47.戦場へ
戦場…
ひゅう、と冷たい風が頬を撫でる。私は空を見上げてみた。太陽が眩しい。
戦場、そんなところを意識したことは前の世界ではもちろん無かったし、この世界でもこれまでは無かった。当然といえば当然だろう。そんな私が今、戦場に立っている。
もう一度前方に目を向けると、砂煙の中、敵の大群がこちらに向かって進軍してくるのが見えた。
ひゅう、と冷たい風が再び頬を撫でた。
先日の魔法大隊本部での会議の後、魔法学校に戻った私はすぐに第八小隊の皆を集めた。そしてフェルメールの防衛に就くことを話した。
ラプラスさんにも準備をお願いするつもりで事情を話したのだが、何故か既に事態を把握し、準備を始めていたようだ。さすがはラプラスさん。
「…というわけでフェルメールに到着したらまず領主の館を訪ねて下さい。現在フェルメールの街を守っているのは領主や貴族の私兵を纏めた領主軍と警備隊です」
そこに我々第八小隊が合流するわけだが、その後どういった作戦をとるのか、一度話し合う必要があるということだった。
「立場的には王国からの正式な派遣ということになりますので第四魔法大隊第八小隊が上位となります。つまりアインさんが実質的には最高指揮官となるわけですが…何か問題があればベンジャミンを間に立てて下さい」
私の見た目が問題になるかもしれない、ということだろう。もっともな話だ。
そういう訳でフェルメールの街に着くなりベンジャミンさんと一緒に領主の館を訪ねたのだったが…
「おおっ!よく来てくださいました。王都から既に連絡は頂いております。あなたがアインスターさん、いやぁ、お会いできて光栄ですよ。フェルメールの領主、ドレイクです」
思っていた以上に歓待されてしまったのだ。にこにこ顔のドレイク侯爵と握手を交わす。
「私がフェルメール軍の総大将ということになっていますが、実際は隊長のカインが総指揮をとっております。今後の事はカインと話し合って下さい」
ドレイク侯爵はそう言って、カイン隊長を示した。カイン隊長はすらっとした長身の好青年だが緊張のためか顔が強張っている。
「フェルメール軍の指揮をとりますカインです」
「カイン、こちらのアインスターさんは王国随一の魔法師だそうだ。しかも聞くところによるとパウル殿のお嬢さんらしい。優秀な魔法師がこの街出身だとは何とも嬉しいではないか」
お父様の名前が出たところでカイン隊長も大きく目を見開いた。王都でも知っている人がいるくらいだからフェルメールの街では有名なのだろう。
「あのベルセルク殿のお嬢さんでしたか!いや、私も貴女のお父様に憧れて騎士を目指した口なのです。ご子息が騎士学校に進まれたとは聞きましたが、まさかそのお嬢さんが魔法師になっておられたとは…」
これは心強い、と目を輝かせている。
「ではさっそく、今の戦況がどうなっているか教えて下さい」
このままでは話が進みそうにないので、私の方からカイン隊長に尋ねる。
「おっと、そうでした。敵はレブラント王国東部の領主連合が中心で少なく見積もってもその数は2500に上ります。これまでは国境ぎりぎりレブラント王国側に陣を敷いておりましたが、睨みあっていた第十三騎士団の撤退に引っ張られる形でフェルメールの街に向け進軍しています」
領主連合とはいくつかの街の貴族が抱える私兵団を集めた集団のようだ。やはり王国の正規兵は確認されていないらしいが、未確認ではあるものの魔法部隊がいる可能性もあるようだ。
「一方のフェルメール軍は現在1000の兵士が前線に詰めており、近隣の街から500程の援軍が向かっていると聞いております。また警備隊300にフェルメールの街の防衛を任せております」
ここで一度カイン隊長が話を切って私に視線を向ける。どうやら兵士の数ではこちらが不利のようだ。
「アインスター隊長の部隊には前線のフェルメール軍を魔法で援護してもらえればと思うのですが如何でしょう。若しくは全部隊をフェルメール付近に集め防衛にあたりますか?」
出来るだけ兵力は集中したほうがよいと思うが…
「フェルメールの街の近くが戦場になるのは避けたほうがいいでしょう。私達は前線に向かいます。但しフェルメール軍は一旦街に戻り万が一私達の部隊が失敗した際に備えて下さい」
「は?」
正直に言ってしまえば近くにいられると足手まといなのだが、そんなことは言えない。
「ですからフェルメール軍は援軍との合流を優先してください。兵力分散は愚だと、かの魔術師も申しておりました」
かの魔術師とはもちろん不敗の英雄の事だが…通じないよね。カイン隊長はキョトンとした顔で、それでも口を開いた。
「そ、その、援軍との合流が大切なのは理解しております。が、え!?魔法師の一個小隊で敵を迎え撃つ、と?」
「はい、作戦はあります。まず奇襲による先制攻撃で…」
本当は数としては半個小隊なのだけど、敢えて言う必要も無いだろう。私は明日の作戦を伝える。
「…で敵を撤退に追い込みます。どうでしょう?」
作戦といっても中身はシンプルなものだ。カイン隊長は腕を組みうなり声をあげている。
「作戦はわかりました。しかし信じられません、かのベルセルク殿がいたとしてもそんなことが可能なのか…どうでしょう、うまくいくでしょうか?」
カイン隊長は今度は私の隣で呆れ顔のベンジャミンさんに視線を向けた。
「アイン隊長が成功すると言っているのですから成功するのでしょうねぇ。一見無謀のように思えますがね」
ベンジャミンさんの言に驚き顔だったカイン隊長も小さく頷いた。
「わかりました。敵の迎撃はアインスター隊長にお任せ致します。くれぐれも無理の無いようにお願いします」
そう言ってカイン隊長は頭を下げた。
その後は小隊の皆に作戦を伝え、翌日戦場に就いた。初めての戦闘が間もなく始まろうとしていた。
次回は2月8日17:00更新です
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