54.戦争の終結
パンチョス侯爵と話し合いを終えた私達は帰りは侯爵に宿まで送ってもらう。領内で騒ぎを起こされてはかなわないと侯爵が直ぐ様馬車を手配し、自分も同乗すると言ってきかなかったのだ。
「アインスター殿、そちらの二人は随分立派な騎士に見えるが彼らも其方の部下なのかね?今日は、その、本当に死神は来ていないのだろうね?」
死神とはきっとシズクさんのことだろう。パンチョス侯爵がブルブルと震えながら私に尋ねた。よっぽどシズクさんが怖かったに違いない。
「死神、ではないですけど、デスサイズの少女は今日は来ていませんよ。街を壊しにきたわけではありませんからね」
ふふふ、と笑顔で応える。
「それにこの二人も騎士ではなく魔法師です。ご覧の通り剣の腕も相当なので私よりも強いかもしれませんけどね」
パンチョス侯爵が青ざめた顔で視線をいったりきたりさせている。
「アインちゃん、嬉しいけどそれはないよ。どうやったってアインちゃんには勝てる気がしない。それにしても死神ってシズクのことだろ、相当暴れたんだってね」
「シズクのあの戦闘能力は反則ですわ。あ、シズクとベルセルク様が闘えばどちらが勝つかしら。アイン小隊長はどう思います?」
一人怯え顔のパンチョス侯爵を差し置いて、二人とも楽しそうだ。宿に着くと、王都に向かう準備があるからとパンチョス侯爵は帰っていった。猶予はあと2日しかないのだ、侯爵には急いでもらわねば困る。
次の日はガルガンの街を少し見てまわることにする。私の役目は果たしたので急いで帰る必要もない。今日中に王都に戻れればいいだろう。
「アイン小隊長、ほら、あそこにも珍しい食べ物が。次はあそこに寄りましょう」
ジャンヌさんが目をキラキラと輝かせながら、ガルガン名物とおぼしき食べ物屋を片っ端からはしごする。
「ジャンヌさん、スタイルいいのによくそれだけ食べれますね。私、さっきのガルガン麺が口から出てきそうです」
小麦粉を練ってうどんのように麺状にしたものが名物らしいのだが、全く腰がなくふやけて伸びきっており、そのくせお腹に溜まるのだ。
今度私が本物のうどんを作ってあげよう。
「ほら、アインちゃんがもうお腹いっぱいだって。ジャンヌは食べ過ぎなんだよ」
「大丈夫です、アイン小隊長、次はデザートです。甘いものなら平気ですよね」
「ええ、デザートは別腹です。行きましょう、ナイトハルトさん」
「………」
甘いものは別腹。甘いものは正義。
結局ガルガンの街を堪能し、フェルメールを経て王都に戻った頃には夜になっていた。
「お二人ともご苦労様でした。私は本部に報告に行ってきますが、お二人は今日はもう帰ってもらって結構です。明日は本部でベンジャミンさんと合流してください」
「結局俺達はガルガンの街で食べ歩いただけだったね。まあこんな任務ならまた喜んで引き受けるよ」
「アイン小隊長、お疲れ様でした。また小隊長が食べ歩きに行かれる際は、必ず私もついていきます」
決して私達はガルガン食べ歩きツアーに出掛けていたわけではないのだが…
私が魔法大隊本部を訪ねると、所長は相変わらず書類の山と格闘していた。
「所長、只今戻りました。これ、お土産です」
ガルガンの街で買ってきた木彫りのお面を所長に渡す。粗く削った鬼のような形相で頭の部分に藁のような植物を束ねている様子はまるでなまはげのようだった。ガルガン地方は森に囲まれた林業が盛んな土地で街では木彫りの土産品がたくさん並んでいたのだ。
「アインスターよ、土産というなら有り難く貰っておくが…君はいったい何をしに行っていたのかね?観光ではあるまい。私は結果を聞きたいのだが」
鬼のお面を手に持ったまま、所長が私に尋ねる。
「はい、レブラント王国ガルガン領主が王様を説得すると約束してくれました。こちらの条件は伝えてあります。明日までにレブラント王国から講和の申し出があるはずです」
「説得は成功すると思うかね?」
「正直なところ五分五分です。レブラントの王様がどのような人物か、周りにどのような人物がいるか、今のところわかりません。きちんと鉄道計画書を読んでくれればいいのですが」
「五分五分、か」
パンチョス侯爵がいくら声高に戦争に勝てないと訴えても、王都の人間は納得しないだろう。騎士団同士の戦いで敗れはしたが、戦術が不味かっただけで次は勝てると思われているかもしれない。
しかし私が渡した鉄道計画書に目を通していれば、その技術力の差に圧倒されるに違いない。ルーベンス王国の上層部をその気にさせたように兵器としても非常に有用なのだ。
何か言いたげに私を見ていた所長が再び口を開いた。少し笑ったような気がする。
「いや、すまないアインスター、実はレブラント王国から既に申し出があった。先方からは戦争に及んだことへの謝罪と講和のための話し合いがしたいという旨が伝えられている」
「それでは条件などはこれから話し合うのですね」
ほっとした様子で私が応える。
「ああ、国内の根回しは済ませてあるから君と話した内容でこちらから条件を提示する段取りになっている。これがその書類だ」
所長が書類の山から一枚を抜き取り、ひらひらと振ってみせた。
「君が動く度に書類の山が高くなるのは考えものだが…後は私の仕事だ。君はゆっくり休むといい。そうそう、ラプラスもフェルメールでの事後処理を終えて研究所に戻っている。本当にフェルメールでは一切の被害も出ていないそうだな。君は今回もよくやってくれた」
どうやら所長の机がいつも書類で埋っているのは私が原因らしい。御愁傷様…
「最後に…」
そう言って所長が立ち上がる。これはもしかしていつもの頭を撫でられるパターンか!と思っていると、所長はずっと手に抱えていたお土産のお面を掲げた。
「これは、どうすればいいのだ?」
「そうですねぇ、壁にでも飾っておいてもらえれば良いかと思います。なんか魔除けの効果があるとか無いとか…」
シズクさんがいつも被っているような薄い仮面ではないので実用性はなさそうだったが、私は所長が鬼のお面を被っているところを想像してニヤニヤしながら部屋を後にしたのだった。
数日後、ルーベンス王国とレブラント王国が同盟を結んだことが伝えられた。レブラント王国から侵攻に対する正式な謝罪があったが、その責任は問わないということがお互いに確認され、今後は互いの領土を侵すことなく、鉄道の行き来によって共に発展していこうという内容が話し合いにより決定したのだった。
同盟締結を中心となって進めたヴェルギリウス所長によると、レブラント側の使者として同行していたパンチョス侯爵が大いに張り切っていたそうだ。それと、私によろしく、と。
レブラント王国からは両国間の列車開発のため研究者が派遣され、こちらからも線路敷設のために技術者がレブラント王国入りするという。
王都とフェルメール間の試験運用の後、王都から国境の前線基地までの路線計画を延長し、レブラント王国王都までを結ぶことになる。
ともかくこれで一連の騒動は終結したと言える。大きな戦争に発展せず本当によかった、と思う。フェルメールの街とレブラント王国、それと王都の一部に、デスサイズを振り回し暴れまわる『死神』とその死神を使役する『死線』の名が轟いたことは………まあ、いいか。
次回は3月29日17:00更新です。




