52.同盟計画
シュレディンガ公爵邸での食事会の翌日、私は魔法大隊本部を訪れていた。昨日のレブラント王国への逆侵攻の話が気になっていたのだ。
現にここに来る途中の王都の様子も戦争の勝利に活気づく一方、やられっぱなしでなるものかという雰囲気が漂っていた。
このまま学校に戻っても良いのだろうか、私に出来ることが何かあるのではないか、そう思っての本部訪問だったが、私が中に入るとその空気は既に緊張感に溢れる異様なものだった。
もしかして、遅かったかも…そう思い所長の姿を探して執務室の戸を叩く。
「アインスターです。入っても宜しいですか?」
「アインスターか…入りたまえ」
少し困った様子の所長の声が聞こえる。
「アインスターよ、何の用だ?君は学校に戻るのではなかったのか?」
部屋に入ると所長は高く積まれた書類の山に埋もれていた。
「昨日のお話が気になりました。本部の様子も少し変ですし、もしかして…」
「ああ、その通りだ。私やギルベルトが動く前に出兵が決まってしまった。愚かなことだ」
どうやらまだ戦争は続くらしい。
「講和するなどの意見はなかったのでしょうか?」
「レブラントからそう言ってきたなら別段、こちらから講和を持ち掛けるというのは有り得ない。足元をみられてしまうからな」
そう言いながら所長は肩を竦める。なるほど、確かにそういうものだろう。
「所長は戦争を続けることには反対なのですね?」
「個人的な意見を言えばそうなる。しかし戦争の継続は既に決定事項でもある。君はまた何かやろうとしているのか?」
所長の目が厳しいものに変わる。私が勝手なことをすると確信しているのだろう。残念ながら、正解だ。私は昨日一晩考えたことを所長に告げる。
「戦争を終わらせたいと思います。レブラント王国側から講和の話があれば、それに乗る可能性はあるのですね?」
ふぅ、と所長が溜め息をつく。
「やはり君は…何故君がそこまでするのかね?それにレブラントが何か言ってきても講和が成されるとは限らんよ。向こうから仕掛けてきて負けたのだ、条件は厳しいものになるだろう」
「私は前にも言いました。私は研究がしたいだけなのだと。戦争が長引いてまた私の学校生活や研究が脅かされてはたまりません。なので早く終わらせます」
所長が少し俯く。今日の所長は歯切れが悪い。
「本来ならそれは君ではなく我々大人が考えねばならないのだが…それでどうやって君は自分の希望を叶えようというのだ?」
「はい、レブラントにいる友人にレブラントの王様を説得してもらおうと」
私の発言に所長が思わず立ち上がる。
「レブラントに?友人だと!?…そんな話は初耳だが、いったいどういった人物だ?君は…」
「いえ、その、友人といいますか、ええと、先日のフェルメールの戦いで兵を引いてもらうように仲良く話し合った、ええと、パンチョス侯爵、といったかな」
うん、友人というのは言い過ぎたかな、知り合いくらいにしておけばよかった。
「それはガルガン領主のパンチョス侯のことか!?いつからの繋がりだ?場合によっては内通罪に問われかねんぞ」
「え、ですから先日のフェルメールの戦いが初見ですよ」
「はあ?…いや、それはそうか。それではパンチョス侯爵というのは君がさんざん叩きのめした敵の総大将であろう…アインスターよ、おそらく先方は君を友人とは考えておらんぞ」
所長が呆れ顔を向けてくる。
「話の解る人でしたから」
解ってもらうために多少苦労はしたが…
「それで講和の条件ですが、ここが難しいところなのですが…」
今回の講和で再び隣国同士で争いが起きないように同盟関係を結びたいと思っている。そのためには双方に利点があるように見せかけなければならない。
「まず、一方的に領土の割譲や賠償金などを求めるのは論外です」
「どうしてかな?領土はともかく、我が国が被った損害が補填されなければ上層部は納得しまい」
「今回、幸いにも街にまで被害が及んだわけではありません。もちろん戦争によって余計な費用は掛かっていますが、それは他の名目で補うことを考えましょう」
一時的なものならともかく、同盟を続けていくのであれば、勝った、負けたの関係で一方的に何かを要求するというのは好ましくない。負けた方は反感を募らせ、そして反感は反抗を生む。
「…ですので両国にとってプラスとなり一見平等に見える内容が必要です。そしてそれがこちらにとって、より有利であると上層部に理解してもらえれば、講和は成立するのではないでしょうか?」
ずっと黙っていた所長が、ハッと顔上げた。私の考えに気付いたようだ。
「まさか、アレを…」
「そうです、カムパネルラです。流通を拡大して支配します。詳細はこうです…」
まずレブラント王国に物流を拡大する利点を説明したうえで鉄道計画を開示する。そして両国の王都を結ぶ路線を開通させる。その際のレブラント側の線路の施設費用や列車の製造費用の一部をレブラント王国が負担する。カムパネルラは王都とフェルメール間を走るから別の車両が必要になるのだ。
運営には両国から役員を派遣するなど中立を保つ。
「所長、今でも両国間に商人の行き来はあるのでしょう?」
「ああ、もちろんだ。許可を得た商人は関所を通ることが出来る。許可を得ないものがこっそり入ってくる場合もあるが」
当然許可を得るにはお金がかかるし、関所を通るにも通行料などがかかることもある。国を越えて入ってきた物は値段が高くなってしまう。
「そういった費用を無くせば物の値段が安くなり国民の暮らしが楽になります。そしてこれはどちらかの国が得をすればどちらかが損をするということではありません」
もちろん他の国の商品が安価で入ってくれば自国の商品が売れなくなるという場合もあるが、この世界においては供給が過剰な例は少ないので今のところ心配はない。フェルメールでパンが流行した時も、一時的に小麦が足りなくなり値段が上がってしまったのだ。
「なるほど、双方に利益があるというのはわかったが、実際にはこちらが一方的に鉄道の技術をレブラントに教えてやるだけの気がするのだが」
「仰る通りです。しかしどうでしょう、例えばカムパネルラの動力部などは所長達が長年研究を重ねた技術が使われています。また魔道具も魔法陣の解析があって初めて使える技術です。それらを列車の設計図などを見ただけで直ぐに真似できるはずは無いのです」
鉄道計画の開示といっても全ての技術を丁寧に教えてあげる必要もないし、魔法部分に関しても秘密保持が優先されるだろう。
「なのでいくら運営を中立に見せても実際にはこちらが主導権を握ることは目に見えています。そして、レブラント王国で鉄道の有用性が認められれば国内向けに多数の車両が必ず欲しくなります」
「だがレブラントでは真似て同じものを作ることすら出来ない、と」
長い年月をかければ可能かもしれないが。
「そうです。そうなれば動力部を製品として売り付けるもよし、技術として売り付けるもよし、です。そしてもうひとつ…」
ルーベンス王国ではその地理上の理由から商人の行き来はほとんどがレブラント王国に限られている。しかしレブラント王国は前に話に出てきた神聖ギュスターブ帝国などとも盛んに取引が行われていた。つまりレブラント王国にしてみればルーベンス王国から物を買わなくても済むわけだ。商人は自由に動くのであまり目立たないが、実はそこに貿易赤字が生まれていた。
「これは長い目で見れば国力に影響します。早々に解消しなければなりません」
以上がルーベンス王国が得られる利益です、と私は話を締めくくった。
「あ、悪辣な…流通の支配とは、そういうことか」
「悪辣は酷いですぅ、今のはあくまで私の予測で、レブラント王国も頑張れば何とかなりますって」
えへへ、と微笑む私をみる所長の目がなんだか冷たい。
「わかった、君の研究を邪魔する輩は皆こういう目に遇うのだな。ところでこれが条件の全てか?」
なんだろう、まったくわかってない気がする。私は同盟の利点を述べていたはずだが。
「まあ、私からは他にありません。後は説得が成功した後に双方で話し合ってもらえればよいと思います。所長には出兵の時間稼ぎと、レブラントから講和の話がきた際の上層部への根回しをお願いします」
この上層部への根回しというのが実は大変で、所長だから私の話を理解してもらえたが、他の人となると正直五分五分だと思っている。
「わかった。どのくらいの時間稼ぎが必要だ?」
予想に反して所長は即答だった。所長が了解したということは勝算があるということだ。
「3日、できれば4日、出兵を待ってもらいたいです」
「大規模な出兵になれば準備にも時間がかかる。それくらいなら大丈夫だ」
では後は私次第というわけだ。
「わかっていると思うが、絶対に一人で行動してはいけない。これは日頃から君が小隊の面々に言っていることだから、まさか君が一人で動くことはないと思うが」
はい、一人で動こうと思ってました。
「だ、大丈夫ですよ、えへへ…それでは準備がありますので失礼します」
私はひきつった笑顔で執務室を後にした。
次回は3月15日17:00更新です。