56.学校対抗戦 前編
学校対抗戦の日はあっという間にやってきた。これが終われば間もなく学校は休みに入る。今日は対抗戦に参加する生徒だけが学校に集まっている。これから皆で会場に向かうのだ。
「それでは一年生はこちらの馬車に乗って下さい」
先生の先導で馬車に乗る。会場は王宮にある騎士団の訓練場なのだがここ最近、頻繁に通った道だけあって私にとっては馴染みになっていた。
「アイン、こっちだ、こっち」
会場に着くと早速お兄様達が駆け寄ってきた。騎士学校の生徒は一足先に到着していたようだ。
「エーリッヒお兄様、お久しぶりです。リヒャルトお兄様も。騎士学校の皆さんはお早いですね」
「ああ、騎士学校の皆は毎年対抗戦を楽しみにしているからな。今年はアインも参加するし、リヒャルト兄様も最終学年で学校の代表として剣舞を披露するから楽しみなんだ」
鼻高々といった様子のエーリッヒお兄様だが、そういうお兄様も学年の首席として剣舞の演者に選ばれているようだった。
「アイン、騎士学校ではアインの噂で持ちきりだよ。家に帰ってアインの話を聞くのが楽しみだよ。そうそう、今日はお父様とお母様も観に来ると言っていた。観戦の間は席は自由だからアインも一緒にいるといい。一年生の競技は早く終わるはずだからね」
「はい、そうします、リヒャルトお兄様。後でそちらに伺います」
観戦席の場所を確認して、私は魔法学校の控え場に戻った。私が戻ると、丁度先生が今日のスケジュールを確認しているところだった。
「アインスター君、丁度いいところに来ました。それでは一年生の予定をお伝えします。まず開会式が終わってすぐ、一年生の剣舞があります。その後、リチャード君達の魔法実演です。頑張ってくださいね」
先生の話によると一年生代表の魔法実演が終わった後、学校代表として私が魔法を披露するということになる。これはリチャード君達の実演が霞んでしまわないようにという配慮だった。
「午後からは競技になりますが、これも一年生が一番最初になります。魔法実演や競技の時間以外は自由行動です」
魔法学校の観覧席も設けられているようだが、一般の席で観戦しても問題は無いらしい。中には騎士学校の生徒と交流を深める者もいるそうだ。
「それでは間もなく開会式です。皆さん楽しんできて下さいね」
笑顔のアイザック先生に見送られて私達はぞろぞろと開会式の会場に向かう。広々としたグラウンドは普段は騎士団の訓練場だが、今日は周りに観覧席が設けられて、演技がしやすいように整備されている。騎士学校の生徒と魔法学校の生徒が一堂に集まった様子は壮観だ。
「…王国を守る騎士、または魔法師になるべくお互いに切磋琢磨し…」
騎士学校の代表としてリヒャルトお兄様が宣誓を行っている。お兄様が最終学年の首席というのはどうやら本当らしい。私の家より立派な家柄の子弟が多い中で大したものだと思う。
「…ことをここに誓います。王都騎士学校代表リヒャルト・アルティノーレ」
パチパチと大きな拍手が起こる。お父様達も到着して開会式の様子を観ているのだろうか。お兄様の勇姿を誇らしく思っているに違いない。
開会式が終わると直ぐ様騎士学校の剣舞が始まった。流石に一年生と云えども選ばれたエリート騎士の卵だけあってその動きは洗練されている。しかしお兄様達やお父様の剣技を見慣れている私にとっては少し物足りないのも確かだ。
「騎士学校の生徒とはいえ、一年生ではまだ身体強化は習得していないようですね」
次の魔法実演のために控えているリチャード君に話しかける。私も出番が近いこともあってクラスメイトと共にグラウンドの脇に控えていた。
「アイン、身体強化は本来学校で学ぶようなものではないのだ。騎士になって実戦を重ねて自然に身に付くものだ。一年生に限らず騎士学校の生徒が出来なくて当然なのだ」
アインの周りがおかしいのだとリチャード君が肩を竦めた。そういえばお父様も前にそう言っていたっけ。
「ではそろそろ行ってくる。皆、アインに負けないように頑張ろう!」
出番になったリチャード君達が競技場に入っていく。私はアイザック先生の隣に腰をおろした。
「魔法学校一年生による魔法実演です。魔法を無詠唱で放つという新しい技術に挑戦します」
会場に響くアナウンスに会場がざわついた。現役の魔法師でさえ不可能な技術を学校に入りたての一年生が行おうというのだ、先程まで温かい雰囲気で拍手を送っていた観客の目の色が変わる。
「会場の空気が変わりましたね、リチャード君達大丈夫でしょうか?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、彼らも随分練習していましたからね。今すぐにでも私の小隊に欲しいくらいですよ」
冗談ともつかない先生の言葉を聞き流し、再び競技場に目を向ける。
と、横一列に並んだリチャード君達が空に向かって魔法を放つ。アーチを描いたあれは基本のファイアーだがそれぞれ色が違う。火の玉の温度に差をつけているのだ。外に向かうほど青く、そのグラデーションが美しい。
観覧席からも、おおおっ!という歓声が漏れる。
次に左右に別れ、互いに魔法を放ちあう。連続して放たれた魔法の全てが丁度競技場の真ん中あたりでぶつかり合って消えてゆく。器用に座標を調整しているのだ。そして二人と三人に別れたということはリチャード君が二人分を一人でこなしているのだ。流石は首席である。
歓声をあげていた観客も今は固唾を飲んで見守っている。徐々にテンポをあげて放たれていた魔法は遂に最後の一発が会場中央でぶつかり合って消滅し、ゆっくりとお辞儀をしたリチャード君達がこちらに戻ってくる。
パチ…パチ…という拍手が次第に大きな渦となり、最後は割れんばかりの大歓声に包まれた。実演は大成功である。
「リチャード君、お疲れ様でした。素晴らしかったです。炎の色を変えたのは考えましたね、とても綺麗でしたよ」
「ありがとう、アイン。アインの講義で聞いた内容を応用したんだ。次はアインの出番だね、期待しているよ」
戻ったリチャード君が誇らしげな笑顔で手をふる。他のメンバーも実演が成功して嬉しそうだ。まだまだ熱気の冷めやらぬ会場からアナウンスが聞こえる。
「魔法学校一年生による素晴らしい実演でした。続きまして次も魔法学校代表による魔法実演ですが、今まで誰も見たことの無い新魔法を披露してくれるそうです。会場の皆様、ご期待下さい」
そんなにハードルを上げないで頂きたい。少し緊張してきた。
「それでは先生、行ってきます」
競技場に入り観覧席に目を向ける。なるほど大勢の観客に見られるというのは恥ずかしい。
「アインー!頑張れぇ!」
あ、あれはお父様の声だ、お父様、声が大きいよ…
お父様の声のする方向を無視して私は左手を大きく掲げる。その先にぽっかりと浮かぶ大きな魔法陣。もちろんこれはダミーで、どうせ聞こえないからと呪文の詠唱を省くかわりに演出として用意したのだ。
「フェネクス!」
魔法陣から巨大な炎の鳥が現れ、一直線に空に昇る。観覧席の所々で、あっ!…あっ!…という声が漏れているが、うーん、いまいち盛り上がりに欠けるなぁ。
「フォルネウス!」
私は次に右手を大きく掲げた。同じように魔法陣を作り、水で作った巨大な魚を出現させる。名前は適当に付けたがこれもソロモンの悪魔だったような。
空中で旋回するフェネクスめがけてフォルネウスをぶつける。水と火が互いを呑み込むように頭上で消滅した。なんだか先程のリチャード君達の二番煎じのようになってしまったが、まあいいか。
「アインー!いいぞ、可愛いぞぉ!」
何故か静まりかえってしまった会場にお父様の声だけが響く。あまり観客の受けは良くなかったようだがお父様の声援にほっとする。でも声が大きいから恥ずかしいよ、お父様。
「アイザック先生、戻りました。あまり盛り上がらなかったようです。リチャード君も期待させて、すみません」
「え?ああ、アインスター君、観客は、ええと、盛り上がっていないわけでは、その、無いと思います。言葉にならないのでしょう、ええ、今の私のように」
先生の言葉を待っていたかのようにアナウンスが鳴り響いた。
「ええと…素晴らしい、いや、本当に素晴らしい魔法でした。皆様驚いたかと思いますが、盛大な拍手をお願いします。少し休憩を挟み、騎士学校二年生の剣舞に移ります」
そしてアナウンスの言葉にあわせて会場が拍手の渦に包まれ、しばらく鳴り止むことはなかった。
次回は4月12日17:00更新です。