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53.ガルガン領主の説得工作

 魔法大隊本部を出た私は一度研究所へ戻る。多少の準備が必要なのだ。


「アイン副所長、おはようございます。カムパネルラは順調ですよ、内装も仕上がりつつあります」


 今日もケイト君は元気いっぱいだ。


「おはようございます、ケイト。報告用の計画書があったでしょう?あれを用意しておいてください」


 一通りの用件を告げて、訓練所に向かう。小隊のメンバーに集まってもらっているのだ。


「皆さん、おはようございます」


 私に気付いた面々が口々に挨拶を返す。


「アイン隊長、また任務ですかい?今度はレブラント王国に我々だけで攻めこむとか?」


 冗談でも言うように、わははと笑うベンジャミンさん。


「そんな物騒なことはしません。ちょっと忍び込むだけです」


「え!?それじゃ本当にレブラント王国へ?」


 笑顔が引きつってるよ、ベンジャミンさん。


「ベンジャミンさんはお留守番ですからね。ええと、ナイトハルトさんとジャンヌさんは私と同行して下さい。これからフェルメールに向かい、夜になってレブラント王国ガルガン領に入ります」


 この二人なら勝手に暴れたりはしないだろう。それにいざというときに剣で戦えるのは心強い。


「またアインちゃんとご一緒できるなんて嬉しいねぇ。それで敵領に入るっていうのは強行突破かい?」


 ナイトハルトさんが笑顔で尋ねる。


「………アイン、私も行きたい」


 シズクさんが強行突破という言葉に反応する。留守番を言い渡されたベンジャミンさんもちょっと不満気だ。


「皆さん、戦闘はありません。ガルガン領にはこっそり忍び込むだけです。なのでシズクさんもゆっくり休んでいて下さい。隊長代理はベンジャミンさんで魔法大隊本部待機です。大隊長からの指示に従って下さい。」


 なんだかんだでベンジャミンさんに任せておけば安心なのだ。


「それではナイトハルトさん、また馬に乗せてもらえますか?」


「ああ、もちろんだとも。両手に花とは嬉しい限りだ。行こうか、ジャンヌ」


「ええ、アイン小隊長に同行できるのは嬉しく思います。でもナイトハルト、あなたは気安くしないでちょうだい」


 あれ?ジャンヌさんのナイトハルトさんを見る目が冷たい。一方のナイトハルトさんは肩を竦めている。この二人、仲が悪かったのだろうか。


「あの、ジャンヌさんはナイトハルトさんがお嫌いなのですか?」


 途中で喧嘩でもされては困る。


「いえ、アイン小隊長、すみません。嫌いではありませんが、私はこのような軽い殿方が好みではないのです」


「参ったなぁ、ジャンヌはいつもこれだ。男は皆、美しい女性には優しくするものだよ、ねぇ、アインちゃん」


 うん、確かに軽い。



「ではジャンヌさんはどのような男性が好みなのですか?」


 他の皆は既に本部に向かい、私達は馬を借りに行く道中である。雑談に花が咲く。


「そうですね、やはり一番は強い方が好みです。あとは歳上で渋みがあり、ベルセルクと呼ばれているような…」


 まてまて!この国で狂戦士(ベルセルク)などと呼ばれているのは一人しかいない。うちのお父様じゃないか!


「えぇと、それはまあ置いといて、ジャンヌさんより強い人となると確かに難しいですねぇ、あっ、ベンジャミンさんは?」


「歳上というところしか当てはまっていません!強いのと乱暴なのは違います」


「ベンさん可愛そうに、本人の知らないところで玉砕するとは。さあ、二人ともそろそろ着いたよ」


 私達は馬でフェルメールに向かう。ナイトハルトさんの前にちょこんと座り馬に揺られるのも随分慣れた。

 フェルメールに着いた私達は街で昼食を食べ、国境に。山を越えたあたりで暗くなるのを待った。


「二人ともこれを着て下さい」


 私は研究所から持ってきた白衣を渡す。元々は研究員のためにたくさん用意した白衣だったがモーリッツさん以外は誰も着てくれなかった。そこで今回の潜入のために顔をすっぽりと覆うフードをつけ、裏に魔法陣を書き込んだのだ。


「これは?これを着るのかい?」


「はい、裏の魔法陣に魔力を流すとフラージュという魔法が発動します。これは姿を見えなくする魔法です」


 面倒なので説明は省いたが所謂、光学迷彩。光の屈折率をマイナスに調整してあり、光は白衣を回り込むように後ろに到達する。着ている者が見えなくなるのだ。名前は…カモフラージュを縮めた。


「私がやってみますね。フードまできちんと被って…いきますよ」


 ゆっくりと魔力を流す。目のところに小さな覗き穴をあけてあるが視界は悪い。


「え!?消えた…」

「全く見えません」

 

 二人の驚く顔に満足して私はフードを取る。


「うわっ、アインちゃんの顔だけ!」


 ああ、これは相当不気味かもしれない。まあ、いいか。


「見えなくなったでしょう?でも気をつけて下さいね、消えたわけではありません。見えなくなっただけで、躓けば転びます。ぶつかれば痛いです」


「なるほど、これで容易く潜入できますね」


「見えなくなった後はお互いの位置もわかりませんから、ジャンヌさんは私の白衣の裾を掴んでいて下さい。ナイトハルトさんはジャンヌさんの裾を。そのまま国境を通過しましょう」


 国境といっても両国の境に線が引いてあるわけではなく、レブラント王国とルーベンス王国は長々と続く山脈によって隔てられている。そして人が通れそうな山裾のそれぞれの領土側を兵士が巡回しているといった有り様だった。

 なので例え姿が見えたとしても隙をつけば通過するくらいはできる。


「一度フラージュの魔法を解きましょう」


 国境を越えて少し歩いたところで私達は魔法を解いた。


「この後ガルガンの街に入りますが、そこではおそらくフェルメールの街のように入り口に兵士が詰めていて余所者は入れないようになっていることでしょう。慎重にいきましょう」


 やがて街が見え始め、私達は再び魔法で姿を隠す。ちょうど商人らしき一行が手続きをしている横を通って街に入った。そして宿の近くの路地裏で白衣を脱ぐ。


「街に入ってしまえばこそこそしなくてもいいですね。今日はここで宿をとりましょう」


「ああ、こんなに簡単に街に入れるなんて思わなかったよ。これは俺達二人、必要なかったかもな」


 そう言ってナイトハルトさんが笑う。まあ不要といえば不要で、お目付け役のようなものだ。


「ヴェルギリウス大隊長に一人で行動するなと言われたものですから。それに本番はここからですよ、この後は領主の館に潜入しますから」


 正面から私の名を告げてパンチョス侯爵を訪ねても何とかなりそうな気もするが、やはり忍びこんで目の前で姿を現した方がインパクトも強いだろう。なんだかドッキリ大作戦みたいなノリだが。


 一旦宿に入り、直ぐに領主の館に向かう。深夜に忍び込もうかと思っていたが、入り口が閉まっていたりすると面倒なので早めに行動することにした。どうせこちらは見えないのだから同じだろうとジャンヌさんが主張したのだ。

 館への潜入は思いの外上手くいった。正面入口からするりと入り、使用人達の間をするりと抜けてパンチョス侯爵を探す。

 意外にも、といえば失礼だが、パンチョス侯爵は普通に執務室で仕事をしていた。きっと贅沢三昧、遊び呆けていると思っていたことを謝りたい。


「こんばんは!お久しぶりです」


 どうやって登場しようか考えていたが、結局普通に魔法を解いて姿を現すことにした。


「………!?」


「あのう、覚えていますか?アインスターです」


 …ガタッ、ガタガタン、ドテッ。


 一瞬、目を見開いて固まっていたパンチョス侯爵だったが、事態に気付いたのか慌てて椅子を引いて倒れてしまった。


「ヒッ、ヒイッ!…だ、だ…」


「静かに!」


 大声で助けを呼ぼうとする侯爵を制し、私は前に出る。他の二人も白衣を脱いで姿を現していた。いや、脱がなくてもいいのに…


「あ、アインスター、殿…儂はあの時の約束を何も違えたりしておらんのに、何故…」


 少し落ち着きを取り戻した様子のパンチョス侯爵が私に問いかける。


「約束を守って頂いているようで感謝していますよ、侯爵。今日はお話しをしに来ただけですから、どうぞご安心を」


「話し…だと?あれから王都の騎士団も敗北し撤退したと聞いている。今更何の話があるというのだね?」


 訝しげな侯爵に対し、私は大袈裟に両手を広げてみせた。


「そうなんですよ、侯爵。そちらの騎士団がちょっかいをかけてくるもんですから、ルーベンス王国の騎士団なんかも怒っちゃって。それで今度はこちらからレブラント王国に侵攻することになりました。私の部隊も同行しなければなりません」


 私の言葉に侯爵の顔色がサッと変わる。


「ば、馬鹿な。そんなことになればレブラント王国は間違いなく滅びる。アインスター殿に勝てる部隊など我が国には存在しない…」


「そうですね。でも私は嫌なんですよ、面倒だから。ですから…」


 ここで講和の話を切り出す。だいたい所長と話した内容だ。


「というわけで、レブラント王国側から講和の話がなければルーベンス側から歩み寄ることは無い、と言うわけですよ、私の上司が」


「…儂に国王を説得しろと、そういう事か?それは無理だ、講和となれば敗戦した我が国が賠償金なりを支払うことになるだろう。我が国にそんな余裕は無い。儂はアインスター殿の力を知っているからどんな条件でも戦争を回避したいと思うが、王都の連中はそうは思うまい。単に儂が臆病風に吹かれたと、そう思うだけだろう」


 困り顔のパンチョス侯爵に私は用意した鉄道計画書を渡した。


「それは我が国で開発が進められている鉄道という巨大な乗り物の計画書です。後で見て頂ければ結構ですが、それにより物流の概念が変わります。私はルーベンスとレブラントの両国が戦争ではなく、流通によって共に繁栄する未来を望みます」


 そして所長と詰めた講和の条件を話す。


「ルーベンス王国は一方的な賠償は求めません。鉄道に関する条件さえ満たされれば、後は私の上司が上手く話をまとめます。ああ、忘れてましたけど期限は今日を含め3日、それを過ぎればルーベンス王国は侵攻を開始します」


「儂はその鉄道とやらの計画をもって講和の道に進むよう、何としてでも国王を説得しなければならんと、そういうわけだな。そうでなければ国が滅びる、と」


 私が渡した計画書をパラパラと捲りながら、侯爵は私の申し出を了承した。これで今回の私の役目はお仕舞い、後はパンチョス侯爵とヴェルギリウス所長がそれぞれ上手くやってくれることに期待するしかないのだった。

次回は3月22日17:00更新です。

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