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49.王都への帰還

 私が指揮する第八小隊での初戦が終わり、他の皆と合流した私は、敵の軍勢が撤退するのを見届けていた。わらわらと逃げ惑っていた敵の兵士達もパンチョス侯爵の撤退の合図で徐々に落ち着きを取り戻し、傷ついた仲間を抱えて自分達の国へと帰っていった。


「さて、私達も一度フェルメールの街に戻りましょう」


「それはいいんですがね、アインスター隊長。最後のアレ、何なんですかい?アレもアインスター隊長オリジナルの魔法ですかい?」


 最後のアレ、とは炎の鳥を模した魔法のことだろう。皆のところからもしっかり見えていたらしい。


「……ベンジャミン、あれは地獄の悪魔。……アインが召喚した」


 真面目な顔のシズクさんが興奮した様子で胸を張る。でもシズクさん、召喚魔法とかじゃないから…


「いやいや、召喚していません。いつものファイアーを大きくしただけの即席魔法です」


「……珍しく詠唱してた」


「あのほうが雰囲気でるかなぁ、と。直ぐに兵を引いてもらう必要がありましたから」


 あからさまにがっかりした顔のシズクさん。どうやらあの魔法が気に入っていたようだ。シズクさんは基本魔法が使えないから派手な魔法に憧れているらしい。


「まあまあシズク、いいじゃねえか。あんなのを即席で出されちゃ敵さんも敵わんでしょう。全くド派手にやったもんですねぇ、隊長」


「他人事みたいに言わないで下さい、ベンジャミンさん!あなたとジョバンニさんのチームはやり過ぎでしたよ。他の皆さんは指示通りに上手くやってもらいましたが、ベンジャミンさん、私の指示を聞いていましたか?敵軍を混乱させつつ戦線を維持、できる限り敵兵士を本隊から引き離す、です!」


 その本隊に向かって切り込んでくるなんて…私がきつく睨むとベンジャミンさんは焦ったように視線を逸らせた。


「いやぁ、すまねえ。久しぶりの戦闘で思いの外体が動いちまって。なあ、ジョバンニ」


「一緒にしないで下さい、ベンさん!ベンさんについていくのがどれほどキツかったか」


 ジョバンニさんが肩を竦める。本当ならばよく頑張ったと誉めたいところだが…うん、やめておこう。


「まあともかく、まだやることもあります。反省はフェルメールに戻った後にしましょう」


 そうして私達はフェルメールの街に戻った。



 まずは状況の報告をと思って領主の館を訪ねたのだったが、報告するまでもなくフェルメール軍では既に戦況を把握していたようで、私とベンジャミンさんは盛大な出迎えを受けた。

 本隊は私の進言通りフェルメールで守りを固めていたようだが偵察部隊は随時前線に出ていたようで、我々の活躍と敵軍の撤退は既に街中の知るところとなっていた。


「アインスター隊長、よくぞご無事で!いやぁ、王都の魔法部隊がこれほどとは。たった10人の魔法師に敵の大軍が手も足も出なかったと。中でもアインスター隊長の進んだ後には敵兵の屍が累累と…」


 興奮した様子のカイン隊長が私の手を取り、目を輝かせる。実際は死屍累々という状況ではなかったし、敵兵を吹き飛ばしていたのはシズクさんなんだけど。


「戦況を見守っていた斥候兵達もアインスター隊長を指して、隊長の後に生者無し、まさしくあれが『死線(デッドライン)』だと…」


 話が随分大きくなっている!しかもなんだか恥ずかしい渾名まで…


「カイン隊長、敵軍は確かに撤退しましたが話が大袈裟です。今回は敵の総大将と上手く話が纏まり撤退していただけることになっただけです。それに…」


 私が尚も言葉を続けようとするのを今度は領主のドレイク侯爵が遮った。


「いいではありませんか、アインスターさん。敵を撤退させたのは事実です。貴女は今やこの街の英雄ですよ。新たな英雄の誕生です!」


 やはり大層な祭り上げられようだ。このまま街にいたら大変なことになってしまう。今もドレイク侯爵が宴の準備がどうとか言ってるし。


「侯爵、私は直ぐに王都に戻らなくてはなりません。敵軍が約束を破って再び侵攻してきた時に備えて小隊の数名を残して行きますが、私は大隊長への報告もありますし」


「いやぁ、それは残念ですな。しかし任務でしたら仕方ありませんか。王都ではまだ戦闘が続いているとも聞きますし。お急ぎでしたらこちらで馬を用意致しましょう」


 確かに馬車でのんびりと、という訳にはいかない。でも私、馬に乗れるのだろうか。


「ご協力感謝します。それでは後程私の代理が参りますので戦いの後始末について話し合って下さい」


 まだ尚名残惜しそうなドレイク侯爵を置いて、私とベンジャミンさんは館を後にした。



「…というわけで、半数は王都に向かい、他は念のためフェルメールに残って事後処理をお願いします」


 領主の館を出た私とベンジャミンさんは兵士の詰所の一角を借りて小隊の皆を集めた。ここでもフェルメール軍の兵士達から歓待を受け様々な質問攻めにあったのだったが、軍事機密の一言で全て押しきった。


「フェルメールに残るのは隊長代理のベンジャミンさん、それにシズクさん、ロックウェルさん、ドロイゼンさん、フローレンスさんです。無いとは思いますが、万が一戦闘になった際には防御に徹して援軍を待って下さい。私達が戻るまで安全第一で」


 そのために戦闘能力ナンバーワンのシズクさんと守りに強いメンバーを残した。それとフローレンスさんには今回の事後処理を主にやってもらう。


「残りは私と一緒に馬で王都に向かいます。準備が出来次第出発しましょう」


 詰所を出ると私達が乗る馬が用意されていた。間近で見るとかなり大きい。ベンジャミンさん達残留組は再び詰所へ戻る。


「アインちゃんは馬に乗れるのかい?」


 馬を見上げる私にナイトハルトさんが声をかける。


「乗ったことはありませんがやってみます」


 すると手綱を掴んで馬によじ登ろうとする私をナイトハルトさんが、ひょいと掴んで自分の馬に乗せた。


「練習はまた今度にして、今は俺の馬にどうぞ。鞍をしっかり掴んで放さないようにね」


 私を抱えこむようにナイトハルトさんが手綱を握る。他のメンバーも騎乗を終え準備万端のようだ。仕方ない、ここはナイトハルトさんと二人乗りで行こう。


「すいません、ナイトハルトさん。それでは出発しましょう」


 ナイトハルトさんを先頭に王都に向けて馬をとばす。さすがに馬車に比べると随分速いが揺れも大きい。魔法で位置を固定したので馬から落ちることは無いが、体がガクガクする。


「ナイトハルトさん、王都に着く前に国境付近の戦況を見ていきましょう。この辺りから北に進路をとって下さい」


 流れる景色を見ながら私はナイトハルトさんに声をかける。おそらく国境付近では大規模な戦闘が行われているはずだ。王都に戻る前に状況を確認しておきたい。


 しばらくすると前方に戦場が見えてきた。どうやら最前線のようで数千人規模の部隊がぶつかりあっている。私達が相手にしたよりも数は格段に多い。


「あ、あれはギルベルト団長の騎士団だ」


 私達は一度馬を止める。戦っているのは第十三騎士団、するとお父様もいるに違いない。様子見なのか一進一退の攻防を繰り広げていた。


「皆さん、王都に戻る前にもう一仕事お願いします。敵軍の側面に一斉射撃を加えます」


「それは構わないが、勝手なことして大丈夫かい?味方も突然のことで混乱しないかな?」


 確かにナイトハルトさんの言うことにも一理ある。だがお父様の部隊なら大丈夫だろう。私の魔法も知っているし、挨拶みたいなものだ。直ぐに離脱すれば後は上手くやってくれるはずだ。


「フェルメールからの帰路でたまたま敵と遭遇したことにすれば問題ないでしょう。なんせ我々は遊撃部隊ですから。敵は重装兵による密集陣形のようです」


 所謂ファランクスというやつだ。長槍を隙間なく構えている。


「正面から崩すのは難しい陣形ですが、魔法で隙ができれば後は騎士団が上手くやってくれるでしょう。ちょっと援護するだけです」


 そういうことなら、とナイトハルトさんもやる気をみなぎらせた。


「こちらは四騎の横列で敵軍の側面にありったけの魔法を撃ち込みます。長槍の届くぎりぎりで左に旋回、後は真っ直ぐ王都に戻りましょう。それでは!」


 ナイトハルトさんに視線で合図を送る。


「突撃!」


 これまでの行軍よりも更に速い速度で瞬く間に敵軍との距離が詰まる。私は馬上で(アスラ)を構えた。


「撃て!」


 無数の魔法が一斉に敵軍に襲いかかる。それにしても小隊の皆は片手で手綱を握りながら器用なものだ。

 攻撃を受けた敵の重装兵達も何が起きたのか全くわからないのだろう、咄嗟に槍を前に向け迎撃態勢をとる。そこにまた無数の魔法攻撃が加わる。

 やがて側面の一角がぽっかりと崩れた。


「撃ち方止め!退却」


 おおおおおっ!と味方の騎士団から雄叫びのような歓声が聴こえる。崩れた敵軍に攻撃を加えているのだろう。私達は振り返ることもなく、一路王都へ駆け出していった。

次回は2月22日17:00更新です。

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