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51.レブラント王国軍の撤退

 次の日になりフェルメールに残してきた隊員達が王都に戻ってきた。ラプラスさんに引き継ぎを終えたようだ。ベンジャミンさんの話ではフェルメールに再度敵軍が侵攻してくる様子もないようだった。


 第八小隊は基本的に王都待機でしばらく本部詰めとなっていたが、先日の会議もあって他の部隊の魔法師達から注目の的となっていた。


「アインスター殿、この度の戦果見事なものでしたな。是非詳しくお話しを伺いたい」


「あのう、それは、うちのリーダー格であるベンジャミンにお聞き下さい」


「アインスターさん、魔法のコツなどありましたら…」


「それもベンジャミンに」


「アインスターさん、この戦闘が終わったら私と…」


「ベンジャミンに…」


 とりあえず他の部隊との交流はベンジャミンさんに任せて、私はアイザック先生と魔法学校の様子を見に行ったり、研究所を覗いたりしながら数日を過ごしていた。

 開戦当初は緊張感に包まれていた王都の様子も次第に日常を取り戻しつつあった。戦況とともに我が国有利と連日伝えられたのも人々の余裕に繋がったのかも知れない。

 そんな中、遂にレブラント王国軍の全面撤退が伝えられた。



「…というわけでレブラント軍を退けることに成功した。我が国の完全勝利といってもよいだろう。皆は本当によくやってくれた」


 魔法大隊本部でウォーレン公爵から戦況の報告を受ける。開戦当初に敵の重装部隊を撃ち破ったのが決め手となったようだ。敵は守りの堅い重装部隊を盾に前線を押し上げていく作戦のようだったが、ギルベルト団長の第十三騎士団によって重装部隊が壊滅し、後ろに控えた守りの薄い部隊が攻撃にさらされたため次々と崩壊していった。


「前線で第一、第二魔法大隊が大いに活躍したことは国王陛下よりお褒めの言葉を賜った。またフェルメール方面の勝利も敵軍にとっては予想外の結果であり、全面撤退を早めた要因であることは言うまでもない」


 ウォーレン公爵がちらりと私に視線を向けたような気がする。


「一部防衛のための魔法師を残し、通常の体制に移行することとなる。皆、重ね重ねご苦労であった」


 会場にはどこかほっとした雰囲気が漂っていた。私も魔法学校に戻ることになっている。研究の日々に再び戻れると思うとやはりほっとした気になる。

 そう思ってニヤニヤと頬を緩めていると、会議を終えた所長がこちらに近付いてきた。


「随分と嬉しそうだな、アインスターよ」


「はい、ヴェルギリウス隊長、これでまた研究所に戻れます」


 所長も少しほっとした様子で目を細める。


「君は明日からの戦勝会にも出ないのであろう。今日は私の屋敷に来なさい。研究についても明日からの予定を話し合わねばならない。それとささやかだが食事の準備もしてある」


「はい、わかりました」


 私は明日にでも魔法学校に戻るが、所長は本部でやることがあり学校や研究所にはしばらく戻れないそうだ。そのための打ち合わせだろう。




 夕方になって王宮近くのシュレディンガ公爵邸を訪れた。公爵家だけあってその屋敷は大層立派なものだった。中に入ると数人のメイドさんが出迎えてくれる。


「あの、アインスターと申します。本日はお招き頂きまして…」


「はい、旦那様より伺っておりますよ。このように可愛らしいお嬢さんだとは思いませんでしたけれど」


 うふふ、と上品な笑みを浮かべて中を案内してくれる。


「夕食の準備ができておりますのでまずは食堂へご案内致しますね」


 通されたのはレストランの個室のような場所で中では既に所長とギルベルト団長がくつろいでいた。


「旦那様、アインスター様をお連れ致しました。お食事の準備を始めさせて頂きます」


「ああ、アインスター、よくきてくれた。今日はギルベルトも同席するが構わないか」


 所長とギルベルト団長は親友ということで、むしろ私が邪魔なのではないかと恐縮する。


「ギルベルト団長、お久しぶりです。所長、今日はお招き頂きましてありがとうございます」


「アインちゃん、久しぶりだね。アインちゃんの活躍はいつもヴェルギリウスから聞いているよ」


 私も空いている席に座る。私が席に着くと飲み物が運ばれてくる。所長と団長にはワインのような飲み物、私には何だろうお茶だろうか。


「来てもらって早々に申し訳ないがまずは乾杯といこう。ギルベルトとアインスターの無事に」


 そう言って所長がグラスを掲げる。私も同じ様にグラスを手に取った。


「ヴェルギリウスも無事で何よりだ」


「なに、私は二人と違って何もしとらんよ」


 乾杯の合図で次々と料理が運ばれてくる。


「アインスターの口に合えば良いのだが。なにせパンの味が気に入らないからと自分で好みのパンを広めてしまうくらいだからな」


「所長、私は普段こんな素敵なお料理を食べていませんよ」


 現にここの料理は王都で食べる他の食事よりも数段美味しかった。きっと所長が味にうるさいのだろう。


「ヴェルギリウス、其方の料理人の腕は相当なものだぞ。こんな主を持つと大変だとつくづく思うよ」


 ほら、やっぱり。こうして他愛もない談笑で食事が進む。いつもより所長が少し楽しそうにみえる。本題に入ったのは食事が終わりデザートが運ばれてきたころだった。


「それはそうと、俺の部隊が戦闘中に魔法で援護してくれたのはアインちゃんだろう?」


「はい、出過ぎた真似をしてすみませんでした。所長に叱られました」


 ギルベルト団長はアハハと笑う。


「いいんだ、こちらとしては助かったよ。最初は何が起きたかわからなかったけどね。パウルが…」


 団長があっけにとられていると、お父様があれは魔法の援護に違いないからと、突撃の許可を進言してきたらしい。そして許可を出す前に突っ込んでいったそうだ。


「パウルに言われて俺もあれは魔法だと気付いたよ。前にアインちゃんの魔法を見ていたからね。ヴェルギリウスの部隊なら有り得るな、と」


「まったく、親子揃って勝手なことをするとは困ったものだ」


 所長が呆れたように肩を竦めてみせる。


「咄嗟の判断も時には必要だよ、ヴェルギリウス。実際敵の陣形に隙が無くてね、困っていたんだ。アインちゃんには敵の弱点がわかったのかな?」


 私が所長に視線を送ると、所長は静かに頷く。話しなさいということだろう。


「あれはファランクスという陣形で、槍の長さを生かし密集する事で正面からの攻撃に滅法強くなるというものです。一方、側面と後方は薄いという弱点があります。後ろにまわる余裕はなかったのですが、魔法で攻撃すれば長い槍が邪魔になって混乱すると思ったのです」


 ギルベルト団長が感心したように頷く。一応、古い文献で見かけたということにしておいた。


「俺は初めてみる戦法だったんだが、それでパウルもすぐに反応できたんだね」


「レブラントには無い戦法だな。とするとギュスターブ帝国の入れ知恵か…」


 所長も難しい顔で頷く。


「だが、一先ず危機は去ったわけだ。今後はレブラント王国だけでなく神聖ギュスターブ帝国にも注意を払わねばならないか」


「それが…そうでもないのだ、ヴェルギリウス」


 団長が珍しく声を落とした。


「今回魔法部隊の出番はあまりなかったが、騎士団は俺の第十三騎士団をはじめ、いくつかの部隊で敵を撃退している。未だに士気も高い。上層部ではこのままレブラント王国の領土に侵攻するべきだという意見が出始めている」


 なんと、まだ戦争が続くということか。


「馬鹿な!そんなことをして何になるというのだ!」


 所長がギルベルト団長を睨み付ける。所長の怒りはごもっともだが、団長の責任ではないだろう。


「俺も反対はしている。しかし今や騎士団の半数以上が侵攻を主張している状況だ。魔法大隊の一部でもこの流れに賛同する者が出ればレブラント王国への出兵が決定するかもしれない」


「まずいな、魔法大隊では特に第一、第二魔法大隊の前線部隊に目立った手柄が無かった。しかもアインスターという超戦力の存在が明らかになっている」


 所長の言う通り今回の戦闘で活躍した魔法部隊といえば、フェルメール方面に勝手に出向いた私の第八小隊くらいのものだ。ウォーレン公爵などは前線での魔法部隊の活躍を誉め称えていたが、実際は悔しがっているに違いない。


「ともかくこれ以上戦争を長引かせるわけにはいかない。私は魔法大隊の説得に尽力しよう。ギルベルトもなんとか騎士団を抑えてくれ」


「もちろんさ。できる限り頑張ってみるつもりだ。これ以上部下達にも苦労をかけるわけにはいかないからな」


 ギルベルト団長はそう言って私に向かって微笑んだ。お父様のことを言っているのかもしれない。


 その後は研究所に戻ってからのことについて、基本的にはこれまで通り進めていくということが確認されたが、なんだか少し暗い気持ちのまま解散となった。

 嫌な予感を胸に私も所長の屋敷を後にしたのだった。



次回は3月8日17:00更新です。

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