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【特別編】狼は月夜に吼える~アインスター死す!?~

『第七回ネット小説大賞』受賞を勝手・・に記念致しまして、特別編をお送りします。


※物語上本編とは関係なく少々長くなっておりますので、飛ばしても差し支えありません。本編は予定通り本日17:00更新となります。

「そういうことですのでアイン所長、どうかお気をつけて」


「わかりました、ラプラスさん。もし私の身に何かあったら…いえ、ラプラスさんに言っても仕方のないことですね。それではまた」


 研究室の自分の部屋でラプラスさんを見送った私は深い溜息を一つ吐いた。


「まさか本当にあの人が…」


 私は窓にそっと手を伸ばす。ひゅう、と冷たい空気が私の頬を一撫でする。今日は満月のはずだ、しかし厚い雲に被われてその神秘的な姿は見えない。星もまたしかり。辺りは一面闇に包まれている。


 満月は人の心を狂わせるという。時にその完璧なまでに均整の取れた形において、また時にその誘うような優しい光で、人の心を、いや脳を刺激する。

 満月は人の心を狂わせる…


 闇に包まれているというのは何も物理的な現象のみを指しているわけではない。今この研究所は本当の意味で闇に被われている。世にも恐ろしい怪物がこの研究所内を闊歩しているのだ。


 ………カツン


 誰もいないはずの廊下に足音が聞こえた、ような気がした。いや、これは気のせいだ。この怪物は決して足音など立てず、その存在を覚られることはない。


 怪物が現れてから二日目の夜、昨日の夜に既に一人仲間が殺られている。私はこの怪物の正体をたった今突き止めた。正確には二人いるはずの内、一人の怪物が誰か判ったのだ。

 明日の朝になれば仲間と協力してその怪物を退治することが出来る。問題は今夜、今この瞬間。

 

 私は今夜を越えられないかもしれない。怪物は毎夜に一人、その狂暴な牙で尊い生命を奪う。たとえ誰であってもその運命からは逃れることは出来ない。それは私であっても…


 ………カチリ


 私が再び窓に手を伸ばそうとした瞬間、入り口のほうからドアノブを捻る音が微かに聞こえた、ような気がした。


 ………カチ、カチリ


 今度は気のせいではない。確かに聞こえた。


 私は死を覚悟して振り返り、入り口のほうに目をやる。


 ………



 そこにはうっすらと笑みを浮かべたラプラスさん(・・・・・・)が立っていた。



----------数時間前----------


「はい!皆さん、今日は集まって頂いてありがとうございます。みんな仲良くをモットーに楽しみましょう」


 私はぐるりと集まった一同の顔を見渡す。今日は不定期に開催される魔法第二研究所のレクリエーション大会の日だった。


 参加するメンバーはヴェルギリウス様、ギルベルト団長、私の小隊からベンジャミンさん、ジョバンニさん、シズクさん、研究所からモーリッツさん、マルキュレさん、技術者のダニエルさん、そして私。ラプラスさんにはゲームの進行をお願いしてある、つまりゲームマスターだ。


 研究所のレクリエーションなのに研究員が少ない、これにはちょっとした訳がある。

 前回のレクリエーション大会で私とモーリッツさんが共同で作った『髭の海賊、危機一髪』ゲームを行ったのだが、魔法陣の内容に誤りがあったのか、剣を刺した瞬間に大爆発を起こしたのだ。

 それに懲りて今回のレクリエーション大会では多くの研究員が揃って参加を拒んだ。研究が忙しいので、と顔をひきつらせながら。


 そこで訓練場でじゃれあっていたベンジャミンさんとジョバンニさん、そして私が訓練場に入るなり闘いを挑んできたシズクさんを誘い、研究所の所長室で談笑しながら油を売っていたヴェルギリウス様とギルベルト団長を参加者に加えた。

 ちなみに研究所の現所長は私だが、私には自分の部屋があるので所長室を使うことはほとんど無い。なので仕事の息抜きに研究所に現れるヴェルギリウス様が今でも使っているのだ。


「今日はみんなで人狼ゲームをします!進行はラプラスさんがやってくれますのでルール説明など、以降はラプラスさんの指示に従って下さい」


 私はゲームマスターにバトンを渡す。ここからは私もゲームの参加者だ。


「ええ、ではまず人狼ゲームのルールを説明しますね」


 人狼ゲームとは村人の中に紛れた狼を探すというゲームだ。プレイヤーはまずカードを引いて自分のポジションを決める。今回九名で行うカードの内訳は人狼が二枚、占い師が一枚、狩人が一枚、狂人が一枚、残り四枚が村人だ。

 それぞれの役割は次のようになる。


『人狼』人狼陣営。もう一人の人狼が誰かゲームの始めにわかる。夜に生き残っている人狼の総意で任意の一人を咬むことができ、咬まれた一人は死ぬ。


『村人』村人陣営。その名の通り何の力も無い一般人。


『占い師』村人陣営。夜に任意の一人を占うことができ、対象者が人狼かそうでないかわかる。


『狩人』村人陣営。夜に自分以外の一人を護ることができ、対象者は人狼に咬まれても死なない。


『狂人』人狼陣営。人狼が誰かはわからない。


 そして自分の役職に従って自分の陣営の勝利を目指す。それぞれの勝利条件はこうだ。


『人狼陣営』人狼の人数と村人陣営の人数が同じになれば人狼陣営の勝利。


『村人陣営』人狼を全員吊れば村人陣営の勝利。


 昼間に全員で話し合い、人狼と思われる一人を投票で決めて吊る。吊られた者は当然死ぬ。同数票の場合は決選投票が行われ、再度同数だった場合はその日は誰も吊られない。

 夜に人狼は一人を咬む。咬まれた者は当然死ぬ。それを繰り返して先の条件を満たした陣営の勝利となる。


「というわけです。どうですか、皆さん解りましたか?」


「ふむ、なるほどな。票が同数になれば人狼を吊ることが出来ないから人狼の勝利ということだな。すると狂人も協力するとそれぞれの陣営が同数になった場合、同じ理由で勝利が濃厚となるわけだ」


 ヴェルギリウス様はさすがに理解が早い。全員に先程のルールが書かれた紙が配られたが他のみんなは首を捻っている者も多い。


「まあやってみれば解ってくると思いますので、さっそく始めてみましょう。順番に一枚カードをお取り下さい。自分が確認したら他の者には見せないで下さいね」


 皆一枚ずつカードを取っていく。私が引いたカードは…『占い師』だった。


「はい、じゃあ覚えたらカードを回収します」


 またラプラスさんが順番にカードを回収してゆく。回収する時に、誰がどのカードかを記録していく。


「それでは次に席順を決めます」


 クジで順番が決められると一度解散となり各々が自分の部屋に戻る。研究員で無い者には空いている研究室など部屋を割り当てた。

 一応夜という扱いだが、ここではまだ人狼は咬むことが出来ない。ラプラスさんによって二人の人狼が引き合わされるだけだ。一方、占い師である私は誰か一人を占うことが出来る。


 人狼はいったい誰かな?部屋でワクワクしながら待機しているとゲームマスターのラプラスさんがやってきた。ちなみにこの時間はラプラスさんの指示が無い限り部屋から出てはいけない。


「アイン所長が占い師ですね、面白いゲームを期待していますよ。では誰を占いますか?」


「ヴェルギリウス様で」


 私は迷わず名を告げる。先程の様子を見てもわかる通りヴェルギリウス様は既にこのゲームの性質を理解しているはずだ。元々頭のきれるヴェルギリウス様が人狼だった場合、勝つのが難しくなる。


 占いの結果、ヴェルギリウス様は白、人狼では無かった。一先ずホッとする。ヴェルギリウス様と同じ陣営なら勝利も近い。



 人狼の顔合わせと私の占いが終わり、皆が再び最初の部屋に集まった。


「それでは一日目の朝です。順番に発言を行ってもらいますが、皆初めてですので、最初はこのゲームを考えたアイン所長からいきましょう。そのあとは順番に二周して投票です。自分の発言順以外での発言はしないで下さい」


 最初は私か。まあ私が考えたゲームではないのだけど、ラプラスさんが言う通り私が手本を示すのが妥当だろう。


「アインスター、村人の陣営(・・・・・)です。最初なのであまり話すことは無いのですが、私から他の村人にアドバイスがあります。まず村人陣営の皆さんは絶対に嘘をつかないで下さい。人狼は勝つため、自分が吊られないために必ず嘘をつきます。ですから発言の矛盾を衝いて嘘つきを吊る、これで村人陣営が勝ちます」


 ちなみに私が占い師と明かさず村人の陣営と言葉を濁したのは一つの作戦だった。実際占い師も村人陣営なのだから嘘ではない。私の占い結果を皆に話してヴェルギリウス様が人狼でないことを確定させれば確かに村にとってのメリットとなる。しかし人狼にとって脅威となる占い師の存在を示すことで私が夜に咬まれてしまう恐れもあるのだ。

 人狼陣営の人間が占い師を騙るという戦略も当然あるが、今回は皆ルールを覚えたばかりの初心者だ。叡智に長けたヴェルギリウス様が人狼陣営ではないことがわかっている今、他にそのような小賢しい戦術をとる者はいないと踏んでいる。だから一晩様子を見て占いで人狼を見つけてから正体を明かしたい。

 ええ、そうですよ、初心者相手でも私は本気です。


「あとは皆さんなるべくたくさん喋って下さい。話が短いのはボロを出したくない人狼の可能性もあります。特に後半に順番が回ってくる人は誰のどの発言がおかしかったとか誰を吊りたいとか積極的に話して下さい。それが手掛かりとなります。最初なので私からは以上です、隣のベンジャミンさんどうぞ」


「ああ俺は村人ってカードを引いた。だからこれから人狼の奴を探しゃいいんだろう。まだアイン隊長しか喋ってねぇから何とも言えねぇが、さっきから向かいのジョバンニがオロオロとしてやがる。こいつは怪しいぜ。まあ怪しくなくても吊るのはジョバンニで構わねぇがな。よし、俺の話はこれでお終いだ」


 ベンジャミンさん、怪しくないのに吊るのは良くないからね。でもさすが戦闘のプロ、会話の内容だけじゃなく顔色とか態度におかしいところがないか注意深く見ているようだ。人狼を探そうとしているし、何より村人カードを引いたって言い方が嘘をついているようには思えない。ベンジャミンさん、白だな。


「次は私の番だな、私もアインスターに倣って村人陣営とだけ言っておこう。このゲームの要点は概ね理解した。まず言っておきたいのだが、先程のベンジャミンの発言は村人陣営のものだったと思っている。だがな、ベンジャミンよ、お前は同時にただの村人で狩人や占い師では無いということも透かしてしまっている。私はもちろんアインスターが言ったように発言が短かったり人狼の疑いが濃い者がいれば吊るが、そういった者がいない場合は重要な役でない村人を吊ってもいいと考えている。だから以降に発言する者はそういった事も考慮して欲しい」


 そしてヴェルギリウス様が私を見る。


「最後にアインスターだが、其方が人狼だった場合、村人陣営にとって大きな脅威となる。だから早めに吊っておきたいと言っておく。私からは以上だ」


 ふぅ、さすがはヴェルギリウス様。初めてのゲームのはずなのにやり方を良く心得ている。っていうか心得過ぎている。何?あなた人狼ゲームのプロ?もう、可哀想に人狼陣営勝ち目無いよ、こりゃ。


 そして次のシズクさんに順番が回る。


「………ジョバンニ吊る」


 ………へ?もう終わり?シズクさん、さっきの私やヴェルギリウス様の発言聞いてなかったの?吊られるよ。いや、それにしてもまだ発言してもないのに小隊の皆からヘイトを集めているジョバンニさんも凄いな。


「ええと、シズクさん終わりでよろしいですか?はい、じゃあ次はマルキュレですね、お願いします」


「はい、第二研究室のマルキュレです。人狼、人の姿をした狼、実に興味深いですわね。私は村人陣営ですが、人狼でないことが少し残念に思います」


 マルキュレさん、これゲームだからね。人狼吊った後、解剖とかしそうな雰囲気が怖いよ。


「これまで発言された方の中ではシズクさんが発言量の少なさから怪しいと言わざるをえません。後はヴェルギリウス様がアイン所長を脅威だと仰いましたが、同じ理由でヴェルギリウス様も脅威ですわ。ではお次のハインリヒ公爵どうぞ」


「皆、俺のことはギルベルトで構わないよ。俺は騎士団の所属だから魔法に携わるこのメンバーの中ではアウェイだ。だけど同じ村人として俺を信じて欲しい。ヴェルギリウスはああ言ったが俺は嘘をつきたくないしはっきり言っておく、俺は村人だ。今のところ怪しい発言もなかったので誰も疑いたくない。村人の勝利のために一緒に頑張っていこう!」


 おお、ギルベルト団長らしい。情熱で押し切っていくつもりのようだ。これで人狼だったら少し怖いなぁ。


「ええと、僕はジョバンニといいます。何故ベンさんやシズクから疑われているのかわかりませんけど、僕は村人、の陣営です。何も喋ってないのに僕に疑いを向けてきたベンさんとシズクが怪しいです。ひぇ、ベンさん、睨まないで下さいよぅ」


 相変わらずおどおどしているなぁ、ジョバンニさん。案外人狼の線もあるかもしれない。


「はい、わたくしモーリッツです。アインスター所長にどこまでもついてゆく所存ですけども、所長が人狼ならばここは私の手で吊って差し上げねばならないと思っております。靴を舐めれば本物がどうかわかるんですけども…そういうわけにもいきませんね」


 うん、もうモーリッツさんを吊ろう。これは人狼かどうか関係なく私の敵だ。


「まあちょっと考えますとね、怪しく無いのはベンジャミン氏、シズク氏、マルきゅん、ギルベルト氏。なのでこれ以外の方が人狼候補となります。ベンジャミン氏はヴェルギリウス様が仰った通り村人でしょう。シズク氏は皆から疑われていましたが、アインスター所長やヴェルギリウス様の発言の後で人狼であれば疑われないようにもっと長く発言したでしょう」


 なるほど、モーリッツさんの指摘ももっともだ。シズクさんは白か、いやでもあれデフォルトだしなぁ。


「マルきゅんはそうですねえ、普段通りといいましょうか、今のところ疑う要素がありません。ギルベルト氏からは村人の熱意を感じましたのでこちらも白ということにしておきます。あと発言していないのはダニエル氏ですが、ここまでまだ占い師も狩人も名乗りがありません。もしダニエル氏がどちらかなら仰って欲しいですね、人狼候補から外れますから。ではダニエル氏、どうぞ」


「はは、モーリッツ氏は相変わらずだな。アインちゃんが睨んでるよ。ああモーリッツ氏が言った通り俺は狩人だ。皆を護れるよう頑張るよ。一周目は俺で最後だからな、怪しかった人物を挙げておこうか。そうだな、ジョバンニ君、疑われたから疑い返す、みたいなところが怪しいな。俺の票はジョバンニ君に入れよう」


 ダニエルさんの発言が終わり、私の二回目の発言となる。ここまでで疑わしいのはギルベルト団長、ジョバンニさん、モーリッツさん、次点でシズクさんかな。

 一つ残念なのはダニエルさんが狩人ということが明らかになってしまったこと。おそらく今夜人狼の餌食になるのはダニエルさんだ。それを促したという点でもモーリッツさんは怪しい。


「…というわけで私はモーリッツさんに票を入れるつもりです。いえ、変態発言があったからではありませんよ。それと私はヴェル様は白だと確信しています。ヴェル様、私を吊らないほうが良いですよ」


 こう言っておけばヴェルギリウス様なら私が占い師だということに気付いてくれるはずだ。おそらく吊られるのはシズクさんかジョバンニさん、夜に咬まれるのはダニエルさんだから占い師を明かす必要は無いだろう。


 二順目に入り、皆他の人の発言を受けて人狼と疑わしき人を挙げていく。特筆すべきはシズクさんが一周目と同様に短い台詞で頑なにジョバンニさん一本吊りを主張したのと、私に疑われたモーリッツさんが泣きながら無実を主張したことくらいか。モーリッツさん、私に敵意を向けておきながら酷いんじゃないかな。


 そして初日の投票が行われた。


 結果は…


「ジョバンニさん三票、シズクさん二票、アイン所長一票、ベンジャミンさん一票、モーリッツさん一票、白紙つまり棄権が一票。ではジョバンニさん、遺言をどうぞ」


 私達の手元には誰が誰に票を入れたかをまとめた紙が配られる。ふむふむ、棄権はギルベルト団長か、なるほど誰も疑いたくないと言っていた通りだ。

 …あ!?ヴェルギリウス様が私に入れてる!ぐぬぅ、私が占い師だということに気付いているはずなのに。済ました顔が腹立たしい。


「みんな酷いですよ、ベンさんとシズクはわかりますが、ダニエルさんまで。僕はダニエルさんのお店のお得意様ですよぉ。それにマルキュレさんにまで疑われていたなんて。残った村人の皆さん、僕に投票した人はみんな怪しいですからね、頑張って下さいよ」


 発言が終わり、ここ第一研究室の奥の部屋、通称死者の間に連れていかれるジョバンニさん。死んだ者は全員この部屋に集まることになっている。ちなみに死者の間からは会場の様子がわかるようになっていた。


 はたしてジョバンニさんが人狼だったのか。ジョバンニさんが去り、夜がやってくる。

 私も自分の部屋で待機だ。


「アイン所長、では誰を占いますか?」


 ゲームマスター、ラプラスさんが私の部屋を訪れる。私が怪しんだ内の一人、ジョバンニさんはもういない。今日占うのはモーリッツさんだ。狩人を炙り出したのがやはり気になる。

 

「所長、モーリッツは白です」


 ううむ、人狼が見つからない。ここで黒が出ていれば明日役職を明かすのだが、これはまた臨機応変に立ち回らなければならない。


 そしてその夜、人狼の餌食となったのは、私が予想した通りダニエルさんだった。



「皆さんおはようございます。…そうですか、人狼に咬まれたのはダニエル氏ですか。これは私の責任ですね、迂闊なことを言ってしまいました」


 今日の発言はモーリッツさんからだ。実際に一日経ったわけではないのに、おはようございます、なんて言うあたり皆ゲームの世界に溶け込んでいる。良い傾向だ。


「こうなったら必ず人狼を見つけ出し、ダニエル氏の仇をとりましょう。今日は私はギルベルト氏に票を入れます。昨日は氏の熱意から白だと言いましたが、投票を棄権しているのは敵意を向けられたくない人狼です」


 モーリッツさんがちらりと隣に目をやる。そこは昨日までダニエルさんが座っていた席だ。そこをとばして次は私。


「私が今日怪しいと思うのはシズクさん、それにギルベルト団長。モーリッツさんの疑いは晴れました。そしてもう一度言います、ヴェル様、私は白です」


 次のベンジャミンさんは、わからねえやと言いながらシズクさん推し。そしてヴェルギリウス様の番。


「ふむ、アインスターよ、其方は嘘をつくなと皆に言ったが、自分の隠し事は押し通すらしい。まあよい、今日は私はシズクに入れる。シズクは人狼ではないと思うが…そうだな、これ以上はやめておこう」


「………ジョバンニの仇、昨日ジョバンニに投票したマルキュレさんを吊る」


 おいおい、シズクさん、あなたが率先してジョバンニさんを吊ったんだろうに。あれ?もしかしてシズクさん、狂人かしら。外見だけ見れば見事にリアル狂人だけども。


「あら、シズクさん、あなたもジョバンニさんに票を入れたんでしたわよね。今日はシズクさんで良いでしょう」


「俺が昨日投票を棄権したのは誰も怪しくなかったからだ。今日はさすがに投票しないと拙いな。ヴェルギリウスの物言いも気になったが、モーリッツさん、あんたもちょっと喋り過ぎだぜ。冷静に分析しているようにも見えるが、そこが逆に怪しいな」


 全員が発言を終え、シズクさん三票、ギルベルト団長二票、モーリッツさんとマルキュレさんが一票ずつで、結果シズクさんが吊られた。


「………人狼、誰か解った。惜しい」


 それだけ言い残して部屋を去る。解ったなら教えてよ、シズクさん。


 

 そしてその夜、私は咬まれた。



「あぁあ、咬まれちゃいましたね。ダニエルさんお元気でした?」


 昨日の晩に笑顔のラプラスによって自分が咬まれたことを告げられた私は、敢えなくこの死者の間にやってきた。そろそろ人狼側にも私が占い師であることがばれているかもしれないと思っていたが、占いによって人狼の一人が明らかになっただけに残念だ。


「アインちゃんも咬まれたの?はは、それは残念。じゃあアインちゃんは人狼じゃなかったんだね」


「そうですよ、せっかく人狼が誰かわかったのに。あ、ジョバンニさんも人狼ですか?」


「ええ、皆さん凄いですね、あれだけで僕が人狼だなんてわかるもんなんですね」


 そうだよね、ベンジャミンさんもシズクさんもそのへんの嗅覚は凄いというか。


「………ジョバンニ、演技下手」


 残りは五人、私達は死者の間からゲームの行方を見守る。


 三日目はモーリッツさんが吊られた。私が早くに占い師としてモーリッツさんの白を伝えていれば吊られることもなかっただろうに、ごめんねモーリッツさん。そして…


 夜には誰も咬まれなかった。


 これは実は狩人が最初に咬まれたダニエルさんではなくひっそりと生きていて誰かを護った、という線は薄い。ダニエルさんの名乗りは演技には見えなかったし、なにより目の前のダニエルさんが狩人は自分だったと言っている。

 ということは人狼はあえて咬まなかったのだ。今残っているのは四人、もし誰かが咬まれていれば三人、どちらにしてもこの四日目で決着がつく。そして四人残っているほうが自分が吊られる可能性が低いとみたのだろう。

 初見のゲームでそこまで頭が回るとは、さすがは戦い慣れているという他無い。


 村人陣営と人狼陣営の最終決戦、残っているのはベンジャミンさん、ヴェルギリウス様、マルキュレさん、ギルベルト団長。まずはベンジャミンさんが口を開いた。


「俺がここまで生き残っちまって正直考えがまとまらねえが、吊ったジョバンニ、シズクそれにモーリッツ氏の中で少なくとも二人は人狼じゃなかったってことだろう、拙いことしちまったなあ。俺以外の三人の中で二人も人狼がいるなんて思えねえから、一人は人狼だったと思うんだが。まあいいや、大隊長にギルベルトの団長さん、それにマルキュレの嬢ちゃん、ここは団長さんに入れとくか。いや、理由はねえからこれからの発言で変わるかもしれねえがよ」


 ベンジャミンさんとしては難しい局面だろう。わかっているのは自分が人狼ではないということだけだ。そして発言がヴェルギリウス様に移る。


「ふむ、皆ご苦労だったな、これでこのゲームも終了だ。ギルベルトよ、お前が人狼であろう。良かったな、私は狂人だ。これで人狼陣営の勝ちだ、ギルベルトよ、誰に投票するか言うがよい。私も合わせる」


 なんとヴェルギリウス様が狂人だったとは。じゃあやっぱりシズクさんはリアル狂人だったか…そうなのだ、最後の人狼はギルベルト団長で合っている。私がギルベルト団長を占い、黒と出たのだ。でもヴェルギリウス様どこでわかったんだろう。次に発言するマルキュレさんも驚いた様子だ。


「え?ヴェルギリウス様が狂人なのですか?ギルベルト様が人狼、そうすると…投票で同数になって今日は誰も吊られない。夜に一人咬まれて、ああ私達の負けですね。今日はギルベルト様に票を入れようと思っていましたが狂人の線を見誤りましたわね」


「ふん、そうかヴェルギリウスが狂人か。それは良かった、俺もそろそろ吊られてしまうかと思っていたところだ。じゃあ投票に移ろうか。女性を吊るのは忍びないので俺はベンジャミンに入れる。ヴェルギリウスもそうしてくれ」


 そう言って笑みを浮かべるギルベルト団長。


 投票の結果、三票が入りギルベルト団長(・・・・・・・)が吊られた(・・・・・)


「はい、ここで人狼が全て吊られましたのでゲーム終了です。村人陣営の勝利となります」


 ラプラスさんのアナウンスを聞きながら口をポカンと開けたままのギルベルト団長。はっ、と何かに気付いたようにヴェルギリウス様を睨む。


「おいヴェルギリウス!騙したな!くそぅ、油断した」


「騙したとは人聞きの悪いことだな、ギルベルトよ。これは戦術だ。放っておいても吊られたであろうが、念のためカマをかけた。そんなことでは戦場で足元を掬われるぞ」


 何だかやられてしまった人狼のほうが可哀想に思える。そうかここは村人陣営ではなく魔王陣営だったか。プレイルームに戻った私が尋ねる。


「ヴェル様、ギルベルト団長が人狼だと気付いておられたのですか?」


「四日目で半ば確信はしていた。こいつはなかなか信念を曲げぬ奴でな、最初に投票を放棄したのに二日目からは誰それが怪しいといって投票していたのが気になった。それに本物の狂人が吊られたので確実に勝とうと思ったのだ。シズクが狂人であろう?」


 無言で頷くシズクさん。


「ああ見えてマルキュレは負けず嫌いだからな、人狼の線も少しは残っていると考えていた」


 ふむ、でも一番の負けず嫌いは絶対にヴェルギリウス様だろう。ギルベルト団長の悔しがり方を見てもそれが窺える。

 そして他の者も口々にゲームの感想を述べあっている。


「それでは皆さん、今日のレクリエーション大会お疲れ様でした。良い息抜きになったと思います。勝敗は村人陣営の勝利となりましたが全員がよく戦ったと思います。そして研究所のメンバーだけでなく小隊の皆さんやギルベルト団長とも親交を深めることができたのはとても良い機会だったと思っています」


 私は一同をぐるり見渡す。


「ここで今日のMVPを発表したいと思います。敢えなく最初に吊られていったジョバンニさん、最後まで人狼として戦い抜いたギルベルト団長、非情な罠で勝利を掴んだヴェルギリウス様、などなど数々の名シーンがありましたが、私は今日一日ゲームマスターとしてスムーズなゲーム進行を行ってくれたラプラスさんにMVPを贈りたいと思います。ラプラスさん、ありがとうございました」


「ああ、なんと!アイン所長、ありがとうございます。私も今日一日、皆さんが頑張っておられる姿を間近で見ることができ楽しかったように思います」


 会場から拍手が沸き起こる。実際ラプラスさんがいなければ今日のゲームは成り立たなかっただろう。第二研究所の実務の鬼は伊達じゃない。そのことを皆もわかっているのだ。



 そういうわけで長かった魔法第二研究所レクリエーション大会も無事に幕を閉じた。


 決してヴェルギリウス様に勝負を挑んではいけない、その思いを深く胸に刻んで。


 


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