50.アインスターの活躍
王都に戻った私達は早速、魔法大隊本部を訪ねる。本部には待機中の大隊が詰めており、ヴェルギリウス所長も第四魔法大隊の隊長室で雑務に追われていた。
「第四魔法大隊第八小隊、アインスター只今戻りました」
隊員を一階の詰所に残し隊長室をノックすると、中から入りたまえ、と所長。久しぶりに所長の声を聞いた気がする。私が中に入ると所長が静かに顔を上げた。
「アインスター、ご苦労だった。だいたいの様子は情報部より連絡が入っているが、君からも報告したまえ」
穏やかな表情を浮かべる所長だったが目は笑っていない。あれ?何かまずいことをやったかな、私。ともかく報告を済ませよう。
「はい、フェルメール北部の国境付近で敵の諸侯軍の総大将と話し合い、兵を引いてもらいました。その後の処理と敵軍の再攻勢に備え、ベンジャミンさん達数名にフェルメールに残ってもらい、私は報告のため王都に戻って参りました」
「………?」
「………?」
「それだけか!?」
「それだけです…いや、そう言えば王都に帰還途中に別の敵と遭遇したため、攻撃を加えた後、離脱してきました」
所長がため息をついて肩を落とす。
「情報部からの報告と随分違う」
「なんと?」
確かに話を大分省略したけど、概ねは間違ってないはずだ。
「君たちが敵の大部隊を蹂躙したと。最後には恐ろしい大規模魔法で敵の本陣を焼き尽くし、敵軍は慌てて逃げ帰ったと。そう聞いているのだが?」
「所長、いえ隊長、それは大袈裟です。多少の攻撃は行いましたが、敵の大将を説得するためのパフォーマンスです。実際、敵軍には然程の被害も出てはいないでしょう」
所長は尚も怪訝な顔をしているが、一応の納得はしたようだ。
「まあ情報部の報告が極端なのは想像がつく。君のパフォーマンスという『多少』の攻撃とやらが、知らない者からすれば蹂躙に見えたのだろう。敵が兵を引いたという点においては一致している。それで、敵の再攻勢の可能性はあるのか?」
「ありません」
私の断言に対して所長は少し考え込むように目を閉じた。実際、再攻勢など有り得ないと私は思っている。レブラント王国の事情はわからないが、次にフェルメール方面に攻撃を仕掛けるとすればパンチョス侯爵をはじめとする諸侯軍ではなく正規軍が出てくるはずだ。しかし中央に勢力を集めている今、そんな余裕はないだろう。
「わかった。君が言うのならばその通りなのであろう。フェルメールにはラプラスを行かせ、小隊の残りは王都に戻すことにする」
そこで言葉を止めた所長の瞳が私を再び捕らえた。口許には僅かに笑みを湛えて。
「アインスターよ、今回も良くやってくれた。君のおかげでフェルメールの街は救われたといってもいいだろう。後はゆっくり休め、と言いたいところだが、夕刻からの魔法大隊の会議に君も出席して欲しい。疲れているところすまないが…」
「承知しました。私なら大丈夫です」
馬に乗せてもらってただけだからね。
「ところで、君がパフォーマンスだと言う魔法だがどういった魔法を使ったのだ?」
「はい、それは…」
私は所長に鳥の形を模したファイアーの説明をする。一応魔法の名称はフェネクスとしておいた。もちろん詠唱は不要だ。
「なるほど、そういう訳か。情報部のやつらが地獄の悪魔を召喚しただのと言っていたから何事かとおもったが…」
いかにも可笑しそうに所長が笑う。それにしても敵軍に対しては大袈裟なハッタリで押し通したが、味方の偵察部隊にも知れわたっていたとは。情報部も案外侮れない。
「すみません、その、少し、派手にやり過ぎたかもしれません」
「なに、構わない。たった数人の魔法小隊で敵の大部隊を退けたことで既に君の戦力を隠し通せる事態ではなくなっている。いっそ派手にやってくれたことで方針転換もやり易い」
そうなのだ、これまで所長は私の魔法をあまり表に出さないように配慮してくれていた。今回の私の作戦に於いても敵軍よりも寧ろそちらが心配だった。
「なんとか味方も戦場には近付けないようにしたつもりでしたが…それで方針転換というのは?」
「いずれ君の力を内部にも示さなくてはいけないと考えていたが、その時期が早まっただけだ。そのことも夕刻の会議で話し合うつもりだ」
そう言って所長は私の頭に手を置いた。あぅ、これは前にもあったあれだ、なんだか恥ずかしいが褒めてくれているのだろう。
「話は以上だ。夕刻にまた来てもらうことになるが、今は一旦休みなさい。ご苦労だった」
「はい、ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしいので目が合わせ辛い。そそくさと私は部屋を出る。
小隊の皆には一旦休んでもらい、明日以降は本部で待機となることを告げて解散となった。
夕刻になって私は再び魔法大隊本部にやってきた。二階の会議室に入り席に着く。会議には待機中の第三、第四魔法大隊の各隊長、第一魔法大隊長のウォーレン公爵、それにあれはホフマイヤーさんだったか、情報部の面々、それと何故か騎士団らしい人たちが数名参加している。
「アインスター!」
もうすぐ会議が始まろうという段になって所長が私に声をかけた。隅のほうに連れて行かれる。
「君は先程の報告で帰還途中で敵と遭遇した、とそう言ったな?」
うっ、そのことか。やはりまずかったか。
「はい、そう言いました」
「騎士団から連絡があった。最前線で交戦中の敵部隊に謎の攻撃があった、と。どうやったら王都北の最前線が君の帰還ルートになるんだ!」
「き、帰還の途中についでに戦場を見ておこうかと…」
はぁ、と呆れた声が所長から漏れる。
「それは遭遇したとは言わん、君から首を突っ込んだというのだ。それにいきなりの攻撃で味方も混乱するとは思わなかったのか?」
「ギルベルト団長の部隊でしたので大丈夫だと…」
確かに他の知らない部隊なら私も攻撃を控えただろう。しかしギルベルト団長の部隊にはお父様が所属している。私の魔法を知るお父様ならあの攻撃が味方の魔法師からの援護だと考えるに違いないと思ったのだ。そう所長に説明する。
「敵の陣形は強固なものでしたが、魔法で隙を作れば後はお父様がなんとかする、と。ギルベルト団長の邪魔をしてしまいましたか?」
「…いや、ギルベルトは私の援護だと思ったようだ。君の言う通り、魔法攻撃に呼応してパウルの小隊が敵を切り崩したらしい。助かったと使者が伝えてきた」
敵はこれまでに無い陣形で非常に強固だったため攻撃しても時間がかかる。先鋒のギルベルト団長は撃破するか、避けて敵の別部隊を攻撃するか迷っていたそうだ。そこに謎の攻撃がありお父様が突っ込んで瞬く間に壊滅に追い込んだということだった。
「君にとっては当然の結果、というわけか…しかし、私は君にフェルメールへの援軍という命令しか出していない。いくら遊撃部隊だからといって最前線への寄り道というのは命令の範疇を超えているのではないか?」
全くおっしゃる通りだ。ぐうの音も出ない。
「まあ話はわかったが今後はわきまえてくれ。この件は私のほうで濁しておく」
どうやらそろそろ会議が始まるようで所長に席に着くよう促される。後は大人しくしておこう、と思った私だったが今回の会議は始めから私の話題が中心となった。
「…つまり其方の一小隊が一人の犠牲も出さずにフェルメールの防衛に成功したというのは事実なのだな、シュレディンガ公爵?」
「そういうことです、ウォーレン公爵閣下。まあ情報部からの報告は多少大袈裟なところもありますが、概ね事実です」
ウォーレン公爵の視線が所長と私の間をいったりきたりしている。
「なるほど、アインスターといったか、やはり只者ではなかったわけだ。シュレディンガ公爵、其方は何故そのような強力な戦力を隠しだてしていたのかね?」
ウォーレン公爵が厳しい姿勢で所長に詰め寄る。
「隠していたわけではありません。アインスターは卓越した魔法技能を有しますが、それは第八小隊の他の隊員にもいえることです。つまりアインスター個人ではなく第八小隊が特記戦力と言えます。例えば彼女らは皆が無詠唱で魔法を使うことができます」
その言葉に会場がざわめいた。魔法師ならば詠唱無しに魔法が使えることの有利さを即座に理解したことだろう。
「それが事実とすれば大変な事だが、それなら尚更第四魔法大隊だけの秘密というのはまずかろう?」
「それぞれの魔法大隊、又は個人の魔法師においても公にしていない魔法技術は存在することと思いますが」
所長はそこで言葉を切って、一同を見渡した。
「しかし先程も申した通り、私はこの魔法技術を秘匿するつもりはありません。魔法学校においては新しい体系で無詠唱魔法の習得プログラムを進めており、現にウォーレン公爵のご子息、リチャード・ウォーレンなども既にこの技術を有しております」
ウォーレン公爵はリチャード君の実力を知らないのだろうか、驚いたように目を見開いている。それに魔法学校ということになればウォーレン公爵の父親が校長なのだから知らないはずはないのだが、よっぽど学校には無関心なのだろう。
「しかし無詠唱で魔法が使えたからといって即座に戦力になるとは限りません。これまでの大規模魔法による牽制も必要でしょう。魔法師はその数が圧倒的に不足しているのです。そのため今回はフェルメール方面の戦闘に試験的に第八小隊を投入しました」
「そうであったか、いや其方の考えが王国全体の利益に及んでいることがわかって安心した。よくやってくれた、と言うべきか」
納得したようにウォーレン公爵も態度を軟化させた。自分の息子も習得していると聞いてはこれ以上所長を責めるわけにもいかないだろう。
「フェルメール方面での戦闘については了解した。次は王都国境での戦闘についてだが…」
ウォーレン公爵が戦況を説明する。魔法部隊に特に動きはなかったようだが、ギルベルト団長の第十三騎士団が破竹の勢いで敵の騎士団を三つ壊滅させたことが報告された。概ね戦闘は有利に進んでいるということだ。その際に第四魔法大隊による援護が戦闘を有利にする切っ掛けとなったことが付け加えられた。
そして現状のまま第三、第四魔法大隊は王都での待機が確認されこの日の会議は終了したのだった。
次回更新は3月1日17:00です。