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SS.6 王都の教会

 カーン…カーン…


 高らかに鐘の音が響く。私は朝のお祈りを捧げ、教会の入り口へ向かう。ここはルーベンス王国という大陸南の小国、その王都にある教会。


「おお、シスター、おはようごさいます」


 内側から扉を開けると既に数人が教会の前に列をなしていた。


「皆さん、おはようございます。順番に中へどうぞ」


 数年前に前任のシスターが高齢のため引退したのを契機に、私は新しいシスターとして雇われることになった。孤児院の出である私を、この教会の責任者であるミケラン神父が引き取ってくれたのだ。ちなみにミケラン神父はこの教会のたった一人の責任者である。


 普段は街の人が数人お喋りをして帰っていくくらいで一日中教会の掃除をしている、なんて日もあるくらいだが、ここ数日はミケラン神父を頼って教会を訪れる騎士が後を絶たない。

 というのも国境付近で隣国レブラント王国との大規模な戦争が始まったからだ。傷を負った騎士が治療のためにこの教会を訪れるのだ。


「今日はどうしたんだい?どこか怪我をしたのかな」


「神父様、肩を矢で射ぬかれたんです。傷口は洗って包帯を巻いてもらったんですが思うように動きません。直ぐにでも戦場に戻らなくてはならないのですが何とかならないでしょうか」


 中からミケラン神父の話し声が聞こえる。いつも思うのだが、うっとりするくらいの美声だ。


「ふぅん、焦る気持ちは解るが傷はしっかりと治さなくてはならないよ。薬草を傷口に塗ってしばらくは安静に。この教会でゆっくりしていけば多少治りは早くなる」


「わかりました。少しここで休ませてもらいます」


 私は騎士の人を教会内に設けられた長椅子に案内する。ミケラン神父の話ではこの教会内は神の導きによって怪我や病気が治りやすくなっているらしい。重症の場合には寝台がある奥の部屋に案内することになっている。


 こんな風に治療を求めて訪ねてくる騎士や兵士、時には街の人に薬草などで治療を施すのが教会の役割なのだ。ミケラン神父はその気さくな人柄と怪我や病気の知識から、王都の騎士達からも敬意を払われている。


 はずなのだが…


「なんだと!いいからその魔道具で俺の傷を治せって言ってるんだ!俺が誰だかわかってるんだろうな、ええ?」


「あなたが誰なのか勿論知らない。さあ、その魔道具を返しなさい。あなたの怪我はその魔道具では治らないと言っているんだ。あ、こら、待ちなさい」


 丁度入り口近くにいた私を押し退けて、乱暴な騎士が教会の外に飛び出す。私もつられて外に出る。後ろからはミケラン神父が駆けてくる。


「待って、待ちなさい。神父の言うことをちゃんと聞いて、聞きなさい。誰か、その人を止めて下さい」


 そうは言っても教会の入り口付近に集まっている人達は皆怪我人だ。もっとも逃げている騎士も怪我を負っているはずなのだが。


 駄目だ、追い付かない、そう思った瞬間、逃げる騎士がガクンと地面に倒れた。まるで見えない壁にでもぶつかったかのように。


「教会のものを盗っちゃ駄目ですよ」


 倒れた騎士に隠れて見えなかったが、魔道具を取り戻してくれたのは小さな女の子のようだった。妙な白い服は完全にサイズが合っていない。

 紅い髪の少女が後ろからやってきたミケラン神父に魔道具を渡しながら尋ねる。


「少し騒がしかったようですが、いったいどうしたのですか?」


「これはこれは、可愛らしいお嬢さんだ。そこの騎士さんは慌てて何かに躓きでもしたのかな、お嬢さんに怪我がなくてよかった。実はそこの騎士さんは右肘に大きな怪我を負っていてね」


 ミケラン神父が女の子にこれまでの経緯を伝える。


「…というわけで、この魔道具では治せないと伝えたんだが聞いてもらえなくてね」


「そうでしたか、確かに神父さんの言うことが正しいようですね。その魔道具では逆に肘が動かなくなってしまいますね」


 女の子の言葉に、ギョッとしたミケラン神父が詰め寄ろうとした瞬間、倒れていた騎士が呻き声を上げた。


「う、うぅ」


「気がついたようですね。騎士さん、あなたの怪我はこちらの神父さんがおっしゃる通りこの魔道具では治りません。この魔道具は骨などの組織を固めてくっつける補助をします。肘などの関節部分に使うと後で曲がらなくなってしまいますよ」


 続けて女の子が靭帯やら何やらと説明を始めたのだが、正直私には何の話かさっぱりわからなかった。当の乱暴だった騎士もすっかりキョトンとした表情で時折困った様子をのぞかせている。私同様、何もわかっていないに違いない。


「そ、それで俺はどうすれば…どうすれば元通り剣を握れるようになるんだ?金ならいくらでも用意するから何とかしてほしい。お願いだ、神父様!」


 すっかりおとなしくなった騎士がすがるような態度でミケラン神父に懇願する。女の子もちらりと神父に視線を送った。


「残念だけどこの教会には君の怪我を治す魔道具は置いてはいないし、私の知識でも君の怪我を治すことはできない。傷は時間が経てば回復するけど、そのお嬢さんが言う通り元通り曲げ伸ばしができるかは保証できない」


 視線を受けて神父が応える。すると絶望的な表情になった騎士の前に女の子が歩み出た。


「仕方ないですね、腕を見せて下さい。ふむ、やっぱり靭帯が剥離していますね。魔法で繋ぎとめます」


 そう言ってかざした右手の先にポワンと小さな魔法陣が浮かんだ。


「幸い切れてはいませんでしたので魔力で繋ぎ止めました。傷が治るまで痛みはありますが、関節をよく動かすようにして下さい。但し重いものを持ったり激しく剣を振ったりするのはしばらく禁止です。後は神父さんの指示に従って下さい、あ、お金は教会に寄付するなりして下さいね、それでは私はこれで」


「待って、ちょっと待って下さい、お嬢さん」


 そそくさと退場しようとする女の子をミケラン神父が引き留める。


「ああ、騎士の方、あなたはもう帰っていいですよ。傷が気になるようならまた明日教会に来て下さい。教会には回復を促す効果があります」


 そう言って素早く騎士に要点を告げたミケラン神父が女の子に向き直る。


「お嬢さん、私は王都の教会の責任者でミケランと申します。先程はありがとうございました。それで色々と聞きたいことがあるのですが、教会の中までご一緒して頂けますか?」


 女の子は少し首を捻った後、わかりました、と答えた。私は神父様の視線を受け、準備のために一足先に教会内に戻る。幸い今日は症状の軽い人ばかりのようなので、明日また来てもらうか教会の席で休んでもらうか尋ね振り分ける。

 そうしているうちにミケラン神父と先程の女の子が教会に入ってきた。


「マリー、すまないね、君ばかり働かせて。奥で話をするから君も来てくれ」


 そう言われた私はお茶を用意して奥の部屋を訪ねた。神父の書斎兼研究室となっている部屋だ。


「マリー、こちらのお嬢さんはアインスターさんというそうだ。アインスターさん、教会でシスターをやってもらってるマリーです」


 アインで構いません、と頭を下げる女の子に私も礼を返す。


「さて、アインさん。騎士の乱暴を止めてくれたこと、改めてお礼を言います、ありがとう。それでアインさんは治療の魔法を使ったように見えたのですが、あなたはいったい何者ですか?」


「魔法学校の学生です」


「なるほど魔法学校の学生さん、それで治癒魔法が使えるのですね…ってそんなわけないでしょう!治癒魔法はその情報を教会が独占しています。アインさんは教会の関係者なのでしょうか?」


 ミケラン神父の言うことはもっともなのだ。治療や回復の魔法は教会の専権事項、しかもミケラン神父ほどの偉い神父でも魔道具を使うことがほとんどで知っている魔法は極僅かだと聞いている。


「いえ、教会に来たのは初めてです。関わらないようにしていましたから…」


 そしてアインさんとミケラン神父の魔法談義が始まった。途中から神父の顔つきが真剣なものとなり、うんうんと聞き手にまわっていたが、私には何を言っているのかさっぱりわからなかった。


「アインさん、よくわかりました。いや、正直よくは解っていないのですが、あなたの言うことは理にかなっているように思える。あなたが教会の魔道具を見ただけで効果を言い当てたこともわかりました。それに私がこれまで考えていたこととも一部一致します」


 そこで一旦言葉を切った神父はアインさんを真剣な眼差しで見つめた。


「アインさん、お願いがあります。特別室に一人、数日の間なかなか症状が回復しない者が休んでおられます。私も大変お世話になった方なので何とか力になりたいのですが、どうすれば良いのかわかりません。アインさんなら何かわかることがあるかもしれません」


 最初は渋っていたアインさんも、ミケラン神父の熱意に負けたのか結局特別室を覗くことになった。

 しばらくしてミケラン神父と一緒に部屋に入ったアインさんが戻ってきた。


「ミケラン神父、詳しくはわかりませんが症状から肺炎ではないかと思います。細菌やウィルスによって炎症が起きているのです」


 やはりアインさんの言っていることは私にはさっぱりわからない。


「ここで重要なのはこの教会の環境です。この教会内には回復を助けるような魔素の動きが見られます」


 ミケラン神父が無言で頷く。


「その効果によって細菌やウィルス、つまり病気の原因となっているものまで活性化されているのだと考えられます。この教会以外の場所で薬草を飲み、きちんと食事を取って養生されるのが良いかと思います」


「そうでしたか。この教会にいることでかえって症状を悪化させていたとは、考えもしませんでした」


 その後もいくつかの注意事項を確認しあい、アインさんは帰っていった。帰り際に、抗生物質があれば、とか何とか、またわけのわからないことを呟きながら。


 その後、教会を出て養生していた件の人は症状が徐々によくなり、これにはミケラン神父も大変喜んだ。



 後にアインさん、あの不思議な少女とまたあのような形で関わることになるとは、この時の私は全く想像もしていなかったのだ。

次回は4月26日17:00更新です。

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