私は一応魔法が使えることがわかって満足し、その日は実験を終えた。
それからしばらくは朝の素振りと魔法の練習を繰り返した。練習本の魔法もいくつか試してみたが、これが実は使い勝手が非常に悪いのだ。一度覚えると魔法陣は記憶されるので困ることはないのだけど、使おうとする度に呪文を詠唱しなければならない。ウォーターと違って原理がわからないのでイメージ出来ないのだ。中には呪文がとても長いものもあるし咄嗟の時に使えないのではあまり役に立たないのではないか。
なのでウォーターのようにいくつか他の魔法も考えてみた。
火が出る魔法。
竜巻が起こる魔法。
透明の壁ができる魔法。
雷が落ちる魔法。
疲れがとれる魔法。
etc…
空を飛んでみたかったが魔法で飛ぶことには失敗した。風の力でホバークラフトのように少し浮くことは出来たが高くは飛べなかった。ちょっと残念。
「うーん、もうちょっと考えてみよう」
練習本にはファイアーボールという火の玉を飛ばす魔法があったが、スプラッシュと同じように火は燃え広がることなく消えてしまった。そして見た目は同じように火の玉をイメージして私が造った魔法、ファイアーは地面に着弾した後、庭の芝生を焦がしてしまった。見た目は同じでもやはり違いがあるようだ。
ちなみにお父様達がいない間に練習したので芝生を焦がしたこともバレてはいないはずだ。多分…。