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SS.7 パンチョス侯爵の憂鬱

 レブラント王国王都、ガルガン領から馬をとばしてやってきた。なんとしても今日中に国王に謁見しなければならない。


「はぁ…」


 今日何度目だろう、思わず溜め息が漏れる。頭の中を同じフレーズがリフレインする。『どうしてこうなった?』

 

 王都からルーベンス王国侵攻の計画が伝えられたのはもう随分前だ。この作戦が成功するかどうかはパンチョス侯爵にはわからなかったが、自分が治めるガルガン領に限ればルーベンス王国フェルメール領へ攻撃を仕掛けることには十分な妥当性があった。

 中央の戦闘が激しくなればフェルメールの守りが薄くなることは目に見えていたからだ。現に自分がフェルメール領入りするに至ってはほとんどのルーベンス王国正規兵が王都に引き返していた。

 誤算だったのは敵軍に一騎当千の魔法部隊が存在したことだ。


「あれは本当に魔法師か?」


 今でも信じられない。ここ数日の出来事が夢だったのではないか、と何度思ったことか。レブラントの常識では魔法師というのは安全な後方から魔法を撃ち合うもので、先頭に立って突っ込んでくるなんてことは有り得ないことだった。

 だが、不幸中の幸いというべきか、戦闘に敗れはしたものの負傷兵が多少出た程度で自身の領地まで戻ってくることができたのだ。

 敵軍の数が少ないために追撃が出来なかったのか、はたまた敵将の言った通り本当に追撃する気がなかったのか、それはわからないが多分後者だろうとパンチョス侯爵は思っている。


 そして無事領地に戻り一旦は落ち着いたと思ったのもつかの間、直ぐに二度目の不幸が襲いかかってきた。

 アインスター、あの恐るべき敵将が私の領地の私の屋敷の私の部屋に突如として現れたのだ。


「いったい…」


 どうやって、と言う独り言を飲み込む。どうやって?相手はあの魔法師なのだ、自分にはわからない理屈でどうにでもなるのだろう。

 最初は素直に驚いた。そして直ぐに恐怖が押し寄せた。今度こそ逃げられない、もう駄目だと思ったのだ。


 しかしよく考えれば、いや、今にして思えばだが、私の命を狙ってということであればあの戦場で簡単にけりがついていたはずなのだ。今さら暗殺めいたやり方で私の命を狙うというのは理屈に合わない。そういう意味では彼女の行為が私の理の外にあってもその行動原理は理にかなっていた。


 正直、彼女の言っていたことはよくわからなかった。しかし彼女が戦闘に加わればレブラント王国が滅びるという一点に於いては紛れもない事実だと実感できた。そしてその一点だけで私が王都にやってきた理由は十分だった。


「おお、これはこれはパンチョス侯爵、ようこそおいでくださいました。今日はいったいどのようなご用件で?」


 しばらくして現れたのは第四騎士団の副団長、確かハンプキンスといったか。


「副団長殿、君のところの団長は元気かね」


 第四騎士団の団長は元は私の部下だった男だ。剣の筋が良く、鍛え甲斐がある男だった。その第四騎士団は今回の戦闘で王国に残り王都の守りについていたため被害が無く、相対的に発言力が増していると聞く。


「団長は昔侯爵にお世話になっていたようですね、それで今回私を使わしたのです。今度の戦闘ではフェルメール攻略が上手くいかずお気の毒でした。パンチョス侯爵が中央に対して思うところがあるのもわかります」


 ん?この男は何を言っているのか。


「しかし今は堪えて下さい。王都の騎士団にも大きな被害が出まして、その立て直しが急務なのです。それに侯爵にフェルメールへ侵攻するよう勧めたのは中央ですが、決定されたのは侯爵自身なのですよ」


 なるほどそういうわけか。どうやら私が中央に対して補償なりを求めてやってきたと思っているようだ。


「いやいや副団長殿は何やら勘違いをしておられる。私は今度の戦争の責任を問いにきたのではない。重大な案件なので王に直接お会いしたいと、謁見を求めているだけなのだ」


「とにかく、どのようなご用件であっても王はお会いにはなれません。先程も申しました通り戦争の後処理で立て込んでいるのです」


 この男にこれ以上言っても埒が明きそうにない。それに立て込んでいるというのも事実だろう。団長に面会する手もあるが彼も私同様、剣のみに生きてきたような男だ。この資料を見せても理解できないだろう。

 どうしたものか、と思案する。この資料の是非を判断できそうな者、そうなると文官かもしくは…


「副団長の言うことは承知した。それでは別件だが技術省のローベルクラフト男爵を紹介してもらえないだろうか」


 技術省というのは魔法研究や魔法開発を行う機関で男爵は若くしてそこのトップに就いた男だ。優秀な男らしく側近として王の信頼も厚いという噂だった。そして何を思ったか今度の戦争で私の元へ魔法部隊を派遣してきたのも彼だった。


「パンチョス侯爵の口から技術省の名が出るとは思いませんでしたが、まあいいでしょう。しかし男爵も忙しいようで」


 渋るような物言いだが、元来騎士団と技術省は仲が良くない。かくいう私も剣ではなく口先でのしあがってきたような連中のことを良く思っていないのは事実だ。


「彼にはガルガン領に魔法部隊を派遣してもらったのでな。その件で話があると伝えて欲しい」



 意外なことにローベルクラフト男爵との面会は直ぐに叶った。彼の方でも私との面会を望んだからだ。


「パンチョス侯爵、お初にお目にかかります、ローベルクラフトです。お会いできて光栄です。私の方からご領地に出向こうかと思っていたところでした」


 そう言って彼は丁寧な物腰で頭を下げた。すらりと細身で手足が異様に長い。そして全てを見透したような眼差しが癪にさわる。やはり苦手なタイプのようだ。


「いや、男爵、そう畏まらんでも結構、儂のほうからお願いしたのだ。それにせっかく貴殿が魔法部隊を差し向けてくれたにもかかわらず戦に勝てなかった。まずは詫びをさせてもらおう」


「その件ですが、戻った魔法師達から事情は聞いております。何でも大変な魔法を受けたと。心中お察し致します。そして私が伺いたかったのはまさにその件なのです」


 男爵は軽く目を閉じて語り始めた。


「ある魔法師の話では敵軍から本陣に向けて強大な新魔法が放たれた、と。しかしその新魔法も気にはなりますが、新しい魔法が発見されることは稀にあること。私が気になったのは敵軍がまるで騎士団のように斬り込んできたということ、しかも魔法を放ちながら、です。本当ですか?」


「事実だ、男爵」


 私は男爵に事のあらましを語って聞かせた。


「ふうむ、どうやら魔法師が持ち帰った情報は確からしい。今日侯爵が来られたのもその件ですね」


 否、と首を振る。確かに敵の魔法師の事は気になるが、それはもう終わった事だ。私は声を一段落とした。


「今日王都まで足を運んだのは別件なのだ。いや、完全に別というわけでもないが、実は…」


 私は敵将が乗り込んできた話を続けた。男爵も先程以上の衝撃を受けたようだ。


「たった三人で屋敷に乗り込む!?そんな事が可能とは…到底思えません」


「まったくだ。儂もこれが夢ならばいいと何度思ったことか。そういうわけで儂はレブラントの危機をなんとかしなければ、と王都までやってきたわけだ。しかし王との謁見は叶わなかった。そこで貴殿を頼ろうと思ったわけだ」


 そう言って例の企画書を男爵に渡す。


「儂が読んでもよくわからん。おそらく貴殿の分野だろう。貴殿は政略にも長けておると聞いている」


 男爵が書類に目を通し始める。


 ………


「敵将はそれをもって同盟の条件にしたいと。賠償などは求めないと言っていたが俄には信じがたい」


 ………


「男爵?…聞いておるのか、男爵?」


 黙ったまま必死に頁を捲っていた男爵が、はっと我にかえる。


「す、すいません。しかし本当にこのような…」


「なんでもルーベンス王国では既に開発が進められ、実用の目処もたっているということだったが、その馬車に代わる乗り物がそんなに凄いものなのだろうか?」


「馬車!?とんでもない。これはそのようなレベルの話ではありません。万が一にも実用化されればこの大陸の有り様が一変するような、そんな代物です。いや、もう実用段階?確かにこれは戦争なんかをしている場合ではありません」


 何が起こったのか、男爵が突如興奮しはじめた。


「私から王に話を通しましょう。もとよりルーベンス王国がこれ程の技術力を持っているならば到底勝ち目はありません。先の魔法師の話といい、ルーベンス王国はいつの間にここまでに。只の片田舎だと思いギュスターブ帝国の口車に乗ったのが間違いでした。必ず王を説得致します」


 そう言って男爵は私の手を取った。


「パンチョス侯爵が私を訪ねてくださって感謝致します。この同盟が成れば此度の侯爵の王国に対する貢献は計り知れないものとなるでしょう。私も命を掛ける所存です」


「お、おお、そうか。貴殿が儂の話を聞いてくれて嬉しく思う。儂にはその技術が如何程のものかわからぬが、ただ一つ、戦えば負けるということだけは断言できる。必ず王を説得し、戦いを避けて欲しい」


 このような事を他の武官や騎士団の者に言えば臆病者と嗤われる事は目に見えているが、私はそれでもいいと思っていた。

 ともあれ王の側近が話を聞いてくれて良かった。後はこの男に任せれば良いだろう。私の役目は終わったのだ、今日は久しぶりに安心して眠ることができるだろう。



 それから数日、ローベルクラフト男爵は見事に王の説得という役目を果たした。誤算だったのは、すっかり役目を終えたと思っていた私が同盟締結の責任者としてルーベンス王国との話し合いを任されてしまった事だけだった。

 次回は第四章にはいります。気長に読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

 今のところ第五章が最終章となる予定ですので物語もいよいよ終盤に向かいます。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。

                loooko


次回は5月3日17:00更新です

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