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60.新しい研究

 副校長室を出て部屋に戻った私は第一研究室を訪ねる。研究室ではラプラスさんが鉄道計画の資料に目を通しているところだった。どうやら私を待っていたようだ。


「こんにちは、ラプラスさん。なんだが大変なことになってしまいました」


 慌てた様子の私にラプラスさんが微笑む。


「こんにちは、アイン所長。事情はヴェルギリウス様から聞いています。それほど大変に考えなくても大丈夫ですよ。どうしましょう?皆を集めますか?」


 ラプラスさんは既に状況を把握しているようだ。ラプラスさんが了解しているというのは私にとってとても心強い。何事も任せて安心ラプラスさんなのだ。


「そうですね、私から話をします。今日来ている方だけで結構ですのでここに集めてもらえますか」


「承知しました。所長はこちらでお待ち下さい」



 しばらくして徐々にメンバーが集まってくる。第二研究室のマルキュレさん達女性陣、第三研究室のモーリッツさん、ラプラスさんと研究所内にいた他の研究員、最後に屋外にいたケイト君達のチームだ。


「皆さんお揃いのようですので、私から話があります」


 私は一同を見渡す。


「本日より私がこの研究所の所長となりました。私はこれまで副所長といってもヴェルギリウス所長やラプラスさんに頼るところが大きく助けられてばかりいました。そんな私が新しく所長となり皆さんは不安に思うかもしれませんが、任せられた以上私も頑張りますので、これまで以上に協力していただけると助かります」


 やはり突然の報告に驚いている者も多い。


「私はアインさんなら立派に所長職を務めることができると思いますよ」


 皆の動揺を鎮めるためにラプラスさんが口を開いた。


「ありがとうございます、ラプラスさん。これからも宜しくお願いします」


「アイン所長、私も適任だと思いますわよ。実際これまでもアイン所長の指示で動いていましたから、違和感はありません」


 マルキュレさんも同意してくれた。やはり女性陣からの応援は心強い。


「アインスターさん、既に私は何があってもアインスターさんについていくと決めております。所長になられたことは喜ばしいことです」


 モーリッツさんは…まあ、そうだろう。ここだけはなんとなくわかっていたよ。


「皆さんありがとうございます。マルキュレさんがおっしゃったように皆さんの業務においては変わりありません。いや、いくつか新しい研究を始めようと考えてはいますがそれはまた個別にお話しいたします。それにヴェルギリウス様もこれまで同様、研究所に顔を出すとおっしゃっておられました。見かけた際には研究の話をいっぱいしてあげて下さいね」


 見るとラプラスさんがにっこりと微笑んでいる。


「それでは皆さん、業務に戻って下さい。ケイトとモーリッツさんにはこれからカムパネルラの進捗状況について報告してもらいますので残って下さい。マルキュレさん、第二研究室には後程うかがいます」


 しかし私が話し終わっても誰も動こうとしない。あれ?と首を傾げていると突如盛大な拍手が沸き起こった。


「所長就任おめでとうございます!」


 口々に祝福の言葉が述べられる。大変だと思うばかりでこれまで考えてもいなかったが、外から見ればこれは大出世なのだ。学校に入ったばかりの身で副所長になったものだからすっかり感覚が麻痺していた。

 ふと前世で初めて研究成果が認められ一つのチームを任された時の気持ちを思い出す。あの時も今のような思いだったに違いない。


「あ、ありがとうございます。改めて所長として宜しくお願いします」


 私は短く言葉を返した。少し照れくさかったのだ。



 皆が退室していき第一研究室にはケイト君とモーリッツさん、それにラプラスさんが残った。ラプラスさんにはこれまで以上に全体を知っていてもらう必要がある。


「それではまずケイトからお願いします」


「はい、間もなくカムパネルラ本体が完成します。仮設路での機動テストはオールクリア、個別のテスト結果については資料にデータをまとめてありますのでご確認下さい。内装についてはモーリッツさん」


 ケイト君からモーリッツさんへ移る。


「ええ、こちらもカムパネルラへの設置が終わりました。いやぁ、車内がこれ程明るくなるとは驚きです。アインスター所長の構想通り電気を使う事で結果的に設置が容易になりました。魔法で補おうとすればこうはいかなかったでしょう」


 最後は感嘆したようにモーリッツさんが目を輝かせた。


「しばらく見に行く機会がありませんでしたが完成間近なのですね。ケイト、ご苦労様です。ラプラスさん、線路の設置状況について教えて下さい」


「まず王都では城門に隣接するかたちで駅舎を建設中です。そしてこの研究所から駅舎までの設置を終えました。王都フェルメール間では王都側からは一割程度、フェルメール側からは五割程度設置が進んでいます。フェルメールでは街をあげてこの事業に取り組もうという姿勢を見せていますね」


「それではカムパネルラの完成にあわせて研究所から駅舎までお披露目を行います。ラプラスさんは日程の調整と招待客のピックアップをお願いします」


 いよいよカムパネルラが乗客を乗せて王都内を走るのだ。期待に胸が膨らむ。


「わかりました。ケイトと調整を行います」


「モーリッツさんもご苦労様でした。カムパネルラでの電気の使用が間に合ったのはモーリッツさんのおかげです」


 モーリッツさんはその過度な言動さえなければ非常に出来る人なのだ。ラプラスさんが広い分野をそつなくこなすのに対してモーリッツさんは一点集中でその才能を発揮する。


「モーリッツさんは引き続き電気の研究を進めて下さい。都市への転用が可能なようにパッケージ化を行います」


 お任せ下さい、とモーリッツさん。


 この鉄道計画に電気の使用を盛り込んだのはもちろんカムパネルラ自体の利便性を考えたということもあるが、一方で魔法に頼らない電気エネルギーの街での使用を考えてのことだった。

 電気網と交通網、この二大インフラの整備が都市機能を大幅に向上させる。


「ケイトは貨物車の製造も同時に進めて下さい。一車両あたりの収容能力を考えて必要な車両数分の予算を計上、工期も線路の完成にあわせてダニエルさんと調整して下さい」


 これで鉄道計画プランカムパネルラに関する各々の役割確認は終了だ。ダニエルさんにも話をしておきたいので後でカムパネルラを見に行こう。


「それでは皆さん作業に戻って下さい。ラプラスさんは私と一緒に来て下さい、これから第二研究室を訪ねます」


 ケイト君が現場に戻るのを見送って私達は第二研究室へ向かった。



 第二研究室に入ると直ぐにマルキュレさんが顔を出してくれた。


「アイン所長、早かったですわね。さあ、奥へどうぞ」


 入り口の談話スペースを通り抜け、奥の研究エリアに向かう。


「マルキュレさんが纏めてくれたレポートを読みました。良い結果が得られましたね、ありがとうございます」


「あら、アイン所長の中ではもうどうやって応用するかが出来上がっているようですね。また新しいものを作るのでしょう?楽しみですね」


「ええ、そうですね。もっとも実際に作るのはダニエルさんですが」


 相変わらず忙しいようなので倒れたりしなければ良いが。


「彼もアイン所長の目に留まってしまったのが運のつきですわね」


 そう言ってマルキュレさんが笑う。


「ダニエルさんは自ら今の環境に飛び込んだのです、私のせいではありません。ところでマルキュレさん、仕事のし過ぎで倒れてしまったらマルキュレさんならどうしますか?」


「そうですね、ゆっくり休みますわ」


「病気になってしまったら?」


「やはり家で休みます。薬草を買って飲むかもしれません」


 やはりそうだ。この世界では基本的には薬草を飲んで休むということになる。そしてもう一つ。


「怪我をしてしまったらどうでしょう?」


「これも同じですわ。薬草を塗って治るのを待ちます。ああ酷い怪我なら教会に行くかもしれませんね」


 そう、教会である。ここでは怪我や病気が酷い場合には教会に行く。それ以外の治療施設、例えば病院などの医療機関は少なくとも王国には存在しない。


「昨年ですが私はたまたま王都にある教会を訪れました」


 本当に偶然、教会の近くを歩いていたらちょっとした騒動に巻き込まれたのだ。そして教会を案内された。


「戦争のこともあり騎士の方などたくさんの人で溢れていました。なんでも教会には傷を治す魔道具類などもあるようですね」


 私は二人を交互に見つめる。


「まさかアイン所長、回復魔法に手を出されるのですか?」


 マルキュレさんが驚いた表情で聞き返した。ラプラスさんも少し顔つきが硬い。


「回復魔法の開発も行います。しかし魔法は一つの手段に過ぎません。包括的な治療を目的とした機関の創設、第二魔法研究所が次に行うのは」


 せっかく所長になったのだ。やりたいと思ったことは全てやる。私は声のボリュームを一つ上げた。


「医療改革です!」

次回は5月24日17:00更新です

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