55.魔法学校の日常
戦争…といっていいかわからないが、レブラント王国の侵攻から始まった一連の騒動が終結した。私も小隊の皆と一緒に色々と…半ば勝手に…動き回ったが、結果だけみれば上手くいったんだと思う。何よりフェルメールの街が被害もなく無事だったのは幸いだった。
教師陣が戻った魔法学校も既に日常を取り戻し、私も『大魔術師』や『死線』と畏れられることもなく元通り授業に参加していた。というのも、一部の指揮官クラスを除いてはフェルメールでの戦闘の様子が伏せられていて、敵軍を追い返したという結果のみが開示されていたからだ。
一方、事情を知るフェルメールの街では英雄扱いで、今もその盛り上がりは衰えず、そこから王都の騎士や騎士を目指す者などに伝わり、噂話のレベルではあるが私の活躍が『フェルメールの奇跡』として語られているということだった。
「…うぅ、帰りたくない」
アイザック先生から現状を聞かされた私は思わず溜め息をついた。
「大丈夫ですよ、アインスター君。そのうちに王都の魔法師達にも君の凄さが知れ渡ります。そしたらどこにいても同じでしょう。うちの大隊長もアインスター君の実力を世に知らしめていこうという方針に考えを改めたようですからねえ」
「何も大丈夫なこと無いじゃないですか、先生!私はゆっくりと研究がしたいのです」
うぅ、と涙目の私を尻目に、アイザック先生は相変わらず少し眠そうな顔でニコニコと微笑んでいる。
「あはは、それでも後期の日程が終わってアインスター君がフェルメールに帰る頃には、少しは落ち着いているでしょう。それはそうと、魔法大隊本部に招集されて向かう馬車の中で、学校対抗戦の話をしましたね」
私がお兄様達の話を聞いて先生に尋ねたのだ。確か、私は目立つ競技には出ないというような事を言われたような覚えがあるが…まさか?
「そうです、対抗戦では派手にいきますよ、アインスター君」
やはりこれも方針転換したヴェルギリウス所長のさしがねか!ぐぬぬ…
「とはいうものの一年生の魔法実演はAクラスの代表が練習を重ねています。対抗戦まで日がありませんのでこれはこのままリチャード君達に任せて、アインスター君には魔法学校の代表として特別枠で魔法を披露してもらいましょう」
対抗戦は次の週の終わり、学校が休みの日に行われる。確かに今からリチャード君達の中に入っても迷惑をかけるだけだろう。だからといって特別枠というのもどうかと思うが。
「私は何をすれば…魔法の実演ですか?」
「ええ、大隊長に聞きましたよ。先日のフェルメールの戦いでは派手な魔法、なんでも地獄の悪魔とやらを召喚したというではありませんか。それをやりましょう、いやぁ私も見たかったですよ。また出来ます?召喚」
おかしい…所長にはあれは何でもない魔法だと、ちゃんと説明したはずだったが。解せぬ…
「召喚…ではないのですが、まあできます」
しかし派手な魔法を新たに考えるというのも面倒なので、結局先生の案でいくことにした。
ちなみにリチャード君達は無詠唱での魔法を披露するらしい。それだけでも王国の魔法の歴史が変わるような大変なインパクトがあると、アイザック先生が興奮した様子をみせている。
「アイザック先生、魔法の実演についてはわかりましたが、他はどうすればいいですか?競技などもあるのでしょう、私も参加するのでしょうか。どのような競技かわかりませんが、練習の時間もあまりないようですし」
「心配いりませんよ、今年の競技はボールを使ったフライアタックというゲームです。クラスの出場者は魔法練習の間に練習もしているようですが、馴染みの競技だけにアインスター君はチームに入るだけでいいですよ」
やったこともあるでしょう、と先生。フライアタックとはボールを相手チームにぶつけるというドッヂボールのような球技だ。ボールに当たった者から脱落するが、ボールが浮いている限り他の者がキャッチすれば当たってもセーフである。また投げるだけでなく蹴ってもよい。確かに学校でも遊んでいる姿をよく見かけるのでルールは知っているが、私はやったことがない。
「まあ時間があれば一度リチャード君達と打ち合わせをして下さい。いやぁ、それにしても今年の対抗戦は楽しみですね。魔法学校が圧倒しますよ」
そう言ってアイザック先生がプレッシャーをかけてくる。普段は争い事に無関心そうな先生も対抗戦は楽しみのようだった。
そういう訳で今日はリチャード君を待つために午後の授業も出席する。幸い、魔法の授業は座学で回復魔法についての内容だった。
多少の怪我は街で売っている薬草などを使用するのが一般的だが、病院という施設が無いので大きな怪我や病気はどうしているのだろうと思っていた。
先生が言うには何種類かの回復魔法というものが存在するらしい。しかしその魔法を管理しているのが教会で、教会といえば冒険者ギルドと並び、王国の管理下にはない独立した組織である。そのため回復魔法の魔法陣は公開されておらず誰でも気軽に使えるというものではなかった。
もちろん授業でも、そういった魔法があるというだけで、使い方などを知ることはできない。
皆が使えたら便利なのに…と考えていると、授業終了の時間となった。
「リチャード君、お昼の間にアイザック先生から学校対抗戦の話を聞きました。私も参加するのですが、何かすることはありますか?」
「ああ、アインが珍しく授業に出ていると思ったらそういうわけか。対抗戦ではちょうど私達実戦魔法研究会のアインを除く5人が無詠唱魔法の実演をすることになっている。アインは一人で別の実演をすると聞いているけど?」
「ええ、そのようですね。新しい魔法をお見せする予定です」
リチャード君が興味深そうに顔を近づける。
「どんな魔法か気になるな。アインの魔法にはいつも驚かされるから」
「では本番までは秘密にしておきましょう」
ちょっと残念そうに口を尖らせるリチャード君だったが、すぐに笑顔に戻って胸を張った。
「楽しみにしておくよ。アインも私達の実演を楽しみにしておいてくれ。アインに教えてもらった魔法だが皆で練習を重ねて使いこなせるようになったんだ」
実戦魔法研究会のメンバーはリチャード君をはじめ、魔法の才能が豊かな所謂エリートだ。どのような実演をしてみせるのか楽しみだった。それはそうと…
「クラス対抗競技のほうはどうでしょう?競技の内容はアイザック先生から聞きましたが」
「そちらは私達も練習はしていないんだ。連携よりも個人の能力が重要な球技だから、本番前に相手を見て少し作戦を立てるくらいだよ。でも今のこのクラスなら球技といっても騎士学校のやつらには負けないさ」
リチャード君は自信たっぷりだった。魔法は使えないルールなのだが何か秘策でもあるのだろうか、それとも身体能力の高い者がこのクラスには多いのだろうか。
そういう私も球技などはやったことが無いが、この世界では剣の稽古も多少はしたし、体も鍛えられているはずだ。うん、これはリチャード君の言う通り、負ける気がしない。
「そうですね、では対抗戦頑張りましょう!」
私が拳を上げてやる気を示すとリチャード君も笑顔で応えたのだった。
次回は4月5日17:00更新です。




