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59.魔法研究所の所長

 今年も初日からヴェルギリウス所長に呼び出された私は副校長室を訪ねた。扉の前で来た旨を告げると、入ってくるようにという声が聞こえる。


「おはようございます、所長。今年も宜しくお願いします」


「ああ、宜しく頼む。休みの間はゆっくりすることができたか?」


「はい、おかげさまで」


 フェルメールに帰った私は目立つことを避けるため多くを家で過ごした。家のほうはリヒャルトお兄様が騎士学校を卒業し、騎士見習いとなる準備でばたばたとしていたので、邪魔にならないように大人しくしていたのだ。


「結構。それで今日来てもらったのは其方に伝えなくてはならないことが二つあるからだ」


 確か去年も二つだった。研究所の副所長と魔法部隊の小隊長、いや学校での待遇の話を含めると三つか。そうすると一つ減っているわけだ。


「まず一つ目は研究所のことだが」


 所長の言葉に、自然聞く耳が強張る。


「アインスター、本日付けで君は第二魔法研究所の所長となる」


「へ!?」


 思わず間抜けな声が漏れた。


「へ、ではない。これからは君が研究所の所長となるのだ」


「それでは所長は?」


「話を聞いていなかったのか?もう既に所長は君だ。まあ慣れぬのは仕方がないが。私はやらねばならぬ事ができたので所長職を退くことにした。もっとも昨年から研究所に立ち寄る機会がほとんどなくなっていたので丁度よかったのだが」


 急な話で頭が追い付かない。


「ちょっと待って下さい、急に所長と言われても何をすればよいのかわかりません」


「心配することはない、肩書きが変わるだけでやることは変わらない。研究所の運営はラプラスに任せれば良いし、他に困ったことがあれば私を頼るとよい。君はこれまで通り好きな研究を好きなだけやっていればよいのだ」


 そこで昨日のマルキュレさん達との話を思い出す。


「所長、いやヴェルギリウス様…なんだか呼びにくいですね。ヴェルギリウス様は研究が好きで所長になったのではないのですか?」


 私は所長の顔を真っ直ぐ見つめた。


「マルキュレさん達から聞きました。ヴェルギリウス様は誰よりも研究することが大好きに違いないって。それなら研究所を離れてしまうなんて悲し過ぎます。私も研究が大好きですから研究出来ない辛さは解ります」


「ふん、あそこにいるのは皆研究が好きな人間ばかりだ。私だけが飛び抜けているわけではない。それに先程も言ったが昨年も研究に時間が割けない状況だった。君同様、私も肩書きが変わるだけだ」


「でも…」


 私の言葉を所長が遮る。


「研究所と無縁になるつもりはない。時間があれば研究所にも顔を出すつもりだ。それとも君が所長になると、私は研究所に入れてもらえなくなるのかね?」


「そんなことはありません…わかりました。今は一先ず所長として頑張ります。でも必ず戻ってきて下さいね。私はヴェルギリウス様と一緒に研究がしたいのです」


 私の言葉に所長が微笑んだ、ような気がした。


「ああ、君にとって何より研究が大切だということは知っている。私も研究が好きだ。研究だけをしていられればと思うこともある。だから今は少しだけその役目を君に任せることにする」


「承知しました」


 所長は魔法大隊の隊長でもあるし、また学校のほうも授業内容の見直しなどで、実際大忙しなのだろう。学校の件では原因が私にあるともいえるので少し申し訳なく思うが、その分私が頑張って研究所を盛り上げていかなくてはならないと心に決める。


「それで二つ目の話はなんでしょうか?」


 一つ目の話のインパクトが強すぎて忘れかけていたが、確か用件はもう一つあるはずだ。


「ああ、先程の話は決定事項だが、次は内定事項だ。近いうちに君に爵位が与えられることになっている。伯爵位だ」


 へ!?次もまた俄には理解できない話が飛んできた。


「其方の父親は王国騎士であろう、これは貴族の末席で一代限りのものだ。しかし爵位を持てばそれは将来にわたって引き継がれていくことになる」


「ええと、どうしてそうなったのでしょうか?爵位ってそんなにほいほいともらえるものなんでしょうか?」


 私の感覚ではいまいちピンと来ない。


「当然これは色々な意味で異例なことだ。昨年のフェルメールでの戦いの褒美というわけだが、研究所における所長職の箔付けということもあるだろう」


 なるほど、王国が誇る魔法研究所の所長が王国騎士の娘というのでは格好が付かないというわけか。


「まあ君の魔法師としての戦力を放っておけなくなったというのが本音だろうが。時期については未定なので決まったらまた連絡する」


「伯爵になるとどうなるのでしょうか?心得ておかなければならないことはありますか?」


 貴族社会には疎い私である。何か大変な義務でもあるのではないかと恐ろしくなってしまう。


「領地を持つわけでもないので何が変わるということもない。社交に出る機会が多少増えるというくらいだ。もっとも研究所の所長職に就くことで君に入る給金も多くなってくる。大丈夫だとは思うが心配なら両親に管理を任せるとよい。まだ幼い君を狙って有象無象の輩が集まってこないとも限らない」


 所長が心配そうに私を見つめる。所長は知らないのだ、私が給金など問題にならないくらいの大金を既に持っていることを。

 

 私は自分が使うのに便利なようにインクをいちいちつけなくてよいインクペンを作った。そして製法をダニエルさんに伝えて、売上の一部が入ってくるようになっている。

 瞬く間にインクペンは王国に広がった。当初は生産が全く追い付かなかったが、ダニエルさんがこの国には無かった特許のような考え方を商人ギルドに認めさせて制度化し、一気に生産量が増加したのだ。


 余談だがダニエルさんには実業家としての才能があったようで、自分のところで製造をしなくなった今も王国に流れるインクペンの販売を一手に取り仕切っている。

 またペンだけではなく、紙の需要が増えることも見越して、王国内の複数の紙工房にインクペンが使いやすい紙の製造を依頼し、販売の独占契約を結んだ。

 これまでは高価だった紙を大量に扱うことで価格を下げ、独自の販売ルートを確立したのだった。


 しかし一方でそれらインクペン以外の事業が一度軌道に乗るや、丸ごとフェルメールにあるボルボワ商会に統合して自分は経営から手を引いた。そして今日も工房に籠って鉄を打ち続けている。変わった人だ。

 

 大変なのは父親のボルボワさんで、半ば引退したようにのんびり商売をしていたのが、今や王国随一の総合商社である。他人事ながら苦労が偲ばれる。


「アインスター、そんなに難しく考えることではない。今まで通りの生活を送っていれば問題はないだろう」


 お金の使い方について思案していたわけではなかったのだが、私が余程難しい顔をしていたようで、気がつくと所長が心配そうにこちらを見ていた。


「わかりました。気を付けることにします」


「うむ、用件は以上だ」


 それでは、と退室しようとした私に所長が再び声をかけた。


「時間ができたらまた君を私の屋敷に招待しよう。君のおかげで無駄な出兵をしなくて済んだとギルベルトも喜んでいた。会って礼がしたいそうだ。来てくれるかな?」


「はい、楽しみにしています」


 所長の屋敷で過ごした時間は私にとっても楽しいものだった。そうだ、今度屋敷に呼ばれた時には所長に新しい研究の話をいっぱいしてあげよう、きっと喜ぶに違いない。

 そう思いながら、私は副校長室を後にした。


次回は5月17日17:00更新です

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